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良心の裏に隠された真実 ①
エリアスの発言に、レベッカは言葉が出ない。
(おじさまに限って、そんなはず……)
栗色の髪に口髭を生やし、柔和な笑みを浮かべるニールズ伯爵の顔を思い浮かべ、心臓が嫌な音を立て走っていく。
ニールズ伯爵家において、彼だけはレベッカに礼節を持って接してくれていた。それが、見せかけの嘘だったとでもいうのだろうか。
「信じられないわ……」
「確かに、温厚で諍いを好まないニールズ伯爵の人柄からは想像出来ないね。ただ、精果草の密売に関する情報は確かな筋からのものだ。ニールズ伯爵は限りなく黒に近い」
今までのエリアスの発言を鑑みれば、彼が精果草中毒事件を調べているのは間違いない。もしかすると、捜査の陣頭指揮を取っている可能性もある。
そうだとすれば、ニールズ伯爵が精果草密売に関与している可能性は高い。
レベッカはエリアスが言う『婚約破棄方法』が何かに、気づいてしまった。
「エリアス様、理解出来ましたわ。セイン様との婚約を解消する方法――――、それはニールズ伯爵家の取り潰しでございますね」
「……正解」
壁に背をあずけ立つエリアスの目が、楽しげに笑う。
(悪趣味だこと……)
セインの言動のせいで悪女と評判は地に落ちたが、ニールズ伯爵家が没落するような事態を望んでいたわけではない。
レベッカの心の中に、なんとも後味の悪い思いが広がっていく。
「おや? 不本意な顔をしているね。レベッカはセインとの婚約破棄を望んでいたのではなかったの?」
「えぇ、もちろん。今すぐにでも破棄出来るものならそうしたい。ただ――」
「――ただ、ニールズ伯爵家が没落するのは後味が悪いと」
「はい……、ニールズ伯爵には、親切にしていただきましたから」
ニールズ伯爵家を訪ねるたびに客間に放置され、お茶の一つも出て来ないレベッカに一番に気づき世話を焼いてくれたのがニールズ伯爵だった。
当主自らお茶とお菓子を振る舞ってくれ、セインが来るまでの数時間、話し相手になってくれたこともあった。
セインに恨みはあっても、ニールズ伯爵に恨みはない。だからこそ、胸が痛い。
「くくく、お優しいことで。そんなお子さまでは、セインと婚約破棄出来たとしても、他の貴族家に搾取され続ける人生を送るだろうね」
「なんですって!?」
「だって、そうだろう。君は、ニールズ伯爵が、ただの人の良いおじさんだと思うかい?」
「えっ?」
「考えてもみなよ。貴族社会は、『良心』だけで生きられる世界じゃない。柔和な笑みの裏に、ドス黒い感情を隠しているのではないかと、思ったことはないかい?」
柔和な笑みで隠した裏の顔。レベッカの脳裏に、ニールズ伯爵家を訪ねるたびに感じていた違和感がよぎる。
客間に通されたきり放置される時間。
現れないメイド。
お茶とお菓子を手に現れる当主。
すべてセインの嫌がらせだと思っていた。しかし、その考えが間違っていたのだとしたら。
思い至った答えに背筋が凍る。
「やっと、理解したみたいだね。レベッカ、君とセインとの婚約には、様々な思惑が絡んでいる。シャロン男爵家に首輪をつけておきたい王家の思惑、そして古参の宮廷貴族でありながら家計は火の車のニールズ伯爵家の思惑。どちらも、シャロン男爵家を手中におさめたい。両者の利害が一致して、君たちの婚約は成立した」
「つまりは、ニールズ伯爵にとってシャロン男爵家は金蔓ということですね」
「あぁ、だからレベッカ、君がいくら悪女を演じようともニールズ伯爵家からの婚約解消はありえない。そして、王命に逆らいシャロン男爵家から婚約解消を申し出れば、精果草の独占管理は出来なくなる。ニールズ伯爵家が没落する以外に、レベッカがセインから逃れる方法はない」
エリアスの発言が正しいことは理解している。ただ、心が追いつかないのだ。
ニールズ伯爵家で唯一の良心だと思っていた相手が、真っ黒な心を隠し持っていたなんて、もう何を信じていいのかもわからない。
レベッカは項垂れ、その場へとへたりこむ。
「まぁ、貴族社会なんて汚いものさ。笑顔を貼りつけ、心では汚い感情を抱いているなんて、ざらにある。早めに気づいてよかったと思うべきじゃないかな」
見上げた先のエリアスの顔は、優しげな色を浮かべていた。
(そうね……、早めに気づけて良かったのかもしれない)
「エリアス様、お気遣い感謝致します。では、わたくしはニールズ伯爵家の没落を待っているだけで、よいのですね」
エリアスの口ぶりからも、ニールズ伯爵が捕まるのは時間の問題だろう。それなら、悪女を演じる必要もなく、病気療養中と偽って研究棟にこもればいい。
(大っ嫌いなセインにも会わずに済むし、研究三昧で幸せな日々の始まりではないの!)
明るい展望に、レベッカの頬が喜びから緩んでいく。しかし、次に降ってきたエリアスの爆弾発言によって、レベッカの楽しい未来は木っ端微塵に弾け飛んだのだった。
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