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最強植物ドクダミ
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一瞬で目を奪われた。
赤毛の狼など見たことがなかったのだ。男達を踏みつけ悠然と立つ姿は、息を呑むほどに美しかった。
腰が抜けへたり込んでしまった私を一瞥し、緋色の狼は、踏みつけにしている男に噛みつき、肉を引き裂く。断末魔の悲鳴をあげる仲間を見て、周りで臨戦態勢に入っていた男達が、いっせいに飛びかかるが、敵うはずもない。次々と、蹴散らされ、木々へと吹っ飛ばされ、倒れていく。
――助かったのだろうか?
そんな希望的観測を抱いてしまう程には、緋色の狼の立ち回りは見事だった。
「おい。お前……」
静寂を取り戻しつつあった森に、ドスの利いた声が響く。背を震わすほどの威圧に、声を出すことが出来ない。
口元から血を滴らせ、ぎらつく瞳でこちらを振り向いた時、助けてくれるという希望は捨て去った。
所詮は、狼も肉食獣だ。草食獣の自分を助けるなどあり得ない。獲物を横取りしただけと言う可能性の方が高いだろう。
今度こそ万事急須だ。
ゆっくりとこちらへ近づいてくる狼に、喉がゴクリと鳴る。このまま喉元を掻っ切られて絶命するのか、それともあの男達と同じように何処ぞの貴族に売られるのか。どちらにしろ、もう逃げることは不可能だろう。ただ不思議なことに、この緋色の狼になら、殺されてもいいと、心の奥底で感じていたのも事実だった。
あぁ、このまま死ぬのか……。短い人生だった。
「おい、聞いているのか? ここにいるのは危ない。だから、逃げるぞと言ったのだが」
「へ? 逃げる?」
「そうだ。ちっ……まずいな。咥えるぞ!」
「えっ……えぇぇぇぇぇぇ!!!!」
叫ぶと同時に首根っこを咥えられ、宙高く舞い上がる。そして、あっと言う間に、周りの景色が疾風の如き速さで、変わっていった。
通り過ぎて行く風が痛いと感じた事はあっただろうか? それほどのスピードで駆ける事が出来る狼という生き物は、この国の頂点に相応しい存在だ。
圧倒的な存在感を放つ狼が、こんな得体の知れない森になぜいるのだろうか?
そんな疑問も、急激に落ちたスピードに意識が削がれ、闇の彼方へと消える。
地面へと降ろされ、周りを見ると、洞窟の入り口に連れて来られたようだ。
この中で、喰われるか、売り飛ばすまで監禁されるか。どちらにしろ、禄な事にはならないだろう。
恐怖が背を震わせ、喉がゴクリと鳴る。
緋色の狼は、背後に佇み、無言の威圧を放っている。これは、この中へ入れと言っているのだろうなと考えつつ、無駄な抵抗はせず一歩を踏み出す。
その時だった、背後で『ドサッ』と音が鳴る。反射的に振り向いた先で見た物に仰天した。
「えっ……」
さっきまで、威圧的な存在感を放っていた緋色の狼が倒れているではないか! しかも、腹から血を流して。
「えっ、えっ、えっ……ど、どうしました!!」
私の叫びにも、荒い呼吸を繰り返すばかりの狼は応えない。腹から血を流し倒れた狼は、誰が見ても瀕死の状態だと分かる。
これは、チャンスなのではないか?
このまま、この場から逃げても狼は追っては来れないだろう。ただ、私が立ち去れば、緋色の狼は助からない。そんな予感がする。
「あぁぁぁ、もう!!!!」
自分のお人好し加減に悪態を吐きながら、血を流し横たわる狼に駆け寄る。
自分の身体の何倍もある大きさの狼の腹を探り、傷口を探すと、出血の割には傷の深さは浅い。この程度の傷で、巨大な狼が倒れるとは考えにくい。
「――毒か」
思い至った考えに、舌打ちする。武器の刃に毒でも塗ってあったのだろう。今になり、効いてきたという事は遅効性の毒の可能性が高い。
厄介だ。
さて、どうしたものか? 森に入るのに持って来た物は、応急処置が出来る僅かな道具のみだ。包帯に、ハサミに、あて布、ドクダミチンキ……
「ドクダミ!! これだ!」
ドグダミが得体の知れない毒に効くかはわからない。ただ、アルスター王国のドクダミは、私が知っているモノとは違う。サイズが大きいうえに、匂いもキツい。もしかしたら、効き目も通常より高いのかもしれない。
試してみる価値はある。幸運な事に、この森にはそこら中にドクダミが生えている。
小走りに草むらへと入り、辺りを見回せば目的の物はすぐに見つかった。ドグダミの茎を数本切り落とし、すぐに狼の元へと取って返すと、背負っていたバッグの中身を地面へとぶちまけ、その中からドクダミチンキと滑した皮を手に取る。そして、その上に切り取った葉を置き、石ですり潰し始めた。
すり潰した葉とドクダミチンキを少しずつ混ぜていけば、深緑色のペーストが出来上がり、ドクダミ独特の匂いが、より強烈に立ち上る。
流石に、これはキツいな……。日常的にドクダミを扱っている自分ですら鼻が曲がりそうに臭い。ただ、今は匂いなど気にしている場合ではない。毒が回り始めている状況では、一刻の猶予もない。
大量のドクダミペーストを塗りたくった布を手に持ち、横たわり荒い呼吸を繰り返す狼に近づく。すると、匂いがキツかったのか唸り声を上げ威嚇される。ただ、そんな事に構っている余裕はない。
「狼さん! いいですか。今、あなたは死ぬか生きるかの瀬戸際にいます。いい子ですから、この臭い湿布を我慢してください。これを傷口に塗布しなければ、間違いなくあなたは死にます。死にたくないなら、威嚇せず大人しくしてください。私は、医者です!」
威嚇をやめた狼の様子を認め、手に酒瓶を持つ。
「ちょっと、痛いですが我慢してくださいね!」
酒を口に含み、傷口に吹きかける。消毒用に持って来た度数の高いアルコールだ。かなり染みるのか、狼の口から唸り声が上がるが、それ以上の抵抗はされない。本人もわかっているのだろう。死期が近いことを。
段々と浅くなる呼吸に焦りだけが募っていく。
ドクダミペーストがどこまで効果を発揮してくれるか?
手早く傷口にドクダミペーストを貼り付け、あらかじめ割いておいた布で固定していく。これで、止血は出来るが、ドクダミが体に回り始めた毒をどこまで無毒化してくれるかは、神のみぞ知ると言ったところだ。
あとは、水筒に入っているドクダミ茶を飲ませてみるか……
赤毛の狼など見たことがなかったのだ。男達を踏みつけ悠然と立つ姿は、息を呑むほどに美しかった。
腰が抜けへたり込んでしまった私を一瞥し、緋色の狼は、踏みつけにしている男に噛みつき、肉を引き裂く。断末魔の悲鳴をあげる仲間を見て、周りで臨戦態勢に入っていた男達が、いっせいに飛びかかるが、敵うはずもない。次々と、蹴散らされ、木々へと吹っ飛ばされ、倒れていく。
――助かったのだろうか?
そんな希望的観測を抱いてしまう程には、緋色の狼の立ち回りは見事だった。
「おい。お前……」
静寂を取り戻しつつあった森に、ドスの利いた声が響く。背を震わすほどの威圧に、声を出すことが出来ない。
口元から血を滴らせ、ぎらつく瞳でこちらを振り向いた時、助けてくれるという希望は捨て去った。
所詮は、狼も肉食獣だ。草食獣の自分を助けるなどあり得ない。獲物を横取りしただけと言う可能性の方が高いだろう。
今度こそ万事急須だ。
ゆっくりとこちらへ近づいてくる狼に、喉がゴクリと鳴る。このまま喉元を掻っ切られて絶命するのか、それともあの男達と同じように何処ぞの貴族に売られるのか。どちらにしろ、もう逃げることは不可能だろう。ただ不思議なことに、この緋色の狼になら、殺されてもいいと、心の奥底で感じていたのも事実だった。
あぁ、このまま死ぬのか……。短い人生だった。
「おい、聞いているのか? ここにいるのは危ない。だから、逃げるぞと言ったのだが」
「へ? 逃げる?」
「そうだ。ちっ……まずいな。咥えるぞ!」
「えっ……えぇぇぇぇぇぇ!!!!」
叫ぶと同時に首根っこを咥えられ、宙高く舞い上がる。そして、あっと言う間に、周りの景色が疾風の如き速さで、変わっていった。
通り過ぎて行く風が痛いと感じた事はあっただろうか? それほどのスピードで駆ける事が出来る狼という生き物は、この国の頂点に相応しい存在だ。
圧倒的な存在感を放つ狼が、こんな得体の知れない森になぜいるのだろうか?
そんな疑問も、急激に落ちたスピードに意識が削がれ、闇の彼方へと消える。
地面へと降ろされ、周りを見ると、洞窟の入り口に連れて来られたようだ。
この中で、喰われるか、売り飛ばすまで監禁されるか。どちらにしろ、禄な事にはならないだろう。
恐怖が背を震わせ、喉がゴクリと鳴る。
緋色の狼は、背後に佇み、無言の威圧を放っている。これは、この中へ入れと言っているのだろうなと考えつつ、無駄な抵抗はせず一歩を踏み出す。
その時だった、背後で『ドサッ』と音が鳴る。反射的に振り向いた先で見た物に仰天した。
「えっ……」
さっきまで、威圧的な存在感を放っていた緋色の狼が倒れているではないか! しかも、腹から血を流して。
「えっ、えっ、えっ……ど、どうしました!!」
私の叫びにも、荒い呼吸を繰り返すばかりの狼は応えない。腹から血を流し倒れた狼は、誰が見ても瀕死の状態だと分かる。
これは、チャンスなのではないか?
このまま、この場から逃げても狼は追っては来れないだろう。ただ、私が立ち去れば、緋色の狼は助からない。そんな予感がする。
「あぁぁぁ、もう!!!!」
自分のお人好し加減に悪態を吐きながら、血を流し横たわる狼に駆け寄る。
自分の身体の何倍もある大きさの狼の腹を探り、傷口を探すと、出血の割には傷の深さは浅い。この程度の傷で、巨大な狼が倒れるとは考えにくい。
「――毒か」
思い至った考えに、舌打ちする。武器の刃に毒でも塗ってあったのだろう。今になり、効いてきたという事は遅効性の毒の可能性が高い。
厄介だ。
さて、どうしたものか? 森に入るのに持って来た物は、応急処置が出来る僅かな道具のみだ。包帯に、ハサミに、あて布、ドクダミチンキ……
「ドクダミ!! これだ!」
ドグダミが得体の知れない毒に効くかはわからない。ただ、アルスター王国のドクダミは、私が知っているモノとは違う。サイズが大きいうえに、匂いもキツい。もしかしたら、効き目も通常より高いのかもしれない。
試してみる価値はある。幸運な事に、この森にはそこら中にドクダミが生えている。
小走りに草むらへと入り、辺りを見回せば目的の物はすぐに見つかった。ドグダミの茎を数本切り落とし、すぐに狼の元へと取って返すと、背負っていたバッグの中身を地面へとぶちまけ、その中からドクダミチンキと滑した皮を手に取る。そして、その上に切り取った葉を置き、石ですり潰し始めた。
すり潰した葉とドクダミチンキを少しずつ混ぜていけば、深緑色のペーストが出来上がり、ドクダミ独特の匂いが、より強烈に立ち上る。
流石に、これはキツいな……。日常的にドクダミを扱っている自分ですら鼻が曲がりそうに臭い。ただ、今は匂いなど気にしている場合ではない。毒が回り始めている状況では、一刻の猶予もない。
大量のドクダミペーストを塗りたくった布を手に持ち、横たわり荒い呼吸を繰り返す狼に近づく。すると、匂いがキツかったのか唸り声を上げ威嚇される。ただ、そんな事に構っている余裕はない。
「狼さん! いいですか。今、あなたは死ぬか生きるかの瀬戸際にいます。いい子ですから、この臭い湿布を我慢してください。これを傷口に塗布しなければ、間違いなくあなたは死にます。死にたくないなら、威嚇せず大人しくしてください。私は、医者です!」
威嚇をやめた狼の様子を認め、手に酒瓶を持つ。
「ちょっと、痛いですが我慢してくださいね!」
酒を口に含み、傷口に吹きかける。消毒用に持って来た度数の高いアルコールだ。かなり染みるのか、狼の口から唸り声が上がるが、それ以上の抵抗はされない。本人もわかっているのだろう。死期が近いことを。
段々と浅くなる呼吸に焦りだけが募っていく。
ドクダミペーストがどこまで効果を発揮してくれるか?
手早く傷口にドクダミペーストを貼り付け、あらかじめ割いておいた布で固定していく。これで、止血は出来るが、ドクダミが体に回り始めた毒をどこまで無毒化してくれるかは、神のみぞ知ると言ったところだ。
あとは、水筒に入っているドクダミ茶を飲ませてみるか……
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