捨てられ聖女の私が本当の幸せに気付くまで

海空里和

文字の大きさ
37 / 42

36. 離さない

しおりを挟む
「リーナ、嫌な思いをさせてすまない」

 エクトルさんは足早に私を連れて王城を出た。向かう先はどうやら騎士団塔だった。

 そのまま最上階へと連れていかれる。

 行き先は、エクトルさんの執務室ではなく、居住スペースだった。

 私は別室をもらっているため、入ったことがない。

 彼に手を引かれ、その広い部屋に足を踏み入れた。

 天蓋付きのベッドに、執務机、アパタイトが寝ているだろう大きなクッション。最低限の家具しかない。

「エクトルさん? どうしたんですか?」

 エクトルさんは振り返らずに私をベッドまで連れて行くと、私をマットレスの上に押し倒した。

「エクトル……さん?」

 いつも優しい表情の彼が怖い顔で私を見下ろしていた。

「君は俺が守るから」
「でも、それじゃあエクトルさんの立場が……」
「君とは離婚しない」

 表情を緩めることなく、エクトルさんが言った。

「でも、私たちは契約結婚でしたよね? この国のために私のことは捨て置いてください」
「オーウェンを極刑にすることもできるんだ」
「⁉」

 エクトルさんの言葉に、私の声が震える。

「なんで……そこでオーウェンが……」
「この国は一人の伴侶に生涯を捧げる。破った者には重い罰が課せられる。皇族の伴侶ともなれば、極刑だ」
「でも…………私たちは契約結婚で……」

 アパタイトとの会話をやはり聞かれていた。

 エクトルさんの気持ちを知りながら、契約結婚だといまだ言葉にする私を、エクトルさんも怒っているのだろう。

「でも、確かに契約結婚のことが漏れれば、君を守れないな」
「エクトルさん⁉」

 マットレスに私を縫い付けていたエクトルさんの手が、私の胸に移り、私は身を固くした。

「ユリスが勝手に噂を流してくれたおかげで、君は私の物だと周知のはずだったんだがな。君たちの絆を甘く見ていたようだ」
「エクトル……さん?」

 彼は辛そうな表情で、私を見つめた。

 そして彼の手が私のドレスのリボンを解く。

「リーナが本当に私の物に……妻になるなら、オーウェンとのことは聞かなかったことにする」
「‼」

 エクトルさんの目は本気だった。

 あんなに綺麗だと思っていたホリゾンブルーの瞳が、今は怖い。

「すまない……でもそこまでしても、私は君を手放したくないんだ」

 固くした私の表情を見たエクトルさんが、切ない声で言った。

 私は怖さと、引きちぎられそうな悲しい想いで、その場から動けなかった。

(私がはっきりしてこなかったから……)

 エクトルさんを傷つけ、オーウェンが罪に問われる事態へと陥っている。

(私が……エクトルさんを受け入れれば……)

 ふっ、と力を弱めた私をエクトルさんが熱い眼差しで見下ろした。

「リーナ、愛している……」

 エクトルさんは私を抱き寄せると、解いたリボンの胸元からドレスをはだけさせた。

 下着が見え、両手でそれを隠そうとする私を、エクトルさんが再びマットレスに沈めた。

「リーナ……」

 熱い眼差しのまま、エクトルさんから首にキスをされる。

「いやっ……!」

 つい漏れ出た拒絶の言葉に、私は口を押さえた。

 エクトルさんは身体を起こすと、私の両腕を頭の上で縫い止めた。

「まだ君の頭の中には、あの男がいるのか……?」

 エクトルさんはそう言うと、私にキスをしようとした。

 私は反射的に顔を反らしてしまう。

「リーナ?」
「あ……」

 傷付いた表情のエクトルさんを見て、自分が泣いているのに気付いた。

「……唇は、そのうち許して欲しい」

 エクトルさんはぎゅっと目をつぶりそう言うと、私に体重を預けた。

「でも、やめるつもりはない」

 エクトルさんはそう言うと、私の身体にキスを落としていきながら、下着に手をかける。

(やだ……! オーウェン‼)

 この期に及んで、彼を想う自分に辟易とした。

 いまさら、戻れない。オーウェンが私を選ぶこともない。

 私はぼろぼろと涙をこぼしていた。

「リーナ……」

 私の声にならない泣き声を慰めるように、エクトルさんが優しく私の肌に触れる。

「愛している。私だけの物になってくれ」

 泣き止まない私に懇願しながらも、エクトルさんは本当にやめるつもりは無いらしい。

 息を粗くし、私を見下ろした彼に、私は身体を固くした。

「やだっ……オーウェン‼」
「エクトル‼」

 叫んだと同時に、部屋のドアが勢いよく開けられた。

「アパ……タイト?」

 部屋に入って来たのはアパタイトだった。

「エクトル、リーナを離して」

 アパタイトは私に視線をやると、すぐにエクトルさんを見据えた。

「アパタイト、お前だってリーナが私と結婚することを望んでいただろう」

 私を解放し、エクトルさんがアパタイトに向き直る。

「リーナも同じ気持ちだったら、ね」

 毛布を口に咥え、視線をくれたアパタイトに、私は急いで飛びついた。

「リーナ!」

 エクトルさんの元から逃れた私を掴もうとした彼の手が、宙を掴む。

「エクトル、いくらリーナを好きだからって、こんなのはダメだよ」
「それだけじゃない。どのみち兄上の命令からは逃れられないんだ。それに、ラヴァルからリーナを守るにはこの方が手っ取り早い」
「本当に?」

 私はエクトルさんとアパタイトが言い合うのをモフモフの身体に顔を埋めながら聞いていた。

「エクトル、死ぬ運命から逃れられたからって、欲深くなったんじゃない?」
「な、にを――」
「今のエクトルは、アニエスと同じ空気をまとっているよ」
「‼」

 アパタイトが放った言葉に、エクトルさんはベッドに腰をドスン、と落とした。

「リーナ、行こう」

 その様子を見たアパタイトは、私を部屋から連れ出してくれた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

冤罪で殺された聖女、生まれ変わって自由に生きる

みおな
恋愛
聖女。 女神から選ばれし、世界にたった一人の存在。 本来なら、誰からも尊ばれ大切に扱われる存在である聖女ルディアは、婚約者である王太子から冤罪をかけられ処刑されてしまう。 愛し子の死に、女神はルディアの時間を巻き戻す。 記憶を持ったまま聖女認定の前に戻ったルディアは、聖女にならず自由に生きる道を選択する。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

運命に勝てない当て馬令嬢の幕引き。

ぽんぽこ狸
恋愛
 気高き公爵家令嬢オリヴィアの護衛騎士であるテオは、ある日、主に天啓を受けたと打ち明けられた。  その内容は運命の女神の聖女として召喚されたマイという少女と、オリヴィアの婚約者であるカルステンをめぐって死闘を繰り広げ命を失うというものだったらしい。  だからこそ、オリヴィアはもう何も望まない。テオは立場を失うオリヴィアの事は忘れて、自らの道を歩むようにと言われてしまう。  しかし、そんなことは出来るはずもなく、テオも将来の王妃をめぐる運命の争いの中に巻き込まれていくのだった。  五万文字いかない程度のお話です。さくっと終わりますので読者様の暇つぶしになればと思います。

私が嫌いなら婚約破棄したらどうなんですか?

きららののん
恋愛
優しきおっとりでマイペースな令嬢は、太陽のように熱い王太子の側にいることを幸せに思っていた。 しかし、悪役令嬢に刃のような言葉を浴びせられ、自信の無くした令嬢は……

【完結】お飾り妃〜寵愛は聖女様のモノ〜

恋愛
今日、私はお飾りの妃となります。 ※実際の慣習等とは異なる場合があり、あくまでこの世界観での要素もございますので御了承ください。

誰でもイイけど、お前は無いわw

猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。 同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。 見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、 「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」 と言われてしまう。

婚約破棄された聖女は、愛する恋人との思い出を消すことにした。

石河 翠
恋愛
婚約者である王太子に興味がないと評判の聖女ダナは、冷たい女との結婚は無理だと婚約破棄されてしまう。国外追放となった彼女を助けたのは、美貌の魔術師サリバンだった。 やがて恋人同士になった二人。ある夜、改まったサリバンに呼び出され求婚かと期待したが、彼はダナに自分の願いを叶えてほしいと言ってきた。彼は、ダナが大事な思い出と引き換えに願いを叶えることができる聖女だと知っていたのだ。 失望したダナは思い出を捨てるためにサリバンの願いを叶えることにする。ところがサリバンの願いの内容を知った彼女は彼を幸せにするため賭けに出る。 愛するひとの幸せを願ったヒロインと、世界の平和を願ったヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(写真のID:4463267)をお借りしています。

処理中です...