あやかしびより 境界のトンボとあやかしたち

大月 けい

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よもつひら坂

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 夏の太陽は高く登り、熱気を孕んだ風は竹林を薙いでざわめく。
 三人が歩くのは黄泉寺への近道。
 それは宿の敷地に隣接する深い竹林を貫く細い坂道だった。
 うっそうと茂る竹葉のせいで昼間だというのに薄暗い。

「いちいちくっつくな、暑苦しい」
「道が狭いんだからしょうがねぇだろ?」

 竹垣に囲まれた細い道でぴたりと寄り添うような河野に吼えた。
 狭いと言っても道幅は大人が両手を広げても余裕がある。
 肩が触れるほど狭いわけではない。
 どうして狭いのかというと河野が正太郎を竹垣の方に押しやるように歩いているせい。
 もちろんわざとやっている。

「道のせいじゃない、くっついてくるせいだろうっ!」

 デカい図体を押しのけて目を吊り上げるが、にらまれた方はどこ吹く風。

「だって、ヤブから蛇が出てきたら誰が正太郎を守ってやるんだよ?」
「いらん。俺より菜月を守ってやれ」
「どう見たって正太郎の方が青っ白くて弱っちぃじゃねぇか? 守るなら菜月よりこっちだろ」
「人を見た目で判断するな、阿呆」

 機嫌よく抱き着こうとする河野の顎を手で押しやってにらみつける。

「オレがちゃーんと優しく介抱してやるから遠慮すんなって」
「いらん。なにをされるか分かったもんじゃない!」

 菜月はというと、いちゃつくような二人と少し距離を置いてとぼとぼとついて行く。
 目の前のやり取りにどんな顔をしていいのか分からない。
「……菜月、あまり離れるなよ」

 そう言われても距離を置きたくなってしまう。
(こんなのを見せられるくらいなら留守番しといた方が良かったかも)

 などと心の内でつぶやいて、ため息を落とした。
 刹那。坂の下から駆け上がってきた風が菜月の黒髪をかき乱して駆け抜けた。
 風に弄ばれた潮騒の音と軋む竹の悲鳴が響く。

「――――河野、菜月と一緒に下がってろ」

 先を行く正太郎の声に河野が険しい顔で菜月の方へ歩み寄る。
 言いかけた言葉を封じるように二の腕をつかまれて引き寄せられた。
 わけがわからない。

「菜月はこっちだ」

 気がつけば腕の中に抱き取るように引き寄せられて、胸に頬を押し付けていた。
 シャツ越しに感じた温かさに鼓動が跳ね上がる。
 風呂でのぼせたように頬が熱い。

「――――!!」

 見上げたその顔は――中身はカッパでも――見目は良い。
 こちらは年ごろの娘。
 意識するなというのは難しい。
 腕から逃れようと身を捩る菜月の背中を大きな手が抱き寄せる。

「ちょ……!」
「大丈夫だからじっとしてろって」

(背中、触って……っ、胸だって……当たって! 大丈夫じゃない!!)

 こちらが年ごろの娘だということを理解していない。
「逃げないから離して……ってば!」

 たまらず両手で押しのけて耳まで真っ赤になって吼えた。
 ようやく緩んだ河野の腕を押しのけて確認したのは――風に乗るきつい香の匂い。
 昨夜のと同じ。

「見るのは構わんが、離れんなよ」
「あれ……!」

 河野の背中越しに見えた黒っぽい人影。
 それに乙女の恥じらいは吹き飛んだ。
 違う意味で鼓動が跳ね上がる。
 行く手を塞ぐように立つのは――銀鼠色の袴の男。
 困ったことに見覚えがある。
 闇色の紋付に羽織紐まで黒い喪服。
 なにより赤い隈取の狐面は違和感しかない。
 もちろんそれは一人ではない。
 行く手を塞ぐように続く喪服に身を包んだ二人。合わせて三人だ。

「どうにかして菜月を取り込むつもりなのだろう」
昨夜きのうに狐面に目を付けられたか。逃げるには角を曲がって逃げなきゃなんないんだが……ここは一本道だから逃げる道がない」

 あの時、女の人がどうして竹の間を縫うように歩いたのか理由が分かった気がする。
 逃げ場がないということは狐に取り込まれてしまうのだろうか。
(そんなの困る!)

「邪魔だからどいてもらうしかないだろうな……」

 大げさにため息を一つ落とした正太郎に袴姿の男が低く問う。

「みたまのわをかえよ」

 昨晩、菜月も聞いた言葉だが意味が分からない。
「断る。うちの大事な姪っ子の輪廻の輪を狐と交換する気はない」
「みたまの」はどうやら「輪廻の」だったらしい。

(人が死んで生まれ変わる輪廻転生というルールがあると聞いたことがある)
 菜月は眉根を寄せて隠れるように体を縮めた。

諸余怨敵皆悉摧滅しょよおんてきかいしつざいめつ 衆怨悉退散しゅおんしつたいさん

 正太郎が細く骨ばった二指を立てて握った――刀印を狐の額につきつけて呪文を早口で唱える。
 一つはタキさんが教えてくれたおまじない。
 気休めだと思っていたが、そうではなかった。
 たったそれだけのことで羽織の男が動きを止めた。
 まるで時まで止まってしまったかのようにざわめく風が止み、引きちぎられた竹葉が緩い弧を描いて舞い落ちる。
 遥か高みからこぼれた夏の日差しが水底を照らすように地面で踊る。

「――すい

 次いで唱えたのは、一言。
 唱えて正太郎は胸の高さで広げた手のひらに乗ったひとひらに息を吹きかける。

「もったいねぇ、狐に竹葉ちくようをくれてやるのかよ」

 唸るような河野に応じることなく鼻を鳴らす。

ながき世のとおの眠りのみな目覚め波乗り船の音のよきかな」
 鳥の羽のように舞い上がった竹葉が狐の肩に触れると、霜が溶けるように形を崩して薄闇に溶けた。

「どういう意味?」

 眉根を寄せて問うと口を尖らせた河野が教えてくれた。

「竹葉は酒の異名だ。狐に酒の言霊にすり替えて酔わせた。ついでにいい夢を見る和歌を教えてやったんで、連中はわけも分からずいい気分で和歌を唱え続ける。しかも回文だから三人で延々と繰り返す」

 要するに、夢心地の酔っ払いの出来上がり。

「――狐がうろつくのも盆の間だけだ。どうせ竹の檻から外には出られん。無暗に祓う必要はない。信楽さんとこの坊主も竹林に迷い込んで狐に追い回されたんだろう。門くぐってなきゃいいんだが」
「いくら藪入りでもあっちの門は勝手に入れねぇだろ? どっかの穴に落ちてるって」
「よっぽど穴に落ちててほしいのね」

 鼻を鳴らした河野の腕から抜け出してつぶやいた。

「あっち側に行っちまったら正太郎でも戻せねぇからな」

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