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第6章 鎖を断ち切るために【ルティア&イアン編】
閑話 マリアンヌ公爵夫人の策謀
しおりを挟む『何があろうと第一王女はレッシュ公爵家へ降嫁しなければならない。それが第一王女として生まれたわたくしの宿命だった………』
イアンが退室した自室でひとり私は物想いに耽っていた。
そういえば…ジョージに会って恋するまでは生まれてすぐレッシュ公爵の子息と婚約を結んだ事実に憤っていたものだ。
幼い頃の淡い思い出が過ぎる………
王城でたまに会うジョージに恋をし、レッシュ公爵家の子息で婚約者と知り舞い上がった日………
ジョージの愛する人が妹のルシアンナと勘違いし嫉妬で狂いそうだった日々………
そして…ジョージの本当の気持ちを知った日………
初めて『薔薇の聖女』になれて良かったと感じた………
イアンにも私と同じように愛する人と生涯を共にしてもらいたい。
今までイアンの婚約者を選ばずに本当に良かった………
………ルティア王女を縛るリザンヌ王国の鎖………必ず断ち切ってみせる………
使えるものは人でも権力でも何でも使いましょう………
私は陛下への私的な手紙をしたため、執事に王城へ届けるように命じた。
………数日後………
「陛下、この度のお目通り誠にありがとうございます………」
陛下の私室に通され久々に会うお兄様に丁寧なカーテシーをとる。
「マリアンヌ…久しぶりだな!元気にしておったか?
そんな他人行儀な挨拶は要らぬから、こっちへおいで………」
昔からお兄様は妹達に甘く、両親よりも大切にしてくれていた。それは私がレッシュ公爵家へ降嫁してからも続き、ルシアンナが亡くなってからは、私のみに注がれる愛情は溺愛と言っていい程だった。
「突然マリアンヌから会いたいなどと手紙で寄越すものだから心配したぞ………
元気そうで何よりだ………
ところでどうしたのだ?………まさか、ジョージと喧嘩でもしたのか?
離縁したかったらいつでも王城に戻って来ていいんだぞ!」
「陛下!お待ちください‼︎
ジョージとの仲はすこぶる良いので何も心配いりませんわ!」
「………なんだ…つまらない………
ではどうしたのだ?何かお願い事があるのか?
マリアンヌの頼みなら何でも聞くぞ!」
相変わらずの兄上の反応に半眼になってしまう………
………この私に対する溺愛がなければ賢王と名高いグルテンブルク王に死角はないのに………
私とルシアンナが公爵家へ降嫁した時は大変だった。
まだ王太子だった兄上の執務は膨大だったにも関わらず一週間部屋に籠り出て来なかった。
当時王太子妃だった王妃様に説得され、半ばお尻を叩かれやっと執務を開始したくらいだった。
「陛下………『薔薇の聖女』として申し上げます。そろそろ妹離れなさいませ………
さもないと見捨てますよ!」
「………そんなぁ…マリアンヌ………」
いい年した大人が、目の前で崩折れる姿はなんとも情けない………
私はそんな兄上を放置し話を続ける………
「陛下…わたくし次代の『薔薇の聖女』を決めましたの………
レッシュ公爵家次期当主であるイアンの相手はルティア王女殿下以外考えられませんわ。」
項垂れていた兄上が姿勢を但し、真剣な面持ちでこちらを見つめる。
「それは…次代の『薔薇の聖女』にルティア王女を選ぶということか?」
「はい………彼女の先見の明は次代の『薔薇の聖女』に相応しい。必ずやグルテンブルク王国の発展に貢献する力となるでしょう。」
「しかし………
ルティア王女が『薔薇の聖女』となり『古の騎士団』を動かす力を有すれば、リザンヌ王国が我が国を侵略する可能性が出てくる………
我が国を危機に陥れる可能性を秘めた結婚を許可する事は出来ない。」
「陛下…大丈夫ですわ………
ルティア王女殿下は絶対にリザンヌ王国の言いなりにはなりません。それどころかリザンヌ王国が滅べばよいと考えているかもしれません。あの方はとても不遇な人生を歩まれています。幼い頃から虐げられて育ったせいか初めてお会いした時はどこか他人に媚びるような、人の顔色を伺うような…生き抜くために必死なのに諦めに似た空虚な印象を持つ不思議な方でしたわ。あの頃のルティア王女ではリザンヌ王国の意向で我が国の敵にも味方にもなる可能性を秘めていた。もちろんあの状態では『薔薇の聖女』には到底推挙できません。」
「なら何故…お前の考えが変わったのだ?私の考えでは、ルティア王女はベイカー公爵家のリドルに娶らせるつもりでおったが………
リザンヌ王国のバックに『古の騎士団』が付くよりはマシだしなぁ………」
………相変わらず最後まで話を聞かないんだから………
「陛下…いつも話は最後まで聞くように申しておりますでしょう………」
「あ…あぁ………すまん………」
私の人睨みで兄上は押し黙る………
「ルティア王女殿下はイアン自ら見つけ出し望んだ方だったからですわ………
あの子は昔から自身よりも優れた能力を持つ者にしか興味を示しません。そのイアン自らが連れ帰った女性………
それだけで興味を持ちましたわ。どんな素晴らしい女性なのかとね。その能力が先の情勢を読む『先見の明』だと知った時、次代の『薔薇の聖女』に相応しいか見極める事にしました。
ルティア王女殿下とイアンはお互いを必要とし愛し合っておりますわ………
愛を知らなかった頃の全てを諦めた王女殿下はもういません。政略結婚と言う名のリザンヌ王国の思惑にイアンと共に立ち向かおうとしております。
それ程までにふたりが愛し合い自らの意思でリザンヌ王国という鎖から解き放たれようともがいている今のルティア王女こそ次代の『薔薇の聖女』に相応しい方と存じます。」
「………そうか………
ルティア王女とイアンは愛し合っておるのか………
お前がレッシュ公爵家へ降嫁した時のようだな………
『薔薇の聖女とレッシュ公爵家の当主は愛という名の強い結びつきを必要とする』
初めて聞いたとき政略結婚が当たり前の貴族社会で、何て馬鹿げた決まり事かと思ったが………
『薔薇の聖女』に絶対的忠誠を誓う『古の騎士団』を維持するには最も不可欠な決まり事だったのだな。」
レッシュ公爵家当主の妻に対する絶対的な愛こそが、『薔薇の聖女』への『古の騎士団』の忠誠に繋がる………
私はジョージとの結婚式前夜を思い出していた。
私の前に跪き、『薔薇の聖女』たる証の指輪に口づけ私に誓ったジョージの言葉を………
『生涯を貴方と共に………』
「お前が認めたなら次代の『薔薇の聖女』はルティア王女なのだろう………
ルティア王女とイアンの婚約を認めるとしよう………」
「………ふふふ…あとは二人がどうリザンヌ王国を説得するのか楽しく見物しましょう~お兄様❤︎」
久々のマリアンヌからのお兄様呼びに鼻の下を伸ばした陛下と艶然と微笑みお茶を飲むマリアンヌの楽しい会話は続いた。
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