恋情を乞う

乙人

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奄少年

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『貴女様が公主様でなければ、私は貴女様を、手に入れることが出来たのでしょうか。』

 奄は、小さな寝台に寝かされた櫞葉公主をじっと眺めていた。
 彼女が公主であると聞いたのは、つい先程。とても驚いた。最初は、ただの戯言だと思っていた。しかし、開き始めた紅い瞳を見て、そうなのかと確信した。
(叔母様にバレたら、母上は大丈夫なのかなぁ。)

 奄には、一人の弟がいる。長公主腹で、とても身分高い。既に、後宮にいる一人の公主が降嫁することが、半ば決まっている。
 その公主の名は、明媛。母は名門圓家の出身の、准后だ。
 家を継ぐのも、公主様が降嫁するのも、全て弟。名を聞かされたことも、あったが、憎らしくて、覚えていない。
 ―あぁ、嫌だこった。
 この世の全ては、生まれで決まる。同じ父を持っても、腹―母親の生まれ身分で変わってしまう。典型的な点は、奄。長男なのに嫡子ではないのが、その例。
 母は嫌いではない。歌舞音曲に優れ、見目麗しい母は、後宮で寵愛されたとも聞く。心優しく、お淑やかな、理想的な女人だ。
 彼女は下賜され、父にも愛されている。
(それなのに、私は……)

 離れた離宮。
 公主の母は夢を見た。
 黄色の衣裳に見を包んだ若い娘。男の様なきっぱりとした口調に、飾らない姿。髪は茶で、瞳は深い紅。
 すぐに分かった。櫞葉公主だと。
 隣には緑の衣裳の女がおり、真紅の衣裳の女と言い争っていた。其処には一人の男がいて、真紅の女と共に去る。緑の女は泣きじゃくりながら、手を伸ばす。伸ばした手には、鎖の痕があった。
 悲劇なのだろう。
 登場人物全てがわかる。そして、その将来が、どうなるかも、同様に。
 あぁ、やめてほしい。
 何も知らない、ままで良い。

「櫞葉様。」
 最近の櫞葉は、奄に抱えれるのがお好きらしい。でも、五、六の子供が家抱えるのは危ないので、侍女も見ていたし、椅子に座ってからでないと許されなかった。
「若君とお嬢様は、とても仲良しですね。」
「でしょ。」
 侍女の大半が、櫞葉が公主であることを知らない。親戚筋から引き取った思っている。
 まるで二人は、本当の兄妹の様であった。奄は一日の殆どを櫞葉の室で過ごしていた。
「可哀想な娘だよね。」
「?」
 誰も知らない。櫞葉の正体を。

 大長公主腹の高貴な娘。貴人腹の卑しき少年。真逆であるのに、どうしてだろう。似通う物を感じてしまうのは。
 生まれだけで人生が決まる。それによって、人生が半ば終わってしまっているのは同じだ。
「母親が逆だったら、普通に生活出来たかなぁ。」
 十数年後、奄は勘当され、櫞葉は後宮へと帰る。そして、また、再会する。縁というのは、案外強いのかもしれない。
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