売れ残り男爵令嬢は、うたた寝王女の愛ある策略に花ひらく

湊未来

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第6章 鎖を断ち切るために【ルティア&イアン編】

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~イアン視点~

ベイカー公爵領地から王都のレッシュ公爵家へ戻って来た僕は、母上の自室を目指し歩いていた。

………遠乗りで初めて見たルティの自然な笑顔………

グルテンブルク王国に来てからも、レッシュ公爵家で過ごしていた日々もルティの笑顔は固かった。

ベイカー公爵領地で自然の中、馬で駆けた事でルティの心も本当の意味で解放されたのだろう………

リザンヌ王国でのルティは、見ているのが辛くなる程痛々しかった………

あれはいつだったか王宮で開かれた王妃主宰のお茶会だった………

沢山の紳士淑女が集まる中、王女であるルティアも参加していた。

華やかな流行のドレスに身を包む令嬢の中、流行遅れで体格に合っていない色褪せたドレスに身を包んだルティアは、とても浮いていた。

主宰者である王妃は、そんなルティの格好を見てあからさまに顔を顰め、大きな声で周りの取り巻きと話しだす………

『なんてみすぼらしい娘ですの………
仮にも王女ともあろう者があんな格好をして………
嫌だわ…胸が開いてなんて破廉恥なんでしょう。さすが、男に媚びることしか出来ない卑しい女の子供だこと………』

周りの取り巻きも口々にルティを貶める言葉を口にする。

明らかに、側妃を貶める為だけにルティを沢山の貴族の前で見せ物にした正妃の思惑だとわかるのに、その場にいる者達のルティを見る目は蔑み冷たかった。

そんな中ひとりの令嬢がルティに近づき持っていたワインをあからさまに浴びせた。頭からワインを滴らせ淡い色のドレスが赤く染まっていってもルティは笑顔を絶やさず、憤ることも、ワインを浴びせた令嬢に罵声を浴びせることもなく佇んでいた。

お目汚しをしてしまった事を正妃に詫びたルティは静かにその場を去っていく。

まるで今回の役割を果たし舞台を去る俳優のように………

ルティの目には何の感情も映されていなかった………

王宮図書館で僕と接する時の屈託さや議論を交わすときの熱のこもった瞳を持つルティはいなかった………

誰かの手で操られていた操り人形のルティが自身の手で糸を切り歩き出そうとしている。

ある決意の元、母上の自室をノックする。



『トントン』


「あらイアンどうしたのかしら?」

自室のソファに腰掛け優雅にお茶を飲んでいた母上に近づく………

「母上に聞きたい事があります。
以前僕にベイカー公爵家は本当に王家に匹敵する力を得たのか?と聞いた事がありましたね。そしてレッシュ公爵家の家系と歴史を調べてみるようにとも………」

「えぇ。そうね………」

「調べていくうちにいくつかの疑問が浮かびましてね………

『何故、グルテンブルク王家の王女はレッシュ公爵家だけに降嫁しているのですか?』

例外は母上の妹姫だったルシアンナ王女だけです。ですがルシアンナ王女も既に亡くなっている。

それともう一つ………

『王家の危機に必ず現れる古の騎士とは何ですか?その騎士団とレッシュ公爵家はどう関係しているのですか?』

王家の歴史を振り返った時、危機に必ず現れる『古の騎士団』という記載があります。その騎士団が現れる時期とレッシュ公爵家の私兵が出兵する時期は見事に重なります。そして何より内紛が起こった時、古の騎士団が支持した側が必ず次の王となっています。

『古の騎士団』とレッシュ公爵家との関係………いいえ………レッシュ公爵家へ降嫁した王女との関係は何ですか?

レッシュ公爵家へ降嫁した母上なら知っていますね!」

僕は母上の目を見つめ言い募る………

「イアン…貴方はそれを知ってどうするのですか?」

「ルティアを手に入れる切り札にします。」

どこか張り詰めた緊張感を漂わせていた母上の表情が緩む………

「そうですか………
貴方はそれ程までルティア王女を手に入れたいと言うことですね………
………わたくしも次期『薔薇の聖女』にはルティア王女しかいないと思っています。あの先見の明を持つ彼女しか………」

「薔薇の聖女ですか?」

「えぇ………
古の騎士団が唯一忠誠を誓うのは『薔薇の聖女』のみです。彼らは王家に忠誠を誓ってはいても、薔薇の聖女の指示がなければ決して動きません。つまり、『薔薇の聖女』が王を見捨てれば、時代の王は滅ぶ………
代々、『薔薇の聖女』は時代の王の監視役だったのです。」

「では………今代の薔薇の聖女は母上なのですか?」

「えぇ…そうよ………
薔薇の聖女になるのは、レッシュ公爵家に降嫁した王女か、今代のようにレッシュ公爵家に降嫁するに相応しい王女が王家にいなかった場合は、次代の薔薇の聖女を今代の薔薇の聖女が選び、レッシュ公爵家に嫁がせる決まりとなっている。」

「………でも何故他の公爵家ではなく、レッシュ公爵家なのですか?」

今の話では、『古の騎士団』を動かすことが出来る王女の降嫁は必ずしもレッシュ公爵家である必要はない………


「レッシュ公爵家は、古の公爵家なのよ………四大公爵家の中でも最も古い、王家に忠誠を誓う家なの。
今ではすっかり忘れられているけれど、貴族社会の中には古くから王家に絶対的忠誠を誓う『古の家』が多数存在するわ。でも、その事実は代々当主のみに口頭で伝えられてきた門外不出事項なの。だから、どの家が『古の家』なのか知るのは王族のみ………いいえ、公爵家へ降嫁した第一王女のみなの。
そしてその家から輩出される者達で結成される軍隊………それが『古の騎士団』よ。それを代々まとめ上げ管理し監視して来たのがレッシュ公爵家当主だった。
レッシュ公爵家当主は『薔薇の聖女』の夫であり副官でもある………
だからレッシュ公爵家の夫婦の結びつきはとても強い。
この国で唯一王家を潰す事が可能なのは『薔薇の聖女』を娶ったレッシュ公爵家のみなのよ。」


母上から聞かされるレッシュ公爵家の秘密は衝撃的なものばかりだった………

四大公爵家の中でもレッシュ公爵家当主は昔から王城の役職の中でも地味な、貴族の領地の把握や財務関係を調査する部署の長官を担っている。

確かに王城の仕事の中では地味で目立たない部署であるが、『古の騎士団』をまとめ監視してきたレッシュ公爵家にとっては、貴族各家の領地や財務状況を把握するのは、『古の家』を監視し忠誠を誓わせるには最適な場所だ。
………裏切った家に即制裁を加える事が出来るだけの情報を握っている事になる。

そして、今まで疑問だった『何故、父上は王城の派閥争いに関与せず中立を保っているのか?』という事も理解した。

王家を監視する立場の『薔薇の聖女』を妻としたレッシュ公爵家当主は、中立な立場でないと王家の危機に正確な判断を下すことが出来ない。

正しい意味でグルテンブルク王国が恙無く発展出来るように見守る最後の砦なのだ………

次期レッシュ公爵家当主になる者として母上の話を聞き、身が引き締まる思いがした。

「イアン………今後のグルテンブルク王国の発展の為にも先見の明を持つルティア王女が次代の『薔薇の聖女』になる事は不可欠です。
………何としてでもルティア王女をレッシュ公爵家の花嫁として迎えなさい。
但し、わたくしが話した事はルカ王太子に話すことは許しません。
………わたくしが話した事はです………」

「わかっています………母上………
母上が話した事は……ですね………」

僕は母上の自室を退室し、ルカ王太子への反撃の機会をどうするか考えていた。





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