追放された貧乏令嬢ですが、特技を生かして幸せになります。〜前世のスキル《ピアノ》は冷酷将軍様の心にも響くようです〜

湊一桜

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第一章

10. 冷たい旦那様と、チャラい騎士様

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 (困りました。こんなところでアンドレ様にお会いしてしまうなんて……)

 館では、アンドレ様のお出迎えは必ずしていた。もちろん彼は、無視を決め込んでいるのだが。だが、ここで会うのはとても気まずい。というのも、アンドレ様は私がピアノを弾くことに、否定的だからだ。私の演奏を聴いて怒りで震え、演奏途中で退室してしまうのだから。

 出来ることなら逃げてしまいたい。だが、今さら逃げると不審に思われるだろう。アンドレ様に近付くにつれ、ドキドキ……と鼓動が速くなる。もちろん甘い鼓動などではない。

 コツコツと、二人の足音が聞こえる。アンドレ様は私なんかを見ることはなく、無視を決め込んでいるようだ。だが、このまま無言ですれ違うのも良くない気がして、

「お、お仕事お疲れ様です!! 」

私は大声で告げ、まるで軍隊のように頭を下げていた。



 二人の足音が、私の真横で止まった。だが私は、次にどんな罵声が飛んでくるのか、ヒヤヒヤしている。

 (きっと、アンドレ様はお怒りでしょう……)

 だが、私の耳に聞こえたのは、アンドレ様の無愛想な低い声ではなかった。

「うっわ!超可愛い娘じゃん!」

 不機嫌なアンドレ様とは違い、いかにも軽そうな男性の声だったのだ。

 思わず顔を上げると、目の前には見知らぬ男性が立っていた。
 茶色い髪に、人の良さそうな瞳。口角を思いっきり釣り上げている。一般的にイケメンと呼ばれそうな彼は、笑顔のままぐいぐい私に迫ってきた。

「誰?どうしたの?俺に何か用?」

 彼は私の至近距離まで来て、顔をぐっと近付けてくる。そのチャラさに驚きを隠せない。まさか、宮廷の騎士団に、こんなにチャラい男性がいるなんて……

「あの……」

 あなたに用はないのです、なんてことは言えるはずもなく、困ってしまう私。そして彼の後ろにいるアンドレ様が、相変わらずいつもの無感情な声で呟いた。

「俺の妻」

 どきん、なんて一瞬ときめいてしまった。アンドレ様は私のこと、妻として認識してくれていたのだ。
 だが、それ以上考える猶予もなく、

「はぁぁぁぁあ!? 」

男性は悲鳴に違い叫び声を上げる。いちいち繰り出されるその大袈裟なリアクションに、戸惑いを隠せない。

「アンドレ!お前あんなに可愛い女の子と結婚したなんて!! 
 俺、泣きそう」

 この人は距離感がおかしいのだろうか。アンドレ様は明らかに笑っていないのに、次はアンドレ様にぐいぐいと近付く。私はこの人みたいにアンドレ様に近付く勇気はない。

「なんでもっと早く言ってくれなかったんだ……」

 彼は膝をついて項垂れた……と思った次の瞬間、また笑顔で立ち上がり、いきなり私の手をぎゅっと握る。

「俺、アンドレの同級生のフレデリク。近衛騎士団長」

 私は彼にぎゅっと手に握られながら、唖然としていた。

 近衛騎士団長……このチャラ男が、大国シャンドリー王国の近衛騎士団長だなんて。きっとチャラチャラしているが、実力者なのだろう。
 そして今の今までピアノのことばかり考えていた私は、彼の名前を聞いて思わず言ってしまった。

「フレデリック・ショパンと同じ名前なんですね!」

 そして思わず口を噤んだ。というのも、チャラチャラしていたフレデリク様は、ぽかーんと私を見続けるからだ。

 (いけないいけない。異世界の偉人の話を、ここでしてはいけませんでした)

「誰?フレデリク・ショパンって。まさか、初恋の相手!? 」

 なぜか興奮し始めるフレデリク様は、私の手を掴んだまま顔を近付けてくる。その向こうで、アンドレ様の刺すような視線を感じる。

 (アンドレ様は、きっと私に怒っておられるのですわ。
 余計なことを言うなと、無言の圧力を感じます)

 私はフレデリク様に手を握られたまま、大きく深呼吸した。そして、出来る限りの笑顔で彼に告げたのだ。

「私に初恋の相手などいません。
 申し遅れましたが、私はリアと申します。フレデリク様、よろしくお願いいたします」

 まだまだアンドレ様の視線を感じる。だが、どんな顔で睨まれているのかを見るのが怖くて、アンドレ様のほうを見ることが出来ない。
 フレデリク様はようやく私の手を離し、ため息をついた。そしてぽつりと呟く。

「アンドレ、いいなぁ。奥さん可愛くて」

 フレデリク様のその言葉は素直に嬉しい。貧乏男爵令嬢だった私は、社交の場で可愛いだなんて言われたことがなかったから。上質なドレスを着ているだけで、こうも周りの対応が変わるのだと驚きを隠せない。
 だが私は、アンドレ様の言葉によって、現実に突き戻されることになる。

「俺と彼女は、そんな関係ではない。
 お前なら分かるだろう、フレデリク」

 (ですよね……)

 分かっていることだが、目の前で言われるとさすがにへこんでしまう。それでも、フレデリク様に不快な思いをさせてはいけないと、必死で笑顔を取り繕った。
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