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地味で人見知りの彼女は笑顔が素敵な女性でした
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『姪っ子の誕生日なのにプレゼントが決まらなーい、どうしよう!』
パソコンにそのメールが飛んできた時、僕は思わず目を疑った。
送り主は、僕の向かいのデスクに座る同僚・宇留野(うるの)めぐみだったからだ。
地味で控えめなおかっぱ頭の彼女。
影の薄い存在で、誰かとしゃべっているところはおろか、入社2年目の現在まで一度も笑った顔など見たことがない。そんな彼女が僕にこんなメールを寄こすなど考えられなかった。
しかし何度見直しても送り主は宇留野めぐみだった。
これは何か意図があるのか──。
しばらく仕事の手を休め、メールの文面をまじまじと見つめる。
けれども、いくら考えても答えが出てこなかった。
そもそも、僕の勤めているところは食品のマーケティング部で姪っ子の誕生日プレゼントうんぬんとはまったく関係ない部署だ。
何かの間違いではないかと思っていると、さらに彼女からメールが飛んできた。
『ねえ、どんなのがいい? 一緒に考えて』
ポカン、としてしまった。
一緒に考えてと言われても僕は彼女の姪っ子を知らない。
宇留野さんの年齢から察するとまだ小学生以下にも思えるが、いかんせん彼女とは私的な付き合いはない。
僕は困ってしまった。
『えーと、とりあえずオーソドックスにクマのぬいぐるみでいいのではないでしょうか』
悩みに悩んだ末、そんな文面を送り返してみた。
するとその瞬間、目の前のデスクに座る宇留野さんがガタンと大きな音を立てて立ち上がった。
見れば、握りこぶしを口元に当ててプルプルと震えている。
彼女は僕と目が合うと、ものすごい剣幕で睨み付けてきた。
「み、見た…の……?」
「……え?」
すぐにカタカタとパソコンを操作し、「ひっ」と声を上げる。
その仕草に、僕はまさかと思った。
思った矢先に、彼女からまたメールが飛んでくる。
『送信先を間違えました。さっきのメールは忘れてください』
やはりか。
僕は唖然としながらも、メールを送り返した。
『そうでしたか。わかりました』
ていうか、目の前に本人がいるんだから口頭で言えばいいのに。
そう思うのだが、メールで伝えてくるところが彼女らしいといえば彼女らしい。
僕は宇留野さんの意外な一面を知って、思わず笑ってしまった。
『姪っ子の誕生日プレゼント、よろしければ買うの付き合いましょうか?』
調子に乗って続けざまにそう送ると、ギロリと彼女はモニターの上からものすごい形相で睨み付けてきた。
こ、こわい……。
怒らせてしまったかも。とブルブル震えていると、ポンとメールが返ってきた。
『お願いします』
OKなのかーい!
思わず心の中でツッコむ。
宇留野さんは表情とセリフがまったく合っていない。
『じゃあ、仕事が終わったあとトイザンスに付き合ってください』
『かしこまりました』
お互い目の前にいるのに、なぜか僕らはメールでそんなやりとりをしたのだった。
※
終業時刻になり、僕は宇留野さんと肩を並べて退社した。
そそくさと二人で会社を後にする僕らを変な目で見る同僚はいなかった。まあ、それ以前に地味な彼女と、同じくらい地味な僕とではどう見ても結びつかないだろうが。
「宇留野さんて姪御さんがいらっしゃるんですね」
オフィスビルを抜けて二人で駅まで歩きながら僕はそんなことを尋ねた。
よく見ると、退社時の彼女の服装は茶色いコートに灰色のマフラー、紺のニット帽をかぶって、より一層地味さに拍車がかかっている。
「……」
「何才なんですか?」
「……」
「えーと……」
「……」
宇留野さんは僕の問いかけに一切答えようとしなかった。
なんだろう、この緊張感。
気まずい空気だけが辺りを包み込む。
おそらく、端から見ていても近寄りがたい負のオーラが出ていることだろう。
と、ポケットに入れていたスマホからメールの着信音が流れ出した。
誰だろうとスマホを取り出してみると、なんと送り主は今隣で歩いている宇留野さんだった。
『すいません。私、口下手でうまくしゃべれないんです。メールでならなんとか会話できますので、全部メールで返してもよろしいでしょうか』
「え、あ、ああ。はい……」
口下手にも程がある。
と思ったが、口には出さなかった。
こういった部分も、彼女らしいといえば彼女らしい。
そこで僕はピンとひらめいた。
ニヤッと笑いながらいそいそとスマホを操作する。
『それじゃあ、僕もメールで会話しますね!』
そんな文面を送ったと同時に、彼女からもメールが届いた。
『姪っ子は今日で5才になります』
は、はやい。
僕は慌てて返信のメールを送り返す。
『5才ですかぁ。可愛らしい時期ですねえ』
同時に、宇留野さんからもメールが返ってきた。
『そんな、メールでだなんて。真嶋さんは普通に話してくださってけっこうですよ』
さらに返信。
『いえ、メールにさせてください。一人でしゃべってるほうがツラいですから』
『ええ、ほんと。とっても可愛い。大好きな姪っ子です』
か、会話が成り立ってない……。
僕は思わず隣で歩く宇留野さんに顔を向けた。すると、向こうも僕の顔を見てプッと吹き出した。
その吹き出した顔を見て、僕も笑いが込み上げる。
「あは、あはは、あははは」
「……く……くくく……」
口を手で押さえて笑う宇留野さん。
いつもうつむいて仕事をしている彼女の笑っている姿を初めて目の当たりにした僕は、なんだか新鮮な気持ちになった。
「くすくすくす」
それは、本当に屈託のない笑顔だった。
『もっと職場でも笑えばいいのに』
僕はそんな文面を送ろうとしたけど、やめておいた。
彼女の笑顔が消える、そう思ったのだ。
僕と宇留野さんは、それから駅前の大手玩具屋トイザンスまで互いにメールをしながら歩いて行った。
※
『宇留野さん、これなんかどうです?』
トイザンスに着いて、僕らはすぐに女児玩具コーナーへと直行した。
駅前、ということもあり多くの家族客で賑わっている。
そんな中、僕と宇留野さんは仕事帰りの会社員という少し場違いな雰囲気を醸し出しながらも、姪御さんの誕生日プレゼントを探していた。
そこで僕は大きなクマのぬいぐるみを提示した。
しかし、提示してみたものの宇留野さんは首を傾げるだけだった。その様子から察するとどうやらこれは姪御さんには合わないらしい。
『姪っ子はぬいぐるみじゃあまり遊ばない子だから……』
『あ、そうですか』
メールを確認しながら、手にしたぬいぐるみを元に戻す。
それじゃあ、とばかりに近くにあるお絵かきセットを指し示す。
『これなんかどうですか?』
『うーん、それも喜ばないかも……。絵を描くのは好きじゃない子だし』
『あ、そうですか』
それからいろいろ提示してみたものの、どれもいまいちの反応だった。
たかが誕生日プレゼント、と簡単に考えていたがけっこう難しい。
「うーん」と腕を組んで考えていると、宇留野さんからメールが飛んできた。
『本当にすいません。私のわがままに付き合わせてご迷惑をおかけしてしまって……』
見れば、申し訳なさそうに僕を見つめている。
その顔を見て慌てて首を振った。
「そんな迷惑だなんて……あ!」
思わず声にだしてしまったため、いそいそとスマホを操作する。
『いいんですよ。僕が願い出たことですし。一緒に最高の誕生日プレゼントを選びましょう』
そのメールを送った直後、宇留野さんの表情がホッと和らいだように見えた。
それを見て僕は感じた。
彼女は彼女なりに気を使っていたのだなと。
いつもデスクでうつむいて仕事をしていて、何を考えているかまったくわからない彼女。
時折、冷たい女と噂されている声も聞く。
でも、こうして少しの間だけでも付き合ってみてわかった。
宇留野さんは相手のことを気遣う心優しい女性だ。決して冷たいわけじゃない。単に口下手で人との付き合い方がわからないだけなのだ。
姪御さんの誕生日プレゼントをこんなに真剣に悩む姿なんか、会社にいる時の彼女からは想像つかないだろう。
人は見かけによらないものだ。
これはなんとしても喜んでもらえそうな誕生日プレゼントを探さないとな。
僕は改めてそう決心した。
決心したものの、じゃあ何がいいかというと、もう思い浮かぶものはなかった。
思いつくのはすべて提示したつもりだった。
けれどもそのすべてが姪御さんの好みに合いそうもないという。
いったい何がいいのか。
ふと、他のコーナーに目を向ける。
男児玩具コーナーだ。
そこで僕ははたと思った。
もしかしたら、男の子の玩具のほうが喜ぶかもしれない。
そう思った僕はすぐさまメールを送った。
『あっちのコーナー、見てみませんか?』
指し示した先、それは乗り物玩具のコーナーだった。
車や飛行機など、多種多様な乗り物の玩具が並んでいる売り場である。
僕は宇留野さんの腕を引っ張ってそこへ行ってみた。そして、圧倒された。
本当に数多くの乗り物玩具が並んでいて、特に圧巻だったのは鉄道模型の種類の豊富さだった。鉄道本体の模型だけでなくレールのパーツまで販売している。
僕は鉄道にはあまり詳しくないのだが、それでもずらっと並んだ鉄道模型を見ているとワクワクした。
宇留野さんも同じようで興味津々という顔で鉄道模型を眺めていた。
『こういうの、どうですか?』
メールで尋ねると、すぐに返信が返って来た。
『いいかも! 姪っ子、車とか好きだから。特に電車は大好きみたい』
『そうなんですか? じゃあ、鉄道の模型を送って、毎年レールのパーツを送るっていうのはどうです? 年々拡張していくのが楽しみ、みたいになりませんか?』
そのメールに、彼女は顔を輝かせながらコクコクと頷いた。
『わあ、真嶋さん頭いい! そうね、それだったら毎年プレゼントで迷わなくてすむわ!』
どうやら、当たりのようだ。
ここにきてようやく姪御さんが喜びそうな玩具を見つけることができてホッとする。
宇留野さんは嬉しそうにメールをくれた。
『じゃあちょっとお兄ちゃんに相談してみるね。向こうの家のことだし、変なもの送って迷惑になると困るから』
ああ、姪御さんはお兄ちゃんの娘だったのか。
まあ姪っ子というくらいだからお兄さんかお姉さんの子どもだと思っていたけど。
などとどうでもいいことを考えていると、宇留野さんはスマホを耳に当てて話し始めた。
「あ、もしもし、お兄ちゃん? あたし」
「普通にしゃべれるんかい!」
僕は思わずその場で声に出してツッコんでしまったのだった。
※
結局、姪御さんの誕生日プレゼントは鉄道模型とプラレールのセットということに決まった。
宇留野さんのお兄さんも鉄道のファンで、娘の成長とともに線路も拡張したいと乗り気だったそうだ。
よかった。
あまり役に立たないと思っていたけれど、一緒に選んだものが誕生日プレゼントに選ばれるのはやっぱり嬉しい。
帰りの駅で互いに向かいのホームに佇みながら僕と宇留野さんはメールをし合っていた。
『真嶋さん、今日は本当にどうもありがとう。助かりました』
線路を挟んだ向こう側に、大きなプレゼント箱を抱える彼女の姿が見える。
いつもの地味な姿だけれども、なんだかきれいに見えるのは彼女の印象が変わったからだろうか。
『どういたしまして。お役に立ててよかった』
『今日は真嶋さんと会話ができて、楽しかったです』
『メールでだけどね』
『ええ。でも本当は真嶋さんとこうしてお話をしてみたかったんです』
『そう? だったら、職場でも話しかけてくれればいいのに』
『だって……、恥ずかしいから』
なぜか、ドクンと胸が高鳴った。
顔を上げれば、彼女が顔を赤くしながらスマホの画面を見つめている。
僕は慌てて顔を下に向けてメールを送った。
『じゃあこれからは職場のパソコンでこっそり会話しよっか』
『ふふ、サボりはいけませんよ』
自分の事を棚に上げて。と、思わず笑みがこぼれる。そもそもは宇留野さんが仕事中に私用のメールをしていたのが始まりなのに。
『サボりじゃないよ。お互いに間違いメールを送り合うだけです』
『あ、それなら……いっか』
宇留野さんもそれに気づいたようで、ホームの上でくすりと笑う。
その顔が本当に可愛いなと思った。
『何か相談したいことがあったらまた間違いメール送ってください。協力できそうだったら可能な限り協力するから』
おどけてそんなメールを送ると、しばらくの間があって、再び彼女からメールが届いた。
『本当? じゃあ今度は間違えて……デートの申し込みでもしちゃおうかな』
「え?」
再び顔を上げた僕に、彼女は言った。
「冗談」
それは、メールでもなんでもない、確かな彼女の言葉だった。
その後、すぐに電車がきて手を振りながら去っていく宇留野さんを見つめながら、僕はポツリとつぶやいた。
「冗談じゃなかったら、嬉しいんだけどな」
宇留野めぐみ。
僕の向かいのデスクに座る暗くて地味で口下手で……
そして笑顔が素敵な女性──。
明日から、僕は仕事とは別の楽しみができた。
パソコンにそのメールが飛んできた時、僕は思わず目を疑った。
送り主は、僕の向かいのデスクに座る同僚・宇留野(うるの)めぐみだったからだ。
地味で控えめなおかっぱ頭の彼女。
影の薄い存在で、誰かとしゃべっているところはおろか、入社2年目の現在まで一度も笑った顔など見たことがない。そんな彼女が僕にこんなメールを寄こすなど考えられなかった。
しかし何度見直しても送り主は宇留野めぐみだった。
これは何か意図があるのか──。
しばらく仕事の手を休め、メールの文面をまじまじと見つめる。
けれども、いくら考えても答えが出てこなかった。
そもそも、僕の勤めているところは食品のマーケティング部で姪っ子の誕生日プレゼントうんぬんとはまったく関係ない部署だ。
何かの間違いではないかと思っていると、さらに彼女からメールが飛んできた。
『ねえ、どんなのがいい? 一緒に考えて』
ポカン、としてしまった。
一緒に考えてと言われても僕は彼女の姪っ子を知らない。
宇留野さんの年齢から察するとまだ小学生以下にも思えるが、いかんせん彼女とは私的な付き合いはない。
僕は困ってしまった。
『えーと、とりあえずオーソドックスにクマのぬいぐるみでいいのではないでしょうか』
悩みに悩んだ末、そんな文面を送り返してみた。
するとその瞬間、目の前のデスクに座る宇留野さんがガタンと大きな音を立てて立ち上がった。
見れば、握りこぶしを口元に当ててプルプルと震えている。
彼女は僕と目が合うと、ものすごい剣幕で睨み付けてきた。
「み、見た…の……?」
「……え?」
すぐにカタカタとパソコンを操作し、「ひっ」と声を上げる。
その仕草に、僕はまさかと思った。
思った矢先に、彼女からまたメールが飛んでくる。
『送信先を間違えました。さっきのメールは忘れてください』
やはりか。
僕は唖然としながらも、メールを送り返した。
『そうでしたか。わかりました』
ていうか、目の前に本人がいるんだから口頭で言えばいいのに。
そう思うのだが、メールで伝えてくるところが彼女らしいといえば彼女らしい。
僕は宇留野さんの意外な一面を知って、思わず笑ってしまった。
『姪っ子の誕生日プレゼント、よろしければ買うの付き合いましょうか?』
調子に乗って続けざまにそう送ると、ギロリと彼女はモニターの上からものすごい形相で睨み付けてきた。
こ、こわい……。
怒らせてしまったかも。とブルブル震えていると、ポンとメールが返ってきた。
『お願いします』
OKなのかーい!
思わず心の中でツッコむ。
宇留野さんは表情とセリフがまったく合っていない。
『じゃあ、仕事が終わったあとトイザンスに付き合ってください』
『かしこまりました』
お互い目の前にいるのに、なぜか僕らはメールでそんなやりとりをしたのだった。
※
終業時刻になり、僕は宇留野さんと肩を並べて退社した。
そそくさと二人で会社を後にする僕らを変な目で見る同僚はいなかった。まあ、それ以前に地味な彼女と、同じくらい地味な僕とではどう見ても結びつかないだろうが。
「宇留野さんて姪御さんがいらっしゃるんですね」
オフィスビルを抜けて二人で駅まで歩きながら僕はそんなことを尋ねた。
よく見ると、退社時の彼女の服装は茶色いコートに灰色のマフラー、紺のニット帽をかぶって、より一層地味さに拍車がかかっている。
「……」
「何才なんですか?」
「……」
「えーと……」
「……」
宇留野さんは僕の問いかけに一切答えようとしなかった。
なんだろう、この緊張感。
気まずい空気だけが辺りを包み込む。
おそらく、端から見ていても近寄りがたい負のオーラが出ていることだろう。
と、ポケットに入れていたスマホからメールの着信音が流れ出した。
誰だろうとスマホを取り出してみると、なんと送り主は今隣で歩いている宇留野さんだった。
『すいません。私、口下手でうまくしゃべれないんです。メールでならなんとか会話できますので、全部メールで返してもよろしいでしょうか』
「え、あ、ああ。はい……」
口下手にも程がある。
と思ったが、口には出さなかった。
こういった部分も、彼女らしいといえば彼女らしい。
そこで僕はピンとひらめいた。
ニヤッと笑いながらいそいそとスマホを操作する。
『それじゃあ、僕もメールで会話しますね!』
そんな文面を送ったと同時に、彼女からもメールが届いた。
『姪っ子は今日で5才になります』
は、はやい。
僕は慌てて返信のメールを送り返す。
『5才ですかぁ。可愛らしい時期ですねえ』
同時に、宇留野さんからもメールが返ってきた。
『そんな、メールでだなんて。真嶋さんは普通に話してくださってけっこうですよ』
さらに返信。
『いえ、メールにさせてください。一人でしゃべってるほうがツラいですから』
『ええ、ほんと。とっても可愛い。大好きな姪っ子です』
か、会話が成り立ってない……。
僕は思わず隣で歩く宇留野さんに顔を向けた。すると、向こうも僕の顔を見てプッと吹き出した。
その吹き出した顔を見て、僕も笑いが込み上げる。
「あは、あはは、あははは」
「……く……くくく……」
口を手で押さえて笑う宇留野さん。
いつもうつむいて仕事をしている彼女の笑っている姿を初めて目の当たりにした僕は、なんだか新鮮な気持ちになった。
「くすくすくす」
それは、本当に屈託のない笑顔だった。
『もっと職場でも笑えばいいのに』
僕はそんな文面を送ろうとしたけど、やめておいた。
彼女の笑顔が消える、そう思ったのだ。
僕と宇留野さんは、それから駅前の大手玩具屋トイザンスまで互いにメールをしながら歩いて行った。
※
『宇留野さん、これなんかどうです?』
トイザンスに着いて、僕らはすぐに女児玩具コーナーへと直行した。
駅前、ということもあり多くの家族客で賑わっている。
そんな中、僕と宇留野さんは仕事帰りの会社員という少し場違いな雰囲気を醸し出しながらも、姪御さんの誕生日プレゼントを探していた。
そこで僕は大きなクマのぬいぐるみを提示した。
しかし、提示してみたものの宇留野さんは首を傾げるだけだった。その様子から察するとどうやらこれは姪御さんには合わないらしい。
『姪っ子はぬいぐるみじゃあまり遊ばない子だから……』
『あ、そうですか』
メールを確認しながら、手にしたぬいぐるみを元に戻す。
それじゃあ、とばかりに近くにあるお絵かきセットを指し示す。
『これなんかどうですか?』
『うーん、それも喜ばないかも……。絵を描くのは好きじゃない子だし』
『あ、そうですか』
それからいろいろ提示してみたものの、どれもいまいちの反応だった。
たかが誕生日プレゼント、と簡単に考えていたがけっこう難しい。
「うーん」と腕を組んで考えていると、宇留野さんからメールが飛んできた。
『本当にすいません。私のわがままに付き合わせてご迷惑をおかけしてしまって……』
見れば、申し訳なさそうに僕を見つめている。
その顔を見て慌てて首を振った。
「そんな迷惑だなんて……あ!」
思わず声にだしてしまったため、いそいそとスマホを操作する。
『いいんですよ。僕が願い出たことですし。一緒に最高の誕生日プレゼントを選びましょう』
そのメールを送った直後、宇留野さんの表情がホッと和らいだように見えた。
それを見て僕は感じた。
彼女は彼女なりに気を使っていたのだなと。
いつもデスクでうつむいて仕事をしていて、何を考えているかまったくわからない彼女。
時折、冷たい女と噂されている声も聞く。
でも、こうして少しの間だけでも付き合ってみてわかった。
宇留野さんは相手のことを気遣う心優しい女性だ。決して冷たいわけじゃない。単に口下手で人との付き合い方がわからないだけなのだ。
姪御さんの誕生日プレゼントをこんなに真剣に悩む姿なんか、会社にいる時の彼女からは想像つかないだろう。
人は見かけによらないものだ。
これはなんとしても喜んでもらえそうな誕生日プレゼントを探さないとな。
僕は改めてそう決心した。
決心したものの、じゃあ何がいいかというと、もう思い浮かぶものはなかった。
思いつくのはすべて提示したつもりだった。
けれどもそのすべてが姪御さんの好みに合いそうもないという。
いったい何がいいのか。
ふと、他のコーナーに目を向ける。
男児玩具コーナーだ。
そこで僕ははたと思った。
もしかしたら、男の子の玩具のほうが喜ぶかもしれない。
そう思った僕はすぐさまメールを送った。
『あっちのコーナー、見てみませんか?』
指し示した先、それは乗り物玩具のコーナーだった。
車や飛行機など、多種多様な乗り物の玩具が並んでいる売り場である。
僕は宇留野さんの腕を引っ張ってそこへ行ってみた。そして、圧倒された。
本当に数多くの乗り物玩具が並んでいて、特に圧巻だったのは鉄道模型の種類の豊富さだった。鉄道本体の模型だけでなくレールのパーツまで販売している。
僕は鉄道にはあまり詳しくないのだが、それでもずらっと並んだ鉄道模型を見ているとワクワクした。
宇留野さんも同じようで興味津々という顔で鉄道模型を眺めていた。
『こういうの、どうですか?』
メールで尋ねると、すぐに返信が返って来た。
『いいかも! 姪っ子、車とか好きだから。特に電車は大好きみたい』
『そうなんですか? じゃあ、鉄道の模型を送って、毎年レールのパーツを送るっていうのはどうです? 年々拡張していくのが楽しみ、みたいになりませんか?』
そのメールに、彼女は顔を輝かせながらコクコクと頷いた。
『わあ、真嶋さん頭いい! そうね、それだったら毎年プレゼントで迷わなくてすむわ!』
どうやら、当たりのようだ。
ここにきてようやく姪御さんが喜びそうな玩具を見つけることができてホッとする。
宇留野さんは嬉しそうにメールをくれた。
『じゃあちょっとお兄ちゃんに相談してみるね。向こうの家のことだし、変なもの送って迷惑になると困るから』
ああ、姪御さんはお兄ちゃんの娘だったのか。
まあ姪っ子というくらいだからお兄さんかお姉さんの子どもだと思っていたけど。
などとどうでもいいことを考えていると、宇留野さんはスマホを耳に当てて話し始めた。
「あ、もしもし、お兄ちゃん? あたし」
「普通にしゃべれるんかい!」
僕は思わずその場で声に出してツッコんでしまったのだった。
※
結局、姪御さんの誕生日プレゼントは鉄道模型とプラレールのセットということに決まった。
宇留野さんのお兄さんも鉄道のファンで、娘の成長とともに線路も拡張したいと乗り気だったそうだ。
よかった。
あまり役に立たないと思っていたけれど、一緒に選んだものが誕生日プレゼントに選ばれるのはやっぱり嬉しい。
帰りの駅で互いに向かいのホームに佇みながら僕と宇留野さんはメールをし合っていた。
『真嶋さん、今日は本当にどうもありがとう。助かりました』
線路を挟んだ向こう側に、大きなプレゼント箱を抱える彼女の姿が見える。
いつもの地味な姿だけれども、なんだかきれいに見えるのは彼女の印象が変わったからだろうか。
『どういたしまして。お役に立ててよかった』
『今日は真嶋さんと会話ができて、楽しかったです』
『メールでだけどね』
『ええ。でも本当は真嶋さんとこうしてお話をしてみたかったんです』
『そう? だったら、職場でも話しかけてくれればいいのに』
『だって……、恥ずかしいから』
なぜか、ドクンと胸が高鳴った。
顔を上げれば、彼女が顔を赤くしながらスマホの画面を見つめている。
僕は慌てて顔を下に向けてメールを送った。
『じゃあこれからは職場のパソコンでこっそり会話しよっか』
『ふふ、サボりはいけませんよ』
自分の事を棚に上げて。と、思わず笑みがこぼれる。そもそもは宇留野さんが仕事中に私用のメールをしていたのが始まりなのに。
『サボりじゃないよ。お互いに間違いメールを送り合うだけです』
『あ、それなら……いっか』
宇留野さんもそれに気づいたようで、ホームの上でくすりと笑う。
その顔が本当に可愛いなと思った。
『何か相談したいことがあったらまた間違いメール送ってください。協力できそうだったら可能な限り協力するから』
おどけてそんなメールを送ると、しばらくの間があって、再び彼女からメールが届いた。
『本当? じゃあ今度は間違えて……デートの申し込みでもしちゃおうかな』
「え?」
再び顔を上げた僕に、彼女は言った。
「冗談」
それは、メールでもなんでもない、確かな彼女の言葉だった。
その後、すぐに電車がきて手を振りながら去っていく宇留野さんを見つめながら、僕はポツリとつぶやいた。
「冗談じゃなかったら、嬉しいんだけどな」
宇留野めぐみ。
僕の向かいのデスクに座る暗くて地味で口下手で……
そして笑顔が素敵な女性──。
明日から、僕は仕事とは別の楽しみができた。
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