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寗玻
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櫞葉公主は、ひっそりと後宮から連れ出され、母顕光大長公主の、そのまた母淑妃の実家、櫖家の別邸に収まった。
其処に、櫞葉とお付、そして、もう一人、住人がいる。
「櫞葉様、ご機嫌麗しゅう。」
御丁寧に拝謁するのは、櫖家の若君、櫖鷰。歳の頃も近く、爽やかな美少年だ。
「堅苦しいのは嫌いだよ。楽にしてくれ。」
櫞葉は茶席の隣に座るように促した。
櫞葉は女御子だが、少年の様にさっぱりとしており、裏表のない性格をしている。女の格好が、実に似合わない。
「今日も良い天気ですね。櫞葉様。」
湯呑を片手に、溜め息をついた。
鷰は櫖家の跡継ぎだったが、母を亡くし、本邸を追われた身。
似たりよったりな境遇だったので、馴染むには時間はかからなかった。
鷰は櫞葉にとって、茶飲み仲間だった。共に数えの十二。歳の割に落ち着いた二人は、遊んだり、とはしない。
「櫞葉様は後宮に戻られないのですか?此処に来られて、もう、長いでしょう?」
櫞葉は生まれてすぐにこの別邸に移された。公主なのに何故、後宮にいないのか、ということだろう。
「悪いかい?」
鷰は顔を青くして、振った。気分を害したと思ったのだろうか。
「怒ってやいないよ。ただ、苦労ばかりの後宮生活なぞ、真っ平御免だ。」
「そうですか。」
「それに、私はあまり歓迎されないと思う。第二の顕光大長公主になるのは嫌なんだよ。」
鷰は哀しそうな顔をした。
「顕光大長公主様は貴女のお母様でしょう?」
ガシャリと音を立てて、湯呑は割れ、足元を濡らす。
「鷰。これだけは、言っておこう。何があっても、顕光大長公主のことは口にするな。あんな御仁、私は嫌いじゃ。」
良いな、と睨んだ。
承知致しました、そう言うしか、残されなかった。
鷰のことは、少なからず哀れと思う。彼の異母弟に、鶉と云うのが居るが、彼は櫞葉公主の姉、明媛公主の婚約者だ。
鷰は愛されることなく、この別邸に送られた。母を知らない。
(ほんと、私にそっくり。)
そう、熟熟、思っていた。
その日、鷰は櫞葉の室に来て、そのまま閉じこもってしまった。
「如何かしたのか?」
青ざめた顔をした鷰に聞く。
「義母上が来られたのです。異母弟を連れて。」
成程、この人は義母上が嫌いだった。
「顕光大長公主様がいらっしゃったら、どうにか、してくださっただろうか。」
鷰の母は、下賜された、後宮の妃嬪だった。黎明華とか何とか呼ばれていた。
黎明華は顕光大長公主、当時の永寧大長公主とも親しかった。その子女同士なので、何とかしてくれるとも思ったのだろうか。
「もう、嫌だ。顔も見たくない。」
鷰の義母は、猛禽類的顔立ちで、酷く着飾っていた。数代前の公主だとか。それなら、威張るのも仕方がないのであろう。
「侮られない様にするには、たまには、冷たくしないといけないものだよ。」
「そうなんですか………。いや、でも…………私には、分からないです。公主だったからとはいえ、私を棄てるのですね。あの女は。」
否定は、しない。
「私だって公主ぞ。」
「貴女様は、公主だからと言って、やたらに威張ったりされないではありませんか。」
櫞葉は公主にしては、質素だ。
櫞葉は鷰の義母とすれ違った。
「永寧大長公主………」
その女は呟いた。
顔を、顰めた。
「お初にお目にかかります。櫞葉と申します。」
相手は、長公主。下手に扱うのも難しい。
「あらまぁ。御機嫌よう。」
その長公主は、寗玻長公主と云い、顕光大長公主の姪だ。生前、永寧大長公主が永寧長公主として生きていた時分には、第三公主だった。永寧大長公主(顕光大長公主)とは、折り合いが悪く、嫌われていた。
顕光大長公主は、この寗玻長公主の花嫁衣裳を結婚前夜、切り裂いてしまったらしい。姉であり、叔母である永寧より先に婚約したのが、許せなかったらしい。本当に報われない女だ。
「私が、永寧大長公主-顕光大長公主に似ているとでも?」
「ええ、そっくり。」
寗玻長公主は笑った。
「その、憎たらしいお顔もね。姉さん………違うわ、叔母さんか、と、そっくり。てっきり、生き返ってのかと思ったわよ。」
見透かされたのだろうか。自分が、顕光大長公主の娘だと。
「顕光大長公主は一人、娘を産み落としたらしいわね。」
団扇を口元に添えて、意地悪く笑っていた。
「生きていたら、見てみたくてよ?あたし。」
けらけらと、声を上げて、寗玻は笑う。
「まあ、死んだでしょうけど。ほほほ。」
遣る瀬無い感情が、心を巣食う。
其処に、櫞葉とお付、そして、もう一人、住人がいる。
「櫞葉様、ご機嫌麗しゅう。」
御丁寧に拝謁するのは、櫖家の若君、櫖鷰。歳の頃も近く、爽やかな美少年だ。
「堅苦しいのは嫌いだよ。楽にしてくれ。」
櫞葉は茶席の隣に座るように促した。
櫞葉は女御子だが、少年の様にさっぱりとしており、裏表のない性格をしている。女の格好が、実に似合わない。
「今日も良い天気ですね。櫞葉様。」
湯呑を片手に、溜め息をついた。
鷰は櫖家の跡継ぎだったが、母を亡くし、本邸を追われた身。
似たりよったりな境遇だったので、馴染むには時間はかからなかった。
鷰は櫞葉にとって、茶飲み仲間だった。共に数えの十二。歳の割に落ち着いた二人は、遊んだり、とはしない。
「櫞葉様は後宮に戻られないのですか?此処に来られて、もう、長いでしょう?」
櫞葉は生まれてすぐにこの別邸に移された。公主なのに何故、後宮にいないのか、ということだろう。
「悪いかい?」
鷰は顔を青くして、振った。気分を害したと思ったのだろうか。
「怒ってやいないよ。ただ、苦労ばかりの後宮生活なぞ、真っ平御免だ。」
「そうですか。」
「それに、私はあまり歓迎されないと思う。第二の顕光大長公主になるのは嫌なんだよ。」
鷰は哀しそうな顔をした。
「顕光大長公主様は貴女のお母様でしょう?」
ガシャリと音を立てて、湯呑は割れ、足元を濡らす。
「鷰。これだけは、言っておこう。何があっても、顕光大長公主のことは口にするな。あんな御仁、私は嫌いじゃ。」
良いな、と睨んだ。
承知致しました、そう言うしか、残されなかった。
鷰のことは、少なからず哀れと思う。彼の異母弟に、鶉と云うのが居るが、彼は櫞葉公主の姉、明媛公主の婚約者だ。
鷰は愛されることなく、この別邸に送られた。母を知らない。
(ほんと、私にそっくり。)
そう、熟熟、思っていた。
その日、鷰は櫞葉の室に来て、そのまま閉じこもってしまった。
「如何かしたのか?」
青ざめた顔をした鷰に聞く。
「義母上が来られたのです。異母弟を連れて。」
成程、この人は義母上が嫌いだった。
「顕光大長公主様がいらっしゃったら、どうにか、してくださっただろうか。」
鷰の母は、下賜された、後宮の妃嬪だった。黎明華とか何とか呼ばれていた。
黎明華は顕光大長公主、当時の永寧大長公主とも親しかった。その子女同士なので、何とかしてくれるとも思ったのだろうか。
「もう、嫌だ。顔も見たくない。」
鷰の義母は、猛禽類的顔立ちで、酷く着飾っていた。数代前の公主だとか。それなら、威張るのも仕方がないのであろう。
「侮られない様にするには、たまには、冷たくしないといけないものだよ。」
「そうなんですか………。いや、でも…………私には、分からないです。公主だったからとはいえ、私を棄てるのですね。あの女は。」
否定は、しない。
「私だって公主ぞ。」
「貴女様は、公主だからと言って、やたらに威張ったりされないではありませんか。」
櫞葉は公主にしては、質素だ。
櫞葉は鷰の義母とすれ違った。
「永寧大長公主………」
その女は呟いた。
顔を、顰めた。
「お初にお目にかかります。櫞葉と申します。」
相手は、長公主。下手に扱うのも難しい。
「あらまぁ。御機嫌よう。」
その長公主は、寗玻長公主と云い、顕光大長公主の姪だ。生前、永寧大長公主が永寧長公主として生きていた時分には、第三公主だった。永寧大長公主(顕光大長公主)とは、折り合いが悪く、嫌われていた。
顕光大長公主は、この寗玻長公主の花嫁衣裳を結婚前夜、切り裂いてしまったらしい。姉であり、叔母である永寧より先に婚約したのが、許せなかったらしい。本当に報われない女だ。
「私が、永寧大長公主-顕光大長公主に似ているとでも?」
「ええ、そっくり。」
寗玻長公主は笑った。
「その、憎たらしいお顔もね。姉さん………違うわ、叔母さんか、と、そっくり。てっきり、生き返ってのかと思ったわよ。」
見透かされたのだろうか。自分が、顕光大長公主の娘だと。
「顕光大長公主は一人、娘を産み落としたらしいわね。」
団扇を口元に添えて、意地悪く笑っていた。
「生きていたら、見てみたくてよ?あたし。」
けらけらと、声を上げて、寗玻は笑う。
「まあ、死んだでしょうけど。ほほほ。」
遣る瀬無い感情が、心を巣食う。
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