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幻 弐
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「何か物思いをなさっているようでいらっしゃいましたが、どうかしたのですか?」
少年は尋ねる。
「つまらない話だもの。言うつもりはないわ。時間の無駄よ。そもそも、お前は誰なの?男のお前が、こんな所に、来れるはずがない。此処は後宮よ」
女の園たる後宮に、少年が入り込めるはずがない。特にこの辺りは、身分の高い后妃や公主の住まう区域で、警備も十分なはずである。
(しまった、女人ばかりだと思っていたが、後宮だったのか……。どうやって誤魔化すんだ……)
「本当に誰にも見とがめられなかったの?」
少年がこくりと頷くと、霛塋は額に手を当ててため息をつく。
「……幻ね。そういうことにしておきましょう」
「そ、そうですよ」
アハハ、と笑ってごまかすことにした。我ながら呆れるほどだ。
「私は幻です。此処には、貴女様しかいらっしゃいません。口になされば、気分も楽におなりでしょう。さぁ、何をお悩みなのですか?」
そうね、と霛塋は眉を下げる。
「字……字をつけようと思って」
「どなたに?」
「わたくし__に」
「女は結婚する時に字をつけると、昔聞いた。でも、わたくしに後ろ盾などないから、まともな結婚は出来ないでしょうね。仕方がない。それに、もう二十歳を超えた年増だし、尚更、ね。だから、自分でつけてしまおうと思って」
「そうなのですか」
「でも、そう簡単に思いつくものでもないのね。何かいい案はないかしら」
「ご両親には?」
レイエイは表情を固くする。
「そのご両親が考えてくださらなかったから、わたくしが頭を悩ませることになっているのよ。そもそもあれが、わたくしのために何かをしてくれるはずない。たとえ、天地がひっくり返ってもね。誓ってもいい」
親をあれ呼ばわりしている時点で、不仲なのは目に見えている。そもそも彼女は母を忌み嫌っていた。
霛塋は母に二十年以上幽閉されて、最近やっと逃げ果せたことを語った。そして、その母は位を廃され、離宮で軟禁されているらしい。
久光は少し考える。
「恋雲」
「?」
「籠鳥恋雲から。貴女はそんな存在でいらしたのだろう」
―籠の鳥が、空を夢見る………
「ふふ、気に入ったわ。恋雲、そうね、これにしましょう」
レイエイは鈴を転がしたように笑う。
「恩にきるわ。誰だか知らぬけれど、ありがとう」
籠の外に憧れた鳥は、夢を叶える。そして、羽をもがれて、地に堕ちた。
後に、現実に二人は出逢うことになる。しかし、少年は字を霛塋へ贈ったことを覚えていなかった。本当に幻だったのかもしれない。
「貴女の字は何とおっしゃるのですか?」
そう尋ねられた時、龗恋雲は寂しく思った。
少年は尋ねる。
「つまらない話だもの。言うつもりはないわ。時間の無駄よ。そもそも、お前は誰なの?男のお前が、こんな所に、来れるはずがない。此処は後宮よ」
女の園たる後宮に、少年が入り込めるはずがない。特にこの辺りは、身分の高い后妃や公主の住まう区域で、警備も十分なはずである。
(しまった、女人ばかりだと思っていたが、後宮だったのか……。どうやって誤魔化すんだ……)
「本当に誰にも見とがめられなかったの?」
少年がこくりと頷くと、霛塋は額に手を当ててため息をつく。
「……幻ね。そういうことにしておきましょう」
「そ、そうですよ」
アハハ、と笑ってごまかすことにした。我ながら呆れるほどだ。
「私は幻です。此処には、貴女様しかいらっしゃいません。口になされば、気分も楽におなりでしょう。さぁ、何をお悩みなのですか?」
そうね、と霛塋は眉を下げる。
「字……字をつけようと思って」
「どなたに?」
「わたくし__に」
「女は結婚する時に字をつけると、昔聞いた。でも、わたくしに後ろ盾などないから、まともな結婚は出来ないでしょうね。仕方がない。それに、もう二十歳を超えた年増だし、尚更、ね。だから、自分でつけてしまおうと思って」
「そうなのですか」
「でも、そう簡単に思いつくものでもないのね。何かいい案はないかしら」
「ご両親には?」
レイエイは表情を固くする。
「そのご両親が考えてくださらなかったから、わたくしが頭を悩ませることになっているのよ。そもそもあれが、わたくしのために何かをしてくれるはずない。たとえ、天地がひっくり返ってもね。誓ってもいい」
親をあれ呼ばわりしている時点で、不仲なのは目に見えている。そもそも彼女は母を忌み嫌っていた。
霛塋は母に二十年以上幽閉されて、最近やっと逃げ果せたことを語った。そして、その母は位を廃され、離宮で軟禁されているらしい。
久光は少し考える。
「恋雲」
「?」
「籠鳥恋雲から。貴女はそんな存在でいらしたのだろう」
―籠の鳥が、空を夢見る………
「ふふ、気に入ったわ。恋雲、そうね、これにしましょう」
レイエイは鈴を転がしたように笑う。
「恩にきるわ。誰だか知らぬけれど、ありがとう」
籠の外に憧れた鳥は、夢を叶える。そして、羽をもがれて、地に堕ちた。
後に、現実に二人は出逢うことになる。しかし、少年は字を霛塋へ贈ったことを覚えていなかった。本当に幻だったのかもしれない。
「貴女の字は何とおっしゃるのですか?」
そう尋ねられた時、龗恋雲は寂しく思った。
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