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青い死痕 ①
開け放たれた扉から漂う空気の冷たさと独特の匂いに身が震える。レベッカは闇に包まれた空間が何処なのか、本能的に察していた。
「死体安置所、違いますか?」
「ご明察。あまり驚いていないようだけど……、以前にも来たことが?」
「いいえ。ただ、同じような場所には、一度だけ」
「そう。シャロン男爵家の頭脳、前男爵のお孫さんなだけはあるね。初デートが、死体安置所なんて、素敵だろう」
「女性を口説くには、最低な場所ですけどね」
「はは、それもそうだね」
ニヤッと笑うエリアスを見て、この男の得体の知れなさに違う意味でレベッカの背に悪寒が走る。
(よっぽど、幽霊の方が怖くないわね)
レベッカは失礼なことを考えながら、エリアスの意図に考えをめぐらす。
祖父の名前が出てきたことに驚きはしたが、この場所に安置されている遺体が、『精果草』に関わっているのなら、彼が祖父の名前を出したのも頷ける。
「エリアス様、わたくしに見せたいのは『青の死痕』ではありませんか?」
「――っ、すごいね。見せる前から推察するなんて、頭の良いお嬢さんは、話が早くていい。そうだよ、レベッカ。君に見せたかったのは、精果草による中毒死と思われる死体さ」
「しかし……、精果草は国で帳簿管理されています。死痕が現れるほどの量を摂取するとなると、口から体内に入れるしかありませんわ。ただ、精果草の経口摂取は認可されていなかったはず――、まさか!?」
横領の二文字が頭に浮かび、レベッカの顔が青ざめる。
「くくく、違うよ。横領ではないから安心して。精果草の出入帳簿と実在庫は厳密に管理されているし、現時点での差異はない。それに、ここに安置されている死体は、全て平民女性なんだ」
エリアスの言葉が俄には信じられない。
精果草の医療転用品は高額で、平民がおいそれと手には出来ない代物なのだ。しかも、医療用に使用されている精果草は中毒症状が出ない最小量のみ。死に至らしめるほどの精果草を平民女性が入手出来たとは考えにくい。
「エリアス様、揶揄うのはおやめください。死ぬほどの量の精果草なんて、手に入らない。その死痕も青アザか何かでは?」
「そう言うと思って、ここまでご足労願ったんだよ。レベッカ、死体を見る勇気はある?」
レベッカの喉がゴクリと鳴る。
幼い頃の記憶がよみがえり、レベッカの身体が小刻みに揺れ出した。
様々な経験をしてきたが、どうしても慣れないものもある。精果草の研究を手伝いたいと、祖父へ言ったレベッカへと架せられた試練。それは、精果草によって中毒死した者の死体を見ることだった。
祖父がまだ生きていた頃、精果草の管理は今よりも厳密には行われず、平民街の裏界隈では催淫効果を求め違法取引が行われていた。そのため、毎日のように中毒死した死体が、平民街の安置所に運ばれ祖父は検死をするために呼び出されていたのだ。
なぜ祖父が、まだ年端もいかない幼いレベッカに過酷な試練を与えたのか、いまだにわからない。
しかし、祖父が残した一冊のノートに記されていたリシャールへと宛た手紙を見つけたとき、なんとなくその理由を理解した。
誰よりも愛していた『リシャール』が精果草の中毒で死んだ時、祖父の中で精果草は憎むべき相手となったのだろう。だからこそ、生半可な気持ちで精果草の研究に手を出して欲しくなかった。
ただ、祖父の本当の気持ちを悟るにはレベッカはまだ幼過ぎた。祖父の制止を振り切り、遺体安置所で見た死体の惨さに、レベッカはその場に倒れた。
あの日以来、レベッカが遺体安置所に近づくことはなかった。しかし、精果草の中毒死が疑われる事案から逃げ出すことは出来ない。
祖父から、精果草の研究を託されたときに誓ったのだ。
シャロン家の悲願。
精果草の解毒薬を必ずつくる、と。
中毒死した遺体を見る機会など、今の世ではほぼ出来ない。生の被検体を見るチャンスなど、もうないだろう。
頭の中を、あの日見た『青い花の死痕』がよぎる。忘れたくても、忘れられなかった光景が脳裏をくるくると回り吐き気すらする。
ただ、覚悟を決めたレベッカは逃げない。
「えぇ、もちろん。拝見させて頂きますわ」
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