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練習試合という名のお見合い
しおりを挟む「あら? 珍しいわね。いつも以上に令嬢方が多いわ」
円形状に配置された闘技場の観客席の一番上に配置された王族専用の個室へと入ったリリアは、闘技場を見渡し、そんなことを口にする。
「それはもう、今日は月に一度の練習試合でございますから」
「あぁ~、そう言うこと……」
近衛騎士団の練習見学を毎日の日課にしているリリアはすっかり忘れていた。月に一度の練習試合という名の婿探しイベントを。
近衛騎士団に所属しているのは、貴族家の次男坊、三男坊が圧倒的に多い。家督が継げない彼らにとって騎士団は己の地位向上や名声をあげる場所でもある。そして、月に一度の練習試合は白熱した騎士の試合を見られるだけではない。令嬢方ないしは、娘を持つ夫人に己をアピールし、あわよくば婿にと様々な思惑が重なり、異様な盛り上がりを見せる。
「それにしても、いつもの練習試合より人が多いのではなくって?」
「あぁ、それはですね……。リリア様、あちらをご覧ください」
ハンナの手が示す方へと視線を移せば、見知った顔が見えた。
「え? 今日の剣技会、カイン様も参加されるの?」
「それは、そうでございましょう。なにしろ、主催者ですから」
「あっ……」
リリアは、すっかり忘れていた。今日が、王太子主催の剣技会だったということを。
「その様子ですと、忘れていましたね。まぁ、何の問題もございませんが」
ジト目でリリアを見つめるハンナの視線から逃げ、わざと明るい声をリリアはあげる。
「あら! やだぁ、良く見るとハインツ様もいるじゃない。うそぉ! 近衛師団隊長のカイル様に、副隊長のルイ様まで。王城の四大美丈夫が揃い踏みだなんて、通りでいつもよりご令嬢が多いわけね」
「えぇ、王太子殿下はともかく、ハインツ様が練習試合に参加されること事態、あり得ない光景ですから」
はぁ~眼福♡
ハインツ様が参加しているという事は、あの麗しの令嬢エリザベス様もいらっしゃるのかしら?
美しい藍色の瞳と艶やかな銀髪を持つ令嬢を思い浮かべリリアの頬が緩む。
しかしハンナの冷たい視線を受け、ニタっと緩んだ頬を誤魔化すように両手で包んだ時、貴賓室の扉を叩く音にリリアは姿勢を正した。
お忍びで見学に来ているとはいえ、リリアの存在に気づく者は気づく。
『面倒だなぁ』と心に思っていても、長年しみついた淑女教育のたまものか、そんな事はおくびにも出さず、スッと立ち上がったリリアは扉へと顔を向けた。
「王太子妃殿下、ベイカー公爵家のエリザベス様よりご挨拶申し上げたいとのことですが、お連れしてもよろしいでしょうか?」
「えぇ、かまわなくってよ」
リリアの返答を受け、ほどなくしてエリザベスが部屋へと通された。
「お久しぶりです、リリア様。この度は、ご結婚おめでとうございます」
完璧なカーテシーをとる銀髪碧眼の美女を前にリリアは悶絶する。
「エリザベス様、お久しぶりです。カイン様との婚礼の儀、以来ですわね。エリザベス様は、こちらにはハインツ様に会いに?」
「はい。珍しく王城に呼んで頂きまして、皆さまで剣技会をなさるとか……」
顔を赤らめ答えるエリザベスを見つめ、リリアの悶絶は最高潮へと達する。
あぁ、素敵。恋する乙女って良いわぁ。
第二王子との婚約破棄騒動があって一時は塞ぎ込まれていると聞いたけど、ハインツ様に愛されて、以前にも増して輝いていらっしゃるわ。
エリザベスとハインツは、第二王子との婚約破棄騒動を経て、正式に婚約を結んだと聞いた。社交界では婚礼の儀も間近だと噂されるほど、エリザベスとハインツの仲は良好だ。
どちらかというと、ハインツ様がエリザベス様を溺愛されているようだけど。まぁ、ここにおられる令嬢方は、ご自身の婚約者の勇姿を観に来ているのでしょうし、あまり引き止めても気の毒ね。
「エリザベス様、こちらへは友人方と一緒に?」
「はい。スバルフ公爵家のミランダ様とヴェッティ伯爵家のアイリス様とご一緒に」
「まぁ、近衛騎士団長と副団長の奥様方とご一緒に。それは盛り上がりますわね。今日のカードは必見でしてよ。さぁさぁ、エリザベス様、早くお戻りになって。確か、第一試合は――」
その時、会場内から大きな歓声があがる。
どうやら第一試合が始まるようだ。
「――騎士団長と副団長の試合でしたわね。ささ、お友達方と楽しんでくださいませね」
「リリア様、お気遣い感謝致します」
頭を下げ、美しいカーテシーを見せたエリザベスにリリアがニッコリと微笑む。
「エリザベスさま。また、一緒にお茶なんていかがかしら?」
「喜んで」
美しい笑みを残し立ち去るエリザベスの背を見送り、リリアも観覧席へと戻る。
さて、わたくしは趣味に走らせてもらうわ。
スケッチブックとペンを片手に持ち、睨み合う騎士二人をジッと見つめる。
対戦カードは、隊長のカイル様とルイ様ですか。
これは見ものだわ。
戦闘能力は、ほぼ互角。
でも、体格差を考えるとルイ様の方が有利かしら? いいえ、戦闘スタイルを考えると正統派のルイ様より、相手の弱いところを的確につくカイル様の方が有利かもしれないわね。
なぜ一介の王太子妃が、近衛師団隊員個々の戦闘スタイルまで把握しているかと言うと、王太子妃となってから、近衛師団の練習場に通い詰め、練習を毎日観察しているからだ。
リリアの目の前では、白熱した試合が繰り広げられていた。
ルイの弱いところを的確についてくるカイル。
それを上手くかわすルイ。
カイル様の手管も手を変え品を変え、しつこいのかしらねぇ。それをイヤよイヤよと言いながら受け入れるルイ様……。はぁ~たまらん♡
結局、試合はルイがカイルの剣を弾き飛ばし僅差で勝った。そして、ルイには妻のアイリスが。カイルにも妻のミランダが駆け寄り、汗を拭ったり、怪我がないか確かめている。
おふたりとも愛する奥様がいらっしゃるのよねぇ。
こちらも社交界では有名なおしどり夫婦だ。試合の後に妻との熱い抱擁など見ては、なかなか妄想もはかどらない。
「私が探す愛し合うふたりは、いったいどこにいるの?」
リリアの呟きにハンナのため息が静かな部屋にこだますのはいつものこと。そんな些末なことは気にせず、白熱した試合のワンシーンを必死に模写する。
そしてあっという間に時間が過ぎ、とうとう最終試合となった。
やはりというか、当然というか、最後に戦うのは、もちろん王太子であるカインと、その右腕ハインツだ。
このふたり、どちらが強いのかしら?
二言三言しか会話を交わしたことのないハインツの実力をリリアは知らない。そして、王太子の執務に忙しいカインの実力も、リリアは知らない。
カイン様が剣を握っているところなんて見たことないし、この勝負どちらが勝つのかしら?
そんな事をツラツラと考えていたリリアの耳に、どよめきが入る。一瞬で会場へと視線を奪われたリリアは魅入られていた。
剣と剣がぶつかる音が響く。
ハインツが剣の柄をカインの鳩尾に叩き込む。それを瞬間的に回避したカインが、剣の側面でハインツの剣を受け止める。
カイン様、負けないで……
いつしかリリアは、ふたりの一進一退の攻防を固唾をのんで見守っていた。
そして、二本の剣が交わった時、剣が宙を舞う。
「そこまで!! 両者引き分けとする」
審判の号令に、闘技場が歓声に包まれる。
そんな中、エリザベスが駆け出し、ハインツに抱きしめられ泣いている。そしてハインツも愛しそうにエリザベスを抱きしめ、ふたりだけの世界に浸っている。
わたくしも涙をいっぱい溜めて、カイン様のお胸に飛び込めばいいのかしら。
リリアは自分の身体を見下ろし溜め息をつく。
やっぱり豊満なお胸がないとダメかしらね。
カイン様も、乳臭いガキよりもナイスバディーな美女に抱きつかれたいわよね。
心に広がった苦い思いを忘れるかのように一心不乱にペンを走らせる。そして人もまばらになった会場を見てため息をこぼすと立ち上がった。
「ハンナ、帰りましょうか」
「はい、リリア様」
貴賓室を出て、闘技場を背に歩き出す。しかし、ほどなくして護衛を連れ闘技場から出て来たカインに呼び止められた。
「リリア、観に来てくれたのですね。勝つ事は出来なかったが、楽しんでくれたなら良いが………」
金色の髪が陽の光を浴びキラキラと輝く。白熱した試合を繰り広げた後だとは思えないほどの爽やかな笑みを浮かべるカインの姿に、胸がズキっと痛み出す。
本当、完璧な王子さま……
「カイン様、お疲れ様でございます。とても迫力ある試合で、興味深かったですわ」
「そうか、楽しんでくれたなら良かった。それで……リリア。今夜、部屋に行ってもいいだろうか? 君と今日の試合について語り合いたいのだが」
スッと視線を外しながら紡がれるカインの言葉を聞き、リリアの心が冷えていく。
そんな気を使わなくてもいいのに。
「もちろんでございます。お部屋でおまちしておりますね」
リリアは、カインの社交辞令とも取れる言葉を聞きながら、己の心が凍てつくのを感じていた。
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