悪役令息とは結婚したくないので、男装して恋愛工作に励みます

湊一桜

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28. その縁談に、動揺する

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 ルーカスは、花祭りのメイン会場へと私を連れていった。花祭りは街中の至る所で行われるが、主な出し物は、この広い花畑に作られたメインステージで行われるらしい。満開の花畑を見て、思わずわあっと声が溢れた。

 花畑には、色とりどりの花が綺麗に咲き誇っていた。そして、太陽の光を浴びて輝き、風に吹かれてそよそよと揺れている。まさしく圧巻の景色だった。そしてこの花畑の奥には広いステージが設けられ、人々が飾り付けなんかをしている。花で盛られたタワーみたいなものを運んでいる人もいる。

 思わず見惚れてしまった私に、

「お前、マジで女みたいな反応するな」

冷めたルーカスが言う。だから慌てて口元に当てた手を下ろす。しまった、私としたことが本心を出してしまった。つい、花畑のスケールが予想以上で綺麗だったから……

「まあいい。お前、セシリアみたいに振る舞え」

 無茶振りをされて、どうすればいいのか迷う。私がもしセシリアみたいに振る舞って、ルーカスにバレてしまっては元も子もない。

 ルーカスは、考え込む私の手を不意に取った。急に触れられるものだから、体がどきんと音を立て、

「ひゃっ!」

なんて変な声まで出る。こんな私を見て、

「お前、やけに演技が上手いな」

ルーカスは言う。いや、演技ではない。ルーカスが不意打ちをするから、本性が出てしまっただけだ。ドキドキする私は、真っ赤な顔でルーカスの腕を持つ。

「セシリア。今日は来てくれて嬉しい。会えて嬉しいよ」

 甘く優しい声で告げられ、胸がいちいちきゅんと鳴る。

「え、ええ。私も嬉しいですわ」

 敢えて私は棒読みの台詞を発するが、その声は震えている。

「この祭りはお前のために準備した。お前の喜ぶ顔を想像して……想像しまくって、夜もムラムラして眠れなかった」

 ……は!? やっぱりこの人最低だ。

 ルーカスはないと、自分に言い聞かせる。そしてルーカスは、本気で私にこの台詞を吐くつもりなのだろうか。

「ここは人が多い。……公爵邸の庭園には人がいないだろうから、そこでゆっくり話でもするのはどうか? 」

「で、ですがルーカス様。わ、私にこの祭りを見せてくださるのではないですか? 」

 震える声で聞くと、ルーカスは口元を歪めて吐いたのだ。

「そんなこと、口実に決まっているだろう。
 セシリアが俺を認めてくれたら、祭りなんて抜け出して、朝から晩まで抱き潰す」

 背中がゾゾーッとした。ルーカスはあれだけ私のために祭りの準備をしたのに、本心は抱くことで頭がいっぱいなのか。色々とときめいてしまって損した。ため息をつく私に、ルーカスは告げる。

「は? まさかクソチビ、本気にしているのかよ? 」

 えっ、むしろ本気ではないの!?

「マルコスには黙っていろよ。
 あいつシスコンだし、俺がセシリアを想って妄想しているのを知ると、激怒するだろう」

 いや、お兄様は遊び人だから何も思わないだろう。そして、お兄様に言うつもりもない。そして、私はルーカスに襲われないないよう、花祭りのメイン会場を絶対に離れないと心に誓った。

 複雑な思いの私は、きっと無防備だったのだろう。不意にルーカスに抱きつかれた。体がぼうっと熱くなり、ルーカスの香りに頭がクラクラする。そして私は反射的に悲鳴を上げ、ルーカスを力いっぱい突き飛ばしていた。

 私に突き飛ばされたルーカスは、驚いた顔で私を見ている。そして、私は心臓をばくばく言わせながら、半泣きの顔でルーカスを見ている。

「も、申し訳ありません……」

 震える声で謝るが、無意識のうちに両手で胸の辺りを庇っていた。そんな私を、ルーカスは頬を染めて目を見開いて見る。

「お前……マジで女みたいな体だな」

「きょ、虚弱体質なので……」

 そう告げるのが精一杯だった。

 迂闊だった。ルーカスに抱きつかれてしまったなんて。そして、いちいちドキドキして、悲鳴まで上げてしまっただなんて。私は今、セリオだ。セシリアだとバレてはいけないし……ルーカスに惚れてはいけないのに。


 
 真っ赤な顔の私と、それをぽかーんと見るルーカス。このまずい状況を変えたのは、

「ルーカス」

低くて渋い男性の声だった。滅多に聞くことはないが、私はこの声の主を知っている。そして、この声を聞いた瞬間、背筋をピシッと伸ばしていた。

「お前のおかげで、今年の花祭りも無事終わりそうだ」

 低くて渋い声の男性は、ピシッとスーツを着た四十代後半ほどの男性だった。渋くてかっこいい、イケオジという言葉がぴったりだ。そして彼の背後には、お付きの者が数人並んでいる。そんな男性に向かって、

「それはどうも」

ルーカスはツンとして答える。

「お前はやれば仕事も出来るし、お前のおかげで色んな事業も成功している。
 私は今すぐにでもお前に公爵の爵位を譲ってもいいが、一つだけ懸念がある」

 厳しい顔のトラスター公爵に、同じく厳しい顔のルーカスは告げた。

「俺はセシリアと結婚します。それだけは譲れません」

 その言葉に飛び上がりそうになった。

 ルーカスは馬鹿じゃないの!? 仕事も出来る。事業も成功。だが、私のせいで親子仲は悪く、公爵の爵位も継げないのかもしれない。

 嫌な胸騒ぎが止まらない。そして、これ以上私の話をして欲しくないと思うのに、ルーカスはトラスター公爵を見て低い声で聞いた。

「父上は、セシリアの家柄が気になるのでしょう? 
 もし、ロレンソ元伯爵が無罪だったら、俺はセシリアと結婚してもいいんですよね? 」

 トラスター公爵は何も言わなかった。きっと、否なのだろう。お父様が無罪だったとしても、今や爵位すらない。トラスター公爵は、ルーカスと平民の結婚を望んでいないのだろう。そして、お父様の無罪だって、今となっては証明しようがないのだ。

 そんなこと分かっているが、実際にこうやって目の前で話されると堪える。ルーカスなんて願い下げのはずなのに、胸がこんなにも痛むのはなぜだろう。

「セシリア嬢にこだわるのなら、ロレンソ元伯爵の代わりに伯爵になった、ブロワ伯爵令嬢のマリアナ嬢なんてどうだ? 」

「嫌です」

 ルーカスはピシャリと言ってのけるが、私の胸はまだズキズキと痛む。分かっていることだが、トラスター公爵をはじめ、ルーカスと私の結婚を望んでいる人なんて誰もいないことを思い知る。こんなにも周りから反対されて結婚しても、幸せになれるはずがない。それはルーカスも然りだ。ルーカスは私と結婚すると、一生後ろ指を指されることになる。

「お前は嫌だろうが、マリアナ嬢に会ってみたらどうだ? 
 彼女は容姿端麗で、社交界でも人気がある。
 明日、マリアナ嬢に公爵邸ウチに来てもらうよう手配している」

 トラスター公爵は、そう言い放ってルーカスに背を向けて去っていった。その後ろ姿を睨みながら、

「クソオヤジめ!! 」

ルーカスは怒りに肩を震わせていた。そんなルーカスを見ながらも、私の胸はただ泣きそうな悲鳴を上げるのだった。


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