つまらない女と言われたため、婚約者をぶん殴りました〜婚約破棄して武闘家になろうと思います〜

湊一桜

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幸せを掴み取った瞬間

第44話

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 闘技場には、人々の声が響き渡っていた。観客席から遠く離れた私は、彼らが何を叫んでいるのか分からない。だがきっと、私を応援してくれている人もいるはずだ。

 アダムは私を睨みつつ、全力で走り始める。まるで猪の突進だ。だが、スピードは私のほうが上だろう。私に掴みかかろうとするアダムの脇をすり抜けた。アダムはバランスを崩し、倒れそうになる。だが体勢を立て直し、彼の突進を避けた私を睨んだ。

「ちょこまかしやがって!」

 アダムの声は、もはや怪獣の鳴き声のようだった。ドーピングによって、声すらも変わってしまうなんて。
 アダムが再び指をぼきぼきと鳴らし、私に狙いを定めた時だった。


「もう!あんた何をするのよ!! 」

 ベンチから、ハイデマリーの叫び声が聞こえた。思わずハイデマリーのほうを見る。するとなんと、ハイデマリーの背後には金属バットのような太い棒を持っているラファエラが立っている。まさか、ラファエラはあの棒でハイデマリーを襲ったの!? 彼女がアダムの側ではなく、私たちのベンチにいたのは、ハイデマリーを狙うためだったの!? なんというしたたかな女だ。

 ハイデマリーとラファエラを見て、思わず言葉を失った私。そんな私に向かって、ハイデマリーは叫んだ。

「何してんのよ!後ろ!! 」

 その瞬間、体に衝撃が走るとともに、思いっきり突き飛ばされた。私は宙を舞い、まるでコマ送りのように景色がゆっくり頭の中を流れていく。

 救護係のベンチでは、ハイデマリーが私を見て顔を歪ませている。その後ろで、ハイデマリー目がけて棒を振り上げるラファエラ。目下には客席が見える。私は客席よりも高いところまで突き飛ばされたのだろうか。そして人々は、飛ばされている私を見て口をあんぐり開けている。

 私はこのまま飛ばされて、どうなるのだろうか。私のせいで、ハイデマリーまで危険な目に遭わせてしまった。そして……フリード……ごめん。私のわがままで、フリードをひとりぼっちにしてしまうかもしれない。おまけに、ハンスベルク辺境伯領だって危険な目に遭わせてしまう。……私のせいだ。
 

 私は緩やかなカーブを描き、地面に落ちていった。背中に衝撃が走り、背中がボキボキと音を立てる。痛みすら感じない。まさか私、脊椎をやられて即死だろうか。


 遠のきそうな意識のなか、ただ人々のざわめきが聞こえる。人々が口々に何かを叫ぶなか、私はとどめの一撃を待った。

 だが、いつまで経っても一撃は降ってこない。そして、新たな叫び声が耳に飛び込んできた。それは魔獣の雄叫びのようで、それでいて、苦しげな悲鳴のようだ。うっすら開いた視界の中で、私は信じられないものを見た。

 少し離れたところにいるアダムが、胸元を押さえて地面に這いつくばっているのだ。緑がかった黒い顔は、今や真っ青になっている。そして胸を押さえたまま、苦しそうにもがいている。一体、どうしてしまったのだろう。そのままアダムはのたうち回った後、ぴくっと止まって微動だにしなくなった。まさか……死んでしまったのだろうか。

 私は壁際に崩れ落ちたまま、呆然とアダムを見ている。そんな私の耳に、

「メリッサ!」

私の名前を呼ぶ声が聞こえる。その叫び声はいつの間にか大歓声になり、闘技場を揺るがすほどに響き渡る。メリッサコールが響き渡るなか、何が起こったのか分からない私は、ずっと倒れたアダムを見ていた。

 ……勝った。私の優勝だ。前世は優勝目前で死んでしまったが、今世では生きて優勝を迎えることが出来た。
 だが、素直に喜べないのはなぜだろう。胸が痛むのはなぜだろう。


「メリッサ!! 」

 すぐ近くでハイデマリーの声がした。

「大丈夫!? すぐに治すから!」

 そう言って、ハイデマリーは私の背中に手をかざす。ハイデマリーの声を聞いた瞬間、痛みがどっと押し寄せてきた。背中が焼けるように熱く、息を吸うのもやっとだ。脊椎がやられたのは本当かもしれない。私はアダムに思いっきりぶん殴られて飛ばされて、大怪我を負ったのだろう。
 だけどアダムは……

「だ、大丈夫。……でも、アダムは……」

 息絶え絶えに言う私に、ハイデマリーは言う。

「あんたの妹が救護係でしょ!? 」

 そう告げる間にも、背中の痛みはみるみる退いていく。ハイデマリーの力は偉大すぎる。フリードや騎士たちが大切にするはずだ。
 ハイデマリーは偉大だ。だけど、ラファエラは……

「ラファエラは、何も出来ないわ」

 私はハイデマリーに告げ、再び前を見る。すると、倒れたアダムの横で、おろおろするラファエラが見えた。ほら、やっぱり何も出来ないんだ。

「ハイデマリー、ありがとう。私はもう平気だわ。
 私よりもアダムを……」

 そう告げた私に、

「はぁ? あんた、正気? 」

ハイデマリーは嫌そうに答える。でも、ハイデマリーも目の前で人が死ぬのを見たくはないのだろう。重い腰を上げて、アダムのもとへと向かった。

 こうして、私はアダムの自滅により、武術大会で優勝することになった。優勝して嬉しかったのは言うまでもない。ただ、武術大会はもうごりごりだ。自分が死に直面した時、残された人のことを考えてしまったからだ。私は私を必要としてくれる人を、悲しませたくない。

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