あやかしびより 境界のトンボとあやかしたち

大月 けい

文字の大きさ
23 / 24

境界の町の特別な日 3

しおりを挟む


 並んで歩くのは田んぼを突っ切る田舎道。
 聞こえるのは軽い下駄の音とラブソングを奏でる夏虫の声。
 頬を撫でる風は生ぬるく、道端の草を揺らして田んぼを駆け抜けていく。
 街灯の乏しい道を提灯の頼りない明かりを揺らしながら歩いている。

「――なんで提灯なの?」

 タキさんに渡されてずっと疑問だった。
(夜道を照らすのなら懐中電灯のほうが良さそうなのに)
 口を尖らせた菜月に応じたのは河野。
「迷っている蛍に道を教えるためだ」と当然のことのように鼻を鳴らす。
 蛍は藪入りで帰って来た魂だと教えてもらったが、意味が分からない。

「毎年、蛍狩りで追い回されて迷子になるやつがいるんだよ」

 ほら、と促されて視線を向けた茂みの中から頼りない光が尾を引いて舞う。

「見つけたっ!」

 すかさずアカリが駆け寄って、手のひらで包み込むようにして捕まえた。
 小さな指の隙間から漏れる黄緑色の光。
 まるで呼吸をするように明滅を繰り返す。

「見て、見てっ」

 機嫌よく両手を差し伸べるアカリに揃って腰をかがめる。

「こんなところに隠れてちゃ縁日が終わっちまうだろ。付喪、潰すなよ」

 目を吊り上げる河野の声は聞こえていないのか――恐らく後者。
 アカリは機嫌よく手のひらの中の蛍をのぞき込む。

「そいつもちゃんと連れて行ってやれ」
 腰を伸ばして見上げた空には銀の欠片をこぼしたような藍の空。
 竹林は黒く塗りつぶされたよう。
 下駄を鳴らして田舎道を進むと陽気な祭囃子が聞こえてきた。

「寺についたら蝋燭を吹き消すんだ」

 蝋燭を吹き消すという行為に自分の中にある悪いものを吐き出すという意味があるらしい。
 うながされて黄泉寺の門をくぐると提灯の蝋燭を吹き消した。
 境内には浴衣姿の人の波――白や藍色。柄ものの浴衣も見える。
 中には見覚えのある尻尾をつけた子供の姿も見えた。
 オレンジ色の灯篭が飾られた狭い参道。
 菜月らは人の流れに合わせて歩いている。
 並ぶ屋台は黄色い光に照らされた金魚すくい、香ばしいソースの焼きソバやたこ焼き。
 菜月とアカリは揃って香ばしい匂いを胸いっぱいに吸い込んで頬を緩めた。

「嬢ちゃん、タコ焼きはいかか?」

 白い法被姿の青年に声を掛けられてアカリが目を輝かせて催促するように菜月にすり寄ってくる。

「タコ焼き!」

 機嫌よく歩き出そうとした首根っこを河野がぐっと捕まえた。

「こら、お前は手が空いてねぇだろ。寺にお札を納めるのが先だ」

 確かに――手のひらに蛍を閉じ込めたままではなにも食べられない。
 参道のつきあたりにあるのが黄泉寺の本堂。
 前庭に置かれた大きな香炉からはもうもうと白い煙が上がっている。
 その勢いはまるで火事かたき火だ。
「ちょっと煙が多すぎない?」
「悪い鬼が寄り付かねぇように香を焚いてるんだ。葬式の線香みたいなもんだ」

 この薬くさい匂いに覚えがある。竹林で嗅いだ嫌な臭いと同じ。

「アカリはこの匂いキライ」
「お前は憑き物だから仕方ねぇ。小滝のじじいにお祓いされねぇように気を付けろよ」

 怯えた顔でアカリが菜月の後ろに隠れた。

「ほう、変わった気配があると思ったら……蛍を連れて来てくれたんかい。ご苦労さん」

 赤い着物を着た禿頭の骨董品のようなお爺さん。
 アカリが差し出した蛍を受け取って皺くちゃの顔をくしゃくしゃにするようにして笑う。
(なんで赤い着物?)

「黄泉寺の管理をしてる小滝のじじい――子泣きじじいだ」

 菜月と目が合うと人懐っこそうに笑う。よく分からないまま慌ててお辞儀をした。
 連れ立って進んだ境内の奥――竹林に囲まれたほんの少し開けた空間――に輪を作って踊る盆踊りの輪があった。そこに浴衣姿の信楽のオバちゃんも。
 白や藍色の浴衣の男女が手を上げたり手拍子したりしながら楽しそうに踊っている。

「九十九町の盆踊りは藪入りで帰った霊と一緒に楽しむために踊るんだとさ」

 老若男女、生死を問わずに一緒に踊る姿は楽しそうだ。

「――あらぁ、河野ちゃん。ついに彼女ができたの?」

 後ろからかけられた明るい声に驚いて振り返った。
 黒髪を結い上げた白い着物の女性――その顔に覚えがあった。
 竹林の中で出会った女性。
 菜月の顔を見て懐かしいものを見るように表情を緩めた。

「――――菜月?」

 長すぎる沈黙を挟んで、名前を呼ばれた。
(あの時の――!)
 会った時どんな顔をしようと鏡を相手に百面相をしていたのだが――そんなことは全部忘れた。
 菜月がなにかを言う前に――抱き寄せられていた。
 頬に感じるのは冷たい絹の感触。
 目を伏せて吸い込んだ空気に柔らかな百合の匂い――懐かしい匂い。

「会いたかった」

 長すぎる沈黙の後に聞こえたのは――――ため息のような声。
 ほんのひととき、周囲の音が遠ざかったような気がした。

「千珠、菜月が潰れちまうぞ」

 河野のあきれたような声に慌てて菜月を解放して目を細める。

「五年……六年ぶりかしら。すっかり大きくなって」

 嬉しそうな千珠に駆け寄ろうとしたアカリを後ろから河野がつかんだ。
 アカリの首根っこをつかんだまま引きずって人ごみに消える。
 些細な気づかいがうれしい。

「美人さんだから河野ちゃんの彼女かと思っちゃったわ」
「――――お母さん」

 長すぎる沈黙を挟んで呼びかけた。小首を傾げるようにして顔をのぞき込む。
 頬を緩めて「こんなに大きくなったらもうおんぶはできないわね」と嬉しそうにつぶやいた。

「聞きたいことがあるの」

 問いかけながら、わずかに声が震えた。
(――お父さんのこと、実際はどう思っているんだろう)

 返事は意外だった。

「良かったと思ってるわよ。菜月も仲良くできてるみたいだし――なにより一人でお父さんを待たなくてよくなったんだもの」

 すっと心のスキマを撫でられて菜月は困ったような顔になる。
 茜色に満たされた静かな部屋――寂しいと感じたことがなかったわけではない。
 気付かないふりをして忙しくすることで誤魔化すことを覚えた。
 今は帰宅すれば亜希子さんが迎えてくれる。
 最初は嬉しさを戸惑いという感情に置き換えた。
 気にかけてもらえるのは嫌じゃないけど――素直になれない。

「お父さんを取られちゃって嫌じゃない?」
「菜月。お父さんはモノじゃないの。取ったり取られたりするものじゃないの」

 なにかを思い出したのか母は眉根を寄せて少し痛そうな顔になる。

「だってお父さんになにかがあったら――菜月は独りぼっちになっちゃうじゃない」

 それは言わずもがな。
 父も仕事が忙しくて親戚づきあいもあまりない。
 正太郎と会うのも久しぶりだった。

「……そういう、意味だったの?」
「当たり前でしょ。菜月が幸せで笑っていてくれればお母さんもうれしいの」

 着物袖を口元に当てて鈴の鳴るような声で笑う。

「お父さんが選んだ人だもん。きっと私に似てる自信があるわ」

 意外とあっさりしていた。そしてもう一つの疑問。

「私もウブメになるの?」

 決められた運命なのだろうか――母も祖母もそうだったのなら。

「――ならないわよ。ウブメは私で終わり」

 低く響いた時を告げる鐘の音。潜んでいた蛍が舞い上がる。

「もう行かなきゃ」

 頬を包む冷たい手のひら。屈むようにして菜月と額を合わせた。

「行くってどこに?」

 あの世へではないのか?

「お母さんね、とてもラッキーなの。……そろそろ順番が回ってきそうでね」

 蛍が空に向かって飛び立つ――光の滝が逆流するよう。
 母の笑顔も黄色い光に包まれた。

「菜月、元気でね」

 それは夢のような時間だった。
 まばゆさに目を眇めた菜月に甘い百合の香りを残して――消えた。

「ちゃんと行ったか?」

 少し離れた場所から声を掛けてきたのは河野だ。
 慌てて目元をぬぐう。
 気づけば盆踊りの輪から白い着物の人たちも消えている。

「……順番って、なに?」
「そりゃ輪廻の順番に決まってんだろ。千珠は愛想もいいしクジ運もいいからなぁ」

 河野がつぶやいて空を仰いだ。
 つられるように見上げた藍色の空――銀の粉をまき散らしたような星空で西の方角に向かって星が流れた。

「――また会える?」
「いや。出会ったとしてもきっと分からん」
「菜月の幸せそうな姿を見届けたかったんだろ」

 空を見上げたまま、河野が独り言のようにつぶやいた。

「――――」

 歪んだ視線を地面に落とした――が。

「菜月っ」

 赤い兵児帯を揺らした塊が菜月を押し倒すように飛びついてきたのだ。
 すぐにアカリだと気づいたが――全力アタックは思ったよりパワーがあってよろめいて河野にのしかかった。

「こら、付喪っ! 危ねぇだろっ!」

 慌てて菜月を両手で抱き取って吼える。
 思ったより力強い腕に鼓動が跳ね上がったのは言わないでおく。

「アカリは菜月とずっと一緒にいるよ。寂しくないでしょ?」

 柔らかな頬にソースを付けた屈託のない笑顔。

「ソース、着いてる!」

 涙を悟られたくなくてソースをこすり取るようにアカリの頬を指先でなぞるとくすぐったそうに笑う。

「うるさい付喪がいたって鬱陶しいだけだろ」
「スケベなカッパよりマシだもん!」
「なんだとポリエステル?」
「ふんだ、大人のくせにアカリが可愛いからって焼きもち焼いてるんだ~。カッコ悪い~」

 特大のあっかんべーを残して逃げ出したアカリを河野が目を吊り上げて追いかける。
 なにも変わらないやり取りに――涙も引っ込んだ。

「こら待て、付喪っ!」
「菜月、早く行かないと焼きそば売り切れちゃうよ!」

 手招きするアカリの賑やかな声に菜月の頬が緩んだ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ワケありなのに、執事がはなしてくれません!? ~庶子令嬢は、今日も脱出を試みる~

若松だんご
キャラ文芸
 ――お迎えに上がりました。ティーナお嬢さま。  そう言って、白い手袋をはめた手を胸に当て、うやうやしく頭を下げたアイツ。アタシのいた寄宿学校に、突然現れた見知らぬ謎の若い執事。手にしていたのは、兄の訃報。8つ年上の、異母兄が事故で亡くなったというもの。  ――亡き異母兄さまに代わって、子爵家の相続人となりました。  え? は? 女子の、それも庶子だったアタシが?  兄さまは母を亡くしたアタシを妹として迎え入れてくれたけど、結局は庶子だし。兄さまのお母さまには嫌われてたからこうして寄宿学校に放り込まれてたアタシが? 下町育ちのアタシが? 女子相続人? 子爵令嬢として?  ――つきましては、この先ともに子爵家を守り立ててゆける伴侶をお探しください。  いや、それ、絶対ムリ。子爵家ってオマケがついても、アタシを選んでくれる酔狂なヤツはいないって。  なんて思うアタシの周り。どうやらいろいろ狙われてるみたいで。海に突き落とされそうになったり、襲われたり。なんだかんだで命が危ない。  アタシ、このままじゃ殺される? なんかいろいろヤバくない? 逃げたほうがいいんじゃない?  「どうしましたか、マイ・レディ」  目の前で優雅に一礼するこの執事、キース。コイツが一番怪しいのよねえ。 ※ 2024年1月に開催される、「第7回キャラ文芸大賞」にエントリーしました。コンテストでも応援いただけると幸いです。

二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)

MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。 かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。 44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。 小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。 一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。 ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?

後宮薬師は名を持たない

由香
キャラ文芸
後宮で怪異を診る薬師・玉玲は、母が禁薬により処刑された過去を持つ。 帝と皇子に迫る“鬼”の気配、母の遺した禁薬、鬼神の青年・玄曜との出会い。 救いと犠牲の狭間で、玉玲は母が選ばなかった選択を重ねていく。 後宮が燃え、名を失ってもなお―― 彼女は薬師として、人として、生きる道を選ぶ。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

後宮の偽花妃 国を追われた巫女見習いは宦官になる

gari@七柚カリン
キャラ文芸
旧題:国を追われた巫女見習いは、隣国の後宮で二重に花開く ☆4月上旬に書籍発売です。たくさんの応援をありがとうございました!☆ 植物を慈しむ巫女見習いの凛月には、二つの秘密がある。それは、『植物の心がわかること』『見目が変化すること』。  そんな凛月は、次期巫女を侮辱した罪を着せられ国外追放されてしまう。  心機一転、紹介状を手に向かったのは隣国の都。そこで偶然知り合ったのは、高官の峰風だった。  峰風の取次ぎで紹介先の人物との対面を果たすが、提案されたのは後宮内での二つの仕事。ある時は引きこもり後宮妃(欣怡)として巫女の務めを果たし、またある時は、少年宦官(子墨)として庭園管理の仕事をする、忙しくも楽しい二重生活が始まった。  仕事中に秘密の能力を活かし活躍したことで、子墨は女嫌いの峰風の助手に抜擢される。女であること・巫女であることを隠しつつ助手の仕事に邁進するが、これがきっかけとなり、宮廷内の様々な騒動に巻き込まれていく。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

処理中です...