曼珠沙華 -御伽噺は永遠に-

乙人

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亡霊

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『姫様、よろしいのですか?』
「ええ、良いの。」
 久光は、変わり果てた姿の姫君を哀れに見つめる。
「私、何かしたのかしら。おかしなこと、していた?久光。」
『え?』
「大君どのは、何故私にキツく当たるの?」
 姫君は顔を手で覆って、うわぁ、と嗚咽混じりに泣き始めてしまった。
『泣かないでください。僕が考えるに、己よりも出来の良い姫様が嫌なのでしょう。大君は、何も出来ない者ですから。』
 久光は姫君を必死になって宥めているが、なかなか泣き止んでくれない。
「珠寿も珠寿よ!私を捨てて、大君に仕えるなんて。お寺参りにも、私を置いて行ったのよ、大君の魂胆で!」

「良いわよ、あたしが、行く。」
 大君がふと、そう言った。
「ええっ!?何処へ、ですか。」
「小娘のいる場所よ。」
「た、確か、姫君が元住んでいたお邸と言われてました。」
「誰かある!」
 その日のうちに、大君は姫君の住まう邸に出掛けて行った。
「失礼して。」
 姫君に珠寿が言った。
「どうかしたの?」
「大君様のお渡りで。突然のことですが。」
 そう、と姫君は言うと、静々と奥へとさがって行く。
「中の君様、中の君様、御座すならば、御返事なさいませ!」
 先導の女房がんばった叫んでいる。
(どうしよう…………どうなさるのかしら、姫様は。)

「中の娘。」
 大君は、着物の裾を持ち上げて、中へ入っていった。
「何か。」
 冷たく、姫君が受け答えた。
「あんた、良い御身分ねぇ。あたしが邸へ帰ってきてもよろしいと言っているのに。」
「どうせ、其方の女房として、でしょう。それは、耐えかねますので。」
 姫君は大君に背を向けたまま、ツン、としている。
「戻って来い、と言っているの。」
「我は嫌だと言っておる。その手を離しなさい!」
 強く言いつけて、手を叩いた。
「そうなの……………居候のくせして、あたしになんてこと申すのか。失敬にも程がある。」
 姫君はスッと立ち上がって、くるりと向きを変えた。
「それは、其方そちらではないのかしら。失敬なのは、何方どちらなの?」
 彼女はそう、キツく言うと、強く睨みつけた。

 -ザクリ。
『姫様……………………!』
 大君の女房になるなら、落ちぶれるなら、と舌を噛んだ。
『おやめください!』
 姫君は口から血をタラタラと流しながら、ふふ、と不気味に笑う。
『姫様、死ぬつもりですか!おやめなさい!』
(痛っ………………だけれど、血の量からして、多分、死ねない。)
 自尊心を深く傷つけられた姫君は、全てを喪失していた。

『大君どのの様子を見て参りますね。僕。』
 久光はそう言い残して、邸を発って行った。
「ねぇ、珠寿。」
「何ですか?」
「中の娘は、帰って来る気はないの?」
「はい、あらぬ様ですが。」
(あれが、大君………不細工だなぁ。小太りだし。着ている物も、安っぽいし。)
 久光は、こんな娘に姫君が虐げられていると思うと、げんなりするのだった。
(こんなのに、、と言われるのは、嫌だろうに。しかも、無能なんだな。これ、このが書いたふみなのだろうか。)
 久光は、落ちていた文に目がいった。
(………あまり、上手いとは、言えないな。僕の方がまだマシだよ。誰に贈ったのか。)
 じっ、と読んでいると、相手の名前も分かり、そして、彼は目を疑った。
(煌久……………え?此奴こいつが、大君の……………?え?何故?)
 煌久、とは大君の結婚相手であり、久光の従兄弟だ。
(はは……………従兄弟どのは、馬鹿だなぁ。…………如何して、いとこなのに、僕も姫様も、幸せになれないのかなぁ。)

「え?大君どの結婚相手は、久光の従兄弟だったの!?」
 久光が姫君に先程のことを話すと、姫君はわっと驚いた。
「まぁ。そうだったの。」
『おかしな話………片方のいとこは幸せになれど、もう片方は不幸なんだから。』
 そうね、と姫君は哀しそうに、言った。
「世の中は、そんな物よ。汚れているのだわ。あはれなり………よね。」
 姫君の目線の先には、久光はいなかった。
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