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第27話:不発
夏休みも終わりが近づき、夜中の静寂が支配する頃、雨屋架来はふと目を覚ました。携帯の画面を見ると、午前1時05分という時刻が表示されている。
「しまった、うとうとして寝てしまったわ」
実は、日付が変わった今日が、親友である藍子の誕生日だった。女子高生らしい粋な図らいで、0時ちょうどに『誕生日おめでとう』のメッセージを送るつもりでいた。アラームもセットしておいたはずなのに、どうやら眠い中で無意識のうちに止めてしまったらしい。些細なことではあるが、完璧主義の架来にとっては、こんな小さな失敗ですらやり直したいと思ってしまう。
「えっと、1時間ちょっと前ね」
彼女は半ば寝ぼけ眼で、お腹に手をやって尿意の感覚を確かめる。
「うん…大丈夫そうね…」
架来はベッドから立ち、そのまま部屋の中央へ。ひんやりとしたフローリングの床の感触が足の裏に伝わる。
「むにゃ、むにゃ、1時間ちょっと戻って藍子にメッセージを送ったら、またゆっくり寝るわ…」
意識半分で下半身を解放していく。
「んっ…」
と小さな声が漏れ、
じわっ…
いつもの赤白チェックのパジャマの股間部分が、少しずつ濡れていくのを感じる。
じゅ、じゅ、じゅ…
淡いパステルカラー、水色の下着越しに、勢いが増していくのがわかる。
「あっ…出てる…」と、吐息混じりにつぶやく。
じょじょじょーーー!
いつもならここで、あの独特の感覚とともに時間が巻き戻るはずだった。しかし――。
「えっ、うそ!? なんでっ?」
十分な量のおしっこを出し終えたはずなのに、タイムリープは起こらない。架来は部屋の中央で、自分が漏らしたおしっこの中心に立ち尽くしていた。ただただ、濡れたパジャマが肌に張り付く不快な感触が残るばかりであった。
(タイムリープが起こらない…能力が…なくなったの?えっ? これから、完璧を目指せなくなるじゃない…! 失敗をやり直せないなんて…)
恐怖と絶望が一気に襲い、架来の体が震える。
「どうして? どうしてタイムリープ起こんないの?」
焦る架来は、自らぐっしょり濡らしてしまったパジャマと、フローリングに広がる自分の水たまりに、しばし茫然として立ち尽くした。
「どうしよう…これ…これは完全にお漏らしじゃないの…」
顔がみるみる赤くなる。しかし、いつまでも立ち尽くしているわけにもいかない。架来は手早く濡れたパジャマと水色の下着を脱ぎ捨て、クローゼットから適当な下着を取り出して履いた。家族の誰にも気づかれないよう、手早く濡れた衣類を洗濯機に放り込み、スイッチを入れる。
「明日、お母さんにはお茶でもこぼしたって言っておきましょ」
そう心に決める。部屋に戻ると、仕方なく、遅れてしまったことを詫びるメッセージとともに、藍子へ誕生日メッセージを送信した。そのまま続けて海止へメッセージを送り、明日の朝会いたい旨を伝えるのだった。
---
次の日の朝。架来は近所の公園で海止に会っていた。
「珍しいね、呼び出しなんて」
海止はいつものように穏やかな表情で架来を見つめる。架来は少し深刻そうな表情で切り出した。
「タイムリープが起こせなかったの。昨日の夜、しようと思ったんだけど…」
完璧を目指す自分にとって、今は能力が必要不可欠だと感じていた。
「ふうん、心当たりは? それは何時ころの話?」
海止が尋ねる。
「ないわ、昨日の…1時頃だったかしら…」
架来の言葉を聞いた途端、海止ははっとしたような表情を見せた。どうやら心当たりがあるようだ。
「なるほど、原因はたぶん…僕だね」
海止の意外な告白に、架来は驚いて聞き返した。
「どういうことかしら?」
架来の脳裏には、勝手に海止がパジャマ姿でお漏らしをしている場面が想像される。
「ええと、昨日の1時頃ってなると…それは僕が2時から2時間ほど巻き戻した時間だったんじゃないかな…」
「あなたが時間を巻き戻した?それがどうしたの?」
「前に連続して能力は使えないという話をしたと思うけど、どちらかがタイムリープを起こした時間帯での巻き戻しはできないってことじゃないかな」
海止の推測には説得力があった。
「そういうこと…」
架来は納得したようにつぶやいた。
「私は寝てたから、タイムリープが起きたことを自覚できなかったのね…」
海止は続けた。
「だから、君の能力が無くなったわけではないと思う。今回は僕のせいってことになるのかな」
「なら良かった。でも、珍しいわね。あなたが能力を使うなんて、どうしたのよ?」
架来の問いかけに、海止は少し視線を泳がせた。いつもの落ち着いた彼らしからぬ反応に、架来は首を傾げる。
「ちょっとね、昨日はその、見たい深夜アニメを見逃してしまって…それが午前0時から30分間のアニメでさ。気がついたら2時だったので、つい…ね」
その告白を聞いて、架来は思わず吹き出した。
「ふふ、あははっ! 普段は能力は使わないってクールぶってたのに、ずいぶんと俗っぽいじゃない」
海止は苦笑いしながら頭をかいた。
「ごめん、君のタイムリープを邪魔したみたいで」
「いいわよ、大した問題ではなかったから」
架来はそう言いながらも、少しからかうような口調で尋ねた。
「それで、そこまでして見たいアニメとは何だったのかしら?」
海止から話を聞くと、それは5人の美少女が戦うバトルもののアニメらしい。
「ふふふ、そうだったのね」
架来はそれを聞いて微笑んだ。どこかで聞いたことのあるタイトルだと思えば、以前、萌花から熱く語られたアニメのことだった。(案外、萌花と話合うかもね。でも、普段冷めててクールな感じなのに、めずらしく高校生っぽい一面が見れた気がするわ)
海止の意外な側面を見ることができて、架来は少し不思議な気持ちになった。藍子の誕生日メッセージは間に合わなかったものの、今回のタイムリープ不発の原因がわかったことで、彼女は安堵する。安心したので海止と別れ、公園から帰ろうとすると、海止が少し意地悪な笑みを浮かべて言った。
「ところで、タイムリープしようとして失敗しちゃったってことは……」
海止は、意味深に架来の足元へ視線を移す。架来の脳裏には、昨日の夜、部屋の真ん中でパジャマをぐっしょり濡らし、呆然と立ち尽くしていた自分のお漏らし姿が鮮明に思い出された。
「ばかっ!」
架来は顔を真っ赤にして、ぴしゃりと海止の背中を叩いた。
「私の変なところ想像したら許さないから! 今の話は忘れなさい!」
そう言い放ち、架来は早足で家路に向かうのだった。
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