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えぴろーぐ

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 残り少ない夏を謳歌する蝉の声。
 本日のラブソングも絶好調。
 ミサキ旅館の最寄りのバス停に立つのは菜月とタキさん。
(ほんの数日間だったけど長いこといたような気がする)

 日傘で日陰を作っても噴き出す汗を手の甲で拭う。
 アカリは宿に置いてきた。

「正太郎が寂しくないようにいてあげて」

 六年前とおんなじことを言われてアカリはぶっくりと膨れていた。
 その顔を思い出すだけで自然と頬が緩む。

「バスで帰らなくても駅までお送り致しますのに」

 名残惜しそうなタキさんに「正太郎のお世話をお願いします」と笑った。
 このままでは本当に河野のヨメにされてしまいそうだ。
 逃げ水が揺れる通りの向こうにマッチ箱のようなバスが見えた。
 ほどなく軋むようなブレーキ音を響かせてバスが到着するとタキさんが日傘をたたむ。
 笑顔でスーツケースを受け取って乗り込む直前にタキさんに問うた。

「また遊びにきてもいい?」
「いつでもいらっしゃってください。お待ちしています」

 走り出したバスにタキさんは深く腰を折る。
 笑顔で手を振る姿が見えなくなるまで手を振って――視線を前に向けた。
(――家に帰ろう)

 昨夜の疲れかうとうとしながらバスに揺られて駅に着いた。
 電車に乗り換えてぼんやりと車窓を眺める。
 緑の多かった景色は見慣れた街並みの景色に変わる。
 ほどなく電車は最寄りの駅に滑り込んだ。
 スーツケースを引きずって改札を抜け、バス停を目指す。
 通りを行き交う車の音。人のざわめき。熱を孕んで乾いた埃っぽい風。
(やっと帰って来た!)

 凝り固まった肩を回して両手を天に突き上げて背筋を伸ばした。

「菜月ちゃん!」

 声に驚いて振り返ると見慣れた車の横で手を振る亜希子さんと父。
 笑顔でスーツケースを引きずって違づくと駆け寄って来た亜希子さんにぎゅっと抱きしめられた。
 年ごろの娘は道行く人に注目されてちょっと恥ずかしい。

「はずかしいよ」

 火照った頬のままそっと腕を解きながら――。

「ただいま、お母さん」

 呼びかけると驚いた亜希子さんは泣き笑いのような顔になった。

「……お母さんより亜希子ママって感じかな」

 そっと視線を逸らせた。慣れない呼び方はどちらも照れくさい。
「どっちでもいいわよ」笑顔で菜月を引き寄せて肩を撫でる。
 荷物を車に積み込んで「会えたか?」と問うたのは父。

「――会えたよ」

 短い会話。それで十分だった。
 視線を上げると高い建物の間で窮屈そうに夏雲が空に高く伸び上がる。
(もしかしてお父さんは分かってたのかな?)

 お互いが分からなくても。
 いつか会えるかもしれない。
 菜月は車に乗り込みながら頬を緩めた。

※※
ありがとうございました。
書きたいものを書く! 煮詰まった揚げ句に勢いで始めた物語。
マイペースに妄想中。

参考図書 たくさんありますが少し。
図説日本呪術大全 原書房
しぐさの民俗学 ミネルヴァ書房
怪異と身体の民俗学 せりか書房
妖怪の民俗学 筑摩書房
解釈は大月フィルター( *´艸`)保証なし!
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