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家族の優しさ ①
「レベッカ、いい加減にしなさい!! なんですか、その姿は!! もう何日お風呂に入っていないの。臭いったらありゃしない!!」
研究棟の一室、仮眠のためだけに存在する殺風景な部屋に響き渡った母の怒号に、布団にくるまりベッドの上で小さくなっていたレベッカの身体は、数センチ跳ね上がった。
エリアスに振られ、食事も摂らず研究棟に引きこもって三日、母の堪忍袋の緒が切れたらしい。
無理やり布団を引っぺがされ、風呂場へと強制連行されたレベッカは、頭から容赦なく湯をかけられ、洗濯物よろしく母手ずからゴシゴシと髪と身体を洗われていた。
「男に振られたからって何ですか!! くよくよ泣くくらいなら、自分磨きに精を出しなさい。男の一人や二人侍らすくらい己を磨き見返してやんさない!!」
母の言葉とともに湯を頭からバシャっとかけられる。何にでも豪快な母らしい慰め方に、レベッカはクリスと笑った。
(男の一人や二人か……)
セインとの婚約はまだ破棄されていないというのに、レベッカが男に振られたと気づいている。
婚約者がいながら他の男に目移りしたことを責めるのではなく、男に振られたくらいで引きこもる己の弱さを叱咤する母には感謝しかない。
何年経っても、何歳になっても自分は母には勝てないなと、母の懐の深さに感謝しつつ、レベッカは容赦ない叱咤激励を甘んじて受ける。
「まぁ、レベッカの気持ちもわかるしね。あなた、あの青い花を持って来ていた彼に恋してたんでしょ?」
レベッカは母の言葉にコクンと頷く。
「レベッカの初恋かしらね」
「初恋?」
「初恋だったんでしょ、銀髪の彼が」
「……、よくわからない」
嘘だ。エリアスが初恋だったとわかる。
一緒にいるだけで胸が高鳴り、会える日を心待ちにしてしまう。身体が浮いてしまうんじゃないかと錯覚するくらい心が弾む。
セインには感じたことがない幸福感を恋と呼ぶなら、エリアスがレベッカの初恋だったのだろう。
「ふふふ、何言っているの。銀髪の彼に会う日は、何度も鏡を見て髪をとかして、それで気づかない方がおかしいわよ」
「私、そんなに分かりやすかった?」
「えぇえぇ。分かりやすかったわよ、だからセイン様との結婚をレベッカは望んでいないと気づけたんだけどね」
眉尻を下げ、優しい笑みを浮かべる母の顔を見上げる。
「ごめんなさいね。ずっとシャロン家のために我慢していたんでしょ?」
「だって王命だもの、断れないってわかっていたし」
「そうね、王命に背くのは難しいわ。場合によっては反逆罪を課せられる可能性だってある。――でもね、レベッカの幸せに代わるものなんてないのよ」
「えっ?」
「たとえ王命だろうと関係ないわ。レベッカが望まない結婚なんて絶対にさせない」
「でも、それじゃシャロン家は王命に叛いたと取り潰される可能性だってあるのよ。シャロン家の悲願、精果草の研究だって」
「それが何だというの? 精果草の研究? あなたの幸せを犠牲にしてまで成すことではないわ。それはお爺さまも望まない」
「でも……、お父さまは」
ニールズ伯爵家の婚約が決まった時、誰よりも喜んでいた父の顔を思い出し、胸が苦しくなる。
「お父さまは許さないわ。私が結婚したくないって言ったら、きっと失望する」
「ふふふ、レベッカもまだまだね。ジェームスの態度も問題だけど……、あの人は誰よりもレベッカ、あなたの幸せを願っているわ」
「そんなの信じられない」
レベッカが研究に没頭することを誰よりも疎み、いい顔をしなかったのが父ジェームスだ。
レベッカと顔を合わせれば、やれ裁縫だ、やれ礼儀作法だと口うるさく言っていたのは母ではなく父だったのだ。
「ふふふ、本心を上手く隠してしまうところは親子よね。じゃあ、私とジェームスの馴れ初めでも話しましょうか」
研究棟の一室、仮眠のためだけに存在する殺風景な部屋に響き渡った母の怒号に、布団にくるまりベッドの上で小さくなっていたレベッカの身体は、数センチ跳ね上がった。
エリアスに振られ、食事も摂らず研究棟に引きこもって三日、母の堪忍袋の緒が切れたらしい。
無理やり布団を引っぺがされ、風呂場へと強制連行されたレベッカは、頭から容赦なく湯をかけられ、洗濯物よろしく母手ずからゴシゴシと髪と身体を洗われていた。
「男に振られたからって何ですか!! くよくよ泣くくらいなら、自分磨きに精を出しなさい。男の一人や二人侍らすくらい己を磨き見返してやんさない!!」
母の言葉とともに湯を頭からバシャっとかけられる。何にでも豪快な母らしい慰め方に、レベッカはクリスと笑った。
(男の一人や二人か……)
セインとの婚約はまだ破棄されていないというのに、レベッカが男に振られたと気づいている。
婚約者がいながら他の男に目移りしたことを責めるのではなく、男に振られたくらいで引きこもる己の弱さを叱咤する母には感謝しかない。
何年経っても、何歳になっても自分は母には勝てないなと、母の懐の深さに感謝しつつ、レベッカは容赦ない叱咤激励を甘んじて受ける。
「まぁ、レベッカの気持ちもわかるしね。あなた、あの青い花を持って来ていた彼に恋してたんでしょ?」
レベッカは母の言葉にコクンと頷く。
「レベッカの初恋かしらね」
「初恋?」
「初恋だったんでしょ、銀髪の彼が」
「……、よくわからない」
嘘だ。エリアスが初恋だったとわかる。
一緒にいるだけで胸が高鳴り、会える日を心待ちにしてしまう。身体が浮いてしまうんじゃないかと錯覚するくらい心が弾む。
セインには感じたことがない幸福感を恋と呼ぶなら、エリアスがレベッカの初恋だったのだろう。
「ふふふ、何言っているの。銀髪の彼に会う日は、何度も鏡を見て髪をとかして、それで気づかない方がおかしいわよ」
「私、そんなに分かりやすかった?」
「えぇえぇ。分かりやすかったわよ、だからセイン様との結婚をレベッカは望んでいないと気づけたんだけどね」
眉尻を下げ、優しい笑みを浮かべる母の顔を見上げる。
「ごめんなさいね。ずっとシャロン家のために我慢していたんでしょ?」
「だって王命だもの、断れないってわかっていたし」
「そうね、王命に背くのは難しいわ。場合によっては反逆罪を課せられる可能性だってある。――でもね、レベッカの幸せに代わるものなんてないのよ」
「えっ?」
「たとえ王命だろうと関係ないわ。レベッカが望まない結婚なんて絶対にさせない」
「でも、それじゃシャロン家は王命に叛いたと取り潰される可能性だってあるのよ。シャロン家の悲願、精果草の研究だって」
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