推しよ、ここはBLゲームの世界です!〜属性:腐女子のモブは、推しも世界も救いたい〜

はちよ

文字の大きさ
8 / 20

7話 エルヴィンの願い【10年前⑤】

しおりを挟む
 自家製のクルトンをのせた旬野菜のサラダ。
 手作りの玉ねぎドレッシング。
 昨日の残りで作ったチーズたっぷりのトマトソースのポテトグラタン。
 食べやすく小さく切った鶏肉のバターソテー。
 スープにはたっぷりの野菜と、栄養が高まるように卵も入っている。
 そして、売れ残りを貰ったバケットと、アンが昨日焼いたクロワッサン。

 左手に包帯を巻いているアンが用意できたのは簡単なものばかりだが、大きめのお皿でテーブルに並べればまるでご馳走のように見えた。

 エルヴィンは目の前に並んだ食事を不思議そうに見つめている。

「頑張ったんだけど、こんなものでごめんね。お口に合うといいんだけど……」
「…………」
「あっ……先に嫌いなものとか聞いておいた方が良かったかな!? ごめんね、嫌いなものがあれば残していいから」
「…………」
「……っていうか何だか油っこいのばっかりになっちゃったね、胃もたれするかな……嫌ならチーズは避けていいし、えっと、スープにお米入れてリゾット風とかもできるけど……!」

 エルヴィンがまともにご飯を食べてこなかったことは見れば分かる。
 少しでも痩せている身体に栄養をとってほしいと思ったのだが、よく考えればもう少し消化が良く身体に優しいものの方が良かったかもしれない。

 頭を抱えるアンの耳に、小さな声が聞こえた気がした。

「え……?」

 ゆっくりと顔を上げると、じっとアンを見つめるエルヴィンと目が合った。

「……食べて、いいの」

 その小さな声は、今度こそアンの耳にしっかりと届いた。

「もちろん! というか、エル……Lサイズの野菜ばっかり買っちゃって困ってたし、食べて貰えたら私も有難いし……!」

 思わず名前を呼びかけてしまったが、まだアンは一度もエルヴィンから名前を聞いていない。

 咄嗟に口を噤んだ自分にファインプレーだと賞賛を送りながら、アンはエルヴィンの前に腰を下ろした。

「ねぇ。食べる前に、あなたの名前を教えてくれない? 私はアンっていうの」
「………………エルヴィン」
「エルヴィン! いい名前ね。じゃあエルヴィン、手を合わせて」
「……?」

 不思議そうにアンを見上げるエルヴィンの前で、アンは見本になるように手を合わせる。

「こうやって、『いただきます』ってやるの。野菜や料理を作ってくれた人への感謝はもちろん、私たちのご飯になってくれた動物や野菜たちへの感謝も込めてね。そうしたら、ただのご飯がずっと美味しくなるんだよ」

 そう説明すると、エルヴィンは大人しくアンと同じように両手を合わせた。

「いただきます」
「……いただきます」

 見よう見まねでアンの真似をするその様子に弟と妹が小さかった頃のことを思い出し、アンに懐かしさが込み上げる。
 年の離れた弟と妹が可愛くて、いつもお姉ちゃんぶっては色々と面倒を見るのが好きだった。

「張り切って作ったから、食べられるだけ食べてね。食べられなかったり、嫌なものがあったら残していいから」

 アンはスプーンを手に取り、スープをひとすくい分すすってみる。
 野菜のだしに胡椒がアクセントになって、アン好みの味だった。

「ん、今日のも美味しい。エルヴィンも食べてみて」

 アンに促され、やっとエルヴィンはおずおずとスプーンを手に取り、スープを掬った。
 ゆっくりと口に含むと、驚いたように目を見開き、またアンを見つめる。

「どう? お口にあったかな」

 こくこくと頷くエルヴィンに、アンはこれもあれもと用意した食事を一口ずつ食べさせていく。

 エルヴィンは料理を口に運ぶ度、信じられない物を見るように料理を見つめていた。

「……ねぇ、エルヴィンの好きな食べ物は?」
「好きな食べ物?」
「うん。エルヴィンの好きなものを作れたらいいなって思ったんだけど」
「………」

 アンの質問に、エルヴィンは黙って俯く。

「普段食べてるもので、美味しいなって思うものとかはある?」
「………」
「(まさかと思ったけど……この反応は)」

 アンは特にエルヴィンの好きなものを聞きたかった訳では無い。
 いや、知れるものなら知りたいのだが、公式設定ではクロワッサンが好きだと書いてあった。だから、アンはエルヴィンの好みを既に知っている。

 本当に知りたかったのは、エルヴィンが普段どんなものを食べているのか。

 アンの用意したものは決して珍しいものではない。手の込んだものでもない。
 それを一つ一つ、オーバーリアクションにも思えるほど驚きながら食べているのだ。
 まるで、初めて食べるかのように。

「……ここにあるもの、全部美味しい。だから、全部」
「……今日の料理が好き?」
「美味しいって思うもの、って言っただろ」

 不安そうに視線を泳がすエルヴィンを元気づけるように、アンは分かりやすい笑顔を返す。

「ありがとう! 気に入ってもらえてすっごく嬉しい!」

 アンのその反応を伺うように見ると、エルヴィンは安心したようにまた食事に手を伸ばす。

「(まともなご飯、食べたことがなかったんだろうな)」

 アンのゲーム知識から換算するに、エルヴィンは今年12歳になるはずだ。
 それなのに、目の前の身体は12歳よりもっと小さく見える。

 そもそも、いくらオタクの火事場の馬鹿力を考慮したとしてアンが抱き上げて山を降りられる時点で体重が軽すぎるのは明らかなのだ。

「(美味しいって、言ってくれてよかった……)」

 目の前の小さな推しは、これまでどれだけ辛い人生を送ってきたのだろう。
 アンの頭にこびりついて離れないのは、エルヴィンの身体中に刻まれた傷跡だった。

「(私に出来ること……)」


 ◇◇◇


「ご馳走様でした」
「ご馳走様でした」

 食事を終え、2人で揃って手を合わせる。
 食事をする前とエルヴィンの纏う空気は明らかに変わっていた。

 アンが前世で保険の営業をしていた頃、よく言われた言葉がある。

 5回訪問するより、1回のお茶。
 3回のお茶より、1回の食事。

「同じ釜の飯」という言葉もある通り、やはり食事を共にするというのは人と人を結びつける力があるらしい。

「ねぇ、エルヴィン」
「なんだ?」

 素直に返事をするようになったエルヴィンは、警戒を解くほど幼さが引き立ち、その姿にアンの胸は徐々に締め付けられる。

「あの……今日みたいなことは、今までもしていたの?」
「……今日みたいなこと、って?」
「自分で自分を傷つけること」
「…………」

 エルヴィンの表情がゆっくりと抜けていく。
 無表情に戻ったエルヴィンは、温度のない声で告げた。

「俺は生まれてすぐ親に捨てられた。誰も俺の生を望んでない。俺自身も」
「……そんなことは」
「なぁ、なんで俺が生きていると思う?」
「…………」
「俺の傷が治るところ、見ただろ? ……俺は『死ねない』んだ。……誰も俺を拾ってなんてくれなかった。でも、俺は『死ねなかった』」

 アンはそれは違うと、声を出して否定したかった。
 エルヴィンは愛されて生まれてきたのだとその事実を告げたかったが、それを知るわけもないアンは口にすることも出来ない。

 もどかしさに唇を噛み締めるアンに、エルヴィンは続けた。

「なぁ、俺を殺してくれよ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜

具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、 前世の記憶を取り戻す。 前世は日本の女子学生。 家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、 息苦しい毎日を過ごしていた。 ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。 転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。 女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。 だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、 横暴さを誇るのが「普通」だった。 けれどベアトリーチェは違う。 前世で身につけた「空気を読む力」と、 本を愛する静かな心を持っていた。 そんな彼女には二人の婚約者がいる。 ――父違いの、血を分けた兄たち。 彼らは溺愛どころではなく、 「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。 ベアトリーチェは戸惑いながらも、 この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。 ※表紙はAI画像です

乙女ゲームのヒロインに転生したのに、ストーリーが始まる前になぜかウチの従者が全部終わらせてたんですが

侑子
恋愛
 十歳の時、自分が乙女ゲームのヒロインに転生していたと気づいたアリス。幼なじみで従者のジェイドと準備をしながら、ハッピーエンドを目指してゲームスタートの魔法学園入学までの日々を過ごす。  しかし、いざ入学してみれば、攻略対象たちはなぜか皆他の令嬢たちとラブラブで、アリスの入る隙間はこれっぽっちもない。 「どうして!? 一体どうしてなの~!?」  いつの間にか従者に外堀を埋められ、乙女ゲームが始まらないようにされていたヒロインのお話。

女性が少ない世界に転生した控えめ伯爵令嬢、なぜか五人の婚約候補に選ばれて少しずつ恋を知っていきます

ノッポ
恋愛
女性が極端に少ない異世界に転生した私は、気づけば伯爵令嬢になっていた。 前世は日本で普通に生きていたせいか、貴族令嬢らしい強気な振る舞いがどうしても苦手。 社交界デビューを迎えても、「どうして私が選ばれるの?」と戸惑うばかりだった。 けれど今年デビューする高位令嬢はわずか三人。 家同士の思惑も重なり、騎士団長家の息子、宰相子息、魔術師団長の息子、幼なじみの侯爵子息、そして英雄騎士―― 五人の若きエリートとのお見合いが次々と始まってしまう。 遠慮がちで控えめな性格は、この世界では珍しく、気づけば少しずつ距離を縮めていく彼ら。 異世界での恋愛に戸惑う日々。けれど出会いを重ねるたびに、私は少しずつ変わっていく――。 女性希少世界で、自分の幸せを選べるようになるまでの逆ハーレム恋愛ファンタジー。

私の作るおにぎりが、騎士団の士気を異常に上げています(犯人は副団長)

星乃和花
恋愛
おにぎりを配っただけで、騎士団の士気が異常値になりました。 団長は警戒、監察部は呪術検査、国まで動きかけるのに――副団長だけが平然と断言。 副団長「彼女のご飯は軍事物資です」 私「えっ重い」 胃袋で落ちた策略家副団長の“最適化溺愛”に巻き込まれ、気づけば専属補給係(=婚約)寸前!? ほのぼの爆笑&甘々の騎士団ラブコメです。 (月水金21:00更新ー本編16話+後日談6話)

乙女ゲームの中の≪喫茶店の店長≫というモブに転生したら、推しが来店しました。

千見るくら
恋愛
社畜OL、乙女ゲームの世界に転生!? でも私が転生したのは――女主人公でも攻略対象でもなく、ただの喫茶店の店長(モブ)だった。 舞台は大人気乙女ゲーム『ときめき☆青春学園~キミの隣は空いてますか?~』。 放課後、女主人公と攻略キャラがデートにやってくるこの店は、いわば恋愛イベントスポット。 そんな場所で私は、「選択肢C.おまかせメニュー」を選んでくる女主人公のため、飲料メーカーで培った知識を駆使して「魂の一杯」を提供する。 すると――攻略キャラ(推し)の様子が、なんかおかしい。 見覚えのないメッセージウインドウが見えるのですが……いやいや、そんな、私モブですが!? 転生モブ女子×攻略キャラの恋愛フラグが立ちすぎる喫茶店、ここに開店! ※20260116執筆中の連載作品のショート版です。

白いもふもふ好きの僕が転生したらフェンリルになっていた!!

ろき
ファンタジー
ブラック企業で消耗する社畜・白瀬陸空(しらせりくう)の唯一の癒し。それは「白いもふもふ」だった。 ある日、白い子犬を助けて命を落とした彼は、異世界で目を覚ます。 ふと水面を覗き込むと、そこに映っていたのは―― 伝説の神獣【フェンリル】になった自分自身!? 「どうせ転生するなら、テイマーになって、もふもふパラダイスを作りたかった!」 「なんで俺自身がもふもふの神獣になってるんだよ!」 理想と真逆の姿に絶望する陸空。 だが、彼には規格外の魔力と、前世の異常なまでの「もふもふへの執着」が変化した、とある謎のスキルが備わっていた。 これは、最強の神獣になってしまった男が、ただひたすらに「もふもふ」を愛でようとした結果、周囲の人間(とくにエルフ)に崇拝され、勘違いが勘違いを呼んで国を動かしてしまう、予測不能な異世界もふもふライフ!

男女比バグった世界で美女チート無双〜それでも私は冒険がしたい!〜

具なっしー
恋愛
日本で暮らしていた23歳喪女だった女の子が交通事故で死んで、神様にチートを貰い、獣人の世界に転生させられた!!気づいたらそこは森の中で体は15歳くらいの女の子だった!ステータスを開いてみるとなんと白鳥兎獣人という幻の種族で、白いふわふわのウサ耳と、神秘的な白鳥の羽が生えていた。そしてなんとなんと、そこは男女比が10:1の偏った世界で、一妻多夫が普通の世界!そんな世界で、せっかく転生したんだし、旅をする!と決意した主人公は絶世の美女で…だんだん彼女を囲う男達が増えていく話。 主人公は見た目に反してめちゃくちゃ強いand地球の知識があるのでチートしまくります。 みたいなはなし ※表紙はAIです

主人公の義兄がヤンデレになるとか聞いてないんですけど!?

玉響なつめ
恋愛
暗殺者として生きるセレンはふとしたタイミングで前世を思い出す。 ここは自身が読んでいた小説と酷似した世界――そして自分はその小説の中で死亡する、ちょい役であることを思い出す。 これはいかんと一念発起、いっそのこと主人公側について保護してもらおう!と思い立つ。 そして物語がいい感じで進んだところで退職金をもらって夢の田舎暮らしを実現させるのだ! そう意気込んでみたはいいものの、何故だかヒロインの義兄が上司になって以降、やたらとセレンを気にして――? おかしいな、貴方はヒロインに一途なキャラでしょ!? ※小説家になろう・カクヨムにも掲載

処理中です...