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触れられない
しおりを挟む「お前は、いつもすぐに消えてしまう」
「······仕方が、ないじゃないですか」
寂しげに笑う男に、私は眉を下げて答えた。
こればかりはどうしようもないのだ。
私には、どうしようも。
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その男と出会ったのは、今からおよそひと月前のことであった。
大きくも小さくもない会社に入社して三年。
ようやく仕事に慣れ、心に余裕を持てるようになり、そろそろ結婚を考えなければと思い始めていた頃であった。
会社から帰宅し、入浴、食事を終えた私は明日の為にとベッドに潜り込んだ。寝転んだ瞬間、疲労がどっと押し寄せてきて、体の力が抜けたのを今でも覚えている。
「···お前は、誰なんだ?」
ウトウトと浅い眠りの中にいた私は、いきなり掛けられた声に体をビクリとさせた。
低く耳障りのいい声。それは愛する者に投げかけるようにすごく甘かった。
自分の部屋のテレビで映画でも見ていたのだろうか。
そうだ。私に"男"の友達など、しかも家に上げられるような関係の男など居ないのだから、そうに違いない。
先程の甘ったるい声を無視して目を瞑ったまま布団の中に潜り込めば、その布団からは何やら嗅ぎ慣れない香りがした。
それは百合のような、薔薇のような不思議な香りであった。
それ以外にも、明らかに布団の触り心地も異なっていることが分かった。
誰かも分からぬ男がモゾりと動く気配がする。
段々と意識がハッキリとしてきた私は「聞こえない聞こえない」と自身に言い聞かせながらそれを無視した。
「なあ、教えてくれ」
これまた甘ったるい声に思わずパチリと目を開けてしまう。
そうすれば目の前には案の定、見知らぬ男。
「···だ、誰ですか?」
「お前こそ、誰だ?」
これが、私たちの出会いであった。
私たちが出会うのは私の時間軸では一週間に三回ほど。
男の時間軸では一ヶ月に三回ほどであった。
私にとって二日ぶりが、男にとっては十日ぶりという訳である。
「お前は、何者なんだ?」
「さあ。私は何者なんでしょう」
男はよくこのような質問をする。
しかし、この答え、私にわかるはずがない。
私からしたら、この男が何者なのか分からないのだから。
「今日はトランプをしましょう」
「トら···ふ?」
「私のところのカードゲームですよ」
「なるほど」
男はすごく整った顔をしている。彫りの深い顔立ちで、正直、私の世界ではお目にかかれないような美形だ。
しかし何故そんな男に私が微動だにしないかと言えば、当たり前のごとく、この瞬間に、この時間に現実味がないからだ。
匂い、
物の感触、
男の呼吸音、
このどれもが、感じ取ることができるのに、
「···今日も、お前には触れられぬか」
私たちは、お互いに触れ合うことが出来ない。
----------------------------
「これ、は?」
「俺のところの酒だ」
「へえ、」
「いるか?」
「もちろん」
十度目の再開の時、男は私にお酒を出した。どうやらこれはこの男のお気に入りのお酒らしい。
「···ほう悪くない」
「だろう?」
私が男の口調の真似をしながら満足そうに頷けば、男の口端がすっと上がる。
何度も会っているからか、男と私の中にギクシャク感はない。私にとってもやはりこの時間は現実味がないのだ。
男と会うのは決まって夜だ。
どういう原理でこのような事が起こっているのかは分からない。
誰かの悪戯か、それとも気まぐれか。
男のいる世界は私の知らないもので溢れていた。
そして、私の世界を男は知らなかった。
「ニホンですよ」
「ニっほ?」
「やっぱいいです」
私とは違う世界で、男は生きているのだと知った。当たり前の如く、時間の流れも違う。
「···もう寝ます」
「まだダメだ」
男は私が寝るのを嫌がる。それはもう、子供のように駄々をこねるのだ。
「眠いの、明日早いの」
「俺のところに来れば、仕事などしなくてもいいんだぞ」
「話ズレてます」
私が寝ると、私は男の前から消えるらしい。私的には夢から覚めるような感じで自分の部屋で起きるのだからなんともないが、男にとっては恐怖きわまりないだろう。いきなり目の前で人が消えるのだから。
「次は、私もなにか持ってきますね」
「ああ、楽しみにしている」
男は駄々をこねるが無理強いはしない。
触れられないのだから無理強いなどまず出来ないのだが。
スコンと眠りにつけば、いつの間にか自分の部屋にいる。
そうして朝になれば、いつも通りの日常を私は迎えるのだ。
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読者様からの要望があれば短編版も書こうかなと考えています。
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