【完結】孤独の青年と寂しい魔法使いに無二の愛を ~贄になるために異世界に転移させられたはずなのに、穏やかな日々を過ごしています~

雨宮ロミ

文字の大きさ
8 / 39
第二章 奇妙で穏やかな生活

第七話 食事

しおりを挟む
「食事が出来ている」
「あ、ありがとうございます……」

 風呂場から出た夜空。待っていたヴァートの隣を歩き、食事場所へと向かっていた。先ほど案内された食事場所は、それこそファンタジー世界の中で身分のある者達が食事をしていてもおかしくないような美しさの場所だった。ただ、魔法界の食事、というものは全く想像が出来なかった。「贄」という立場であるからなおさら。
 部屋に入る。広い空間に、上質そうなテーブルに椅子。白いテーブルクロス。その上に、食事。

「え……?」

 夜空は、やはりここでもひどく戸惑った声を上げてしまった。そこにあったのは、出来たてのあたたかな食事だったから。
刻まれた野菜によって彩られ、ふわふわと湯気の立ったミルクスープ。香ばしいかおりが漂う柔らかそうなパン。そして何か果実を切ったものが置かれていた。林檎を切り分けたものに似ている。

「…………これ、ですか? 俺の食事……」
「そうだ。不満か?」
「いえいえ! 全く……!」

 温かい料理が出てくるとは思わなかったから、ひどく驚いてしまった。

「そ、その……、これはヴァートさんの、手作りですか?」
「毒は入っていない」
「い、いえ、怪しんでいる、とかではなくて、美味しそうだな……って思いまして」
「……大したものではない。手順通りには作ってあるが、ありあわせのものだ」

 ヴァートは、絆されるな、とばかりに、そして自身の感情をごまかすかのように視線をそらした。
 ありあわせであっても、自分のために誰かが作ってくれたあたたかな食事を食べることになるなんて随分と久しぶりだ。本当に小さな頃以来かもしれない。夜空の心がふわりと柔らかい気持ちになる。あと30日後に殺される、というのに。

「ほら、早く座るんだ」
「は、はい……。失礼します……」

 ヴァートに促され、彼は椅子に座った。夜空と向かい合うようにヴァートも座る。ヴァートの前に食事はなかった。

「あの、ヴァートさんの分は?」
「別に食べなくともいい」
「えっと、先にお召し上がりになられたんでしょうか……?」
「……そのようなこと、別にお前には関係ないだろう。余計なことを詮索するな」

冷えた視線と口調で言われる。それは、どこか、食べていないことを隠すような響きに聞こえてしまった。

「……すみません。ありがとうございます」

自分は食べないのに、わざわざ作ってくれたのか。
手間を掛けさせてしまった申し訳なさ、そして、自分のために作ってくれた、というありがたさが広がった。「情はない」と言うのに、随分と、優しい人だ。と思った。この人に、これから俺のことを殺せるのだろうか、と逆に夜空が思ってしまうくらいに。夜空の警戒心がだんだんと解けていく。同時にヴァートが食事を摂ったのか、が気になってしまう。


「冷める前に食べるんだ」
「は、はい。いただきます」

手を合わせてそう口に出してしまった。いつもの生活の中で、当たり前にしていたように。

「……それは、なんだ?」

 ヴァートは夜空の行為に対して不思議そうな表情を浮かべながら言った。訝しげ、ではなくて単純に何をしているのか疑問に思った、という雰囲気。そこで夜空は気がついた。いただきます、という言葉はおそらく日本だけのものなのだろう。と。
昔、どこかでそんな話を聞いたような気がする。ヴァートは、夜空がしている動作と、言葉が何を表しているのか、気になったのかもしれない。

「え、えっと、これは、食事の前の、挨拶、のようなものでして……。その、ありがとうございます、みたいな意味なんです……。その、食べる前に手を合わせて“いただきます”って言って、食べ終わった後に、“ごちそうさまでした”って言うんです」

 夜空がたどたどしく説明すると、ヴァートは少し目を見開いた。冷えた表情が、ほんの一瞬、驚きで彩られた。しかし、彼は、表情を見せないように、す、と視線を背けた。長めの、青みがかった銀髪がヴァートの表情を隠す。

「そうか……。ありがとう、か……」

 ぼそり、とヴァートが口にしたのが聞こえた。表情は見えなかった。褒められ慣れていない雰囲気があったから、その延長線で、お礼を言われ慣れたりもしてないのかもしれない、と夜空は思った。ヴァートが夜空に視線を戻した時の表情は、冷えた、感情の読み取りにくい表情になっていた。

 いただきます。ともう一度口に出し、夜空はパンを持った。
 パンを持って一口大にちぎる。ふわふわと柔らかなパンの感触。口に入れた。柔らかい感触と優しい甘みが広がる。純粋に美味しかった。

「お、美味しいです……」
「……美味しいのか」

 美味しいのか、と言った彼の言葉には、少し安堵が見えた。まるで、彼がその味を知らない、みたいに。けれども、すぐにヴァートの表情は感情の読み取れない冷えた表情に変わる。 
彼は、じっと、夜空が食べているのを眺めているだけだった。喋るにも話題も何もない。喋ったら黙るように言われるのは間違いないだろう。

 広い空間の中に、沈黙が広がっている。

 少しの緊張感と、ヴァートに対しての興味が、夜空の中に浮かんでいた。この人の本当の姿は、一体どういう人なのだろうか、と。
魔法を使うため、殺されるために呼び出されたのに、こんなにあたたかな扱いを受けることになるとは思わなかった。あまりにも都合が良すぎる、と思ってしまうくらいの扱い。
「もてなされている」と言ってもいいくらいに。
それこそ、これから、ヘンゼルとグレーテルの童話のように、いきなり恐ろしい本性を見せつけられてしまうのではないか、と思うくらいに丁寧であたたかなもてなし。
けれども、そのようなことをするのであれば、もっといい方法はあるだろうし、とっくに殺されているはずだ。さっさとどこかで殺してしまったり眠らせて拘束する、など出来るはずだ。わざわざこんな風に、丁寧に夜空と接しなくてもいいはずだ。

 ちら、と夜空はもう一度、ヴァートの方に視線を向けた。ヴァートは先ほどと同じ、感情の読み取れない表情で、夜空が食べるところを眺めているだけだった。冷えてはいたけれど、恐ろしさも、殺気も、一切感じ取ることが出来ない。それどころか、どこか、見守りのようなあたたかさすら見えてしまった。

夜空は緊張と、あたたかさを味わいながら、食事を食べ進めていた。ミルクスープも、野菜の混ざり合ったうまみと柔らかい塩味とミルクのコクが感じられて、美味しい、以外の言葉では表すことが出来なかった。魔法界の食事だというのに、どこか懐かしさを感じる。その後に食べた何かの果実も、見た目はリンゴに似ていたけれど、食感はリンゴよりも柔らかく、味は柑橘系の味をしていた。どれも温かく、美味しい食事であった。

「ごちそうさまでした……!」

 手を合わせて夜空は言う。先ほどの「いただきます」と似たようなものだ、とヴァートは理解していたようだった。納得の視線を向けられていた。

「美味しかったです。ありがとうございました」
「……ああ」

 夜空は礼を伝える。感情の読み取りにくい表情であったが、ヴァートの纏っていた冷ややかな雰囲気は先ほどよりも緩まっているように、夜空には感じ取れた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

世界が僕に優しくなったなら、

熾ジット
BL
「僕に番なんていない。僕を愛してくれる人なんて――いないんだよ」 一方的な番解消により、体をおかしくしてしまったオメガである主人公・湖川遥(こがわはる)。 フェロモンが安定しない体なため、一人で引きこもる日々を送っていたが、ある日、見たことのない場所――どこかの森で目を覚ます。 森の中で男に捕まってしまった遥は、男の欲のはけ口になるものの、男に拾われ、衣食住を与えられる。目を覚ました場所が異世界であると知り、行き場がない遥は男と共に生活することになった。 出会いは最悪だったにも関わらず、一緒に暮らしていると、次第に彼への見方が変わっていき……。 クズ男×愛されたがりの異世界BLストーリー。 【この小説は小説家になろうにも投稿しています】

売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才) ※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!  ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。  無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。

【完】心配性は異世界で番認定された狼獣人に甘やかされる

おはぎ
BL
起きるとそこは見覚えのない場所。死んだ瞬間を思い出して呆然としている優人に、騎士らしき人たちが声を掛けてくる。何で頭に獣耳…?とポカンとしていると、その中の狼獣人のカイラが何故か優しくて、ぴったり身体をくっつけてくる。何でそんなに気遣ってくれるの?と分からない優人は大きな身体に怯えながら何とかこの別世界で生きていこうとする話。 知らない世界に来てあれこれ考えては心配してしまう優人と、優人が可愛くて仕方ないカイラが溺愛しながら支えて甘やかしていきます。

転移先で辺境伯の跡継ぎとなる予定の第四王子様に愛される

Hazuki
BL
五歳で父親が無くなり、七歳の時新しい父親が出来た。 中1の雨の日熱を出した。 義父は大工なので雨の日はほぼ休み、パートに行く母の代わりに俺の看病をしてくれた。 それだけなら良かったのだが、義父は俺を犯した、何日も。 晴れた日にやっと解放された俺は散歩に出掛けた。 連日の性交で身体は疲れていたようで道を渡っているときにふらつき、車に轢かれて、、、。 目覚めたら豪華な部屋!? 異世界転移して森に倒れていた俺を助けてくれた次期辺境伯の第四王子に愛される、そんな話、にする予定。 ⚠️最初から義父に犯されます。 嫌な方はお戻りくださいませ。 久しぶりに書きました。 続きはぼちぼち書いていきます。 不定期更新で、すみません。

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

バーベキュー合コンに雑用係で呼ばれた平凡が一番人気のイケメンにお持ち帰りされる話

ゆなな
BL
Xに掲載していたものに加筆修正したものになります。

オメガ転生。

BL
残業三昧でヘトヘトになりながらの帰宅途中。乗り合わせたバスがまさかのトンネル内の火災事故に遭ってしまう。 そして………… 気がつけば、男児の姿に… 双子の妹は、まさかの悪役令嬢?それって一家破滅フラグだよね! 破滅回避の奮闘劇の幕開けだ!!

僕がそばにいる理由

腐男子ミルク
BL
佐藤裕貴はΩとして生まれた21歳の男性。αの夫と結婚し、表向きは穏やかな夫婦生活を送っているが、その実態は不完全なものだった。夫は裕貴を愛していると口にしながらも、家事や家庭の負担はすべて裕貴に押し付け、自分は何もしない。それでいて、裕貴が他の誰かと関わることには異常なほど敏感で束縛が激しい。性的な関係もないまま、裕貴は愛情とは何か、本当に満たされるとはどういうことかを見失いつつあった。 そんな中、裕貴の職場に新人看護師・宮野歩夢が配属される。歩夢は裕貴がΩであることを本能的に察しながらも、その事実を意に介さず、ただ一人の人間として接してくれるαだった。歩夢の純粋な優しさと、裕貴をありのまま受け入れる態度に触れた裕貴は、心の奥底にしまい込んでいた孤独と向き合わざるを得なくなる。歩夢と過ごす時間を重ねるうちに、彼の存在が裕貴にとって特別なものとなっていくのを感じていた。 しかし、裕貴は既婚者であり、夫との関係や社会的な立場に縛られている。愛情、義務、そしてΩとしての本能――複雑に絡み合う感情の中で、裕貴は自分にとって「真実の幸せ」とは何なのか、そしてその幸せを追い求める覚悟があるのかを問い始める。 束縛の中で見失っていた自分を取り戻し、裕貴が選び取る未来とは――。 愛と本能、自由と束縛が交錯するオメガバースの物語。

処理中です...