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その10
しおりを挟む「……え? 昴さんが?……オレに、お願い?」
「は? ちょっと兄さん。理央に頼むなら俺が代わりに聞く…」
「昴さん!? 待って、それは僕の役目でしょ? 昴さんのお願いなら僕が……」
「二人共、ちょっと黙ってよ! 昴さんはオレにお願い、って言ったんだよ!」
「うん…。悪いけど七央にも流星にも、頼めない事だから」
グッと言葉を詰まらせた流星くんと何やらショックを受けたような七央を余所に、オレは鼻が高くなった。
大人の中の大人な昴さんが、子供の中の子供みたいなオレに“お願い”?
しかもオレにしか頼めないって!?
そんなの……きく!!
何でもきくぞ!!
むくむくと嬉しさが湧き上がってくる。頼りにされる、って嬉しいんだ!
そう言えば秋さんもそんな事言ってたな。なるほどね。こんな気持ちなのか!内容がモニョっとしたアレな事なのは申し訳なかったけど。
「はい!何なりと!!」
「え…、あ。あの、ありがとう」
「どうぞ!遠慮なく何でも言ってください!」
背筋をピンと伸ばしてちょっと前のめりになりながら、オレは眼鏡の奥を光らせた。
さぁさぁ、どうぞ!
オレに出来る事なら何でも聞きますよ!
出来ない事だったら…、努力します!
ふんすふんすと鼻息荒く待ちの体制を整えて、昴さんの“お願い”を待った。
「それじゃ……。あのね理央くん。そろそろ七央を、………私に渡して貰えないだろうか」
「………へ?」
「「昴さん!?」兄さん!?」
真っ赤な顔を隠す事なく、真っ直ぐオレの眼鏡の奥を見据えた昴さんは、薄茶色の瞳をほんの少し潤ませてそうオレに“お願い”をした。
「七央を兄のように慕っている理央くんに、こんな自分勝手なお願いなんて、恥ずかしいんだけど、 ……私は、その。とても狭量な性分のようで…、七央をどうにか、自分だけのものに出来ないかと……思ってしまって……」
昴さんは至極真面目に申し訳無さそうな顔で、どちらかと言えば遠慮がちにそう言葉を続けた。
何…言ってるんだろ。
七央は昴さんのものでしょ?
婚約だってしてるじゃない。
オレ…二人はとてもお似合いのカップルだって、言ったよね? あれ? 言ってなかった??
「こんな事、本当は理央くんにお願いするのは間違っているんだろうけど、それでも私は、七央を独り占めしたいと」
「や、あの昴さ…」
「昴さん!!!」
突然七央が叫ぶように昴さんを呼んだ。
そりゃもぉキラッキラなオーラを振り撒きながら。物凄くいい笑顔で…。
「ヤキモチ!? ねぇそれ! ヤキモチですよね!!」
「ちょ…ちょ!ちょっと、七央!!」
やめなさーーいっ!そんなにハッキリと言っちゃダメーー!!
ヤキモチをヤキモチと指摘されるのはかなり恥ずかしいんだぞっ!
「ごめんなさい七央。……呆れただろ。こんな、子供地味た独占欲なんて…」
昴さんは両手で顔を覆って俯いた。
さらりとした真っ直ぐで艶々の髪から覗く耳が赤い。物凄く照れてらっしゃる。恥ずかしいんだな…うん。
でも、そこは怒っていいと思います!七央はもうちょっと空気読めっ!
「そんな事ないよ昴さん。凄く嬉しい! 僕を独り占めしたいなんて、これ以上ない愛の告白だよ」
「七央……、」
顔を覆っていた昴さんの手を優しく取って、俯けていた顔を覗き込むように七央が屈む。昴さんは恐る恐る七央に視線を向けた。相変わらずお顔は真っ赤。今にも泣き出しそうな潤々の瞳。
オレはいったい何を見せられているんだろう。
ぽかん顔のオレを置いてきぼりにした大人番の七央と昴さんは、どんどん二人の世界を構築していく。
つ…ついて行けない。
これが大人の世界なの…か?
ふと、隣の流星くんが気になった。
チラリと見上げた隣の同類。
…あ。だよね、わかる。
ウロウロと視線を泳がせ、何処を見たらいいのかわからないよー、と言いたげな表情で口を真一文字に閉じていた。
オレや流星くんが子供すぎなのか。
それとも七央や昴さんは思ってた程大人じゃなかったのか。……わからん。
「昴さんはもっと、僕を縛り付けても構わないんだよ」
「そ…そんな。縛り付けるだなんてっ、」
お互いの手をすりすりさせながら見詰め合う大人の番。
甘々フェロモンがむわんむわんと部屋中に漂い始める。
何だこれ。…一周回ってスンとなる。
まったく。大人が聞いて呆れちゃうぞ。
何となく身動きすら取れない中、オレは流星くんの居た堪れなさそうな顔がスンと無に還っていくのを眺めながら、さっき昴さんが言っていた“お願い”を考えてみた。
七央を渡す…って、どういう意味なんだろう。オレなんかにヤキモチなんて妬く必要ないのに。それともオレ、そんなに七央にベタベタしてたかな? 確かにオレの世界の中心にいたのは七央だったけど、七央の世界の中心はオレじゃないよね?
う~……ん。そんなにオレ、七央にべったりしてたかな?
どう考えてもオレが、今目の前でイチャコラしてる二人の障害になってるとは思えないけどな。
「僕が心から愛してるのは昴さんだけだよ。…でもごめんなさい。昴さんにヤキモチ妬かせてしまって。これからは気を付けるから」
「違うんだ七央。…これは、私の我儘で…」
ほら。ほらほらほら!
「ううん、こんなの全然我儘なんかじゃない。ねぇ昴さん。僕が、理央の事ばかり構うのは嫌だった? …悲しかった?」
「七央…っ。そ、それは…、その。そんな事は…、」
そりゃ七央!当たり前だぞ。そんなの嫌に決まってる。オレだってもし、もしも流星くんが他の誰かばっかり構ってたら悲しい。
七央と流星くんの事を誤解して泣き明かしたあのヒートの夜を思い出す。
どうして流星くんの好きな人はオレじゃないんだろう…って、悲しくて辛くって。
……………あ、そっか。
昴さんはあの時のオレと同じ気持ちをずっとずっと抱えてたのかな?
あんなに苦しい気持ちを? もしかして今もまだ?
ぎゅうぅ…っと、胸が痛くなった。
あの夜、散々泣きながら流星くんの事ばかり考えた。一晩中、瞼がもっさりするくらい泣いて泣いて…。それでも大好きな人の一番になれないのが悲しくて辛くって、オレが望む場所にいる七央が羨ましくて憎らしくて。だけど嫌いにはなれないから、心に重石を乗せたままどうにもならない気持ちだけが残ったんだ。
結局オレのは誤解が解けて、今はとんでもなく幸せだけど、昴さんは今もまだ重い心を抱えたままなんだ。
だからオレにお願い…って。
「ごめんなさい、昴さん!」
あんな気持ちのままじゃ駄目だ。昴さんが壊れちゃう!
「理央……?」
「七央! ダメだよ。もう七央はオレになんて構っちゃダメだ! 昴さん!オレ、もう七央は要らないです!どうぞ煮るなり焼くなり思う存分ヤッちゃってください!」
「に…煮る?」
「焼く……?」
「ヤッ、ヤッちゃっ…て!?」
もー!それは勢い任せに出ちゃった言葉なんだから、いちいち反応しないでよ!
「オレ、全然周りが見えてなかった。…今までずっと神様仏様七央様だったから、金魚のフン並に七央に引っ付いてた自覚はあります。七央はオレにとって太陽で、お兄ちゃんで、家族以上に家族…ていうのかな。とにかく、…そう!この眼鏡みたいな存在なんです!」
七央が選んだ大きな黒縁の野暮ったい眼鏡。オレのコンプレックスだったそばかすを隠してくれて、ど近眼なボヤけた視界をクリアにしてくれる相棒。
「この眼鏡のお陰でそばかすも気にならなくなったし、ぼんやりした世界が明るくクリアにもなった。眼鏡は無いと困る。…だけど、代わりのきく物です。それに、レンズ越しに見てる世界より、裸眼で見える流星くんの瞳の方がずっと綺麗だもん」
オレよりうんと背の高い流星くん。見上げてるとどんどん眼鏡はずり下がる。だからいつも眼鏡の縁から覗き込むようにその瞳を見てた。
蜂蜜色の綺麗な瞳。時々とろりと蕩けて凄く美味しそう。舐めたらとびきり甘いんだろうな。
「理央の瞳の方が綺麗だよ。キラキラ光る夜の星空みたいだ」
「流星くん…」
は…恥ずかしい!何だよ、夜の星空って。そんなクサいセリフ、いったい何処で仕入れてきたの?
顔が熱くなっちゃうだろ!もぉー!
ポッポッとするほっぺが恥ずかしくて俯いてしまった。
何だかさっきの昴さんみたい。
「あー…あ。ホントに理央は大人になっちゃったんだね。 …ねぇ、昴さん。言ったでしょ。僕の仔猫はもう巣立っちゃったんだって」
「あ、ああ。そう、みたいだね。 ……七央は、寂しい?」
仔猫? 何それ。七央はオレを仔猫扱いしてたの?
それはちょっと心外……
「そりゃあ…寂しいよ」
仔猫発言にむすんとしてチラッと七央を見たら、言葉通り寂しそうに笑う七央と目が合った。
「あのね理央。それから昴さんも聞いてくれる? 僕がどうして、アルファを隠してきたのか」
それは長年、一緒に育ってきたオレですら知らなかった、七央の苦悩だった。
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