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それでは明るくさようなら(宮君からも)*
しおりを挟む電源ボタンを押し、画面が明るくなった途端。
メッセージと着信の両方の通知が勢いよく表示されていく。
「…。」
さてどうしようか。
次々上がってくる夥しい量のポップアップを無感動に眺めていると、新しい着信表示とともにスマホが振動し始めた。
ブーブーブー
着信名は『雪』
(好都合。)
迷わず通話ボタンを押し、耳にあてる。
『葉海!!』
耳に飛び込んでくるのはずいぶんと焦った声だ。
『やっとでた!なぁ、今どこにいんだよ?!何度行っても家にもいねーし。オレのカギもねーから、家入れねぇよ。』
続く声も焦りでひっくり返りそうで。
それでいて、不安そうに揺れている。
(バカだな。)
まともに聞き続ける謂れはない。顎と肩の間にスマホを挟み、スタスタと冷蔵庫の前へと移動する。
『なぁ、葉海。葉海。話そ。ちゃんとさ。お前の言いたいことちゃんと聞くからさぁ。オレの話も聞いてよ。』
開けた先にはラップをかけて仕舞っておいた昨日の残り。
手付かずのチーズ。
葉海が持ち込んでくれた材料はもうほとんど残っていない。
すっかり寝いっているだろう葉海を思う。
起き出す前に買い出しに行くか。
それとも何か頼むか。或いは。
電話越しの雑音を聞き流しながら思考する。
『なぁ、葉海。風呂も掃除するから、家入れてくれよ。オレドアの前まで行くからさ。』
(食べに行くには葉海の体力が心許ない、か。)
『み、宮君、もう無理。い、いきすぎ。ボクの腰が死ぬぅ!』
そんな言葉を吐きながらも、両足は自分の腰に巻きつけ、手はしっかりと背中に。
幾度も奥の奥まで叩きつければ、結合部分は泡立ち。
ぐちゅぐちゅだのくぽくぽだの、粘着質で淫靡な音がひっきりなしに漏れ出していく。
『あぅっ…お、おく、もぅだめだよぅ…。』
まつ毛だけは長い葉海の目からぽろぽろ溢れる涙すら美味しそうで、何度舌先で舐めとっただろうか。
『葉海、葉海、悪かったよ…お前がさぁ、いつも笑ってて明るくって、何しても許してくれそうで。甘えてたんだよ。』
甘かった。
しょっぱいはずの涙も、性器から搾り取るだけ搾り取った精液も。
甘くて。
『ぎゃー!なんでそんなの舐め、舐めて!??え?ちょっ、の、飲まないでぇぇ!!!』
それまでぐったりしていたはずの葉海が。
擦られ扱かれあっという間に吐き出した白濁。
それをずずっと啜られたことに気付いた途端、くわって目を見開いたのが可笑しくて。
可愛くて。
すぐさま身体をひっくり返し後ろからまた挿れて。
(無理させたことは否めない。)
何度も何度も突き入れた小ぶりの尻の、揺れる様すら可愛くて。
思い出すだけで滾りそうだ。
(あぁほんと、可愛くて。)
たまらない。
『…ごめん、葉海。ごめん。別れたくないんだよ。あいつとはあれっきり。やったんだってあの日だけだし。なぁ、約束する。約束するもうしねぇからさぁ。』
葉海の艶やかでいて可愛いらしい痴態が脳裏を駆け巡る。
思わず目元を細めながら、水のペットボトルに手を伸ばした時、だった。
『お前だってオレのこと、まだ好きだろ?だから怒ったんだろ?』
雑音の元が、許し難い一言を呟いた。
「は?」
何を。
『…あ、?』
思わず漏れた声に、電話の向こうの雑音の元も、声を漏らす。
『…誰だ?葉海はどうした。』
威嚇するような低い声が誰何してくる。
それが妙におかしい。
伸ばしかけた手で冷蔵庫を閉め、肩に挟んでいたスマホを左手に持ち直すと。
「葉海は寝てますよ、雪先輩。」
教えてあげた。
はっと息を飲む音。
「やっと寝かせたばかりなので、要件なら自分が。」
もしあるならば。
そう続ければ、先ほどよりもっと低く。怒りを込めた声が。
『…春風宮。』
「はい。」
葉海が、宮、と呼ぶから。
周囲もそれが名字だと誤解しているのは知っていた。面倒な事もあって敢えて訂正はしていないが。
そのせいで最近ではすっかり呼ばれなくなった名字。
久しぶりのその響きに、顔が緩みそうだ。
はる
葉海と重なるその響きは今、自分にとって喜ばしいこと以外の何ものでもない。葉海が言い出した、宮、と言う呼び方も、葉海から与えられたものだと言うただその一点において、気に入っているけれど。
久しぶりに聞いたその響きのお礼に優しくも教えてあげることにした。
「嘘ばかりですね。雪先輩は。」
『は?』
「あの日だけ?それにしてはゴムの消費が激しいのでは?随分と前から減りが顕著だったようですし?それでやったのあの日だけ?」
『なっ…。』
「葉海は知ってましたよ?先輩が葉海とは使ったことの無いゴムとローションを注文したことも。在庫のゴムが無くなっていくことも。」
『そん、なこと…。』
「それに、葉海が怒ってた?」
可笑しい。
可笑しい。
勘違いの酷さに、今度こそ嗤ってしまいそうだ。
「葉海は笑っていたでしょう?あなたにさよならを告げた時に。」
電話の向こう側がとうとう沈黙した。
思い出しているのだろう。
自分は実際には見ていない。けれど。想像に難くない。
その時の、これ以上ないほどに晴々とした葉海の明るい笑顔を。
「葉海が好きなのはもうあなたじゃない。葉海の全ては自分のだ。」
それはきっと、優しくも美しい笑みだっただろう。
その顔を想像するだけで自分まで笑みが浮かんできそうだ。
表情筋が動いて。目元を細め口元を緩め。
それはおそらく自分でも目を疑いそうな。
柔らかい、笑みが。
「金輪際電話もメッセージも近づく事もやめて下さいね。まぁ、近寄らせませんけど。」
『春風宮っ…!!』
「葉海が起きるといけませんので、それでは。」
明るく
「さようなら。」
『春風宮君。』
葉海が自分の名を初めて呼んだ瞬間を、今も覚えている。
入部届を出しに初めて踏み入れた大学のその道場には、偶々、葉海が一人でいた。
『入部希望?ずいぶんおっきな子だねぇ。』
言葉は返さず、記入済みの入部届を差し出す。
受け取ったそれに視線を落とし、ふんふんと頷きながら上から下まで目を通すと、葉海はぱっと顔を上げ。
それから柔らかな笑みを浮かべて、そこに記載した自分の名を口にした。
『はるみや君。』
正しい読み方で。
「…はい。」
初見で正しく呼ばれたのは初めてだった。
だから素直に驚く。表面上は何一つ動いていなかったけれど。
『はるみや君。』
もう一度、葉海は正しく呼んで。
『ボクは葉海。よろしくね、宮君。』
『…は?』
はるみや、と。正しく呼んだ端から、葉海は自分をみやと呼んだ。
ばしりと一つ。
瞬きをして、
『はるみやです。』
訂正はした。したけれど何故か。
とても明るい顔をして。
『はるみやだから、宮君ね!』
葉海は自分をそう、呼んだ。
『春君だとボクとどっちかわかんなくなっちゃうから、宮君。』
はるみやと呼べばいいのに。
葉海先輩は摩訶不思議な先輩だ。
初めて会ったその日からずっと。
ずっと。
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