追放された貧乏令嬢ですが、特技を生かして幸せになります。〜前世のスキル《ピアノ》は冷酷将軍様の心にも響くようです〜

湊一桜

文字の大きさ
31 / 58
第一章

31. 失礼な元婚約者

しおりを挟む
 次の日。

 私は用意されたドレスを着て、アンドレ様と馬車に座っていた。アンドレ様と馬車に乗ったのは二回目だ。一回目は、あのダンスパーティーの日だった。あの頃はアンドレ様との壁はまだ厚く、ビクビクしながらここに座っていたものだ。あれから一ヶ月も経っていないのに……

「リア。街が気になるのか? 」

 隣にはアンドレ様が当然のように座っておられ、少し私に身を寄せて、私とともに車窓を眺めている。

「は、はい!街の中心部には来たことがないので。
 大きくて綺麗な街だなぁと思って!」

 慌てて答える。
 アンドレ様の妻という身分だから、余計な行動は慎むようにしていた。勝手に街に出かけ、トラブルに巻き込まれてはいけない。なにより、アンドレ様に迷惑をかけてはいけないと思って生活しているのだから。だから当然、繁華街になんて行こうとも思わなかった。

「君がこの街を気に入ってくれて嬉しいよ」

 アンドレ様は柔らかな声で告げる。

「俺が休みの日には、街を案内しよう」

「えっ!? 」

 思わずアンドレ様を見上げる。すると彼は、やはりにこりともせず……いや、柔らかそうな顔で口角を緩め、窓の外を見ていた。その綺麗な横顔にどきんとしつつも、その言葉が嬉しかった。

「約束だ」

 アンドレ様はそう告げ、私の前に小指を差し出す。そして私は、その大きな小指に自分の小指を絡めていた。
 アンドレ様は、私が前世の記憶を持っていることを知っていて小指を出されたのだろう。この世界には、約束をする際に小指を絡めるなんて風習はないのだから。そんなことを考えると、何だか二人だけの秘密みたいで頬がにやけてしまう。

 指が触れるだけでドキドキした。私だけが恋している状態であることは百も承知だが、アンドレ様が私に心を許してくださっているだけで十分でもあった。

 そして、こうやってアンドレ様と過ごしていても不安になる。この後私たちは白でパトリック様に会い……パトリック様はどうされるのだろう。私のことを散々罵倒し、アンドレ様と引き裂こうとするのではないか。アンドレ様は濡れ衣だと分かってくださったが、私は罪人だ。
 それに、国王だって隣国の公爵が婚約者を返せと言えば、返さないわけにはいかないのではないか。いや、私をパトリック様に返す代わりに、新たな駆け引きを持ちかけるかもしれない。

 パトリック様のことを考えて不安になる私に、

「大丈夫だ」

アンドレ様は静かに告げた。

「君は絶対にリョヴァン公爵の元へは返さない」




◆◆◆◆◆



 私たちが国王陛下の間に辿り着いた時には、すでにパトリック様は到着していた。陛下への挨拶を済ませ、打ち解けたように談笑している。それを見て、背筋が凍る思いだった。パトリック様は約束の時間よりも随分早く城に訪れ、国王を味方につけてしまったのだろうか。私もパトリック様のこの優しくて人懐っこい笑顔に騙されて、裏の顔を知ろうともしなかった。

 思わずアンドレ様のシャツを引っ張っていた。アンドレ様は驚いたように私を見、そしてそっと手を握ってくださる。その大きな手に包まれただけで、少しずつ恐怖心が和らいでいくのも事実だった。




「リア!」

 パトリック様は、私を見つけた途端、ぱっと顔を輝かせて歩み寄ってくる。自分の行いを棚に上げ、よくもこんなに馴れ馴れしく近付けると驚くばかりだ。

「リア!待ってたよ。
 国王陛下にも話をして、アンドレ将軍の許可をもらえば、君を連れて帰れることになった。
 さあ、共にバリル王国に帰ろう」

 彼は片膝を突き、私に手を差し伸べる。私が喜んで手を取ると思っているのだろう。だが、私はパトリック様を見るだけで吐き気がするほどだ。自分でも、ここまで人に対して嫌悪感を持てるなんて、思ってもいなかった。

 私はその手を取らず、声を必死に震わせないよう注意をしながら、彼に言う。

「で、ですが……パトリック様には、テレーゼ様がいらっしゃるかと……」

 そう。パトリック様はテレーゼ様にぞっこんだった。罪を私になすりつけ、邪魔者の私を国外追放するまでに。
 それなのに、パトリック様は困った顔をするのだ。

「それが……君がいなくなって、やっぱり君こそ僕の妻に相応しいと思ったんだ」

 (えっ!? そう来ましたか!? )

 予想外の展開に、アンドレ様の手を握る手に力が入る。

「テレーゼは華やかで美しいが、うちのお金で何でも好きなものを買って、遊び回って。公爵家の仕事だってしないし、夜会ではわがままで……公爵家によくない噂が立ち始めてしまった。
 それよりも、君は地味だけど僕のいうことをちゃんと聞いてくれる」

 怒りを通り越してあきれるほどだ。
 確かにテレーゼ様の豪遊ぶりは噂に聞いたこともあったが、そんなテレーゼ様に惚れ込んで私に罪をなすりつけたのもパトリック様だ。それを謝りもせず、何事もなかったかのように「君が相応しい」だなんて。

 何も言わない私に、パトリック様は勝ち誇ったような笑顔で告げた。

「君が帰ってきてくれたら、君の両親にも多額の資金を与え、生活に困らないようにしよう」

 この言葉に逆らえないことは、パトリック様がよく知っている。私の実家はもはや、資金援助がなければやっていけないほど貧しいのだから。
 でも……ーーアンドレ様だって、援助をすると言ってくださった。もちろんアンドレ様に迷惑をかけたくはないのだが。


 再び訪れた静寂の中、黙っていたアンドレ様がようやく口を開いた。

「私は、リアを貴方の元へ返しません」

 パトリック様はムッとした顔でアンドレ様を見る。そして、次第にその顔は、勝ち誇ったような顔へと変貌する。パトリック様はいつもこうやって余裕で、人を見下した目で見ている。

「リアはシャンドリー王国屈指の強者、アンドレ将軍と結婚したというのに……君は誰だ? 」

 (……えっ!? )

 想定外の言葉に、狼狽える私。まさかとは思ったが、パトリック様はアンドレ様をアンドレ様だと認識していないようだ。

 (分かる気もしますが……
 だってアンドレ様は、見た目とイメージが違うかただから……)

 パトリック様は得意げになって続ける。

「リアは屈強な大男、アンドレ将軍と結婚したというのに、君は誰だ?
 アンドレ将軍と結婚していながらも、痩せ細った色男と手を繋いでいる。僕と婚約破棄してアンドレ将軍にホイホイ着いていき、今は弱そうな色男と関係を持っている。結局、君は金さえあれば誰だっていいのだろう? 」

 (ちょっと待ってください。
 その言い方じゃ、まるで私が悪いみたいではないですか? )

 思わず苦笑いをしてしまった。私は一方的に婚約破棄をされただけなのに、全て私が悪いとでも言うようだ。だが、パトリック様がそう思われるのなら仕方がない。悪く言われるのは、今始まった訳ではない……

 私は至って平静だ。アンドレ様が拒否してくださる、それだけで幸せだ。
 それなのに、アンドレ様は私の手をそっと離した。そして次の瞬間、パトリック様の胸ぐらを掴んで地面にドンッと押しつける。

 あまりの早技に、一瞬何が起こったのか理解出来なかった。だが、少しずつ状況を理解し始めた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

『嫌われ令嬢ですが、最終的に溺愛される予定です』

由香
恋愛
貴族令嬢エマは、自分が周囲から嫌われていると信じて疑わなかった。 婚約者である侯爵令息レオンからも距離を取られ、冷たい視線を向けられている――そう思っていたのに。 ある日、思いがけず聞いてしまった彼の本音。 「君を嫌ったことなど、一度もない」 それは誤解とすれ違いが重なっただけの、両片思いだった。 勘違いから始まる、甘くて優しい溺愛恋物語。

不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。

桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。 戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。 『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。 ※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。 時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。 一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。 番外編の方が本編よりも長いです。 気がついたら10万文字を超えていました。 随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

異世界へ誤召喚されちゃいました 女神の加護でほのぼのスローライフ送ります

モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎ 飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。 保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。 そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。 召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。 強制的に放り込まれた異世界。 知らない土地、知らない人、知らない世界。 不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。 そんなほのぼのとした物語。

婚約者は冷酷宰相様。地味令嬢の私が政略結婚で嫁いだら、なぜか激甘溺愛が待っていました

春夜夢
恋愛
私はずっと「誰にも注目されない地味令嬢」だった。 名門とはいえ没落しかけの伯爵家の次女。 姉は美貌と才覚に恵まれ、私はただの飾り物のような存在。 ――そんな私に突然、王宮から「婚約命令」が下った。 相手は、王の右腕にして恐れられる冷酷宰相・ルシアス=ディエンツ公爵。 40を目前にしながら独身を貫き、感情を一切表に出さない男。 (……なぜ私が?) けれど、その婚約は国を揺るがす「ある計画」の始まりだった。

婚約破棄された幼い公爵令嬢、目覚めたら絶世の美女でした

鍛高譚
恋愛
『幼すぎる』と婚約破棄された公爵令嬢ですが、意識不明から目覚めたら絶世の美女になっていました 幼すぎる、頼りない――そんな理由で婚約者に見限られた公爵令嬢シルフィーネ。 心ない言葉に傷ついた彼女は、事故に遭い意識不明となってしまう。 しかし一年後、彼女は奇跡的に目を覚ます。 そして目覚めた彼女は――かつての面影を残しつつも、見る者すべてを惹きつける絶世の美女へと変貌を遂げていた! 周囲の反応は一変。婚約破棄を後悔する元婚約者、熱視線を送る他家の令息たち、さらには王太子からの突然の縁談まで舞い込み――? 「もう、誰にも傷つけられたくない。私は私の幸せを手に入れるの」 これは、冷たく突き放された少女が美しく咲き誇り、誇りと自由を手に入れる、ざまぁ&逆転恋愛劇。

聖女の力は「美味しいご飯」です!~追放されたお人好し令嬢、辺境でイケメン騎士団長ともふもふ達の胃袋掴み(物理)スローライフ始めます~

夏見ナイ
恋愛
侯爵令嬢リリアーナは、王太子に「地味で役立たず」と婚約破棄され、食糧難と魔物に脅かされる最果ての辺境へ追放される。しかし彼女には秘密があった。それは前世日本の記憶と、食べた者を癒し強化する【奇跡の料理】を作る力! 絶望的な状況でもお人好しなリリアーナは、得意の料理で人々を助け始める。温かいスープは病人を癒し、栄養満点のシチューは騎士を強くする。その噂は「氷の辺境伯」兼騎士団長アレクシスの耳にも届き…。 最初は警戒していた彼も、彼女の料理とひたむきな人柄に胃袋も心も掴まれ、不器用ながらも溺愛するように!? さらに、美味しい匂いに誘われたもふもふ聖獣たちも仲間入り! 追放令嬢が料理で辺境を豊かにし、冷徹騎士団長にもふもふ達にも愛され幸せを掴む、異世界クッキング&溺愛スローライフ! 王都への爽快ざまぁも?

処理中です...