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第2章
波乱の社交界デビュー
しおりを挟むキラキラしい笑顔を振りまくノア王太子に手を取られたアイシャが、会場のど真ん中でファーストダンスを踊っている。デビュタントに合わせて選ばれた曲は、定番のゆったりとしたワルツ。ダンスに慣れないデビュタントが恥をかかないようにと、選ばれた曲だけあって、難しい足さばきもなく周りを見る余裕もある。
だからこそ突き刺さる様々な視線に気づいてしまう。好奇の目ならまだいい。あからさまな嫉妬の視線は、心地良いものではない。
(あぁぁぁ、痛い、痛い。紳士淑女の皆さまからの視線が突き刺さるぅぅぅ……)
デビュタントとしての心構えがアイシャの脳裏をよぎる。これでは、壁の花どころか注目の的だ。
目の前の王太子がデビュタントの心構えを知らない訳がない。知り合いのよしみでファーストダンスの相手から外してくれてもいいのに、これでは『デビュタントのくせに目立って!』と、後ろ指をさされてしまう。
(ノア王太子の誘いを尽く、断って来た過去の私に対する嫌がらせなの!?)
そう考えれば、目の前で爽やかな微笑みを振りまくノア王太子の笑みが黒いものに見える。
「アイシャ、久しぶりだね。数年ぶりに君と話せるのを楽しみにしていたのだよ。君は恥ずかしがり屋だから、なかなか私からの誘いを受けてくれなくて本当に寂しかったんだ」
「いえ、そんな……」
「ここ一年は、王城にも来てくれなかったでしょ。クレアとは文通していたのに、どうして私とはしてくれなかったの?」
ターンをキメるたびにあがるノア王太子の笑みに当てられた令嬢達の叫びをBGMに、アイシャの脳内は言い訳を考えるのに必死だ。
(あぁぁぁ、目が笑ってないのよ。目が!!)
黒さを増した笑みに当てられ、心臓が嫌な音をたて爆走していく。
「あの、その、ノア王太子殿下。お戯は……」
「ふふふ、私は君を揶揄って遊んでいるわけではないよ。正直な気持ちを伝えているんだけどな。鈍感なお姫さまなのは相変わらずか」
「はは、ははは……」
何を言っても甘い雰囲気に持っていこうとするノア王太子に、乾いた笑いしか出てこない。
(私で遊ぶのはやめてぇぇぇ。うら若き令嬢からの視線が痛いよぉ)
「でも……、会えない時間が育む愛もあるね。こんなに美しく、気品ある大人の女性に成長しているなんて思わなかったよ」
ノア王太子の腰を抱く腕に力がこもり、体が密着する。
(近い近い近いぃぃぃぃぃ!! 本当、無理ぃぃ)
兄ダニエルの時とは明らかに違う密着度に焦ったアイシャは、必死に体を離そうとするが、ダンスをしながらでは限界がある。
(アイシャ、数分の我慢よ。数分の)
「はは、ははは……、王太子殿下におかれましては度重なるお誘いを受けていたにも関わらず、体調不良など、やむなき事情にてお応え出来ず大変申し訳ございませんでした」
「アイシャ、そんな堅苦しい言葉遣いは辞めて欲しいな。これからは、クレアと話す時みたいにフランクに接して欲しい」
「いえいえ! そんな不敬なこと出来ませんわ」
むしろ今後一切関わりたくない。
先ほどから突き刺さる令嬢達の視線が怖すぎる。
久々に会ったノア王太子はビックリするくらいの美青年に成長していたのだ。簡単に言うと超ド級の顔面偏差値を持ち、なおかつ婚約者がいない王太子を狙っている令嬢は山のようにいる。そんなハイエナ令嬢の前で王太子にフランクに話しかけたが最後、ボコボコにされる。
(私はまだ死にたくない……)
デビュタントの一人が婚約者のいない王太子とファーストダンスを踊るのは恒例行事。一曲踊ってその足で壁の花になれば生き長らえるはず。今ならまだ間に合う。
新たな決意を胸にダンスを踊りながら、逃走経路を探すのに必死だったアイシャは、ノア王太子の言葉を聞いていなかった。
「アイシャ、君ももう大人の仲間入りだ。私の言いたい事はわかるだろう?」
「――――えっ??」
「想像以上にアイシャは鈍感なようだね。好きでもない相手を何度も誘う男なんていないのだよ。しかも相手は全く自分の気持ちに気づいてくれないお子さまときた。どうやらアイシャには直球でいかないとダメなようだね」
ノア王太子は何を言っているの?
「アイシャ、私はね。君のことを愛しているんだよ。わかったかな。鈍感なお姫さま」
はっ?
曲が終わりを告げ、儀礼にのっとりアイシャはノア王太子へとカーテシーをとり立ち去ろうとして、手を掴まれていた。
ゆっくりと二曲目のワルツが流れ出し、会場内に大きな響めきがはしる。
ノア王太子自らの意志で立ち去ろうとしたデビュタントの手を掴み引き寄せたのだ。社交界では、ダンスを二曲続けて踊ることは、婚約者かパートナー以外では有り得ない。
一曲目は社交辞令。二曲目は求愛のダンス。
婚約者のいない王太子が同じ令嬢と二回ダンスを踊るという事は、その令嬢に求愛をしているとみなされる。
周りの響めきを覆うように二曲目のワルツが進んでいく。放心状態でなされるがままのアイシャと優しい笑顔で彼女を見つめるノア王太子のダンスも止まることなく進む。
そんな二人のダンスを苦々しく見つめる三つの視線が会場内から注がれていた。
『やってくれましたね! まぁ、今夜から解禁になったのだから仕方ありませんが、先手必勝と言うことですか』
アイシャ争奪戦の幕が、今、切って落とされた。
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