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幕間
王家【ノア視点】
しおりを挟む「父上、こ手紙は、いったいどう言うことでしょうか?」
陛下の私室へと呼び出されたノアは、ナイトレイ侯爵家から届けられたという手紙を見つめ、気だるげな様子で椅子へと座る父へと疑問を投げる。
「その文面の通りだ。『白き魔女』が復活した」
「しかし、最後の白き魔女が消滅してから数百年。復活する兆候は全くなかったはずです」
「あぁ、しかし、リンベル伯爵家のアイシャが『魔女』の力としか思えない現象を起こしたのは確かだ。その場に居合わせた『黒の者たち』が、現象を目撃している」
「彼女たちですか……、では、本当に」
「あぁ、あの者らは、わしに忠実であるからな」
父直属の暗部。通称『黒の者たち』
少数先鋭で構成された部隊の中でも、騎士団に所属している女たちの実力は一二を争うと言われている。彼女らの本来の任務は、国軍の暗躍を阻止するための監視と情報収集にある。
今も、父の背後で控える侍従長の裏の顔は、暗部のトップ。彼が、この場に同席しているということは、暗部がアイシャの件に関わっているということを暗に示していた。
「おそれながら、陛下。今回、私をお呼びになった理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「お主も、薄々は気づいておるのではないか。未だ己に婚約者がいない理由を」
「しかし、『古の契約』により、王家には白き魔女の伴侶になる権利はないはずです」
過去、白き魔女を酷使してきた王家に対する罰。それこそ、白き魔女の伴侶となる権利の放棄。
四家により『古の契約』を交わした時、最後の魔女から告げられた誓約の一つ。『魔女』を搾取し続けてきた王家への牽制。この誓約を承諾しなければ、王家は魔女の呪いを受け滅びると、最後の魔女は予言した。
さきよみの力を有していた最後の魔女の言葉は絶大で、王家は渋々、その誓約書に判を押したという。
その誓約があったからこそ、アイシャが十八歳になるその日まで、心に秘めた想いを封印すると決めた。そして、なんの因果か、アイシャは『白き魔女』として復活し、決して手の届かない存在へと変わってしまったと絶望したというのに。
(父は、私に何を言おうとしている?)
「確かに、その権利はないな。今のままでは――、と注釈をつけておこうか」
「それは、いったい?」
消したはずの淡い想いが噴き出しそうで、落ち着かない。
「あの『古の契約』には、一つ例外が存在する。確かに、白き魔女の伴侶は、ウェスト侯爵家かナイトレイ侯爵家、どちらかから選ぶと記載されている。しかしな、それは王家を牽制するための文言に過ぎんのだよ」
「つまりは……」
「白き魔女の意志は、全ての誓約よりも優先される。つまりは、白き魔女が、自らの意志で、お前を伴侶と決めれば、王家は白き魔女を娶ることが出来る。そのために、今までお前の婚約者を決めずに来たのだ。言っていることはわかるな?」
「えぇ、もちろん。アイシャを手に入れろと言うことですね」
鷹揚にうなづいた父を見つめ、喜びが心の中を荒れ狂う。
「そこでだ。その手紙に書いてある通り、現状、一番有利な立ち位置にいるのはウェスト侯爵家のリアムだ。このまま手を打たねば、ウェスト侯爵家にアイシャを奪われるのは必然だろう」
アイシャと出会ってから十年。頻繁に王城へと来ていた彼女とリアムの関係は知っていた。私の前では絶対に見せない柔らかな笑みをリアムに見せるアイシャを何度も見かけた。その度に、心に湧き起こった醜い感情。それは、リアムに対する嫉妬心だった。
アイシャへの想いを封印し、距離を置かねばならない自分とは反対に、アイシャとの距離を縮めていくリアムを見るたびに、己の立場を呪った。
それも、今日で終わる。
「ウェスト侯爵家が抜け駆け出来ぬように、一時的にナイトレイ侯爵家と手を組むと?」
「あぁ、アイシャが社交デビューするまでの一年間。リアムとアイシャが接触出来ぬように手をうつ。ウェスト侯爵家も、王家とナイトレイ侯爵家からの圧力には、逆らえまい」
「くくく、そうですね。一年後の社交界デビューが勝負ということですか」
苦しめばいい。
アイシャに接触できない苦しみをリアムも味わうことになると考えるだけで、ノアの心は仄暗い喜びに満たされる。
「――――しかし、懸念事項もある。あの伝承よ」
「『白き魔女の恩恵を受けし伴侶は、世界の覇者となる』という、あの伝承ですか?」
「あぁ、あの伝承は上手く利用すれば、お前の治世を盤石なものにする駒にもなるだろう。しかし、アイシャの婚約者が決まっていない段階で、白き魔女が復活したと社交界に知れ渡れば、厄介なことになる」
「良からぬ事を考える者も出てくるというわけですね」
「そうだ、早急に手を打たねばならんな。そして、もう一つ。貧しい農村で奇跡を起こしたという、もう一人の『白き魔女』の存在よ」
「グレイスとかいう名の娘の噂ですか?」
「あぁ、『さきよみの力』を使い、近しい未来に起こる天災や事件を言い当てたとか」
「それは真実なのでしょうか? 白き魔女はリンベル伯爵家より復活するはず。その娘は、伯爵家の遠縁の者なのですか?」
「いや、違う。ただ、その娘に『さきよみの力』が本当にあるのだとすれば、白き魔女の可能性は高い。王城で保護せねばならんが……」
「おそれながら陛下。発言をお許し願います」
父の背後で静かに事の成り行きを見守っていた侍従が口を開く。
「よい、許可する」
「例の娘ですが、すでに噂を聞きつけたドンファン伯爵が連れ去り、養女として迎えたと報告が上がっております」
「なに!? ドンファン伯爵だと! それはまた、厄介な。その白き魔女の噂も怪しいものだ。ドンファン伯爵家の動向も随時伝えよ」
「御意」
礼をし、音もなく消えた侍従を見て、改めて王直轄の暗部の優秀さを思い知る。
それにしても黒い噂の絶えないドンファン伯爵家に『白き魔女』が養女として入るとは……、一波乱あるな。
果たして、本物の『白き魔女』はどちらなのか?
(ふっ……、そんな事、どうだっていい)
白き魔女の真偽など、どうでもいい。アイシャさえ手に入ればそれでいい。
未だに心の中に燻り続ける仄暗い感情を胸に父の私室を辞去したノアの楽しげな笑いが、誰もいない王城の廊下に響いていた。
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