お飾り王妃の受難〜陛下からの溺愛?!ちょっと意味がわからないのですが〜

湊未来

文字の大きさ
56 / 99
後編

母の薬

 やはりそうだったのか……

 ミーシャ様へと結婚話が告げられた時、二人の関係は終わるはずだった。ただ、最期に体の関係を持つ選択をするのには、十分な理由が二人にはあったのだ。

 当時、ターナーの病状は深刻さを増していたという。日常生活を送るにも困難で、一日の大半をベッドの上で過ごしている有り様だったと。いつ発作が起き死んでもおかしくない状況の中、死期が近い事も悟っていた彼は、ミーシャ様にわれるまま一度だけ身体の関係を結んだという。それで二人の関係は終わるはずだった。しかし運命の悪戯か、そこで途切れるはずだった二人の関係は、数ヶ月後にオリビア様がターナーの元へ訪れた事で急展開を迎える事となる。十分な治療が受けられる施設へと移され、ミーシャ様とも再会を果たした。それからは彼女に言われるがまま施設を転々とし、最終的にノーリントン教会へと移ったと。

 ターナーは一晩の行為でまさかミーシャ様が身籠るとは考えてもいなかったのだろう。

 たった一晩の過ちが、様々な人の運命を狂わせた。もし若い二人の間に体の関係がなければ、身分違いの恋という綺麗な悲恋で事は済んだのかもしれない。

 ミーシャ様は、ノートン伯爵家と釣り合いの取れる貴族家へ嫁ぎ、幸せに暮らしていたかもしれない。もし、アンドレ様を身籠らなければ、ミーシャ様はオリビア様を亡き者にしようとは考えなかっただろうし、今とは違う道を選ぶことだって出来たかもしれない。そして、アリシア様とルドラ様は、今もバレンシア公爵家で幸せな時をオリビア様と共に過ごしていたのかもしれない。

 兄と妹として――

 『もし』を考えたところで仕方がない事だとわかっている。ただ、いくつもの偶然が重ならなければ、バレンシア公爵家の闇はここまで深くはならなかっただろう。

 オリビア様とバレンシア公爵との間にどのような取引があり、彼女が公爵家に嫁ぐことになったかはわからない。ただ、ノートン伯爵家の隠し部屋で見つけた絵の中のオリビア様とサーシャ様はとても幸せそうに見えた。きっと二人は、とても仲が良かったのだろう。体の弱かったサーシャ様が、兄の子を身篭り、その子を産むことで自身の命が尽きるとわかっていたら、生まれてくる子を最も信頼出来るオリビア様に託したとしても不思議ではない。そして、その事実をミーシャ様が知らない筈がないのだ。ミーシャ様とオリビア様もまた、とても仲が良い姉妹だったのだから。

 愛する人と、血を分けた子を守るため毒婦へと落ちたミーシャ様。愛は人を狂わせる――

 中庭で子供たちと遊び、穏やかな笑みを浮かべていた彼女を思い出し胸が締め付けられる。

 どうにかして、この二人を助けられないだろうか?

 オリビア様を死に追いやった罪が消えることはない。ただ、情状酌量の余地があるのではないだろうか。

 しかし、ミーシャ様を見逃せば、母を失い今まで辛い思いをし、生きてきたあの兄妹の想いは報われない。

 いったい私はどうすれば――

「――頼む。俺はどうなっても構わない。どうか……どうか、ミーシャとアンドレを……ゴホッ……ゴホゴホッ……」

「ターナーさん! どうしました⁈」

 急に激しく咳き込み出した彼に駆け寄り、背中をさするが一向に落ち着く様子がない。ゼーゼーと鳴る息遣いに焦りだけが募っていく。

 これが、彼の言っていた発作なのだろうか?

「人を呼んでくるので待っていてください‼︎」

「……いい……く、薬……箱……」

 指さされた方へと目を向ければ、テーブルの上に花模様の箱が置かれていた。慌ててテーブルへと駆け寄り、箱を掴み彼の元へと取って返す。そして、転がった水差しに残っていた水をコップへと移し、手渡した。

 箱の中から目当ての薬を見つけ出し、それを飲みほしたターナーの症状が徐々に落ち着いてくる。

「大丈夫ですか? 少し横になった方がいいです」

「あぁ……助かった……」

 床へと散らばった薬を拾い上げ、箱へと戻す。

――コレって。

「ターナーさん、この薬見てもいいですか?」

「あぁ、見ても良いが……シスターはこの薬を知っているのか?」

「知っているというか、ターナーさんの病気と私の母の病気は、たぶん同じなんだと思います。昔、母がこれに似た薬を服用しているのを見ました」

 母が毎日服用していた薬と似ているようで、全く別物の薬を見つめ眉間にシワがよる。この薬の中には一番重要な植物が含まれていない。鮮やかな青色の花を乾燥させた粉末が含まれていないのだ。この独特の香りは、母が飲んでいた薬からも香っていた。ただ、この薬の見た目は全く異なる。

「ターナーさん、この薬は発作を起こした時とは別に、毎日飲むように指示されている薬ですか?」

「あぁ、この薬を飲むことで徐々に病気が良くなると言われている」

 当時、母が言っていた。『この青い粉が病気を治してくれるのよ』と。その言葉通り、病弱だった母は、すでに病気が治り、健康そのものだ。

 この薬が、母が服用していた薬と何が違うのかはわからない。もしかすると、あの青い粉がなくともターナーの病気を治すことは可能なのかもしれない。ただ、ノーリントン教会とルザンヌ侯爵領は目と鼻の先だ。同種の病気を治す薬が変わるとは考えにくい。

「この薬を飲むように言われたのは、この教会に来てからですか?」

「そうだ。ここに来るまでは薬さえ与えられなかったからな。何度か死にかけたが、ここに来てからは発作が出た時に飲む薬に治す薬と、ありがたい事だ。飲み始めて三年くらいか」

 三年も飲み続けて治るどころか、発作を完全に抑えることも出来ていない薬など眉唾ものだ。どう考えても、ミルガン商会は、ターナーさんの病気を治すつもりはないようだ。奴らにとっては、彼の病気が完治してしまえば、金ズルを失うことになるのだから。

 ただ、母の病気とターナーの病気が同じならば、治る見込みはある。上手く、この教会からターナーを連れ出し、ルザンヌ侯爵領に連れていくことが出来れば、母と同じ薬を使うことが出来る。

 ルザンヌ侯爵領は辺境過ぎてあまり知られていないが、隣国との国境にある森を介して採れる薬草や鉱物を使った薬学と、隣国とのいさかいから学んだ医学が混ざり合い、医薬の知識が独自の発展を遂げた経緯がある。王宮の侍医も真っ青な医薬的知識を有する博士がたくさんいる。彼らだったらターナーの病気を治すことが出来るのではないか。母のように――

 期待が確信へと変わっていく。

「ターナーさん、この薬一つもらってもいいですか?」

「えっ⁈   すまんがこれは貴重な薬で……」

「確かに貴方にとってこの薬は大変貴重なものでしょう。ただ、この薬では貴方の病気は治りません。死ぬことはないかもしれませんが、治る可能性は限りなくゼロに近い」

「なぜ、シスターにそんな事が言えるんだ? 現に、この発作止めはよく効いている」

「その発作止めは症状を緩和するだけで、病気そのものを治す薬ではありません。私が言っているのは、毎日飲んでいるこちらの薬のことです。この薬には、病気を治すのに必要な薬が含まれていない。先ほど、私の母の病気とターナーさんの病気は同じではないかと話しましたよね。母は、この薬に似た薬を飲み続け、すでに病気が完治しています。なのに、貴方はすでに三年もその薬を飲み続けて、いまだに発作すら完全には抑えられていない。その意味がわかりますか?」

「何が言いたい?」

「つまり薬を渡している者達にとって、貴方の病気が完治してしまっては、困ると言うことですよ。金ズルがいなくなりますからね。死なない程度に生きていて貰えればそれで良い。そんな人達の元にまだいますか? それとも突然現れた女を信じて身を任せますか? 私は貴方の意思を尊重します」

 これは賭けだ。ここで、ターナーに拒否されてしまえば私の計画は狂う。ターナーの病気が治るかはわからない。ただ、ここから連れ出しルザンヌ侯爵領に連れていくことが出来れば、今のようにミーシャ様が搾取されることは無くなる。母が飲んでいた薬は、ルザンヌ侯爵領では高価な薬ではない。平民でも比較的手に入れやすい薬だ。ミーシャ様のターナーへの想いの深さを考えると、彼女がこちらの交渉に乗ってくる可能性は高い。ミーシャ様さえ抑えることが出来れば、バレンシア公爵と妹君サーシャ様との秘密は守られる。そして、バレンシア公爵との交渉も成功し、ルドラ様が次期当主となる。アリシア様はめでたく陛下と結婚――

『ティアナを娶るため、アリシアと手を組んだ……』

 はぁぁ、なぜ今思い出すのだ。陛下とのことは忘れるのよ。彼が私自身を求めていたなんて有り得ないのだから。

「俺が、貴方の言う通りにすればミーシャは幸せになれるのか?」

「ミーシャ様の幸せは、ターナーさんの病気が治り、共に人生を歩むことなのではありませんか? 邪険にされてもなお、此処を訪れる彼女の気持ち、痛いほど分かっているのは、貴方自身でしょう」

「――シスター、貴方に俺の命預けます」

 夕焼け色に染まった草原を見つめる彼の横顔は、泣いているようにも見えた。

 








 

あなたにおすすめの小説

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

「退屈な女だ」と婚約破棄されたので去りましたが、翌日から国政が止まったそうです。え、私はもう存じませんけど?

にたまご
恋愛
公爵令嬢クラーラは、ユリウス王太子殿下に婚約を破棄された。 「退屈な女だ」「何の取り柄もない」と。 否定はしない。 けれど殿下が知らないだけで、通商条約も予算案も外交書簡も、この国の政務の大半を六年間匿名で回していたのは──この「退屈な女」だ。 婚約破棄の翌朝、宰相補佐官のレオンが焼き菓子と四十二件の緊急報告を携えて公爵邸を訪れる。 「貴女がいなくなった王宮は、控えめに申し上げて、地獄です」 ──存じません。私はもう、ただの無職ですので。

死ぬまでに叶えたい十の願い

木風
恋愛
「あなたを妻として、愛することはない。おそらく、生涯抱くこともないだろう」 三年間の白い結婚——捨て置かれた王太子妃エリアーナに、側妃が『死の呪い』をかけ余命一年を宣告する。 離縁を願うも拒否され、代わりに「死ぬまでに十の願いを叶えて」と契約する—— 二人きりの外出、星空、海…ささやかな願いが王太子の心をほどいていく。

忘れられた幼な妻は泣くことを止めました

帆々
恋愛
アリスは十五歳。王国で高家と呼ばれるう高貴な家の姫だった。しかし、家は貧しく日々の暮らしにも困窮していた。 そんな時、アリスの父に非常に有利な融資をする人物が現れた。その代理人のフーは巧みに父を騙して、莫大な借金を負わせてしまう。 もちろん返済する目処もない。 「アリス姫と我が主人との婚姻で借財を帳消しにしましょう」 フーの言葉に父は頷いた。アリスもそれを責められなかった。家を守るのは父の責務だと信じたから。 嫁いだドリトルン家は悪徳金貸しとして有名で、アリスは邸の厳しいルールに従うことになる。フーは彼女を監視し自由を許さない。そんな中、夫の愛人が邸に迎え入れることを知る。彼女は庭の隅の離れ住まいを強いられているのに。アリスは嘆き悲しむが、フーに強く諌められてうなだれて受け入れた。 「ご実家への援助はご心配なく。ここでの悪くないお暮らしも保証しましょう」 そういう経緯を仲良しのはとこに打ち明けた。晩餐に招かれ、久しぶりに心の落ち着く時間を過ごした。その席にははとこ夫妻の友人のロエルもいて、彼女に彼の掘った珍しい鉱石を見せてくれた。しかし迎えに現れたフーが、和やかな夜をぶち壊してしまう。彼女を庇うはとこを咎め、フーの無礼を責めたロエルにまで痛烈な侮蔑を吐き捨てた。 厳しい婚家のルールに縛られ、アリスは外出もままならない。 それから五年の月日が流れ、ひょんなことからロエルに再会することになった。金髪の端正な紳士の彼は、彼女に問いかけた。 「お幸せですか?」 アリスはそれに答えられずにそのまま別れた。しかし、その言葉が彼の優しかった印象と共に尾を引いて、彼女の中に残っていく_______。 世間知らずの高貴な姫とやや強引な公爵家の子息のじれじれなラブストーリーです。 古風な恋愛物語をお好きな方にお読みいただけますと幸いです。 ハッピーエンドを心がけております。読後感のいい物語を努めます。 ※小説家になろう様にも投稿させていただいております。

『お前の針仕事など誰でもできる』——なら社交界のドレスの裏地を、めくってごらんなさい

歩人
ファンタジー
「地味な針仕事しかできない令嬢は要らない」——公爵家の嫡男にそう言い渡された伯爵令嬢ティナは、 裁縫道具だけを持って屋敷を出た。その翌週、社交界が凍りつく。王妃の夜会服も、公爵令嬢の舞踏会 ドレスも、第一王女の外交用ローブも——仕立てた職人が消えたのだ。しかもティナが十年かけて縫った 全てのドレスの裏地には、二重縫いで隠された署名が残されていて——。 辺境の小さな仕立て屋で穏やかに暮らすティナの元に、王都から使者がやってくる。

裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。

夏生 羽都
恋愛
王太子の婚約者で公爵令嬢でもあったローゼリアは敵対派閥の策略によって生家が没落してしまい、婚約も破棄されてしまう。家は子爵にまで落とされてしまうが、それは名ばかりの爵位で、実際には平民と変わらない生活を強いられていた。 辛い生活の中で母親のナタリーは体調を崩してしまい、ナタリーの実家がある隣国のエルランドへ行き、一家で亡命をしようと考えるのだが、安全に国を出るには貴族の身分を捨てなければいけない。しかし、ローゼリアを王太子の側妃にしたい国王が爵位を返す事を許さなかった。 側妃にはなりたくないが、自分がいては家族が国を出る事が出来ないと思ったローゼリアは、家族を出国させる為に30歳も年上である伯爵の元へ後妻として一人で嫁ぐ事を自分の意思で決めるのだった。 ※作者独自の世界観によって創作された物語です。細かな設定やストーリー展開等が気になってしまうという方はブラウザバッグをお願い致します。

刺繍妻

拓海のり
恋愛
男爵令嬢メアリーは魔力も無くて、十五歳で寄り親の侯爵家に侍女見習いとして奉公に上がった。二十歳まで務めた後、同じ寄り子の子爵家に嫁に行ったが。九千字ぐらいのお話です。

異世界に逃げたシングルマザー経理は、定時退勤だけは譲れない

木風
恋愛
DV夫から一歳の娘を抱えて逃げた鈴木優子は、光に飲まれて異世界の王宮へ転移してしまう。 生きるために差し出した武器は簿記と経理経験――崩壊寸前の王宮会計を『複式簿記』で立て直すことに。 ただし譲れない条件はひとつ、「午後五時の定時退勤」。娘の迎えが最優先だからだ。 その姿勢に、なぜか若き国王ヴィクトルが毎日経理室へ通い始めて――仕事と子育ての先に、家族の形が芽吹いていく。