お飾り王妃の受難〜陛下からの溺愛?!ちょっと意味がわからないのですが〜

湊未来

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後編

私の色


 豪奢なシャンデリアが吊るされた舞踏ホールの真ん中では、華やかな衣装を身に纏った若い蝶たちが楽団の奏る優美な音楽に合わせ舞う。その周りでは、紳士淑女が、微笑み合いながら楽しそうに歓談している。
 そんな様子を、少し離れた席からタッカー様と眺めていた私は、バレンシア公爵家の威信をかけて開かれた宴に、彼のパートナーとして参加した謎の女として、遠巻きに参加者の注目を浴びていた。

 宴が始まって数刻、遅れて参加すれば注目されることはないだろうと、たかを括っていた私たちの考えは、一瞬のうちに砕け散った。

 タッカー様って……、こんなに人気があったのね。

 会場入りするなり、タッカー様の存在に気づいた令嬢たちの波、波、波。押し寄せる令嬢たちの圧に呆気に取られていた私の存在に気づいた彼女たちの視線、視線、視線。ザッと遠巻きに眺められ、囁かれる疑問の声と、嫉妬の視線。タッカー様が、サッと睨みを効かせなければ、あっという間に令嬢たちの餌食になっていたかもしれない。

 万が一にも、ここで王妃ティアナと露見する訳にはいかない。

 そそくさと、会場の奥に設置された席にタッカー様と移動はしたものの、遠巻きに注目を集めている。今は、タッカー様が人を射殺す勢いで周りを牽制しているが、彼がいなくなればどうなるかわからない。

「タッカー様、あなたって、とても人気がありますのね?」

「そうですか? 興味ありませんね」

 令嬢たちから贈られる熱い視線を一蹴するタッカー様の言動に、遠くから令嬢たちの悲鳴が聴こえる。気絶寸前の令嬢たちの中に口唇術でも身につけているものがいるのかもしれない。
 恋に生きる令嬢の中には、恋するあまりスパイ顔負けの技術を会得した者までいるときく。

 タッカー様も罪な男ね。

 こそっとため息をこぼした私の耳に、大きな歓声と拍手が聴こえた。そして、優美なワルツが流れ、ホールの中央には、陛下の瞳の色と同じ紫色のドレスを着たアリシア様が、レオン陛下にエスコートされ歩み出てくる。
 お互いに礼をして、踊り出す二人。
 その優美なダンスに、舞踏会場のあちこちから感嘆の声が上がった。

「本当に無神経な男ですね、陛下は。ただ、変ですね。側妃のお披露目なのに、アリシア嬢の色を陛下は身につけていない。馬鹿な男なりの意思表明ってやつですかね。ティアナが参加する夜会には、必ずどこかにあなたの色を身に纏っていたというのに」

「えっ……、私の色を身につけていた?」

「はい、気づいていませんでしたか? 陛下は必ずティアナの髪の色、銀色の小物やアクセサリーを身につけていたのですよ」

「うそ……」

「そして、ティアナ、あなたもまた、陛下の色。金色のアクセサリーを身につけていた。違いますか?」

 タッカー様の問いに、息をのむ。

 王妃付き侍女や、ルアンナの指示で身につけていたわけではない。
 蔑ろにされていようとも、陛下の色をどこかに身につけていたかった。それは、心の中に居座り続ける淡い恋心を満たすため。
 レオン陛下も、そうだったのだろうか。私を想ってくれての行動だったのだろうか。

 ホールの真ん中で踊る二人を見つめ、心の奥底に閉まったはずの恋心が疼き出す。そして、遠目に己の色『銀色のカフスボタン』を見つけ、涙が込み上げる。
 気づいている者は誰もいないだろう。それだけさりげなく纏った自分の色を見つめ、胸が締めつけられる。

「悔しいですね。あなたを泣かすのも、喜びを与えるのも、あの男だけだなんて。でも、やっぱり私は、ティアナには笑っていてほしいと思うのです。だからこそ、自分の心に正直になりなさい、ティアナ。すべてが終わった後、あなたの想い、必ず陛下にぶつけてくると誓ってください」

 スッと手渡された真っ白なハンカチを見つめ、幼き日を思い出す。陛下との出会いを――――

「まだ、間に合うでしょうか?」

「遅いなんてことは、ありませんよ。万が一、拒絶されたら一発殴って、離縁を叩きつけてやればいい。私はそうなることを願っていますがね」

 悪戯そうな笑みを浮かべ笑うタッカー様の言葉に心が軽くなる。

「ふふふ、一発殴ってですね。わかりましたわ」

「やっぱり、ティアナには笑顔が似合う。では、参りましょうか、毒婦の元へ」





「あの、タッカー様。他人様のお屋敷を勝手に歩き回ってもよいものなのですか?」

「あぁ、大丈夫ですよ。使用人は皆、パーティーに借り出されいませんから」

 タッカー様の案内で舞踏会場を抜け出した私は、彼の後に続き、バレンシア公爵邸の奥へ奥へと歩みを進めていた。
 ただ不思議なことに、公爵邸の生活区域まで来ているはずなのに、使用人とすら出くわさない。今夜のパーティーに借り出されているとはいえ、居住区域に使用人がいないなんてあり得るのだろうか。

「……でも、仮にもココは公爵邸ですわ。パーティーに人が借り出されていても、余りある使用人はいますでしょう」

「普通の公爵邸なら、そうでしょうね。ただ、バレンシア公爵家には散財家と名高い夫人がいますから。想像出来ますでしょ」

 ふふふと人の悪い笑みを浮かべ、こちらをチラッと見やるタッカー様を見て、これが本来の彼だったかと思い出す。

「バレンシア公爵家の家計は火の車。使用人を雇う余裕すらないと」

「ご名答。調べた限りでは、公爵家に有るまじき使用人の数です」

「えっ? タッカー様、なぜ貴方がそんなことまで知っていますの?」

「はは、金が底をついた公爵家でも体裁だけは整えねばならないでしょう。どこを削るかとなれば、真っ先に削るのは使用人の給金です。あまりの給金の低さに、ここ半年で数十名の使用人が辞めています。本来であれば、王族を招く規模の夜会を開ける経済状態ではないのですよ」

 確かに、今夜のパーティーは公爵家主催にしては規模が小さく感じる。会場の飾りつけは貧相で、夜会を盛り上げる楽団の規模も小さい。
 賓客に振る舞われる料理、お酒、デザートなどの食事にいたっては、招待客の数からしても足りていない。しかも、それらをサーブする給仕の手も足りず、あちらこちらで困惑の顔をして待つ招待客の姿を見かけた。

「そうね。公爵家の夜会にしては貧相だったわ」

「バレンシア公爵家の威信をかけた夜会には、金がかかる。しかし、それを捻出するだけの金の余裕はない。しかも、人手が足りない現状であれば……、自ずとわかるでしょ。私達が、バレンシア公爵邸を勝手に歩き回っていても、誰も咎めない理由が」

「……、つまりは、バレンシア公爵邸で働く使用人は皆、メイシン公爵家の手の者ということで合っているかしら?」

「ご名答。まぁ、すべて母上の指示ですがね。母上も喰えない方ですから。ティアナの計画が、万事すべて上手く行くように張り切って準備していましたね。それは、もう楽しそうに」

 黒い笑みを浮かべ、張り切るおばさまの顔が脳裏をよぎり、背が震える。

 おばさまは、どれほどの情報を掴んでいるのかしらね。
 私が、侍女ティナに化けて動いていたこともご存知だった。もしかしたら、バレンシア公爵家の闇についても、そしてオリビア様の死の真相までも、掴んでいるとしたら。
 すべてを知った上で、表舞台には出ず、裏方に徹している理由は、いったい何かしらね。

 おばさまの裏の顔はいくつあるのかしら?
 
 社交界の華と言われ、貴族女性のトップとして長年君臨してきたメイシン公爵夫人。
 絶対に敵に回してはいけない御方よね。

「そうですか。では、ミーシャ様の元への案内人は、さしずめ、私の知る誰かかしら?」

「おや? 勘がよろしいことで。そろそろ現れる頃でしょうか」

 タッカー様の声に呼応するかのように、音もなくスッと一人の男が舞いおり、片膝をつく。

「やっぱり。久しぶりね、リドル。エルサは元気よ」

「お久しぶりです、ティナ様……、いいえ、ティアナ王妃殿下。妻と良い関係が築けているようで、夫としても嬉しい限りです。ただ、エルサがぼやいていましたよ。王妃殿下は、人遣いが荒いと」

「いやねぇ、人遣いが荒いだなんて。私は気晴らしに、ちょっとお使いを頼んだだけよ」

「ふふふ、なかなか面白い情報をお望みだったようで。バレンシア公爵家の前妻、オリビア様のことを色々と……、そして、ルドラ様の――――」

「リドル、それ以上は契約違反よ。口は禍の元と言うでしょ。エルサが可愛いければ、わかっているでしょ」

「おぉぉ、正面切って脅しをかけられるとは。やはり、ティナ様はただのお飾りではないですね。私の主人が欲しがるわけ……」

「リドル、口がすぎるぞ!」

「おぉっと、これも秘密でした」

 くくく、と笑みを浮かべるリドルを見つめ、喰えない男だと思う。深入りすれば、骨の髄まで喰われると頭の中で警告音が鳴り響く。

「まぁ、おしゃべりはこのくらいにして、本題に入りましょうか。では、案内人さん、ミーシャ様のところへ連れって行ってくださるかしら?」

「仰せのままに、王妃殿下」

 洗練された礼をし、踵を返したリドルの背を見つめ、言葉を紡ぐ。

「そうそう、タッカー様。ここからは、私、一人で行きますわ」

「しかし、危険では……」

「ふふふ、女には、女の戦い方がありますのよ」

 くるっと回り、タッカー様の唇に人差し指を当て、にっこりと笑みを浮かべる。

「……だから、タッカー様は、ダメよ。ここでお待ちになって」

 瞳を丸くしこちらを見つめるタッカー様を残し、踵を返したリドルの後に続き、決戦の地への一歩を踏み出した。

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