513 / 1,153
ep6
ep6『さよなら小泉先生』 手術台の上のこうもり傘と乳母車
しおりを挟む
小泉は──────今でも夫に恋をしている。
なんとなくだがそんな気がした。
光を失ったような……虚な瞳。
だけど、その表情には何処か────────不思議な意思のようなものが感じられた。
「……素敵なご主人なんですね」
俺はそう相槌を打つので精一杯だった。
ええ、と小泉は青白い顔で微笑んだ。
「このドレスも────バッグも傘も……全部主人からのプレゼントなんです」
俺は小泉の着ているロング丈のワンピースを見た。
三千回くらい洗濯してクタクタになって今にも擦り切れそうな─────かつての色を失い、限りなく白に近いズタボロの布切れ。
それはまるで処刑前の罪人のような姿だと思った。
「主人はいつもこう言ってくれるんです。『どれもお前に似合ってるぜ』って─────」
黒のこうもり傘は所々破れている。そこらのゴミ捨て場から拾って来たかのような劣化具合だ。
あちこち骨が折れていて、古びたデザインすらもなんだか不可解な不気味さを放っていた。
「……あ、このベビーカーだけは祖母からの出産祝いなんです。私の結婚をものすごく喜んでくれて」
乳母車の錆びて軋んだ音はまるで嘆きの声のように聞こえる。
乳母車が階段から落っこちる古いマフィア映画ってあるだろ?まるであれに出てくる感じなんだ。
半世紀くらい前のレトロでヴィンテージ、アンティーク品と言えば聞こえはいいが───────とんでもない骨董品なんだ。
スエカ婆ちゃんの家の物置か何処かから勝手に持ち出して来たんだろうか。
あの婆ちゃんが小泉の出産祝いにこんなボロボロの物を寄越すとは到底考えられなかった。
だってそうだろ?スエカ婆ちゃんなら、小泉が出産したと聞きつけたら10万くら包んで渡してきそうじゃないか。
「……ところで、お子さんは一人なんですか?」
話題を変えようとしたものの、気が動転していた俺はとんでもない質問をしてしまう。
子どもの人数に関する話題はタブーじゃないか?
もしも小泉が“現実”を思い出してしまったら───────
しまった、と思った俺は小泉の顔を見た。
焦点の合っていない目で小泉は微笑み、ゆっくりとこう言った。
「そろそろ二人目が欲しいねって主人とも話してるんです」
痩せ細って棒のようになった手で愛おしそうにその腹を撫でる小泉を見た瞬間、俺の中の何かが弾けた。
別れ際にシンジが言った最後の言葉。
『鏡花姉さんの身体には避妊リングが入れられています』
事実を知った五月さんが内緒で鏡花姉さんを病院に連れて行ったんです、というシンジの声が俺の脳内で掻き混ぜられるように響く。
避妊リング。
聞き慣れない単語を耳にした俺は、道中でフリーWi-Fiのあるコンビニに立ち寄ってネットで調べた。
どうやら、女性の子宮の中に入れると着床を防げるという器具の事らしかった。(※1)(※2)
五月さんが小泉の元を訪れたとき─────小泉は5人目の子を妊娠していたらしい。
もう育てられる心身の状態ではない。そう判断した五月さんは──────────
小泉に子どもを堕ろさせ、避妊リングを入れる施術を受けさせた。
その日、小泉は─────どんな心境で手術台の上に居たのだろう。
恐らく、当の小泉本人はそれを理解して無いんだろうが───────
二度と妊娠することのない、空っぽの子宮。
下腹部を愛おしそうに撫でる小泉を目にした俺は、悟られないように静かに泣いた。
※1
避妊リング(ミレーナ)は取り外すことも出来る。(取り外せば妊娠も可能になる)
又、使用期間は五年とされている。(その後は除去又は交換が必要)
尚、定期検診や事前の検査も必須なので詳細は医師に相談を。
※2
希望すれば中絶手術時に避妊リングを装着することも出来る。
なんとなくだがそんな気がした。
光を失ったような……虚な瞳。
だけど、その表情には何処か────────不思議な意思のようなものが感じられた。
「……素敵なご主人なんですね」
俺はそう相槌を打つので精一杯だった。
ええ、と小泉は青白い顔で微笑んだ。
「このドレスも────バッグも傘も……全部主人からのプレゼントなんです」
俺は小泉の着ているロング丈のワンピースを見た。
三千回くらい洗濯してクタクタになって今にも擦り切れそうな─────かつての色を失い、限りなく白に近いズタボロの布切れ。
それはまるで処刑前の罪人のような姿だと思った。
「主人はいつもこう言ってくれるんです。『どれもお前に似合ってるぜ』って─────」
黒のこうもり傘は所々破れている。そこらのゴミ捨て場から拾って来たかのような劣化具合だ。
あちこち骨が折れていて、古びたデザインすらもなんだか不可解な不気味さを放っていた。
「……あ、このベビーカーだけは祖母からの出産祝いなんです。私の結婚をものすごく喜んでくれて」
乳母車の錆びて軋んだ音はまるで嘆きの声のように聞こえる。
乳母車が階段から落っこちる古いマフィア映画ってあるだろ?まるであれに出てくる感じなんだ。
半世紀くらい前のレトロでヴィンテージ、アンティーク品と言えば聞こえはいいが───────とんでもない骨董品なんだ。
スエカ婆ちゃんの家の物置か何処かから勝手に持ち出して来たんだろうか。
あの婆ちゃんが小泉の出産祝いにこんなボロボロの物を寄越すとは到底考えられなかった。
だってそうだろ?スエカ婆ちゃんなら、小泉が出産したと聞きつけたら10万くら包んで渡してきそうじゃないか。
「……ところで、お子さんは一人なんですか?」
話題を変えようとしたものの、気が動転していた俺はとんでもない質問をしてしまう。
子どもの人数に関する話題はタブーじゃないか?
もしも小泉が“現実”を思い出してしまったら───────
しまった、と思った俺は小泉の顔を見た。
焦点の合っていない目で小泉は微笑み、ゆっくりとこう言った。
「そろそろ二人目が欲しいねって主人とも話してるんです」
痩せ細って棒のようになった手で愛おしそうにその腹を撫でる小泉を見た瞬間、俺の中の何かが弾けた。
別れ際にシンジが言った最後の言葉。
『鏡花姉さんの身体には避妊リングが入れられています』
事実を知った五月さんが内緒で鏡花姉さんを病院に連れて行ったんです、というシンジの声が俺の脳内で掻き混ぜられるように響く。
避妊リング。
聞き慣れない単語を耳にした俺は、道中でフリーWi-Fiのあるコンビニに立ち寄ってネットで調べた。
どうやら、女性の子宮の中に入れると着床を防げるという器具の事らしかった。(※1)(※2)
五月さんが小泉の元を訪れたとき─────小泉は5人目の子を妊娠していたらしい。
もう育てられる心身の状態ではない。そう判断した五月さんは──────────
小泉に子どもを堕ろさせ、避妊リングを入れる施術を受けさせた。
その日、小泉は─────どんな心境で手術台の上に居たのだろう。
恐らく、当の小泉本人はそれを理解して無いんだろうが───────
二度と妊娠することのない、空っぽの子宮。
下腹部を愛おしそうに撫でる小泉を目にした俺は、悟られないように静かに泣いた。
※1
避妊リング(ミレーナ)は取り外すことも出来る。(取り外せば妊娠も可能になる)
又、使用期間は五年とされている。(その後は除去又は交換が必要)
尚、定期検診や事前の検査も必須なので詳細は医師に相談を。
※2
希望すれば中絶手術時に避妊リングを装着することも出来る。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる