捨てられ聖女の私が本当の幸せに気付くまで

海空里和

文字の大きさ
41 / 42

40. 結婚式

しおりを挟む
 眠れないまま、私は次の日を迎えた。

 逃げられないよう監視が張り巡らされた部屋で落ち着けるはずもなく。

 メイドたちがやってきて、私をあっという間に仕上げていった。

 純白のドレスに、身の回りのアクセサリーはヘンリー殿下の瞳に合わせて、オパールで揃えられた。
 
 結われた髪は、もう隠しようのないほど黒がブロンドを浸食していた。

(結婚も結婚式も、本当に好きな人とじゃないなんてね)

 鏡に映る自分にそんな皮肉めいたことを思った。

「時間だ」

 花嫁なのに、手を拘束された私は、王城内にある大聖堂へと連れていかれた。

 急な結婚式のため、列席者はいない。国王陛下とその側近だけで、あとは騎士たちが周りを固めていた。

 先に到着していたヘンリー殿下の顔を見れば、精気がない。

「息子はちっとも私の思い通りにならないからね。少し大人しくしてもらったよ」

 陛下が隣で私に囁いた。

(まさか息子にまで闇魔法を……?)

「始めろ」

 操られた新郎と、拘束された新婦。

 目の前の神官が決められた文言を述べてゆく。

「誓いのキスを」

 神官がそう告げたところで、ヘンリー殿下が私に向き直る。

「殿下……ヘンリー殿下! この、バカ王子!!」

 私を気味悪いと言ったバカ王子とキスなんて、冗談じゃない。

 私は必死にバカ王子に呼びかけた。

「無駄だ、アデリーナ」

 バカ王子の背中越しに陛下が呆れたように言った。

 抵抗するも、バカ王子にぐぐぐ、と迫られる。

 迫った王子の腰に、私は剣を見つける。

 拘束された両手で私はそれを引き抜いた。

 狙うは――国王陛下!!

 突然の出来事に陛下は動けずにいたが、彼の側の騎士がすぐに私の剣を奪った。

 騎士の突き付けた切っ先が私の顔の前でぴたりと止まる。

「アデリーナ、お前も死にたいのか……?」

 がっかりしたように私に語りかける陛下。
 そのとき、騒がしい音が近付いてきたかと思うと、

「リーナ!!」

 ドカン、という凄い音と共にアパタイトが聖堂に押し入ってきた。

「アパタイト!」

 彼に視線を向けたところで、私は陛下に腕を掴まれ、拘束される。

「魔物だ! 退治しろ!」

 陛下の命令で私たちの前には騎士たちの列ができる。

「魔物ではない。フェンリルだ」
「エクトルさん!?」

 アパタイトの背からひらりと降りたのはエクトルさんだった。

 気まずい別れだったのに、彼は助けに来てくれたのだろうか。

「皇弟殿下がラヴァルに何の用です? 勝手に入国して戦争にされたいのですかな?」
「私の妻をさらっておいてよく言います!」

 国王陛下は私をがっちり掴んだまま、エクトルさんを見据えた。

「それに、離婚は成っておりません。よって、貴国は皇族を誘拐したことになります」
「聖女欲しさに、先に我が国の王太子妃に手を出したのは貴国だろう」
「国外追放したのはそちらでは?」

 両者の睨み合いが続く。先に陛下が痺れを切らした。

「ええい! あの者を捕らえよ! 侵入者だぞ!」

 しかし騎士たちは、オルレアンの皇族だと知り、躊躇している。

「ええい! 役立たずどもめ!」

 陛下が声を上げた瞬間、黒い影が伸びるようにエクトルさんを攻撃した。

「エクトルさん!」

 アパタイトがエクトルさんを乗せて空中に避けたのを見て、安心する。

「エクトル、闇魔法だよ! 気を付けて!!」
「あれが闇魔法か……まさかあなた自身が我が国に魔物を差し向けていたとは!」

 エクトルさんは理解すると、陛下を糾弾した。

「ははは、それがどうした! 貴殿はここで死ぬのだから、関係ない!」

 私を騎士に押し付けると、陛下はエクトルさんに向かって闇魔法を発動させた。

「エクトルさん!!」

 平和ボケしたラヴァルの騎士たちは、情けないことに全員、始まった戦闘の中逃げ出していく。

 聖魔法の使い手であるエクトルさんはアパタイトに乗りながら攻撃をかわし、対向している。

 がらがらと音を立てて聖堂が崩れていく。

「きゃああ!」

 私の頭上にもがれきが降ってきたが、私を拘束していた騎士が華麗に避けてくれた。

「あ、ありがとう……あなたも早く逃げて……」

 騎士を見やれば、甲冑のマスクで顔は見えない。

「逃げるのはあなたですよ、お嬢」

 聞きなれた声に、「お嬢」という呼び方。

「……オーウェン?」

 恐る恐る聞けば、フルフェイスのマスクを外してオーウェンが顔を出す。

「――何で!?」
「あ~、団長と一緒にラヴァルまでは来たんですけど、一足先に城へ潜入しちゃいました」

 ……私の元護衛、有能すぎない?

 ぽかん、とする私の両手の拘束を解くオーウェン。

「さ、脱出しますよ」
「待って!」
「お嬢?」

 留まろうとする私に、オーウェンが不思議な顔をする。

「陛下が……私の両親を殺してた……!」
「!」
「私……私は、陛下を許せない」

 怒りで涙を滲ませると同時に、ものすごい爆音で戦いに決着がついた。

 崩れた聖堂の中、陛下がアパタイトに取り押さえられていた。

「あなたの身柄はオルレアン帝国で預からせてもらう」
「オルレアンの皇族に聖魔法の使い手だと……? そんなバカな」

 私はオーウェンの腰の剣を抜くと、陛下の元に走った。

「お嬢!」
「止めないでよ、オーウェン! 私は、この人を許せない!」
「王族殺しは重罪です。たとえ犯罪人であろうと」

 私を捕まえて正論を説くオーウェンに涙が溢れる。

「それでも……」

 涙を流す私にオーウェンが言った。

「だから、俺がやります」

 オーウェンは私から剣を取り上げると、陛下に振りかぶった。

「オーウェン!!」

 悲鳴に近い私の叫び声と同時に、キン、と音を立てて剣が空中に飛んだ。

 エクトルさんがオーウェンの剣を受け止め、払ったようだった。

「オーウェン、お前ももうオルレアンの民だ。有能な騎士をみすみす極刑にはさせない。国王の処遇は我が皇帝に任せてもらう」
「……わかりましたよ」

 オーウェンは悔しそうにしながらも、エクトルさんに答えた。

 私たちの復讐は成し遂げられなかった。でも、私はこれでよかったんだと思った。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

冤罪で殺された聖女、生まれ変わって自由に生きる

みおな
恋愛
聖女。 女神から選ばれし、世界にたった一人の存在。 本来なら、誰からも尊ばれ大切に扱われる存在である聖女ルディアは、婚約者である王太子から冤罪をかけられ処刑されてしまう。 愛し子の死に、女神はルディアの時間を巻き戻す。 記憶を持ったまま聖女認定の前に戻ったルディアは、聖女にならず自由に生きる道を選択する。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

運命に勝てない当て馬令嬢の幕引き。

ぽんぽこ狸
恋愛
 気高き公爵家令嬢オリヴィアの護衛騎士であるテオは、ある日、主に天啓を受けたと打ち明けられた。  その内容は運命の女神の聖女として召喚されたマイという少女と、オリヴィアの婚約者であるカルステンをめぐって死闘を繰り広げ命を失うというものだったらしい。  だからこそ、オリヴィアはもう何も望まない。テオは立場を失うオリヴィアの事は忘れて、自らの道を歩むようにと言われてしまう。  しかし、そんなことは出来るはずもなく、テオも将来の王妃をめぐる運命の争いの中に巻き込まれていくのだった。  五万文字いかない程度のお話です。さくっと終わりますので読者様の暇つぶしになればと思います。

私が嫌いなら婚約破棄したらどうなんですか?

きららののん
恋愛
優しきおっとりでマイペースな令嬢は、太陽のように熱い王太子の側にいることを幸せに思っていた。 しかし、悪役令嬢に刃のような言葉を浴びせられ、自信の無くした令嬢は……

【完結】お飾り妃〜寵愛は聖女様のモノ〜

恋愛
今日、私はお飾りの妃となります。 ※実際の慣習等とは異なる場合があり、あくまでこの世界観での要素もございますので御了承ください。

誰でもイイけど、お前は無いわw

猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。 同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。 見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、 「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」 と言われてしまう。

婚約破棄された聖女は、愛する恋人との思い出を消すことにした。

石河 翠
恋愛
婚約者である王太子に興味がないと評判の聖女ダナは、冷たい女との結婚は無理だと婚約破棄されてしまう。国外追放となった彼女を助けたのは、美貌の魔術師サリバンだった。 やがて恋人同士になった二人。ある夜、改まったサリバンに呼び出され求婚かと期待したが、彼はダナに自分の願いを叶えてほしいと言ってきた。彼は、ダナが大事な思い出と引き換えに願いを叶えることができる聖女だと知っていたのだ。 失望したダナは思い出を捨てるためにサリバンの願いを叶えることにする。ところがサリバンの願いの内容を知った彼女は彼を幸せにするため賭けに出る。 愛するひとの幸せを願ったヒロインと、世界の平和を願ったヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(写真のID:4463267)をお借りしています。

処理中です...