【完結】孤独の青年と寂しい魔法使いに無二の愛を ~贄になるために異世界に転移させられたはずなのに、穏やかな日々を過ごしています~

雨宮ロミ

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第二章 奇妙で穏やかな生活

第五話 首枷

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圧の抜けた表情を浮かべていたヴァート。しかし、彼の瞳はだんだんと冷ややかさを取り戻していく。油断してはならない、という風に。そして、小さく息を吐いて、また夜空に瞳を向ける。その瞳は、先ほどのような冷ややかさにくっきりと彩られていた。

「……お前が随分とおかしな奴だ、ということは分かった。しかし、私は、お前のことを信用している、というわけではないし、お前自身に何か情があるわけでもない。心変わりして、私に危害を加えようとするかもしれない。だから、万が一のために、手を打たせてもらう」
 
ヴァートは冷ややかに夜空に言い放つ。その言葉は、絆されるな、と自身に言い聞かせるような響きが含まれていたのが、夜空にも感じ取れた。

「   」

 そしてヴァートは呪文のような言葉を唱え始めた。先ほど夜空と話していた時に口に出していた言葉とは全く違う。外国語のような響き。夜空が何度も唱えたあの「愛の魔法」とどこか似ているような響きではあった。けど、それよりもずっと冷たく、地を這うような響き。
 目の前に、きらきらとした光が散る。眩しさは弱いものの、人間界からこちらに来た時に見た、あの光と似ている。きらきらと輝く光に気を取られている間に、夜空の身体に先ほどとは違う感覚が走った。

「……?」

首の辺りに無機質な冷たさと微かな重みを感じたのだ。指先で恐る恐るそれをなぞってみる。冷たさと、金属のような感触が指先に伝わった。継ぎ目のない金属のチョーカーのようなものが、首に巻き付いていた。

「これは……」
「魔法を使って作った首枷だ。お前を殺す時まで、これを付けさせてもらう」
「……魔法の、首枷」

魔法の首枷、という言葉に、夜空の想像が悪い方向に働いてしまい、恐怖が走る。
フィクション作品で出てくるような、命令に背いたり、危害を加えようとすると電流が走ったり、身体に凄まじい痛みが走ったり、といったものだろうか。

「えっと、これは、どういった効果が……」

これから襲うかもしれない首枷の効果に、夜空は声を震わせながら訊ねた。

「もしも、私に危害を加えようとしたり、逃げだそうとしたりするのならば、その首枷がお前の自由を奪う」

 一時的に動けなくなるだけで、痛みもないし死にはしない。とヴァートは付け加えた。ヴァートのその言葉に、夜空は腑抜けた表情を浮かべる。今の夜空が浮かべている表情は先ほどヴァートが「おかしな奴だ」と夜空に言った時に向けていた表情と似ていた。端的に言えば「たったそれだけ?」だった。

「あの……」
「外せ、とでもいうのか? これはお前が死ぬ時までこれはつけたままだ」
「そうじゃなくて、これって、動けなくなる以外に、何か痛みとかは……」
「先ほども言っただろう。一時的に動けなくなるだけだ」
「…………そう、なんですね」
「30日後にお前を殺すのだ。それまでに肉体に大きな傷がついたり、死なれたら困るからな」
「………………」

 夜空は、もう一度、継ぎ目のない金属の首枷を、撫でるように触れる。動けなくなるだけで死にはしない。痛みもない。拘束にしてはあまりにも甘すぎる。とすら思ってしまった。
自身は「贄」で魔法の首枷、という言葉で、痛みを伴ったり、電流が走るといったものが来ると思っていたから、ひどく拍子抜けしてしまったのだ。

ヴァートが言った「30日後までに肉体に傷がついたり、死なれたりしたら困る」という言葉も正しいとは思う。けれども、「傷つけたくない」のような、どこか、情のようなものを感じてしまったのだ。本当にこの人に自身が殺せるのだろうか、とすら思ってしまうくらいに。

夜空の思考を察してか、ひどく冷えた瞳が、夜空に向けられた。圧のこもった瞳だ。

「魔力がない、とは言ったが、お前を簡単に殺せるくらいの力は持っている。見くびるな」
「す、すみません…」
「お前が何か怪しい真似をしたら、30日を待たずに殺す。多くの魔力を得ることは望めないが、魔法薬の材料くらいにはなるだろう。魔法使いを殺しても魔力を得ることは出来ないが、人間であれば、多少の魔力にはなる」
「は、はい……」

夜空はヴァートに対して返事をする。しかし、先ほどのような圧をヴァートから感じることは出来なくなってしまった。下に見ているというわけでも、見くびっている、というわけではない。
ヴァートの本当の姿は、家の話をしているときに見えてしまった寂しさの部分や、先ほど見せた情の部分にあるのでは、と思ってしまった。夜空にはヴァートが、「残酷な復讐のために残酷に人間を殺す悪い魔法使い」には到底思えなかったのである。

 ヴァートは夜空に背を向け、地下室から上の階に繋がるであろう階段へと向かっていく。

「私についてくるんだ。これからお前が生活する場所に案内する」
「は、はい……」

 夜空はこれからどこに行くかも分からないまま、ヴァートの後ろを歩くようにして着いていく。
高校時代、世界史の教科書の中で見た、外国の、古い建造物の中にあるような、ざらざらとした石で出来た階段だった。それまでの生活の中で使っていた階段を歩く時には感じない、石の感触が走る。
 ヴァートは夜空が追いつくと、そこで歩みを止めた。夜空と隣りあったまま、階段を上ろうとはしない。予想外の動きに、夜空は戸惑った。

「あ、あの……」
「隣を歩くんだ」
「え……?」
「後ろから襲われたりでもしたらたまったものではない。だから、隣を歩くんだ」

私も、30日後まではお前を殺すことはない。とヴァートは付け加える。念押しのためではあるだろうけれど、それは、夜空の警戒心を解くための言葉のように、聞こえてしまった。

「わ、分かりました……」

 夜空はヴァートの言う通り、隣に立ち、歩き始めた。隣同士ではあるけれど、当たり前に、距離はあった。ヴァートの方が夜空を警戒している雰囲気がある。殺す側で、動けなくなる首枷を付けているというのに。
30日後ではあるけれど、自身を殺そうとする人間の隣を歩いている。不思議な感覚だった。
ヴァートに対して、恐怖も怒りも理不尽さも、そして、自身に対する強烈な殺意もあまり感じない。かといって、心地よさ、というわけでもない。言語化することのできない、ただただ、不思議な感覚を味わっていた。 
同時に、媚びを売る以外で、誰かの隣を歩くなんて、随分と久しぶりのことのように思ってしまった。

 夜空は歩きながら、ちらちらと、視線をヴァートに向ける。175センチの夜空が軽く見上げるくらいには背が高い。180センチ以上はあるのだろう。肩につくくらい髪が長いため、横から表情が伺いにくいが、美しいことは間違いなかった。
そして、夜空が視線を向けているうちに、気づいたことがあった。先ほどまでは、ヴァートの纏っている空気や、状況に対しての混乱で先ほどはあまり意識が向いていなかったけれど、何か追い詰められているような、疲れているような表情をしている。迷信のような魔法に縋っているのだから、追い詰められていることには間違いないのだろう。
歩いてさらさらと髪が揺れるため、時々、彼の横顔が見えて、はっきりとした目の下の隈が見えてしまったのだ。あまり眠れていないのかもしれない。顔色もあまりよろしくなく、不健康そうな雰囲気が見て取れた。

「……お前」
「は、はい……!」

ヴァートが視線を前に向けながら訊ねる。ヴァートを見ていたことを咎められるのかと思い、少し、声を震わせながら夜空は返事をする。

「名前はなんていうんだ」
「えっと、……、夜空、です」

いつものように名字から名乗ろうとしたものの、ヴァートが名前だけを名乗ったことを思い出し、夜空も下の名前だけを名乗った。それまでは必要だから名字も名乗っていたものの、自身の名字を名乗ることに、申し訳なさがあったから。

「そうか……」

 ヴァートからはそれ以上の返答は返ってこなかった。名字を訊ねられることもなく、少しだけ、ほっとしてしまった。情報として知りたかっただけで、呼ぶことはないのかもしれない。ヴァートと夜空は30日後に殺し、殺される関係性だ。友達でも恋人でもない。今も「お前」呼びで事足りているだろうし、自身の名前を呼ぶ機会などほとんどないだろうから、別に知っていてもいなくても不便はしないだろう。
そんなことを夜空はぼんやりと思っていた。

 階段を上りきった先に、南京錠が掛かった大きな扉があった。ヴァートはローブの中をごそごそとまさぐる。裏ポケットでもついているのかもしれない。と夜空は思った。そして、そこから鍵の束を取り出し、そのうちの一つを、南京錠に差し込み、解錠する。

「ここが、これからお前が生活する場所だ」

 ヴァートが扉を開ける。一体、どんな空間なのだろうか。ヴァートは情のようなものを見せてはくれたけれど、30日後に殺されるし「贄」なのだ。無意識に、自身が生活する場所は、シンデレラの屋根裏部屋のようなところや、ファンタジー小説の中で敵に捕らわれた登場人物が、自由を奪われて監禁されるような、牢屋のような場所を想像してしまっていたから。

「え……」

 その空間を見た夜空の口から、驚きを含んだ声が漏れる。目の前の光景は、夜空が想像もしていなかった光景であったから。
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