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第一章
31. 失礼な元婚約者
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次の日。
私は用意されたドレスを着て、アンドレ様と馬車に座っていた。アンドレ様と馬車に乗ったのは二回目だ。一回目は、あのダンスパーティーの日だった。あの頃はアンドレ様との壁はまだ厚く、ビクビクしながらここに座っていたものだ。あれから一ヶ月も経っていないのに……
「リア。街が気になるのか? 」
隣にはアンドレ様が当然のように座っておられ、少し私に身を寄せて、私とともに車窓を眺めている。
「は、はい!街の中心部には来たことがないので。
大きくて綺麗な街だなぁと思って!」
慌てて答える。
アンドレ様の妻という身分だから、余計な行動は慎むようにしていた。勝手に街に出かけ、トラブルに巻き込まれてはいけない。なにより、アンドレ様に迷惑をかけてはいけないと思って生活しているのだから。だから当然、繁華街になんて行こうとも思わなかった。
「君がこの街を気に入ってくれて嬉しいよ」
アンドレ様は柔らかな声で告げる。
「俺が休みの日には、街を案内しよう」
「えっ!? 」
思わずアンドレ様を見上げる。すると彼は、やはりにこりともせず……いや、柔らかそうな顔で口角を緩め、窓の外を見ていた。その綺麗な横顔にどきんとしつつも、その言葉が嬉しかった。
「約束だ」
アンドレ様はそう告げ、私の前に小指を差し出す。そして私は、その大きな小指に自分の小指を絡めていた。
アンドレ様は、私が前世の記憶を持っていることを知っていて小指を出されたのだろう。この世界には、約束をする際に小指を絡めるなんて風習はないのだから。そんなことを考えると、何だか二人だけの秘密みたいで頬がにやけてしまう。
指が触れるだけでドキドキした。私だけが恋している状態であることは百も承知だが、アンドレ様が私に心を許してくださっているだけで十分でもあった。
そして、こうやってアンドレ様と過ごしていても不安になる。この後私たちは白でパトリック様に会い……パトリック様はどうされるのだろう。私のことを散々罵倒し、アンドレ様と引き裂こうとするのではないか。アンドレ様は濡れ衣だと分かってくださったが、私は罪人だ。
それに、国王だって隣国の公爵が婚約者を返せと言えば、返さないわけにはいかないのではないか。いや、私をパトリック様に返す代わりに、新たな駆け引きを持ちかけるかもしれない。
パトリック様のことを考えて不安になる私に、
「大丈夫だ」
アンドレ様は静かに告げた。
「君は絶対にリョヴァン公爵の元へは返さない」
◆◆◆◆◆
私たちが国王陛下の間に辿り着いた時には、すでにパトリック様は到着していた。陛下への挨拶を済ませ、打ち解けたように談笑している。それを見て、背筋が凍る思いだった。パトリック様は約束の時間よりも随分早く城に訪れ、国王を味方につけてしまったのだろうか。私もパトリック様のこの優しくて人懐っこい笑顔に騙されて、裏の顔を知ろうともしなかった。
思わずアンドレ様のシャツを引っ張っていた。アンドレ様は驚いたように私を見、そしてそっと手を握ってくださる。その大きな手に包まれただけで、少しずつ恐怖心が和らいでいくのも事実だった。
「リア!」
パトリック様は、私を見つけた途端、ぱっと顔を輝かせて歩み寄ってくる。自分の行いを棚に上げ、よくもこんなに馴れ馴れしく近付けると驚くばかりだ。
「リア!待ってたよ。
国王陛下にも話をして、アンドレ将軍の許可をもらえば、君を連れて帰れることになった。
さあ、共にバリル王国に帰ろう」
彼は片膝を突き、私に手を差し伸べる。私が喜んで手を取ると思っているのだろう。だが、私はパトリック様を見るだけで吐き気がするほどだ。自分でも、ここまで人に対して嫌悪感を持てるなんて、思ってもいなかった。
私はその手を取らず、声を必死に震わせないよう注意をしながら、彼に言う。
「で、ですが……パトリック様には、テレーゼ様がいらっしゃるかと……」
そう。パトリック様はテレーゼ様にぞっこんだった。罪を私になすりつけ、邪魔者の私を国外追放するまでに。
それなのに、パトリック様は困った顔をするのだ。
「それが……君がいなくなって、やっぱり君こそ僕の妻に相応しいと思ったんだ」
(えっ!? そう来ましたか!? )
予想外の展開に、アンドレ様の手を握る手に力が入る。
「テレーゼは華やかで美しいが、うちのお金で何でも好きなものを買って、遊び回って。公爵家の仕事だってしないし、夜会ではわがままで……公爵家によくない噂が立ち始めてしまった。
それよりも、君は地味だけど僕のいうことをちゃんと聞いてくれる」
怒りを通り越してあきれるほどだ。
確かにテレーゼ様の豪遊ぶりは噂に聞いたこともあったが、そんなテレーゼ様に惚れ込んで私に罪をなすりつけたのもパトリック様だ。それを謝りもせず、何事もなかったかのように「君が相応しい」だなんて。
何も言わない私に、パトリック様は勝ち誇ったような笑顔で告げた。
「君が帰ってきてくれたら、君の両親にも多額の資金を与え、生活に困らないようにしよう」
この言葉に逆らえないことは、パトリック様がよく知っている。私の実家はもはや、資金援助がなければやっていけないほど貧しいのだから。
でも……ーーアンドレ様だって、援助をすると言ってくださった。もちろんアンドレ様に迷惑をかけたくはないのだが。
再び訪れた静寂の中、黙っていたアンドレ様がようやく口を開いた。
「私は、リアを貴方の元へ返しません」
パトリック様はムッとした顔でアンドレ様を見る。そして、次第にその顔は、勝ち誇ったような顔へと変貌する。パトリック様はいつもこうやって余裕で、人を見下した目で見ている。
「リアはシャンドリー王国屈指の強者、アンドレ将軍と結婚したというのに……君は誰だ? 」
(……えっ!? )
想定外の言葉に、狼狽える私。まさかとは思ったが、パトリック様はアンドレ様をアンドレ様だと認識していないようだ。
(分かる気もしますが……
だってアンドレ様は、見た目とイメージが違うかただから……)
パトリック様は得意げになって続ける。
「リアは屈強な大男、アンドレ将軍と結婚したというのに、君は誰だ?
アンドレ将軍と結婚していながらも、痩せ細った色男と手を繋いでいる。僕と婚約破棄してアンドレ将軍にホイホイ着いていき、今は弱そうな色男と関係を持っている。結局、君は金さえあれば誰だっていいのだろう? 」
(ちょっと待ってください。
その言い方じゃ、まるで私が悪いみたいではないですか? )
思わず苦笑いをしてしまった。私は一方的に婚約破棄をされただけなのに、全て私が悪いとでも言うようだ。だが、パトリック様がそう思われるのなら仕方がない。悪く言われるのは、今始まった訳ではない……
私は至って平静だ。アンドレ様が拒否してくださる、それだけで幸せだ。
それなのに、アンドレ様は私の手をそっと離した。そして次の瞬間、パトリック様の胸ぐらを掴んで地面にドンッと押しつける。
あまりの早技に、一瞬何が起こったのか理解出来なかった。だが、少しずつ状況を理解し始めた。
私は用意されたドレスを着て、アンドレ様と馬車に座っていた。アンドレ様と馬車に乗ったのは二回目だ。一回目は、あのダンスパーティーの日だった。あの頃はアンドレ様との壁はまだ厚く、ビクビクしながらここに座っていたものだ。あれから一ヶ月も経っていないのに……
「リア。街が気になるのか? 」
隣にはアンドレ様が当然のように座っておられ、少し私に身を寄せて、私とともに車窓を眺めている。
「は、はい!街の中心部には来たことがないので。
大きくて綺麗な街だなぁと思って!」
慌てて答える。
アンドレ様の妻という身分だから、余計な行動は慎むようにしていた。勝手に街に出かけ、トラブルに巻き込まれてはいけない。なにより、アンドレ様に迷惑をかけてはいけないと思って生活しているのだから。だから当然、繁華街になんて行こうとも思わなかった。
「君がこの街を気に入ってくれて嬉しいよ」
アンドレ様は柔らかな声で告げる。
「俺が休みの日には、街を案内しよう」
「えっ!? 」
思わずアンドレ様を見上げる。すると彼は、やはりにこりともせず……いや、柔らかそうな顔で口角を緩め、窓の外を見ていた。その綺麗な横顔にどきんとしつつも、その言葉が嬉しかった。
「約束だ」
アンドレ様はそう告げ、私の前に小指を差し出す。そして私は、その大きな小指に自分の小指を絡めていた。
アンドレ様は、私が前世の記憶を持っていることを知っていて小指を出されたのだろう。この世界には、約束をする際に小指を絡めるなんて風習はないのだから。そんなことを考えると、何だか二人だけの秘密みたいで頬がにやけてしまう。
指が触れるだけでドキドキした。私だけが恋している状態であることは百も承知だが、アンドレ様が私に心を許してくださっているだけで十分でもあった。
そして、こうやってアンドレ様と過ごしていても不安になる。この後私たちは白でパトリック様に会い……パトリック様はどうされるのだろう。私のことを散々罵倒し、アンドレ様と引き裂こうとするのではないか。アンドレ様は濡れ衣だと分かってくださったが、私は罪人だ。
それに、国王だって隣国の公爵が婚約者を返せと言えば、返さないわけにはいかないのではないか。いや、私をパトリック様に返す代わりに、新たな駆け引きを持ちかけるかもしれない。
パトリック様のことを考えて不安になる私に、
「大丈夫だ」
アンドレ様は静かに告げた。
「君は絶対にリョヴァン公爵の元へは返さない」
◆◆◆◆◆
私たちが国王陛下の間に辿り着いた時には、すでにパトリック様は到着していた。陛下への挨拶を済ませ、打ち解けたように談笑している。それを見て、背筋が凍る思いだった。パトリック様は約束の時間よりも随分早く城に訪れ、国王を味方につけてしまったのだろうか。私もパトリック様のこの優しくて人懐っこい笑顔に騙されて、裏の顔を知ろうともしなかった。
思わずアンドレ様のシャツを引っ張っていた。アンドレ様は驚いたように私を見、そしてそっと手を握ってくださる。その大きな手に包まれただけで、少しずつ恐怖心が和らいでいくのも事実だった。
「リア!」
パトリック様は、私を見つけた途端、ぱっと顔を輝かせて歩み寄ってくる。自分の行いを棚に上げ、よくもこんなに馴れ馴れしく近付けると驚くばかりだ。
「リア!待ってたよ。
国王陛下にも話をして、アンドレ将軍の許可をもらえば、君を連れて帰れることになった。
さあ、共にバリル王国に帰ろう」
彼は片膝を突き、私に手を差し伸べる。私が喜んで手を取ると思っているのだろう。だが、私はパトリック様を見るだけで吐き気がするほどだ。自分でも、ここまで人に対して嫌悪感を持てるなんて、思ってもいなかった。
私はその手を取らず、声を必死に震わせないよう注意をしながら、彼に言う。
「で、ですが……パトリック様には、テレーゼ様がいらっしゃるかと……」
そう。パトリック様はテレーゼ様にぞっこんだった。罪を私になすりつけ、邪魔者の私を国外追放するまでに。
それなのに、パトリック様は困った顔をするのだ。
「それが……君がいなくなって、やっぱり君こそ僕の妻に相応しいと思ったんだ」
(えっ!? そう来ましたか!? )
予想外の展開に、アンドレ様の手を握る手に力が入る。
「テレーゼは華やかで美しいが、うちのお金で何でも好きなものを買って、遊び回って。公爵家の仕事だってしないし、夜会ではわがままで……公爵家によくない噂が立ち始めてしまった。
それよりも、君は地味だけど僕のいうことをちゃんと聞いてくれる」
怒りを通り越してあきれるほどだ。
確かにテレーゼ様の豪遊ぶりは噂に聞いたこともあったが、そんなテレーゼ様に惚れ込んで私に罪をなすりつけたのもパトリック様だ。それを謝りもせず、何事もなかったかのように「君が相応しい」だなんて。
何も言わない私に、パトリック様は勝ち誇ったような笑顔で告げた。
「君が帰ってきてくれたら、君の両親にも多額の資金を与え、生活に困らないようにしよう」
この言葉に逆らえないことは、パトリック様がよく知っている。私の実家はもはや、資金援助がなければやっていけないほど貧しいのだから。
でも……ーーアンドレ様だって、援助をすると言ってくださった。もちろんアンドレ様に迷惑をかけたくはないのだが。
再び訪れた静寂の中、黙っていたアンドレ様がようやく口を開いた。
「私は、リアを貴方の元へ返しません」
パトリック様はムッとした顔でアンドレ様を見る。そして、次第にその顔は、勝ち誇ったような顔へと変貌する。パトリック様はいつもこうやって余裕で、人を見下した目で見ている。
「リアはシャンドリー王国屈指の強者、アンドレ将軍と結婚したというのに……君は誰だ? 」
(……えっ!? )
想定外の言葉に、狼狽える私。まさかとは思ったが、パトリック様はアンドレ様をアンドレ様だと認識していないようだ。
(分かる気もしますが……
だってアンドレ様は、見た目とイメージが違うかただから……)
パトリック様は得意げになって続ける。
「リアは屈強な大男、アンドレ将軍と結婚したというのに、君は誰だ?
アンドレ将軍と結婚していながらも、痩せ細った色男と手を繋いでいる。僕と婚約破棄してアンドレ将軍にホイホイ着いていき、今は弱そうな色男と関係を持っている。結局、君は金さえあれば誰だっていいのだろう? 」
(ちょっと待ってください。
その言い方じゃ、まるで私が悪いみたいではないですか? )
思わず苦笑いをしてしまった。私は一方的に婚約破棄をされただけなのに、全て私が悪いとでも言うようだ。だが、パトリック様がそう思われるのなら仕方がない。悪く言われるのは、今始まった訳ではない……
私は至って平静だ。アンドレ様が拒否してくださる、それだけで幸せだ。
それなのに、アンドレ様は私の手をそっと離した。そして次の瞬間、パトリック様の胸ぐらを掴んで地面にドンッと押しつける。
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