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32. 夫婦の真相
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「ふう……」
聖堂で浄化を終えた私はベンチに座り、一息ついた。
一か月で終わると予測を立てたものの、少しだけ時間を要してしまった。
浄化はオルレアンの騎士の討伐のおかげで楽だったはずなのに、禍々しい気配が邪魔をしていたのだ。
ラヴァルにオルレアンが魔物を差し向けていたことと関係あるのだろうか?
その禍々しい気配を浄化したことにより、私の髪の黒色が進行した。
幸い毛先だけだったので、髪を纏めて隠している。真っ黒な毛先に、「気味悪い」と言われてきた記憶がよみがえる。
私はこの国でもそう言われるのが怖くて、人前で髪をおろさなくなった。
国全体の瘴気の浄化は済んだものの、継続して行う必要があるので、私はこうして毎日聖堂に来ていた。
「リーナ、お疲れ様です」
「ミア」
ぼんやりしていると、ミアが昼食を持って来てくれた。
オーウェンがミアとの婚姻届けを出したと聞いたものの、私はそのことを何となく彼女には聞けなかった。
ミアからもその話題が出ることはなく。こうして変わらない日々が過ぎていった。
「あれ、今日マレールは?」
「騎士団の食堂で働く人が見てくれています。私も、少しなら大丈夫かなって、甘えてしまいました」
野良猫のように牙をむき、自身の子供を必死に守っていたミア。そんな彼女がこんな風に穏やかに笑って、人に頼れるまでになるなんて。
「そっか」
私にバスケットを手渡し、隣に腰掛けるミアに、私も笑みがこぼれる。
(ミアは、幸せに暮らせているんだな)
それはオーウェンのおかげでもあるのか。嬉しいはずなのに、複雑になる。
「あ、それと、来月の調印式期間は家でじっとしていることになったので、ここには来られません。公務の後でもあなたはここに来るんでしょうから、昼食は他の方に頼んであります」
「……オーウェンね?」
ミアの言葉の後ろに、オーウェンがいるのを感じた。
ラヴァルの使者は、ヘンリー殿下とハンナ。万が一にもミアと遭遇したら彼女とマレールの命が危険だ。
私はエクトルさんのおかげで安全なところにいる。オーウェンがミアを守ってくれているのだ。
当日、私はエクトルさんと一緒に過ごす。調印式やそのあとの交流パーティーに参加する。その間も私が浄化を休まないことは、オーウェンにはお見通しで。こうしてミアを通じて、私の食事の手配をしてくれている。
オーウェンは、もう私の側にはいない。それでも、陰ながら私を支えてくれているのがわかる。
「あの人も、当日は主賓の護衛にあたるみたいなので」
オーウェンは隊長に昇格したと聞いた。当日、主要な場所を任されるのも当然だろう。
「ミア、くれぐれも気を付けてね」
私がそう伝えると、ミアは心配そうに言った。
「リーナこそ、ヘンリー殿下と顔を合わせることになりますが、大丈夫ですか?」
「私は……」
いまさらヘンリー殿下に会ったところで、何の感情も湧かない。私が罪人ではないことは、皇帝陛下もエクトルさんもわかってくれているし。
ただ私を、「気味悪い」と罵るあの言葉で、私を貫く感覚が蘇る。
――どうして、いまさら。
私の側には常にオーウェンがいてくれた。彼は、私の髪は「自分や大勢の人を救ってきた証」だから、綺麗だと、好きだと言ってくれていた。
そのオーウェンは、もう私の側にいない。
ぶるりと震わせた身体を、私は抱きしめるように腕で包んだ。
「リーナ? あの人に側にいてもらったらどうですか?」
顔色が変わった私をミアが心配して、背中をさすってくれた。
「オーウェンはもう、私の護衛じゃなくて、ミアの旦那さんだもの」
気付けば、そんな言葉を発していた。
驚くミアの顔を見て、私はハッとし、取り繕う。
「あ! タイミング逃したけど、オーウェンと正式に夫婦になったんでしょう? ミアはオーウェンのこと苦手だと思っていたから、驚いちゃった! おめでとう、でいいのかな?」
精一杯の笑顔で言えば、ミアは神妙な面持ちで言った。
「……やっぱり、あの人から聞いていないんですね」
「え……」
ミアは少しだけ逡巡すると、ぐっ、と覚悟を決めた顔で私を見た。
「あの人とは確かに、夫婦になりました」
ミアの決定的な言葉が、私の心を抉った。そんな私を見たミアが、「でも」と続ける。
「それは形式的なものです」
「……どういうこと?」
ミアを見つめた私の手を、彼女がそっと握って言った。
「あの人の物事の中心は、いつだってリーナです」
「え……」
大きく目を見開いた私に、ミアは呆れた顔で言った。
「あの人は、本当に言葉にしなさすぎです。リーナ、これは口留めされていたことなんですが……」
真剣な表情のミアに、私もごくり、と続きを待った。
「あの人に何かあったら、私にお金が入るように、形式上夫婦の手続きをしてくれただけで、私たちの間に一切、そんな感情はありません。あなたがこの国で聖女として、皇弟殿下妃として生きていくなら、私が負担にならないよう、そうして欲しいと」
「何それ……」
ミアの説明に、言葉が出てこない。彼女はそんな私に微笑むと、続けた。
「もちろん、私は断りましたよ? 仕事も決まったし、あなたたちに甘えてばかりにはいきませんから」
「そんなこと……」
気にしなくていいのに、と言おうとしたら、ミアは首を振った。
「あなたたちは私のせいで、余計なものまで背負ってしまった。あなたのためにも受け入れて欲しいとあの人に頼まれました。だから……」
ミアはそこまで言って俯いた。
「余計なんかじゃない!」
「リーナ……?」
俯くミアの肩に触れて私は叫んだ。
「私、ミアに出会えて良かったもの! あなたの作る昼食が楽しみで……あなたとマレールに会えるのが嬉しくて……私、友達がいなかったから……。だから、余計なものだなんて言わないで……」
「命を狙われた私をリーナがかばっていたら、あなたにも危険が……」
「私は大丈夫だよ」
泣きだしたミアを、私はそっと抱きしめた。
「それ、オーウェンが言ったの?」
私の言葉に、ミアは黙った。
「オーウェンってば、心配性なんだから……。でも、ミアはそれでいいの? オーウェンが……好き?」
私はいたって冷静を装って聞いた。
「あ、それは無いです」
ぴしゃりと即答したミアに、私はひどく安心した。
「じゃあ、ずっと夫婦を装って生活していくの?」
私の言葉にミアが言い淀む。
「あの人、俺に何かあったらって、死ぬつもりなんじゃないかって……」
「えっ」
オーウェンは、両親の復讐を宣言していた。
(まさか……)
ミアの言葉に、私は言いようのない不安に襲われた。
「ねえ、リーナの心には、今、誰がいるんですか?」
ミアの言葉が頭の中で響いた。
聖堂で浄化を終えた私はベンチに座り、一息ついた。
一か月で終わると予測を立てたものの、少しだけ時間を要してしまった。
浄化はオルレアンの騎士の討伐のおかげで楽だったはずなのに、禍々しい気配が邪魔をしていたのだ。
ラヴァルにオルレアンが魔物を差し向けていたことと関係あるのだろうか?
その禍々しい気配を浄化したことにより、私の髪の黒色が進行した。
幸い毛先だけだったので、髪を纏めて隠している。真っ黒な毛先に、「気味悪い」と言われてきた記憶がよみがえる。
私はこの国でもそう言われるのが怖くて、人前で髪をおろさなくなった。
国全体の瘴気の浄化は済んだものの、継続して行う必要があるので、私はこうして毎日聖堂に来ていた。
「リーナ、お疲れ様です」
「ミア」
ぼんやりしていると、ミアが昼食を持って来てくれた。
オーウェンがミアとの婚姻届けを出したと聞いたものの、私はそのことを何となく彼女には聞けなかった。
ミアからもその話題が出ることはなく。こうして変わらない日々が過ぎていった。
「あれ、今日マレールは?」
「騎士団の食堂で働く人が見てくれています。私も、少しなら大丈夫かなって、甘えてしまいました」
野良猫のように牙をむき、自身の子供を必死に守っていたミア。そんな彼女がこんな風に穏やかに笑って、人に頼れるまでになるなんて。
「そっか」
私にバスケットを手渡し、隣に腰掛けるミアに、私も笑みがこぼれる。
(ミアは、幸せに暮らせているんだな)
それはオーウェンのおかげでもあるのか。嬉しいはずなのに、複雑になる。
「あ、それと、来月の調印式期間は家でじっとしていることになったので、ここには来られません。公務の後でもあなたはここに来るんでしょうから、昼食は他の方に頼んであります」
「……オーウェンね?」
ミアの言葉の後ろに、オーウェンがいるのを感じた。
ラヴァルの使者は、ヘンリー殿下とハンナ。万が一にもミアと遭遇したら彼女とマレールの命が危険だ。
私はエクトルさんのおかげで安全なところにいる。オーウェンがミアを守ってくれているのだ。
当日、私はエクトルさんと一緒に過ごす。調印式やそのあとの交流パーティーに参加する。その間も私が浄化を休まないことは、オーウェンにはお見通しで。こうしてミアを通じて、私の食事の手配をしてくれている。
オーウェンは、もう私の側にはいない。それでも、陰ながら私を支えてくれているのがわかる。
「あの人も、当日は主賓の護衛にあたるみたいなので」
オーウェンは隊長に昇格したと聞いた。当日、主要な場所を任されるのも当然だろう。
「ミア、くれぐれも気を付けてね」
私がそう伝えると、ミアは心配そうに言った。
「リーナこそ、ヘンリー殿下と顔を合わせることになりますが、大丈夫ですか?」
「私は……」
いまさらヘンリー殿下に会ったところで、何の感情も湧かない。私が罪人ではないことは、皇帝陛下もエクトルさんもわかってくれているし。
ただ私を、「気味悪い」と罵るあの言葉で、私を貫く感覚が蘇る。
――どうして、いまさら。
私の側には常にオーウェンがいてくれた。彼は、私の髪は「自分や大勢の人を救ってきた証」だから、綺麗だと、好きだと言ってくれていた。
そのオーウェンは、もう私の側にいない。
ぶるりと震わせた身体を、私は抱きしめるように腕で包んだ。
「リーナ? あの人に側にいてもらったらどうですか?」
顔色が変わった私をミアが心配して、背中をさすってくれた。
「オーウェンはもう、私の護衛じゃなくて、ミアの旦那さんだもの」
気付けば、そんな言葉を発していた。
驚くミアの顔を見て、私はハッとし、取り繕う。
「あ! タイミング逃したけど、オーウェンと正式に夫婦になったんでしょう? ミアはオーウェンのこと苦手だと思っていたから、驚いちゃった! おめでとう、でいいのかな?」
精一杯の笑顔で言えば、ミアは神妙な面持ちで言った。
「……やっぱり、あの人から聞いていないんですね」
「え……」
ミアは少しだけ逡巡すると、ぐっ、と覚悟を決めた顔で私を見た。
「あの人とは確かに、夫婦になりました」
ミアの決定的な言葉が、私の心を抉った。そんな私を見たミアが、「でも」と続ける。
「それは形式的なものです」
「……どういうこと?」
ミアを見つめた私の手を、彼女がそっと握って言った。
「あの人の物事の中心は、いつだってリーナです」
「え……」
大きく目を見開いた私に、ミアは呆れた顔で言った。
「あの人は、本当に言葉にしなさすぎです。リーナ、これは口留めされていたことなんですが……」
真剣な表情のミアに、私もごくり、と続きを待った。
「あの人に何かあったら、私にお金が入るように、形式上夫婦の手続きをしてくれただけで、私たちの間に一切、そんな感情はありません。あなたがこの国で聖女として、皇弟殿下妃として生きていくなら、私が負担にならないよう、そうして欲しいと」
「何それ……」
ミアの説明に、言葉が出てこない。彼女はそんな私に微笑むと、続けた。
「もちろん、私は断りましたよ? 仕事も決まったし、あなたたちに甘えてばかりにはいきませんから」
「そんなこと……」
気にしなくていいのに、と言おうとしたら、ミアは首を振った。
「あなたたちは私のせいで、余計なものまで背負ってしまった。あなたのためにも受け入れて欲しいとあの人に頼まれました。だから……」
ミアはそこまで言って俯いた。
「余計なんかじゃない!」
「リーナ……?」
俯くミアの肩に触れて私は叫んだ。
「私、ミアに出会えて良かったもの! あなたの作る昼食が楽しみで……あなたとマレールに会えるのが嬉しくて……私、友達がいなかったから……。だから、余計なものだなんて言わないで……」
「命を狙われた私をリーナがかばっていたら、あなたにも危険が……」
「私は大丈夫だよ」
泣きだしたミアを、私はそっと抱きしめた。
「それ、オーウェンが言ったの?」
私の言葉に、ミアは黙った。
「オーウェンってば、心配性なんだから……。でも、ミアはそれでいいの? オーウェンが……好き?」
私はいたって冷静を装って聞いた。
「あ、それは無いです」
ぴしゃりと即答したミアに、私はひどく安心した。
「じゃあ、ずっと夫婦を装って生活していくの?」
私の言葉にミアが言い淀む。
「あの人、俺に何かあったらって、死ぬつもりなんじゃないかって……」
「えっ」
オーウェンは、両親の復讐を宣言していた。
(まさか……)
ミアの言葉に、私は言いようのない不安に襲われた。
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