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左氏
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数年前に死んだ左氏は、とても淋闇に似ていた。別人なのに、瓜二つだ。
だが、決定的に違うのは、左氏は嫋やかで、淋闇は腕がたつことだろう。
(可哀想だな。)
ふと、脳裏に過ぎった影を、かき消した。
左氏は成金の娘だった。それにしてはお育ちの良いが、漢風のお嬢様ばかり見ていた璙寍には、新鮮だった。
出会いは、後宮で一人佇む左氏を見かけたことだ。
『うらうらに 照れる春日に 雲雀あがり
情悲しも 独りし思へば』
聞いたことの無いものだった。後で聞いたところによると、倭国の歌だったらしい。
簪もろくに挿さない、質素な格好だった。領布があるから、妃か侍女だろうか、と想像は出来たが、なかったら、下女と間違えたかもしれない。とにかく、そんな格好をしていた。細い首には、一筋の切り傷が残っていた。
『わたくし、倭国から来ました。』
娘は語った。
『母はおらず、父と二人で暮らしていました。ですが、父には再婚相手がおりまして、嫌われておりました。』
継父に幽閉されていた榮貴妃を彷彿とさせる話だ。
『継母にとって、わたくしは邪魔者でした。ですから、殺そうと謀ったのです。』
問わなければ、思い出さずに済んだろうに、そこまで配慮出来なかったのが、なんとも情けない。
『寝ているわたくしに濡れた衣を羽織わせ、恋人に漁夫が通っていると捏ち上げられました。怒った父に、首を斬られて死にました。』
まさに、濡れ衣ですわ、と。
『この国に参りました時に、左家の方に拾って頂いて、猶子(養女)にして頂きました。』
本当の、倭国の名前を聞いた。
『郎女と呼ばれておりました。』
郎女なんて、女にはよくある名前なのに。
それにしては古風な名前だなと思っていたら、かなりの間、現し世を彷徨っていらしい。
この国では、二度目の死を迎えた下界出身の人間は、強制的に黄泉に送られる。そして、此処に戻ることはない。
『死にたくない。』
左氏は璙寍に泣きついた。
『覼瑣を遺して、逝きたくない。』
だが、左氏は死んだ。
もう、戻っては来てくれない。きっと、今は、九泉の世界で、血の池に溺れているのだろう。
(逢いたい。)
穢れた世界には行けない。でも、逢いたい。そんな板挟みにあっていた。
鳥の声が聞こえるような気がして、目を覚ました。
「ああ、私は寝ていたのか。」
昔を思い出していたのだが、そのままうたた寝をしていたらしい。
「うらうらに 照れる春日に 雲雀あがり
情悲しも 独りし思へば」
初めて逢った左氏が呟いていた。
-春の日は麗らかに照っていて、なのに、私は寂しい。独り、物思いに耽ると。
「おはよう、郎女。」
壁に掛かった、少女の姿絵に、憂いた。
だが、決定的に違うのは、左氏は嫋やかで、淋闇は腕がたつことだろう。
(可哀想だな。)
ふと、脳裏に過ぎった影を、かき消した。
左氏は成金の娘だった。それにしてはお育ちの良いが、漢風のお嬢様ばかり見ていた璙寍には、新鮮だった。
出会いは、後宮で一人佇む左氏を見かけたことだ。
『うらうらに 照れる春日に 雲雀あがり
情悲しも 独りし思へば』
聞いたことの無いものだった。後で聞いたところによると、倭国の歌だったらしい。
簪もろくに挿さない、質素な格好だった。領布があるから、妃か侍女だろうか、と想像は出来たが、なかったら、下女と間違えたかもしれない。とにかく、そんな格好をしていた。細い首には、一筋の切り傷が残っていた。
『わたくし、倭国から来ました。』
娘は語った。
『母はおらず、父と二人で暮らしていました。ですが、父には再婚相手がおりまして、嫌われておりました。』
継父に幽閉されていた榮貴妃を彷彿とさせる話だ。
『継母にとって、わたくしは邪魔者でした。ですから、殺そうと謀ったのです。』
問わなければ、思い出さずに済んだろうに、そこまで配慮出来なかったのが、なんとも情けない。
『寝ているわたくしに濡れた衣を羽織わせ、恋人に漁夫が通っていると捏ち上げられました。怒った父に、首を斬られて死にました。』
まさに、濡れ衣ですわ、と。
『この国に参りました時に、左家の方に拾って頂いて、猶子(養女)にして頂きました。』
本当の、倭国の名前を聞いた。
『郎女と呼ばれておりました。』
郎女なんて、女にはよくある名前なのに。
それにしては古風な名前だなと思っていたら、かなりの間、現し世を彷徨っていらしい。
この国では、二度目の死を迎えた下界出身の人間は、強制的に黄泉に送られる。そして、此処に戻ることはない。
『死にたくない。』
左氏は璙寍に泣きついた。
『覼瑣を遺して、逝きたくない。』
だが、左氏は死んだ。
もう、戻っては来てくれない。きっと、今は、九泉の世界で、血の池に溺れているのだろう。
(逢いたい。)
穢れた世界には行けない。でも、逢いたい。そんな板挟みにあっていた。
鳥の声が聞こえるような気がして、目を覚ました。
「ああ、私は寝ていたのか。」
昔を思い出していたのだが、そのままうたた寝をしていたらしい。
「うらうらに 照れる春日に 雲雀あがり
情悲しも 独りし思へば」
初めて逢った左氏が呟いていた。
-春の日は麗らかに照っていて、なのに、私は寂しい。独り、物思いに耽ると。
「おはよう、郎女。」
壁に掛かった、少女の姿絵に、憂いた。
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