1 / 47
あなたとは結婚出来ません!
第1話
しおりを挟む
私は拳を握りしめて、ベッドの上にだらしなく寝そべっている男を見下ろした。『悪魔辺境伯』と呼ばれるこの屈強な男性は、私の渾身の一撃によりこの場に倒れたのだ。
彼を見下ろしながらも、私の心の中は意外にもすっきりしていた。積もり積もった怒りを、この男へ向けて全て解放したからだ。
彼は目覚めると、私を追放するだろう。だけどもう、それでいい。私はこんな男に媚びへつらわず、自由に生きさせていただきます!
どうしてこんなことになったのかというと、ことの発端は数日前まで遡る。
◆◆◆◆◆
ここはヤヌース伯爵邸。私は訳あって、ここに呼び出されていた。
私の目の前には、たいして私に関心の無さそうなお父様、お義母様、そして私を見て意地悪そうに笑う妹のラファエラが立っている。
そして私はたった今、お父様から信じられない事実を告げられたのだ。
「メリッサ。現在我が家は、ハンスベルク辺境伯との縁談を受けている。
我が領地の発展と安全のためにも、私はハンスベルク辺境伯との縁談を受け入れることにした」
ハンスベルク辺境伯。その名は聞いたことがあるが、社交界に出たこともない私は深くは知らない。ただ、妹のラファエラがすごく意地悪そうに笑っているのを見ると、ラファエラはこの縁談を受けたくないのだろう。
お父様は相変わらず私には感心がないようで、その事実を事務的に述べる。
「ハンスベルク辺境伯は、別名『悪魔辺境伯』と呼ばれている。極めて残忍で情け容赦のない性格のようだ。
そんなところに可愛いラファエラを嫁がせるわけにはいかないだろう? 」
だから私に行けと言うことなのだ。
「良かったね、お姉様。悪魔辺境伯に嫁ぐことが出来て。
私はお姉様が結婚なんて出来ると思ってもいなかったからね」
ラファエラは面白そうに笑い、隣にいるお義母様も扇で口元を隠して笑う。
「ハンスベルク辺境伯領からは、明後日迎えが来る。私からは以上だ」
「お姉様、せいぜい頑張ってね
私はあんなド田舎で、悪魔辺境伯にこき使われたくないわ」
私はラファエラを無視してお父様に一礼し、屋敷を出ようとする。すると、お義母様が冷たい声で私に告げた。
「メリッサ、どうせいなくなるのだから、家の掃除をしておいてちょうだい。
床磨きと、庭の落ち葉拾いを明後日までにね」
「承知しました」
私は感情の無い声で告げ、屋敷を出る。そして、『いつもの場所』へと向かった。怒りを発散したい時、私はいつもそこへ行くのだ。
『いつもの場所』それは私の住むボロ小屋の裏にある、小さな空き地だ。四方を建物に囲まれているため、ここで何かをしても周りの人に見られない。私は一人になりたい時にはここに来て、一人でぼーっとしたり、時にはストレス発散をしたりしている。
そして今日も私は、サンドバッグ代わりに置いてある土嚢袋を投げ飛ばしていた。狭い空き地に、土嚢袋が地面に叩きつけられる乾いた音が響き渡る。こうやって無心になって怒りを発散させれば、明日からはまた頑張れる気がした。
「おー、やってるねー」
叩きつけられる土嚢袋の音を聞き、近所に住むヒューゴがやってくる。ヒューゴは平民ながらも騎士団に入っており、時々私と手合わせしてくれるのだ。そして、私の悩みを聞いてくれる、気を許せる唯一の友人でもある。
「ねー、ヒューゴ。私はさ、今までずっと我慢してきたんだよ。
一応伯爵家の娘なのに、侍女同然の扱いを受けてさあ!」
「うんうん、メリッサが苦労してるのは分かる。
それで今日は何があったんだ? またお嬢に水でもぶっかけられた? 」
ヒューゴは面白そうに、だが半ば心配そうに私に聞く。
「メリッサが何もしないと思ってるから、あの人たちも馬鹿にするんだよ。
またお嬢を投げ飛ばしてやったら? 」
「ははっ、そうだね。でも、手を出したら負けだと思ってるから」
私は笑顔で答えた。
手を出したら負け、確かにそうだ。だが私は、一度だけラファエラに手を出したことがある。それは、ヒューゴからもらったブローチを、ラファエラが粉々に割ったからだ。そのブローチは、ヒューゴが騎士団の給料を貯めて買ってくれた、私にはもったいないほど高価なものだったのだ。
おまけに彼女はこう言った。
「お姉様は地味だからブローチなんていらないわよ。そもそも、このブローチセンス悪いから、ゴミ同然よ」
それで私はブチ切れた。ラファエラに歩み寄り、柔道の技『内股』をかけたのだ。ラファエラは空を飛んだ後床に叩きつけられて、大泣きしたのは言うまでもない。その後腕を怪我したなど仮病を使い、私はヤヌース伯爵邸を追い出されたのだ。
ヤヌース伯爵邸を追い出されたことは、むしろ喜ばしく思っている。あの家にいても私はこき使われるだけのため、未練などない。だが、怒りに任せてラファエラを投げ飛ばしてしまった自分を恨んだ。
……そう、前世の記憶がある私は、ずっと弱い者には手を出さないで生きてきた。
私は前世、日本という国で生きていた。家族は格闘技一家で、私も幼い頃から様々な格闘技を習ってきた。その中でも特に、小中学生時代は空手を、高校時代は柔道を嗜んでいた。
格闘技一家に生まれただけあって、私には天性の武術の才能が備わっていた。高校卒業後は実業団に入り、柔道にてオリンピックを目指す日々。だが、全日本選手権の決勝戦で、私はきっと死んだ。もちろん相手に殺意はなく、当たりどころが悪かったのだ。
空手や柔道の先生からは、武術は人を殺める可能性があること、そして容易に武術を他人にかけないことを口煩く指導されていた。そして奇しくも、それを自分の身をもって体験することになった。
こうして私は、いくら相手が憎くても、実力行使をすることはなかった。もちろん私が本気になれば、ラファエラだけでなくお父様でさえ武力で操れる自信があるが。……能ある鷹は爪を隠す、そう念じてひたすら我慢してきたのだ。
彼を見下ろしながらも、私の心の中は意外にもすっきりしていた。積もり積もった怒りを、この男へ向けて全て解放したからだ。
彼は目覚めると、私を追放するだろう。だけどもう、それでいい。私はこんな男に媚びへつらわず、自由に生きさせていただきます!
どうしてこんなことになったのかというと、ことの発端は数日前まで遡る。
◆◆◆◆◆
ここはヤヌース伯爵邸。私は訳あって、ここに呼び出されていた。
私の目の前には、たいして私に関心の無さそうなお父様、お義母様、そして私を見て意地悪そうに笑う妹のラファエラが立っている。
そして私はたった今、お父様から信じられない事実を告げられたのだ。
「メリッサ。現在我が家は、ハンスベルク辺境伯との縁談を受けている。
我が領地の発展と安全のためにも、私はハンスベルク辺境伯との縁談を受け入れることにした」
ハンスベルク辺境伯。その名は聞いたことがあるが、社交界に出たこともない私は深くは知らない。ただ、妹のラファエラがすごく意地悪そうに笑っているのを見ると、ラファエラはこの縁談を受けたくないのだろう。
お父様は相変わらず私には感心がないようで、その事実を事務的に述べる。
「ハンスベルク辺境伯は、別名『悪魔辺境伯』と呼ばれている。極めて残忍で情け容赦のない性格のようだ。
そんなところに可愛いラファエラを嫁がせるわけにはいかないだろう? 」
だから私に行けと言うことなのだ。
「良かったね、お姉様。悪魔辺境伯に嫁ぐことが出来て。
私はお姉様が結婚なんて出来ると思ってもいなかったからね」
ラファエラは面白そうに笑い、隣にいるお義母様も扇で口元を隠して笑う。
「ハンスベルク辺境伯領からは、明後日迎えが来る。私からは以上だ」
「お姉様、せいぜい頑張ってね
私はあんなド田舎で、悪魔辺境伯にこき使われたくないわ」
私はラファエラを無視してお父様に一礼し、屋敷を出ようとする。すると、お義母様が冷たい声で私に告げた。
「メリッサ、どうせいなくなるのだから、家の掃除をしておいてちょうだい。
床磨きと、庭の落ち葉拾いを明後日までにね」
「承知しました」
私は感情の無い声で告げ、屋敷を出る。そして、『いつもの場所』へと向かった。怒りを発散したい時、私はいつもそこへ行くのだ。
『いつもの場所』それは私の住むボロ小屋の裏にある、小さな空き地だ。四方を建物に囲まれているため、ここで何かをしても周りの人に見られない。私は一人になりたい時にはここに来て、一人でぼーっとしたり、時にはストレス発散をしたりしている。
そして今日も私は、サンドバッグ代わりに置いてある土嚢袋を投げ飛ばしていた。狭い空き地に、土嚢袋が地面に叩きつけられる乾いた音が響き渡る。こうやって無心になって怒りを発散させれば、明日からはまた頑張れる気がした。
「おー、やってるねー」
叩きつけられる土嚢袋の音を聞き、近所に住むヒューゴがやってくる。ヒューゴは平民ながらも騎士団に入っており、時々私と手合わせしてくれるのだ。そして、私の悩みを聞いてくれる、気を許せる唯一の友人でもある。
「ねー、ヒューゴ。私はさ、今までずっと我慢してきたんだよ。
一応伯爵家の娘なのに、侍女同然の扱いを受けてさあ!」
「うんうん、メリッサが苦労してるのは分かる。
それで今日は何があったんだ? またお嬢に水でもぶっかけられた? 」
ヒューゴは面白そうに、だが半ば心配そうに私に聞く。
「メリッサが何もしないと思ってるから、あの人たちも馬鹿にするんだよ。
またお嬢を投げ飛ばしてやったら? 」
「ははっ、そうだね。でも、手を出したら負けだと思ってるから」
私は笑顔で答えた。
手を出したら負け、確かにそうだ。だが私は、一度だけラファエラに手を出したことがある。それは、ヒューゴからもらったブローチを、ラファエラが粉々に割ったからだ。そのブローチは、ヒューゴが騎士団の給料を貯めて買ってくれた、私にはもったいないほど高価なものだったのだ。
おまけに彼女はこう言った。
「お姉様は地味だからブローチなんていらないわよ。そもそも、このブローチセンス悪いから、ゴミ同然よ」
それで私はブチ切れた。ラファエラに歩み寄り、柔道の技『内股』をかけたのだ。ラファエラは空を飛んだ後床に叩きつけられて、大泣きしたのは言うまでもない。その後腕を怪我したなど仮病を使い、私はヤヌース伯爵邸を追い出されたのだ。
ヤヌース伯爵邸を追い出されたことは、むしろ喜ばしく思っている。あの家にいても私はこき使われるだけのため、未練などない。だが、怒りに任せてラファエラを投げ飛ばしてしまった自分を恨んだ。
……そう、前世の記憶がある私は、ずっと弱い者には手を出さないで生きてきた。
私は前世、日本という国で生きていた。家族は格闘技一家で、私も幼い頃から様々な格闘技を習ってきた。その中でも特に、小中学生時代は空手を、高校時代は柔道を嗜んでいた。
格闘技一家に生まれただけあって、私には天性の武術の才能が備わっていた。高校卒業後は実業団に入り、柔道にてオリンピックを目指す日々。だが、全日本選手権の決勝戦で、私はきっと死んだ。もちろん相手に殺意はなく、当たりどころが悪かったのだ。
空手や柔道の先生からは、武術は人を殺める可能性があること、そして容易に武術を他人にかけないことを口煩く指導されていた。そして奇しくも、それを自分の身をもって体験することになった。
こうして私は、いくら相手が憎くても、実力行使をすることはなかった。もちろん私が本気になれば、ラファエラだけでなくお父様でさえ武力で操れる自信があるが。……能ある鷹は爪を隠す、そう念じてひたすら我慢してきたのだ。
606
あなたにおすすめの小説
『嫌われ令嬢ですが、最終的に溺愛される予定です』
由香
恋愛
貴族令嬢エマは、自分が周囲から嫌われていると信じて疑わなかった。
婚約者である侯爵令息レオンからも距離を取られ、冷たい視線を向けられている――そう思っていたのに。
ある日、思いがけず聞いてしまった彼の本音。
「君を嫌ったことなど、一度もない」
それは誤解とすれ違いが重なっただけの、両片思いだった。
勘違いから始まる、甘くて優しい溺愛恋物語。
王太子妃専属侍女の結婚事情
蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。
未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。
相手は王太子の側近セドリック。
ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。
そんな二人の行く末は......。
☆恋愛色は薄めです。
☆完結、予約投稿済み。
新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。
ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。
そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。
よろしくお願いいたします。
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い
腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。
お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。
当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。
彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。
家族から邪魔者扱いされた私が契約婚した宰相閣下、実は完璧すぎるスパダリでした。仕事も家事も甘やかしも全部こなしてきます
さら
恋愛
家族から「邪魔者」扱いされ、行き場を失った伯爵令嬢レイナ。
望まぬ結婚から逃げ出したはずの彼女が出会ったのは――冷徹無比と恐れられる宰相閣下アルベルト。
「契約でいい。君を妻として迎える」
そう告げられ始まった仮初めの結婚生活。
けれど、彼は噂とはまるで違っていた。
政務を完璧にこなし、家事も器用に手伝い、そして――妻をとことん甘やかす完璧なスパダリだったのだ。
「君はもう“邪魔者”ではない。私の誇りだ」
契約から始まった関係は、やがて真実の絆へ。
陰謀や噂に立ち向かいながら、互いを支え合う二人は、次第に心から惹かれ合っていく。
これは、冷徹宰相×追放令嬢の“契約婚”からはじまる、甘々すぎる愛の物語。
指輪に誓う未来は――永遠の「夫婦」。
離婚寸前で人生をやり直したら、冷徹だったはずの夫が私を溺愛し始めています
腐ったバナナ
恋愛
侯爵夫人セシルは、冷徹な夫アークライトとの愛のない契約結婚に疲れ果て、離婚を決意した矢先に孤独な死を迎えた。
「もしやり直せるなら、二度と愛のない人生は選ばない」
そう願って目覚めると、そこは結婚直前の18歳の自分だった!
今世こそ平穏な人生を歩もうとするセシルだったが、なぜか夫の「感情の色」が見えるようになった。
冷徹だと思っていた夫の無表情の下に、深い孤独と不器用で一途な愛が隠されていたことを知る。
彼の愛をすべて誤解していたと気づいたセシルは、今度こそ彼の愛を掴むと決意。積極的に寄り添い、感情をぶつけると――
【完結】記憶にありませんが、責任は取りましょう
楽歩
恋愛
階段から落ちて三日後、アイラは目を覚ました。そして、自分の人生から十年分の記憶が消えていることを知らされる。
目の前で知らない男が号泣し、知らない子どもが「お母様!」としがみついてくる。
「状況を確認いたします。あなたは伯爵、こちらは私たちの息子。なお、私たちはまだ正式な夫婦ではない、という理解でよろしいですね?」
さらに残されていたのは鍵付き箱いっぱいの十年分の日記帳。中身は、乙女ゲームに転生したと信じ、攻略対象を順位付けして暴走していた“過去のアイラ”の黒歴史だった。
アイラは一冊の日記を最後の一行まで読み終えると、無言で日記を暖炉へ投げ入れる。
「これは、焼却処分が妥当ですわね」
だいぶ騒がしい人生の再スタートが今、始まる。
【完結】余命三年ですが、怖いと評判の宰相様と契約結婚します
佐倉えび
恋愛
断罪→偽装結婚(離婚)→契約結婚
不遇の人生を繰り返してきた令嬢の物語。
私はきっとまた、二十歳を越えられないーー
一周目、王立学園にて、第二王子ヴィヴィアン殿下の婚約者である公爵令嬢マイナに罪を被せたという、身に覚えのない罪で断罪され、修道院へ。
二周目、学園卒業後、夜会で助けてくれた公爵令息レイと結婚するも「あなたを愛することはない」と初夜を拒否された偽装結婚だった。後に離婚。
三周目、学園への入学は回避。しかし評判の悪い王太子の妾にされる。その後、下賜されることになったが、手渡された契約書を見て、契約結婚だと理解する。そうして、怖いと評判の宰相との結婚生活が始まったのだが――?
*ムーンライトノベルズにも掲載
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる