捨てられ聖女の私が本当の幸せに気付くまで

海空里和

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18. 明かす 

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「おい、こっちだ!」
「嘘だろ? 何で突然……」

 翌朝、騒がしい声で目覚めた。

 昨日、川を浄化した私は、オーウェンと共に誰にも見つかることなく宿に帰ることが出来た。

 根本的に、ローアン山の瘴気を何とかしないといけないが、一晩では無理なため、応急処置的にこの町に流れる瘴気を堰き止め、浄化された水だけ流れるようにした。私がオルレアン全体を浄化するのに必要なひと月ほどは保つはずだ。

 ベッドから起き上がると、ミアの姿は無かった。窓際まで歩き、カーテンと窓を開ける。

 まだ夏の暑さが残る季節なのに、山に囲まれたオルレアンでは、外から気持ちのいい風が吹き込んでくる。

 窓から外を覗き込めば、閉鎖されていたはずの川から水を引き上げるためのポンプの前に町の人たちが集まっている。

 その群衆の後ろの方にオーウェンの姿を見つける。

 オーウェンもすぐさま私に気付き、ちょいちょい、と降りてこいと合図をした。

 私は窓を閉め、急いで着替えた。

 宿の階段を駆け下りると、赤ん坊を抱えたミアとユリスさんが食堂から出て来た。

「あ、おはようございます!」
「おはよう、リーナちゃん」
「おはよう」

 挨拶をすると、二人からも返事が返ってくる。

「リーナちゃんも朝食?」
「いえ、外が騒がしいので、様子を見に行こうと」
「ああ。川の水を毎朝検査しているんだけどね、なんと瘴気が無くなったみたいなんだ」
「へ~、そうなんですかあ!」

 にこやかにユリスさんが説明してくれた。私もしらばっくれて笑顔を作る。

「だから町の人があんなに喜んでいたんですね!」
「うん。でも不思議だよね。急に瘴気が無くなるなんて。今、隊員を川へ調査に向かわせているんだ」
「そうですか~。ではまた後で……」

 考え込むユリスさんに無邪気に笑ってみせると、私はそそくさと宿の出入り口に向かった。

「リーナちゃん」

 ドアに手をかけた私の背後からユリスさんが覆いかぶさるように制止した。

「ユリスさん?」

 彼の手を振り払うことは出来なくて、私はユリスさんの言葉を待つ。

「昨夜、オーウェンと二人で抜け出していたよね? ……何をしていたの?」

 今まで私たちを気遣っていたはずのユリスさんが確信をついたかのような質問をしてきて、私の心臓が飛び上がる。

「す、すみません。逢引きをしていました。それ以上は……」

 オーウェンの考えた嘘がとっさに出た。

 いつもなら恥ずかしいと思う嘘も、今はバレるのが怖くて、冷や汗が背中を伝っていく。

「わざわざ町はずれの川で?」

 ひゅっ、と息が出来なくなる。

(見られてた?! ど、どうしよう……)

 怖くて後ろを振り返れない。

「人の女に手を出す趣味が? 師匠」

 あわあわしていると、宿のドアを開け、オーウェンが私の前に現れた。

 ドアが大きく開けられたことにより、ノブに手をかけていた私はバランスを崩して、オーウェンの胸の中に飛び込む形となった。

「大丈夫ですか? お嬢」

 オーウェンが来てくれたことに私はホッとした。

「オーウェン」

 後ろから聞こえたユリスさんの声は怒っているように聞こえた。

「昨日リーナちゃんと川で何をしていた? いや、彼女は何者だ?」
「……わかりましたよ、師匠」

 オーウェンは観念したかのように息を吐いた。

「すみません、お嬢。見回りは警戒していたんですが、さすがに師匠の気配には気付けませんでした」

 申し訳なさそうに謝るオーウェンに、私も観念する。

「そもそも、私の嘘のせいだもの。オーウェン、ごめんね。ミアも」

 ユリスさんの後ろにいたミアにも謝る。

「……別に私は……」

 ぷい、とそっぽを向くミア。

「……とりあえず、私の部屋へ。説明してくれるね?」

 私たちのやり取りを見たユリスさんは、自身の泊まっていた部屋へと促した。



「えっと……ちょっと待って……」

 ユリスさんの部屋。二つのベッドにそれぞれユリスさんとオーウェン、私とミアが座って向かい合う。

「リーナちゃんはアデリーナちゃんで、婚約破棄をされて国外追放?!」

 混乱するユリスさんは額に手を置き、声を荒げた。私はミアの腕の中にいる赤ん坊が起きないよう、彼に「しーっ」と伝える。

「あ、ごめん……。驚いて…………。いや、でも、何で本当のことを言ってくれなかったんだい? 愛人うんぬんも嘘かい?」
「それは……濡れ衣とはいえ、犯罪者の私を助けては、ユリスさんたちにご迷惑がかかると思って……。ミアの安全も確保できなくなるし、オルレアンでは穏やかに暮らしていきたかったので」

 私は頭を下げて説明をした。

「確かにミアちゃんは妊婦さんだったし、わかるけどね。もっと信用して頼ってくれても良かったのに……」

 ユリスさんは残念そうに微笑んだ。その表情に申し訳ない気持ちになる。

(こんなことになるなら、最初から説明しておくべきだったのよね)
「すみませんでした、ユリスさ――」

 立ち上がり、謝罪しようとした私の足元にユリスさんが跪く。

「ユリスさん?!」

 驚く私の手を取って、ユリスさんが見上げて言った。

「アデリーナちゃん、私はずっと君にお礼を言いたかった。八年前、君が力を使ってくれていなかったら、オルレアンの民に尋常じゃない被害が出ていたと思う」
「ユリスさん、立ってください! オーウェンみたいな子が出るのが嫌で、私が勝手にやったことですから!」

 慌てた私は、ユリスさんに合わせてかがむ。

「ああ、やっぱりアデリーナちゃんなんだね。あの頃も同じことを言っていた」

 ユリスさんは私の顔を覗きこむと、懐かしそうに目を細めた。

「私は恩ある君に気付かず、酷なことまでぺらぺらと……」

 ユリスさんが辛そうな表情で俯いてしまったので、私は彼の手を両手で覆って、ぎゅうと握った。

「あの頃と姿が変わってしまったので、わからないのは仕方ないです」

 綺麗だったブロンドの髪は、今は皆に汚いと罵られる色に様変わりしてしまった。気付くのは無理だろう。

「アデリーナちゃん……ありがとう……」

 にっこりと笑う私に、ユリスさんは泣きそうな笑顔を返した。

「それで師匠、エルノー夫妻を暗殺した犯人が、オルレアンに魔物をけしかけていた奴と同一人物らしいんですが……」

 ベッドから立ち上がり、オーウェンもユリスさんに視線を合わせるように床にどかっと座った。

「ああ……。教えてあげたいのは山々だけど、国家の機密情報だ。副団長として話すわけにはいかない」

 真剣な顔でユリスさんが言った。

「やっぱり騎士団でのし上がるしかないか」

 オーウェンが腕を頭で組みながら言った。

「騎士団の幹部になれれば情報は入るだろうけど……復讐したくても勝手は出来ないよ、オーウェン?」

 師匠らしく厳しい表情で話すユリスさんに、オーウェンは、にかっと笑って言った。

「わかってますよ」
「ならいいが……ところで」

 オーウェンの返事に一息つくと、ユリスさんはミアをちらりと見た。

「ミアちゃんはどうしてオルレアンに? オーウェンの妻だというのも嘘なんだろう?」
「あ……」

 赤ん坊を庇うようにして、ミアの身体が後ろに引いた。

 ミアは騎士団に追われていた。もし本当のことを言って、ラヴァルに強制送還でもされたら……。

 どうしよう、とこれ以上嘘を重ねることをためらっていれば、オーウェンが口を開いた。

「ミアは本当に俺の奥さんですよ。アデリーナ様を助けたくて、夫婦で協力して国を出て来たんです。な、ミア?」

 オーウェンの笑顔の圧に、ミアも思わず頷いた。

(オーウェン……ミアのために背負ってくれるんだ)

 私のミアを守りたいという身勝手な想いをオーウェンが守ってくれているのがわかって、泣きそうになった。

「……お前が? アデリーナちゃんよりも他の女に目がいったって?」
「主従と恋愛は違いますから」

 険しい顔のユリスさんに私はどぎまぎしているのに、オーウェンは涼しい顔で笑っている。

「……まあ、深くは聞かない。とにかく、この件は団長にも報告させてもらうからな」

 こうなったら、当然ながらエクトルさんにも話がいく。

 あの綺麗な瞳の彼に、軽蔑されたり呆れられたりしないかと、私は不安になった。

 
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