40 / 47
彼は本当は、武術大会に出て欲しくない
第40話
しおりを挟む
フリードは真っ赤な顔のまま、目をごしごしと擦る。必死に泣いていることを隠しているのだろう。こんな感情剥き出しのフリードに、私の心はぐいぐい揺さぶられる。そして、普段は無表情のフリードが、こんなにも気持ちを抑えられないのだ。そう考えた瞬間、私の気持ちは決まった。
「棄権する!」
私はフリードに告げた。
そもそも、武術大会に出ようとしたのも、武闘家になるつもりだったからだ。それに、フリードやジルが優勝したという事実に対抗しようとしたからだ。私は今や婚約破棄をするつもりはないし、フリードと幸せになりたいと思っている。このまま武術大会に出続けて、フリードとの未来を台無しにしたくはない。
悔しいけど、武術大会は諦めよう。命が危なくなったら棄権しようと、ずっと思っていたのだ。
フリードは驚いて私を見る。そして、ホッとしたような、それでいて悲しげな表情を浮かべる。そしてまたぎゅっと私を抱きしめるのだ。
こうやって、フリードに抱きしめられると幸せだと思う。もっと、ずっとこうしていたいと思う。そして、私が死んだりなんてしたら、フリードはきっとすごく悲しむのだろう。私は、フリードを悲しませたくない。
扉の向こうからは、人々の足音や話し声がひっきりなしに聞こえてきた。そして誰かが扉の前に立ち止まったのだろうか。ひときわ大きな話し声が聞こえてきた。
「あなたの魔術、効果絶大だったわ。明日の試合でもお願いね」
その声を聞いた瞬間、体が震えた。私はその声を知っている。いつもその声で罵られ、馬鹿にされ続けてきた。私はこの声から解放され、自由に暮らせると思っていたのに……
「ですが、ラファエラ様。貴女のお姉様が勝ってしまいました。
相手が僕とお姉様の間にいる間は、僕の魔術が相手に当たってしまうので……」
私はフリードと顔を見合わせていた。そして次の瞬間、がちゃりと扉が開かれる。私たちは慌てて空箱の隅に身を隠す。それと同時に、私たちが立っていたところに彼女が現れた。
ピンク色のフリフリのドレスを着たラファエラは、黒いローブを着た男性と腕を組んでいる。無精髭の生えた冴えない男性に、ラファエラは告げる。
「いいわ。どうせ明日も妨害してくれるんでしょう?
お姉様なんて、死んでしまえばいいわ」
その甲高くて甘い声が、部屋に響いた。
「アダムが優勝すれば、殿下は救護係の私を宮廷に迎えてくれると言ったわ。そして私は、殿下と結婚するの。
隣国の王子と結婚となると、お父様も喜んでくれるわ」
……は? ラファエラは何を言っているのだろう。
隣国の王子と……結婚!?
ぽかーんとする私の前で、ラファエラは得意げに話す。
「王子と結婚したら、悪魔辺境伯と結婚予定のお姉様もぎゃふんと言うでしょう? 」
ラファエラは、この場に来てもまだ私を陥れることを考えているのだろうか。とても愚かだ。私はラファエラが誰と結婚しようが気にしない。私のなかで最高の男がフリードなのだから。
「私は、悪魔辺境伯にも恨みがあるわ。私が隣国の王子と結婚したら、ハンスベルク辺境伯領に攻め入ってあげるの。そして、ハンスベルクの地を私のものにするわ」
ラファエラは頭が悪いのだろうか。なんて馬鹿なことを考えているのだろうか。
「あなたも、私の計画が上手くいったら、宮廷で魔術師として雇ってあげるわね」
ラファエラはそう言い残して扉から出て行った。無精髭の魔術師は、ラファエラの消えた扉をずっと見ている。そして、私は嫌な胸騒ぎが止まらない。ラファエラの計画は壮大すぎて、実行は困難だろう。だが、もし本当にアダムが優勝してしまったら……ラファエラが上手く隣国王子の懐に入ることが出来たら……そんなこと、考えたくもない。
呆然と立ち尽くす私の隣で、
「今の話、本当か? 」
フリードは空箱の陰から出る。突然現れたハンスベルク辺境伯を見て、ローブの男は青ざめて飛び上がった。そして、
「も……申し訳ありません!!」
地面に這いつくばって許しを請う。
フリードは私に背中を向けているため、どんな顔をしているのか分からない。だがきっと、鬼のような顔をしているのだろう。突き刺すような冷たい声で、彼に告げる。
「魔術を使うのは大会規則違反だということは、知っているな? 」
「は、はいっ!」
「規則違反を犯したものは、それ相応の罰を受ける。……知っているな? 」
罰と聞いて、男は震え上がって小さくなる。フリードは男の胸ぐらを掴み、ドンっと地面に押し付ける。その背中からは、メラメラと怒りの炎が見えるほどだった。
「お前は我が妻となるメリッサを、不当に攻撃した。それだけで死を持って償うことに値する。加えて、大会規則違反だ。
……罪を少しでも軽くしたいなら、知っていることを洗いざらい話せ」
男はフリードに地面に押さえつけられたままガクガクと震えていた。男を哀れに思うとともに、私に術をかけたことに対する怒りも覚える。
「も、申し訳ありません」
男は震える声で謝る。そして男はフリードに押さえつけられたまま、か細い声で話し始めた。
「棄権する!」
私はフリードに告げた。
そもそも、武術大会に出ようとしたのも、武闘家になるつもりだったからだ。それに、フリードやジルが優勝したという事実に対抗しようとしたからだ。私は今や婚約破棄をするつもりはないし、フリードと幸せになりたいと思っている。このまま武術大会に出続けて、フリードとの未来を台無しにしたくはない。
悔しいけど、武術大会は諦めよう。命が危なくなったら棄権しようと、ずっと思っていたのだ。
フリードは驚いて私を見る。そして、ホッとしたような、それでいて悲しげな表情を浮かべる。そしてまたぎゅっと私を抱きしめるのだ。
こうやって、フリードに抱きしめられると幸せだと思う。もっと、ずっとこうしていたいと思う。そして、私が死んだりなんてしたら、フリードはきっとすごく悲しむのだろう。私は、フリードを悲しませたくない。
扉の向こうからは、人々の足音や話し声がひっきりなしに聞こえてきた。そして誰かが扉の前に立ち止まったのだろうか。ひときわ大きな話し声が聞こえてきた。
「あなたの魔術、効果絶大だったわ。明日の試合でもお願いね」
その声を聞いた瞬間、体が震えた。私はその声を知っている。いつもその声で罵られ、馬鹿にされ続けてきた。私はこの声から解放され、自由に暮らせると思っていたのに……
「ですが、ラファエラ様。貴女のお姉様が勝ってしまいました。
相手が僕とお姉様の間にいる間は、僕の魔術が相手に当たってしまうので……」
私はフリードと顔を見合わせていた。そして次の瞬間、がちゃりと扉が開かれる。私たちは慌てて空箱の隅に身を隠す。それと同時に、私たちが立っていたところに彼女が現れた。
ピンク色のフリフリのドレスを着たラファエラは、黒いローブを着た男性と腕を組んでいる。無精髭の生えた冴えない男性に、ラファエラは告げる。
「いいわ。どうせ明日も妨害してくれるんでしょう?
お姉様なんて、死んでしまえばいいわ」
その甲高くて甘い声が、部屋に響いた。
「アダムが優勝すれば、殿下は救護係の私を宮廷に迎えてくれると言ったわ。そして私は、殿下と結婚するの。
隣国の王子と結婚となると、お父様も喜んでくれるわ」
……は? ラファエラは何を言っているのだろう。
隣国の王子と……結婚!?
ぽかーんとする私の前で、ラファエラは得意げに話す。
「王子と結婚したら、悪魔辺境伯と結婚予定のお姉様もぎゃふんと言うでしょう? 」
ラファエラは、この場に来てもまだ私を陥れることを考えているのだろうか。とても愚かだ。私はラファエラが誰と結婚しようが気にしない。私のなかで最高の男がフリードなのだから。
「私は、悪魔辺境伯にも恨みがあるわ。私が隣国の王子と結婚したら、ハンスベルク辺境伯領に攻め入ってあげるの。そして、ハンスベルクの地を私のものにするわ」
ラファエラは頭が悪いのだろうか。なんて馬鹿なことを考えているのだろうか。
「あなたも、私の計画が上手くいったら、宮廷で魔術師として雇ってあげるわね」
ラファエラはそう言い残して扉から出て行った。無精髭の魔術師は、ラファエラの消えた扉をずっと見ている。そして、私は嫌な胸騒ぎが止まらない。ラファエラの計画は壮大すぎて、実行は困難だろう。だが、もし本当にアダムが優勝してしまったら……ラファエラが上手く隣国王子の懐に入ることが出来たら……そんなこと、考えたくもない。
呆然と立ち尽くす私の隣で、
「今の話、本当か? 」
フリードは空箱の陰から出る。突然現れたハンスベルク辺境伯を見て、ローブの男は青ざめて飛び上がった。そして、
「も……申し訳ありません!!」
地面に這いつくばって許しを請う。
フリードは私に背中を向けているため、どんな顔をしているのか分からない。だがきっと、鬼のような顔をしているのだろう。突き刺すような冷たい声で、彼に告げる。
「魔術を使うのは大会規則違反だということは、知っているな? 」
「は、はいっ!」
「規則違反を犯したものは、それ相応の罰を受ける。……知っているな? 」
罰と聞いて、男は震え上がって小さくなる。フリードは男の胸ぐらを掴み、ドンっと地面に押し付ける。その背中からは、メラメラと怒りの炎が見えるほどだった。
「お前は我が妻となるメリッサを、不当に攻撃した。それだけで死を持って償うことに値する。加えて、大会規則違反だ。
……罪を少しでも軽くしたいなら、知っていることを洗いざらい話せ」
男はフリードに地面に押さえつけられたままガクガクと震えていた。男を哀れに思うとともに、私に術をかけたことに対する怒りも覚える。
「も、申し訳ありません」
男は震える声で謝る。そして男はフリードに押さえつけられたまま、か細い声で話し始めた。
402
あなたにおすすめの小説
『嫌われ令嬢ですが、最終的に溺愛される予定です』
由香
恋愛
貴族令嬢エマは、自分が周囲から嫌われていると信じて疑わなかった。
婚約者である侯爵令息レオンからも距離を取られ、冷たい視線を向けられている――そう思っていたのに。
ある日、思いがけず聞いてしまった彼の本音。
「君を嫌ったことなど、一度もない」
それは誤解とすれ違いが重なっただけの、両片思いだった。
勘違いから始まる、甘くて優しい溺愛恋物語。
王太子妃専属侍女の結婚事情
蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。
未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。
相手は王太子の側近セドリック。
ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。
そんな二人の行く末は......。
☆恋愛色は薄めです。
☆完結、予約投稿済み。
新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。
ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。
そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。
よろしくお願いいたします。
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い
腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。
お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。
当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。
彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。
家族から邪魔者扱いされた私が契約婚した宰相閣下、実は完璧すぎるスパダリでした。仕事も家事も甘やかしも全部こなしてきます
さら
恋愛
家族から「邪魔者」扱いされ、行き場を失った伯爵令嬢レイナ。
望まぬ結婚から逃げ出したはずの彼女が出会ったのは――冷徹無比と恐れられる宰相閣下アルベルト。
「契約でいい。君を妻として迎える」
そう告げられ始まった仮初めの結婚生活。
けれど、彼は噂とはまるで違っていた。
政務を完璧にこなし、家事も器用に手伝い、そして――妻をとことん甘やかす完璧なスパダリだったのだ。
「君はもう“邪魔者”ではない。私の誇りだ」
契約から始まった関係は、やがて真実の絆へ。
陰謀や噂に立ち向かいながら、互いを支え合う二人は、次第に心から惹かれ合っていく。
これは、冷徹宰相×追放令嬢の“契約婚”からはじまる、甘々すぎる愛の物語。
指輪に誓う未来は――永遠の「夫婦」。
離婚寸前で人生をやり直したら、冷徹だったはずの夫が私を溺愛し始めています
腐ったバナナ
恋愛
侯爵夫人セシルは、冷徹な夫アークライトとの愛のない契約結婚に疲れ果て、離婚を決意した矢先に孤独な死を迎えた。
「もしやり直せるなら、二度と愛のない人生は選ばない」
そう願って目覚めると、そこは結婚直前の18歳の自分だった!
今世こそ平穏な人生を歩もうとするセシルだったが、なぜか夫の「感情の色」が見えるようになった。
冷徹だと思っていた夫の無表情の下に、深い孤独と不器用で一途な愛が隠されていたことを知る。
彼の愛をすべて誤解していたと気づいたセシルは、今度こそ彼の愛を掴むと決意。積極的に寄り添い、感情をぶつけると――
【完結】記憶にありませんが、責任は取りましょう
楽歩
恋愛
階段から落ちて三日後、アイラは目を覚ました。そして、自分の人生から十年分の記憶が消えていることを知らされる。
目の前で知らない男が号泣し、知らない子どもが「お母様!」としがみついてくる。
「状況を確認いたします。あなたは伯爵、こちらは私たちの息子。なお、私たちはまだ正式な夫婦ではない、という理解でよろしいですね?」
さらに残されていたのは鍵付き箱いっぱいの十年分の日記帳。中身は、乙女ゲームに転生したと信じ、攻略対象を順位付けして暴走していた“過去のアイラ”の黒歴史だった。
アイラは一冊の日記を最後の一行まで読み終えると、無言で日記を暖炉へ投げ入れる。
「これは、焼却処分が妥当ですわね」
だいぶ騒がしい人生の再スタートが今、始まる。
【完結】余命三年ですが、怖いと評判の宰相様と契約結婚します
佐倉えび
恋愛
断罪→偽装結婚(離婚)→契約結婚
不遇の人生を繰り返してきた令嬢の物語。
私はきっとまた、二十歳を越えられないーー
一周目、王立学園にて、第二王子ヴィヴィアン殿下の婚約者である公爵令嬢マイナに罪を被せたという、身に覚えのない罪で断罪され、修道院へ。
二周目、学園卒業後、夜会で助けてくれた公爵令息レイと結婚するも「あなたを愛することはない」と初夜を拒否された偽装結婚だった。後に離婚。
三周目、学園への入学は回避。しかし評判の悪い王太子の妾にされる。その後、下賜されることになったが、手渡された契約書を見て、契約結婚だと理解する。そうして、怖いと評判の宰相との結婚生活が始まったのだが――?
*ムーンライトノベルズにも掲載
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる