こけしの大晦日

んが

文字の大きさ
1 / 5

誰?

しおりを挟む
 ある日の事です。
 犬のポチが林さんに連れられてお散歩をしていました。
 ポチはわん、と鳴きました。
 電信柱の足場ボルトに傘がかけられています。
 ポチは不思議に思いました。
「ポチ、静かにおし」
 林さんに注意されてしまいました。
 林さんは、ポチのリードを引っ張ります。
 ポチの足元をトカゲが通りかかりました。
「犬さん、犬さん、どうしてそんなにオンオン鳴いているの?」
「だって、電信柱に傘がかかっているんだよ。不思議じゃないか」
 ポチはトカゲの顔を見ました。
「傘? 傘なんてどこにあるんだい」
 トカゲは電信柱に足をかけて眺めましたが、傘など見当たりませんでした。
「トカゲさんには見えないのかい。ほら、ボルトに引っ掛けられているだろう」
 ポチはため息をつきました。
「ほら、あそこだよ」
 ポチは顔を上げて教えようとしましたが、トカゲはもうどこかへ行ってしまいました。

 ポチは、次の日も電柱のそばを通りました。
 水玉模様のビニール傘はボルトに引っ掛けられたままです。
「まだかかっている。不思議すぎる」
 犬はまたオンオン鳴き始めました。
「どうしたの? なにかいるの?」
 林さんが不思議そうに犬の首をさわります。
 ポチは林さんの顔を見ながら、わんわんと吠えました。
「何か見えるのかな。それはそれでこわいわね。」
「何も見えませんか、林さん」
 とポチは答えましたが、林さんにはわんわんとしか聞こえません。
「わしが見えるのかね」
 ふいにポチの頭上から声がしました。
「ずっとここを通るたびに吠えて、お前も何か寂しいのかね」
 電信柱の声は優しく聞こえました。
「あなたの傘なのですか?」
 ポチは目を丸くして電信柱に尋ねます。
「そうじゃよ。悪いかね?」
 電信柱は意地悪そうな声を出しました。
「水玉模様の傘だからてっきり女の子の傘だと思っていました。女の子の傘が何らかの事情で飛ばされたのかと」
 ポチが立ち止まったまま電信柱に向かってわんわん吠えているので、林さんは気味悪くなってきました。
「電信柱だって水玉模様の傘を持ちたいときもあるさ」
 電信柱はボルトに引っ掛けた傘を揺らして見せました。
 ポチは興奮してきました。
 わんわんわん、しっぽをぶんぶん振ります。
「ポ、ポチ。よその家に迷惑だからお散歩に行こう」
 林さんはリードを引っ張ります。
「ちょっと待ってください、林さん」
 ポチは訴えましたが林さんはリードをぐいっと引っ張ります。
 ポチは仕方なく歩き出しました。
「もう、ポチったらだめだよ。あんなにわんわん吠えたらみんなびっくりするじゃないの」
 川べりを歩きながら、林さんはポチをじっと見ながらリードをつかむ手に力を入れました。
「だって、あの傘が電信柱さんの傘だったなんて知らなかったんですもの」
 ポチは林さんを見上げてわんと鳴きました。

「そうなのよ。ポチがね、さっき電信柱を見上げながらわんわん吠えてうるさいから引っ張ってきたのよ」
「何か見えていたのかしら」
 犬友達が聞くと林さんはぶるっと肩を震わせました。
「やっぱりそう思う?」
「うんうん」
 犬友達はうなずきます。
「しかもさっきは何かポチが話したような気もしたし……」
「え? ポチが話したって聞こえたけど……」
 犬友達が聞き返しましたが、林さんはううんと首を振って話を続けました。
「きっと気のせいよ。それでね、ポチって時々こんな風に変な時があるのよ。前の飼い主のしつけが悪かったのかしら」
 林さんは話に夢中になって、リードを持つ手を緩めてしまいました。
 その時です。ポチは、だっと夢中で走りました。
 林さんがアッと思った時には、ポチの姿はどこにもありません。
「電信柱さん、戻ってきましたよ。さっきの犬です」
 ポチがわんわん鳴くと、電信柱はボルトに引っ掛けた傘をすぱっと開きました。
「ここまで登っておいで」
 電信柱が犬を呼ぶと、ポチは電信柱に足をかけましたが習慣でおしっこを引っ掛けてしまいました。
「おしっこをしろなんて言ってないよ。登っておいで」
 電信柱がやさしく呼びかけると、電信柱の上まで登りました。まるで足の裏に接着剤でもついているかのようです。
「すごいです! 木に登ったことはありますが、電信柱に登ったことなんてありません」
 ポチは興奮してわんわん吠えました。
「ほら、こっちへおいで。そしてわんわん吠えないで」
 電信柱は傘を開いているボルトの方へとポチを誘いました。
 ポチはボルトの方へ歩いていきます。
「ほら、もう少しこっちへ」
 電信柱の言うままに進んでいくと、目の前にある傘はとクラゲのようにふわふわと動き始めました。
「ほら、傘の近くまで行って」
 傘の近くまで寄ると、ポチはあっという間に傘に飲み込まれるように傘の中に落ちていきました。
「ああ!」
 ポチはクラゲ傘の中に落ちると、目を丸くしました。傘の中には別の世界が作られていました。
 小さな子供たちが楽しそうに、広々とした野原を駆け回っています。
「あ、犬だ。わあ、電信柱さん、僕たちのことをやっぱり考えてくれているんだね」
「ほんとだ。本物の犬だ。なんていう犬だろう」
「ぼく、こんな子犬が欲しかったんだよ」
 子供たちがわらわらとポチの周りに集まってきます。
「こんにちは。僕は林さんに飼われているポチといいます」
 そういってポチはわんと鳴きました。
「こんにちは。私はゆき」
「ぼくはかいと」
「ぼくはれん」
 子供たちは次々と自己紹介をしましたが、ポチには覚えられません。
「子供たちよ。私からのプレゼントは気に入ってくれたかね」
 上の方から電信柱の声が聞こえてきます。
「ポチ君、君はこれから毎日ここへきて子供たちと遊んでくれないかね」
 ポチはきょとんとして空を見上げました。
「え? ここにきてですか?」
 ポチが聞くと、電信柱の声がまた聞こえてきました。
「そうだよ。この子たちはここで暮らしている。危ない世界から逃げてきているんだ。私は疲れてしまったこの子たちを元気にしてあげたいんだ」
「ぼくが元気にしてあげられるのでしょうか」
 ポチがくうん、と鳴くと子供たちがまたポチに抱きつきました。
「ポチが毎日来てくれたらうれしい! ね、みんな」
 ゆきが言うとほかの子供たちは大きくうなずきました。
「うん。そうに決まってるよ。ここの暮らしは安全で楽しいけど、毎日がおんなじでちょっと物足りなかったんだ」
 れんが言いました。
「そうそう。ここにいると安心でご飯もおいしいし楽しいけど、ポチが来てくれたらうれしいよね」
 かいとも言いました。
「わかりました。皆さんにそう言っていただけるのはうれしいです。こうして皆さんと出会えたのもご縁でしょう。ここほれわんわんです」
 ポチはわんわんわんわん、と大きな声で吠えます。
「ポチや。ありがとうよ。とりあえず子供達にはご飯を与えて安心して眠れる場所を用意してある。私のことに気づいた人間が何人かいる。その者たちにはここの存在を伝えて子供たちの世話をしてもらっている」
 電信柱は簡単に事情を説明しました。
「わからないことがあれば、その者たちに聞いてもらってもいいし私に聞いてもらってもいい。私に聞きたいことがあるときは、空に向かって呼びかけえてもらえれば私は答えよう」
 そういうと、電信柱は空に虹をかけました。
「わあ。久々に虹をみるね!」
 子供たちはいっせいに歓声をあげました。
「万歳。きっと明日はいい日になるよ。ポチ、明日も来てね」
「はい、きっと来ます。ではみなさん、林さんが心配しているといけないので私は今日は帰らせていただきます」

 



 







しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夏空、到来

楠木夢路
児童書・童話
大人も読める童話です。 なっちゃんは公園からの帰り道で、小さなビンを拾います。白い液体の入った小ビン。落とし主は何と雷様だったのです。

童話短編集

木野もくば
児童書・童話
一話完結の物語をまとめています。

青色のマグカップ

紅夢
児童書・童話
毎月の第一日曜日に開かれる蚤の市――“カーブーツセール”を練り歩くのが趣味の『私』は毎月必ずマグカップだけを見て歩く老人と知り合う。 彼はある思い出のマグカップを探していると話すが…… 薄れていく“思い出”という宝物のお話。

神ちゃま

吉高雅己
絵本
☆神ちゃま☆は どんな願いも 叶えることができる 神の力を失っていた

だーるまさんがーこーろんだ

辻堂安古市
絵本
友だちがころんだ時に。 君はどうする?

「いっすん坊」てなんなんだ

こいちろう
児童書・童話
 ヨシキは中学一年生。毎年お盆は瀬戸内海の小さな島に帰省する。去年は帰れなかったから二年ぶりだ。石段を上った崖の上にお寺があって、書院の裏は狭い瀬戸を見下ろす絶壁だ。その崖にあった小さなセミ穴にいとこのユキちゃんと一緒に吸い込まれた。長い長い穴の底。そこにいたのがいっすん坊だ。ずっとこの島の歴史と、生きてきた全ての人の過去を記録しているという。ユキちゃんは神様だと信じているが、どうもうさんくさいやつだ。するといっすん坊が、「それなら、おまえの振り返りたい過去を三つだけ、再現してみせてやろう」という。  自分の過去の振り返りから、両親への愛を再認識するヨシキ・・・           

瑠璃の姫君と鉄黒の騎士

石河 翠
児童書・童話
可愛いフェリシアはひとりぼっち。部屋の中に閉じ込められ、放置されています。彼女の楽しみは、窓の隙間から空を眺めながら歌うことだけ。 そんなある日フェリシアは、貧しい身なりの男の子にさらわれてしまいました。彼は本来自分が受け取るべきだった幸せを、フェリシアが台無しにしたのだと責め立てます。 突然のことに困惑しつつも、男の子のためにできることはないかと悩んだあげく、彼女は一本の羽を渡すことに決めました。 大好きな友達に似た男の子に笑ってほしい、ただその一心で。けれどそれは、彼女の命を削る行為で……。 記憶を失くしたヒロインと、幸せになりたいヒーローの物語。ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:249286)をお借りしています。

未来スコープ  ―キスした相手がわからないって、どういうこと!?―

米田悠由
児童書・童話
「あのね、すごいもの見つけちゃったの!」 平凡な女子高生・月島彩奈が偶然手にした謎の道具「未来スコープ」。 それは、未来を“見る”だけでなく、“課題を通して導く”装置だった。 恋の予感、見知らぬ男子とのキス、そして次々に提示される不可解な課題── 彩奈は、未来スコープを通して、自分の運命に深く関わる人物と出会っていく。 未来スコープが映し出すのは、甘いだけではない未来。 誰かを想う気持ち、誰かに選ばれない痛み、そしてそれでも誰かを支えたいという願い。 夢と現実が交錯する中で、彩奈は「自分の気持ちを信じること」の意味を知っていく。 この物語は、恋と選択、そしてすれ違う想いの中で、自分の軸を見つけていく少女たちの記録です。 感情の揺らぎと、未来への確信が交錯するSFラブストーリー、シリーズ第2作。 読後、きっと「誰かを想うとはどういうことか」を考えたくなる一冊です。

処理中です...