あやかしびより 境界のトンボとあやかしたち

大月 けい

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夏休みは旅に出よう! 2

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 最初の目印は風雨に晒されくすんだ円筒形の郵便ポスト。

「よかったぁ、まだあった!」

 それをきっかけに褪せた記憶に色が蘇る。
 念のために用意した地図の出番はなさそうだ。

(このポストの前を曲がると商店街が――)
 店先でオレンジ色のカエルが愛想を振りまくのは蒲野がまの薬局。
 赤い庇の牛のマークの書店九段くだん
 ピンク色の電話と大きな招き猫が並ぶ駄菓子屋タマ。
 どれも訪れたことがある店だ。
 どこか懐かしい昭和レトロな街並みはまるで時が止まったよう。

「そうそう、これ、これ」

 うれしくなってスーツケースを引く足取りは軽い。

(商店街を抜けたらサルの交番があって……!)

 のぞいた交番には随分と毛深いマッチョなお巡りさん。
 イメージはゴリラだ。目が合って慌ててお辞儀をする。

(やっぱり挨拶は、大事よね)

 叔父が経営するのは町外れにある旅館。菜月の母の実家でもある。

「ここから一本道だし、夕方までには宿に着くでしょ」

 ぐっとこぶしを握った菜月の鼻をくすぐる香り。
 それは香ばしい醤油の香りだ。
 緊張で息を潜めていたお腹の虫がたちまち目を覚ました。
 すかさず大きな音を立てておやつを兼ねた遅めの昼食を要求してくる。

(腹が空いてはなんとかって言うわよね)

 今日の菜月は父にたっぷりお小遣いをはずんでもらって懐は温かい。

(寄り道は旅の醍醐味でしょ)

 お腹の虫の要求にこたえて見つけたのはラーメン店。
 赤い暖簾に染め抜かれた店名はムジーナ。

「――――?」

 中華風でも和風でもない。どちらかと言えば洋風な響きなのにラーメン店。  
 刹那――早くしろと菜月のお腹の虫が催促する。
 エアコンの効いたそこはカウンターとテーブルが並ぶ小さな食堂。

「はーい、いらっしゃいませ~」

 すぐに頭に三角巾を被ったかっぽう着のおばちゃんが出迎える。
 のんびりとした音楽に合わせて閑古鳥が歌っている。

「おひとり様ですか~?」
「あ、はい」

 おばちゃんはすかさずテーブルに案内して菜月の前に汗をかいたグラスを置く。

(おひとり様って、なんか大人になった気分)

「いいですねぇ一人旅ですかい? 優雅で羨ましいねぇ。うちなんか子供が七人もいて休みの日にはどこかに連れてけって毎日うるさくって」

 よっぽど暇だったのだろう、さっそくおばちゃんのマシンガントークが炸裂する。その内容は菜月には少しだけうらやましい。

「賑やかでいいですね」
「賑やかなんてもんじゃないわよ、毎日が戦場みたいなもんだよ。兄弟げんかや小さい子のお世話であっという間に一日が終わっちまう。夏休みは学校も休みだから食事の支度だけでも一騒動。毎晩子供らが寝静まって寝顔を見ながら夫婦で反省会が恒例行事さ」

 豪快に笑うおばちゃんの話は頭に入ってこない。
 なぜなら割烹着の裾から茶色い――尻尾のようなものが気になって仕様がない。

(尻尾?……ここいらではそういうデザインの服が流行って……?)

「今日から盆の入りだから朝から忙しくってね。お客さんは運がいいね。ちょうどお客が途絶えたところよ。えっと、ご注文は醤油ラーメンでいいかい? チャーハンもお勧めだけど、ちょっと量が多すぎるだろ?」
 壁に貼られたメニューは醤油ラーメンとチャーハンの二つ。実にシンプル。

「あ、はい。ラーメンだけでお願いします」  

 明るい声で店主にオーダーを飛ばしたおばちゃんは店の奥へ引っ込んだ。
 店主は無言で手を上げて応じると調理を始める。
 この店主、先ほどからこちらを見ることもないし、全くしゃべらない。

(無口で頑固な店主……おいしいラーメン屋にありがちなパターン?)

 冷たい水を飲み終わるころ、おいしそうなラーメンが届けられた。

「はい、お待たせしました。チャーシューは店主からのサービスだよ」
「わぁ、ありがとうございます」

 お礼を言って割り箸を手に「いただきます」と手を合わせた。
 麺はちょっと太めの縮れた卵麺。スープが絡んでちょうどいい。

(豚骨もいいけれど、シンプルな醤油ラーメンも好きなのよね)

 なにより濃い目の醤油に魚介のダシが汗をかいた後にうれしい。
 静かな店内に響くのは麺を啜る音。ボッチだろうが気にしない。
 ぺろりと平らげスープも残さず飲み干した。

「あー、おいしかったぁ」
「お客さんいい食べっぷりだね。随分と若いようだけど縁日の関係者かい?」

 空になったグラスにお代わりを注ぎながら、ちょっとだけ声を潜めておばちゃんが問うた。

(そういえばお盆には縁日があるんだっけ)

「いえ、観光です。町はずれの旅館に用があって……」
「旅館? もしかしてアキツの旦那に用事かい?」
「アキツ?」

 意味が分からない。旅館はみさき旅館、母の旧姓は勝間かつま、叔父は正太郎しょうたろうだ。
「アキツってのはトンボのことだよ。みさき旅館のの旦那は極楽トンボってここいらでも有名なんだよ、ね、親父さん?」

 おばちゃんの声に頷いてこちらを見た店主の顔。

「――――!?」

 すぐに顔を背けたが、見えた顔はずいぶんと色白だった。
 否、色は白ではない。顔のパーツが……卵のようで。

(……ってどういうこと?)

「旦那にお客なんて珍しいこともあるもんだ。そうか、もうお盆だからか」

 思案する菜月をほったらかしにしておばちゃんは豪快に笑う。

「そうそう。妙な人たちには気を付けるんだよ」
「妙な人?」
「お盆の夜にキツネのお面をつけてる人を見つけたら、話しかけたり、ついて行っちゃダメだよ」

 レジでお札を渡した菜月におばちゃんは怖い顔でそう諭した。
 キツネのお面をかぶった、とは確かに妙だ。

「行ったっきり、二度と帰って来れなくなっちゃうからね」
「――――?」
「ここの住民は基本的にいい人ばかりだから悪さはしてこないと思うけれど、お盆の時期はと繋がっちまうから連れて行かれないように気を付けるんだよ」

 引っかかるワードをぶっこんで豪快に笑うと、おばちゃんはおつりを手のひらに押し付けた。

「ありがとうございました~」

 明るい声にごちそうさまと声をかけて外に出た。
 空高く沸き上がるような入道雲を見上げて、口元を引き締めた。

(腹ごしらえよーし!)

 歩き出した菜月を包み込むような熱風。額に汗が浮かぶ。
 昭和レトロの木の電柱に巻きつけられたトタンの看板。そこに書いてある広告はクリーニング赤豆レッドビーンズ。ブティック・スリーブ。電気屋雷電らいでん。なんとも不思議な店名が多い。

「ま、いっか」

 空を見上げた菜月の視界を赤いトンボがすいと横切る。菜月を先導するように飛ぶそれはまるで道案内をしてくれているよう。
 頬を緩めてスーツケースを引きずって歩き出した。


※ 不思議な町、九十九町へいらっしゃいませ。
  お察しの通りここはそういう町です( ̄▽ ̄)b
  ここまで書いてまだ宿にたどり着かない。もう少しのはず。おつきあいくださいませ。
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