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芸術(妄想)は爆発だ!!
しおりを挟む危なかったぁ。危うくバレるところだったわ。
疑わしげに眉間を寄せたカインを、どうにかこうにか誤魔化し、今やっと自室から追い出したリリアは、バクバクと疾走する心臓をなだめる。
始めから鍵をかけておけば良かったのよ。
自分の迂闊さに内心ため息をこぼしながら文机に近づいたリリアは、引き出しの奥から一冊のノートを取り出した。
これが見つかっていたら、私もマイヤー伯爵家もおしまいだったわ。
何の変哲もない、いたって普通のノート。そこにはリリアの妄想の世界が臨場感たっぷりに描かれていた。
さてと、続き、続き!
カインの追い出しに成功したリリアは、踊るようにクルッと一回転し、フカフカのカウチソファへとダイブする。
邪魔者はいなくなったと言わんばかりにソファへと寝そべり、妄想の世界へと再びダイブしたリリアは、そのまま寝落ちていた。
「失礼致します。リリア様、えっ!? なんで、こんなところで寝こけて……。殿下は……、いらっしゃいませんか。っていうか、なんでケープなんて……」
分厚いカーテンに覆われた薄暗い部屋に響くのは、侍女のハンナのあきれ声。サッとカーテンが開けられ、差し込む陽の光にリリアは重たい目を開けた。
「……ハンナ、おはよ」
「『ハンナ、おはよ』ではありません! 昨晩、殿下のお渡りはなかったのですか?」
「えっ、いらっしゃたわよ」
「それでしたら、なぜカウチソファで寝こけているのです!!」
「あっ……」
「あっ! じゃ、ありませんわ!! しかも、なんですか、そのケープは!?」
ハンナの頭から角が生えている。絶対に生えている。
真っ赤に染まったハンナの怒り顔に、リリアはソッと視線を外す。そんなリリアの態度に、ハンナの怒りのボルテージが急上昇していく。
「殿下が来られると聞いて侍女総出で仕上げましたのに。なぜ分厚いケープ着て、眼鏡なんてかけて寝こけているんですか!? 幼児体型でも魅力的に見える可愛らしくて、ちょっぴりセクシーなネグリジェを着せて、小悪魔的に仕上げたのに! それでは、ケープで全く見えていないではないですか!!」
額に手を当て、大きなため息をつくハンナは、今にも床に崩れ落ちそうだ。王太子妃つき侍女にとって、王太子との閨の準備は最も重要な任務の一つと言える。王家の血をひく後継を誕生させることは、最重要任務と言っても過言ではない。だからこそ、性経験の乏しい妃でも王太子を誘惑できるよう侍女達は最善を尽くす。
嫁いでからというもの王太子の夜のお渡りがないことに心を痛めていたのはリリアだけではなかった。王太子妃つき侍女の皆もまた己の主人の気落ちする姿を見続け、心を痛めていたのだ。
そんな侍女達の気持ちがわかるだけに、初夜と同じように、今回もまた侍女達を落胆させてしまったことが心苦しい。
「……だってね。カイン様、来るの遅くて暇になっちゃって。ちょっと創作活動でもと思って机に向かったら、夢中になっちゃって。部屋も少し寒かったから、ケープでも着れば暖かいかなって」
「リリア様、『ベッドで待っていなさい』と、あれほど申しましたのに!」
言い訳を重ねるリリアの声がしぼんでいく。
ハンナ、めっちゃくちゃ怒ってるよぉ。
趣味がバレそうだったなんて言ったら、数時間お説教になる。
うっ、黙っておこう。
ちなみに、秘密のノートにリリアが書いていた物とは、男同士の恋愛『ボーイズラブ』だ。それも、肌も露わな美男×美男が、××する濃厚なラブシーンありきの妄想作品。
リリアは、今日の練習試合に触発され、カイン×ハインツの妄想小説(挿絵付き)を書き始めたのだった。
ちょっとおとぼけな王太子をハインツが躾けていく調教物。『主従の壁を超えて愛し合うふたりは、ベッドでは主従逆転♡』的な超大作を書く予定だったのだ。
しかし、どうもしっくりこない。
寝起きでぼんやりする頭をどうにか動かし、昨晩考えていた超大作のあらすじを思い浮かべる。
『あぁ、ハインツ。私はどうしたらいいのだ。このままだと好きでもない女と結婚させられてしまう』
『婚約者のリリア伯爵令嬢ですね! あの女……、カイン様と私の関係を疑い、脅してきたのです。カイン様と別れなければ男色であると社交界に流し、カイン様を誑かした罪で裁いてやると』
『あの身のほど知らずな女め! ハインツ、大丈夫だ。私がどうにかする! 君を絶対に悲しませたりしない』
ふたりは抱き合い、見つめ合う。
夕闇の中、ふたりの唇と唇が深く重なり……
はぁぁ、ダメね。
これでは、カイン様が攻めでハインツ様が受けみたいじゃない。
これからが良いところなのにスランプだわ。
この後の展開がしっくりこないのだ。
『カイン様の婚約者リリア嬢にふたりの仲が知られてしまい、それが元でハインツ様は窮地に立たされる。
それを知ったカイン様は王族としての権力を使い悪役令嬢リリアの悪事を暴き、公衆の面前で断罪し、リリアを表舞台から退場させる。
ハインツ様への愛を貫いたカイン様は、表向きは悪役令嬢リリアに騙されていた事にショックを受け女性不振となったとして生涯独身を貫く。王になったカイン様はハインツを宰相に任命し、生涯右腕として側においた。もちろん夜も』的な感じにするか。
はたまた、『ハインツへの愛を貫くため、ふたりは手と手を取り合って逃避行することに。ふたりは隣国に渡り、市井にまぎれ生涯仲睦まじく暮らしましたとさ』的な感じにするか。
まぁ、あんなに目立つふたりが市井にまぎれる事なんて出来ないから悪役令嬢リリア断罪エンドがベストかなぁ。
妄想を巡らすリリアだったが、どうにも納得出来ない。
でも、この展開だと、どうしても受けのカイン様の方が攻めっぽいのよね。
本当は、追い詰められたカイン様をハインツ様が助けて、愛し合うふたりはベッドインの方が良いのよねぇ。
うまく行かないものね。
「うぅ~ん、ねぇ、ハンナ。どうしたらカイン様とハインツ様のツーショットを見られると思う?」
「はっ? そんなのは、王太子殿下の執務室にでも……、あっ!? リリア様、また良からぬことを考えているのではありませんか!?」
「まっさかぁ。いくら王太子妃でも、執務室を覗こうだなんて、そんなはしたない真似しないわよぉ」
おほほほっと笑って誤魔化すリリアにハンナの鋭い視線が刺さる。
「リリア様には、前科がございますゆえ信用出来ませんわ。剣も握ったことがないのに、男装して騎士団の入団試験を受けようとなさっていた事、わたくしは忘れていません」
「あ、あれは若かりし頃の過ちって言うか、まぁ気の迷いよ! 立派な淑女になった今、男装なんて……」
あらっ? いい考えじゃない。
流石にメイド姿じゃバレる危険があるけど、侍従にでも化ければ、案外バレないんじゃないかしら。
良い案が思いついたリリアはニタっと笑う。それを目敏く見つけたハンナのお小言が飛ぶが、執務室潜入計画に想いをはせるリリアには届かなかった。
♢
数日後。
ふふふ、これで絶対にバレないわ。
まさか王太子妃が男に化けているなんて誰も思わないもの!
侍従に似せたカツラも被ったしバッチリよ!
黒のお仕着せ姿のリリアは、お茶をのせたワゴンを押し、鼻歌混じりに王太子執務室へと向かう。
ハンナの目を誤魔化すのに手こずったが、私室からの脱出に成功したリリアは上機嫌だった。
執務室の隣の控えの間で、コッソリ覗き見するのが安全よねぇ。
でも、こんなチャンス二度とないかもしれない。出来ればカイン様とハインツ様の濃密なやり取りを間近でみたいわ。
欲望に忠実なリリアは腐女子的欲求に負け、隣の控えの間を通り過ぎ、執務室の扉を叩いていた。
「失礼致します。お茶をお持ち致しました」
リリアはバレないように、俯きながら室内へと入る。
バレてない。バレてない。
緊張からバクバクと疾走する心臓をなだめ、長い前髪の隙間から室内の様子を伺う。すると執務室にはカインとハインツしかいなかった。
わぁ~、望みのツーショットが見られるなんてラッキー!
二人は顔を突き合わせ、何やら難しい話をしている。リリアはテーブルにお茶の準備をしながら、二人の様子を伺う。
はぁ~、美丈夫ふたりのツーショット。眼福♡
あのまま、抱き合ってくれないかしら。
そして、二人の唇が近づいて……
腐女子的妄想を繰り広げていたリリアは気づいていなかった。
「カイン様、先ほどから怪しい侍従が室内にいるようですが」
「あぁぁ、そのようだな。ちょっと、詰所まで連行してくる」
「――――えっ!?」
突然響いた不穏な言葉に、リリアは慌ててその場から離れ扉に向かうが時すでに遅かった。
扉へと届く前にカインの腕に捕まったリリアは抵抗虚しく引きずられていく。
不審者を取り締まる詰め所ではなく、王太子殿下の私室へと。
「――――、それで君は誰なんだい? いつもの侍従とは違うみたいだけど」
フカフカのソファへと座らされたリリアは、カインの尋問に小首をかしげる。
もしかして、カイン様にバレていない?
「あのぉ、彼は今日風邪をひいてまして、その代わりです。僕は、弟です」
「おかしいなぁ。いつもの侍従の彼には兄弟はいなかったはずだが? ますます怪しいなぁ。これは、私自ら尋問しないとダメかもしれないねぇ~」
「……へっ!? えぇぇぇ!!」
目の前で黒い笑みを浮かべるカインの言葉に慌てて立ち上がり逃げをうったリリアだったが、あっさり捕まり、カインの肩に担がれ寝室へと連行されていた。
カイン様って……
どっちもいけたのぉ~!!
ベッドへと放り投げられたリリアは、カインに押し倒される。
危険な色気が駄々漏れるカインにリリアの心の叫びは届かなかった。
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