異世界で火を噴くは

yomei

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邪魔者

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 家の近くにある、私立図書館。
 夏休みの日曜日の午後を、僕はそこで過ごしていた。
 暇な時はよく利用するのだが、読んでいる本はもっぱらミリタリー系列である。
 最近はネットを通じて電子書籍を借りることもできるが、やはり実際に手にとって読む本は違う。

「おお!ハイマくんじゃん。久しぶり!」

 声をかけられ、本から目を上げる。
 そこにいたのは、僕と同じ高校の制服を着た少女だった。
 ショートヘアの、快活そうな女子。
 どこかで見たような気がするが、名前は思い出せない。

「あ・・・えっと、ごめん。誰だっけ」

「ええ!?酷いなぁ。前のクラスで一緒だった倉崎クラサキ美穂ミホだよ。私、そんなに影薄い?」

 少女は大袈裟に嘆いて見せると、許可も取らずに僕の隣に座った。
 いや、公共施設なので別に座るのは勝手なのだが。
 どうもこの手の快活系女子は、読書の邪魔になりそうである。

「クラサキ・・・さん」

 思い出した。
 文化祭でやたら騒いで、カレーをひっくり返した奴じゃなかったか。
 だとすると、ますます隣にいて欲しくないタイプである。

「へぇ、ハイマくんって図書館に来たりするんだね。もっと家でゲームばっかしてる子かと思ってたよ」

 何だそのイメージは。
 まぁ確かにゲームは好きだが、ゲームファンが四六時中テレビ画面に向かっているとでも思っているのか。

「それで?クラサキさんは僕に何の用?」

 倉崎はきょとんとすると、

「ん?いや、別に用はないけどさ。友達がいたら声をかけるって当たり前じゃない?」

 と言い放った。
 僕が友達?
 倉崎の友達認定基準はどうなっているのだろう。
 と言うか、出会った相手は全て友達と思ってるんじゃないか。

「・・・ああ、そう」

 僕は素っ気なく返事をするなり、再び本に向かった。
 まともに取り合わなければ飽きてどこかにいくだろう。

「何見てんの?私にも見せてよ」

「わっ、ちょっと・・・!」

 倉崎は僕から本を取り上げると、パラパラとページをめくった。

「何これ。火薬の仕組みなんて、読んで面白いの?」

   その問いに、僕は吐き捨てるようにして答える。

「君は面白いと思った本しか読まないのか?これは知識として頭に入れときたいから学んでいるだけだ」

 僕はひったくるようにして本を取り返すと、本棚に戻した。
 そしてそのまま、出口へ向かって早足で歩き始める。
 大事な時間が台無しだ。
 家へ帰って銃の手入れでもしよう。

「ねぇ!ちょっと!」

 図書館の外へ出た僕の横に、倉崎が走ってきて並ぶ。
 僕は心の中で舌打ちした。
 彼女は一体何なのだ。
 僕は露骨に辟易した顔を見せ、言った。

「クラサキさん。何でついてくるんです?僕はもう家に帰りますよ」

「そうなの?じゃあ、私これから暇だから、ハイマくんち行っていい?」

「は?」

 僕は立ち止まると、呆気にとられて倉崎の顔を見た。

「あ、もしかして家に帰ってから何か用事があるの?」

 倉崎は平然としている。
 なんだ?
 彼女には常識というものがないのか?
 僕は意を決して口を開いた。

「・・・すみません。この際はっきり言いますけれど、クラサキさんにつきまとわれると迷惑なんです。これ以上、ついてこないでもらえますか」

 返事を待たずに、また踵を返して歩き始める。
 そうして数歩進んだところで、またしても倉崎が横に並んできた。
   僕は思わず声を荒げる。

「だから!ついてこないでとーー」

 だが、倉崎は目線を下に落としていた。

「血、出てるよ」

 血?
 僕はそこでやっと、自分の左腕を伝って血が滴り落ちていることに気づいた。
 それも、結構な量の血だ。
 恐らく手当てした傷が開いたのだろうが、どこかでぶつけでもしたのだろうか。

「これ、使いなよ」

「いや、でも・・・」

「遠慮することないって」

 ・・・このまま血を垂れ流して周囲の人間に注目されるのも困るしな。
 強引に手渡されたハンカチを、僕は傷口に当てた。
 白い生地がみるみる内に鮮やかな紅に変わっていく。
 倉崎は心配そうな目つきで、それを見ていた。

「・・・ハイマくん。君さ、身体中傷だらけだよね。包帯も随分巻いてるみたいだし」

 僕は少し驚く。
 周りから見えないように配慮したつもりだったが、バレていたらしい。

「まさか、それで僕につきまとってたんですか?」

 そんなお人好しが、今の世の中にいるものだろうか。
 にわかに信じられない。

「あー・・・私の親友に、君みたいにいっつも包帯グルグルの子がいたんだよ」

 倉崎は先ほどのようにはっきりとした口調ではなく、どこか言いにくそうだ。
 それに、『いた』と過去形なのも気になる。
 僕の疑問は、すぐに倉崎の口から説明された。

「その子、死んじゃったんだ。二年前に、自分で手首を切ってね」

「・・・自殺、ですか」

 そういうことか。
 倉崎は、自傷癖のある友人を知っていたから。
 僕も同種なのではないかと心配して、声をかけたのか。
 ほぼ面識のない人間に、たったそれだけの理由で。

「いや、迷惑してたんならごめん。でも・・・やっぱり、ほっとけなくてさ。私の親友も、何も言わずに死んじゃったから」

 倉崎はひどく悔やんでいるのだろう。
 先ほどの馬鹿に明るかった時とは、表情がまるで違う。
 その顔は、今にも泣き出してしまいそうだった。
 だがそんな倉崎に、どんな言葉をかければ良いのか。
 僕は、ただ黙っていることしかできなかった。

 気まずい空気から逃れるように、天を仰ぎ見る。
 すると、ポツリと一粒の水滴が僕の頬を濡らした。

「あ・・・」

 最初にポツリと落ちた一滴を皮切りに、次々と雨粒が降ってくる。
 まだ小雨だが、雨脚は徐々に強まっている。
 この調子だと、そのうち土砂降りになりそうだ。
 だが、手持ちの傘はない。
   そして倉崎は、相変わらず俯いて雨に打たれるがままになっている。

「・・・」

 悩んだ末、僕はある決断をした。
 非常に気の進まない選択だが、風邪を引かれるのも後味が悪いからな。

「家は近いんですか?」

 唇を噛み締めていた倉崎は顔を上げる。

「え?いや、電車でふた駅だけど」

「雨が止むまでなら、僕の家にいてもいいですよ」
  
「えっ!?いいの?迷惑じゃない?」

「別にそれくらいいいですよ。でも、部屋のものにいろいろ触ったりしないで下さいね」

 雨に濡れながら、僕と倉崎は我が家に向かう。

 だが、これからどんな事態が起こるか改めて知っていたなら。
 僕は絶対に、彼女を家にあげたりしなかっただろう。
 後にこの僕の愚かな行動が。
 倉崎美穂という少女の人生を、大きく狂わせることになる。
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