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第2章
今日は厄日なのか?
しおりを挟む(まままま、まずいぃぃぃぃぃ!!)
アイシャはノア王太子にクルクルと回されながら、この窮地を脱する手立てを探していた。
(あぁぁぁ、なぜ、あの時放心状態になったよ私……)
無理にでも手を引っ込めて、逃げれば良かった。
王太子と二回目のダンスを踊っている時点で手遅れ感は否めないが、ダンス終了と同時に逃げて夜会もスッポかせば、ボコボコにされるのだけは免れるかもしれない!
ゆっくりと曲が終わりに近づく。
「流石にこれ以上、アイシャを独占するのは難しいね。離れがたいが仕方ない。今度は私の誘いを断らないでくれよ。でないと私も強行手段に出てしまうかもしれないよ」
しっかりと釘をさすノア王太子の黒い笑みに背筋が凍る。
(ひぃぃぃぃぃぃ、黒過ぎるぅぅぅぅ)
「………あは、はは…ははは………」
曲が終わり、ノア王太子の手からやっと解放されたアイシャは逃げ道を探し周囲を見まわす。
(これは正面突破しかないわね!)
鬼気迫る勢いで歩き出したアイシャに恐れをなしたのか、正面の人垣が割れる。
(よっし! 抜けられる!!)
割れた人垣を見て逃げられると思い、スピードを上げ歩き出したアイシャの手をつかみ引き寄せたアホがいた。
「ひぃっ!! えぇぇぇぇぇぇぇ」
強い力で引き寄せられた反動で、後方へと倒れ込む。そして、気づいた時には手を引いたアホの腕の中に背中から抱き留められていた。
(えっ、えっ、えっ、今どういう状況? ちょっ、待って)
抱き寄せるように腰へと回された腕を見て、アイシャの脳内はさらにパニック状態となる。
「一年ぶりだな。アイシャ、君ともう一度、話がしたかった。君に嫌われているのはわかっている。ただ、話すことは許してもらえないだろうか?」
耳元で響いた艶のある低音に振り向けば、青髪を後ろへと流し、幼い頃の記憶より精悍さが増したご尊顔を惜しみもなくさらし、切ない眼差しを向ける美丈夫のドアップがアイシャの目に飛び込んできた。
「キース様! なぜ……」
あまりの驚きに言葉が出てこない。そんなアイシャの様子に気づいているのか、いないのか、腰を抱いたキースに促され、アイシャは会場のど真ん中に逆戻りしていた。
(あぁぁぁ、私、OK出してませんけど!!)
そんな、アイシャの心の叫びは幸せそうに笑む、目の前の美丈夫には届かない。そして、アイシャの心の叫びも虚しく、ゆっくりとワルツが流れ出す。
(あらっ! キース様って意外にダンスもお上手ね。なんて、おちゃらけていないとやってらんないわよぉぉぉぉ。今日は厄日なのか?)
「ずっとアイシャに謝りたかったんだ。一年前。いいや、ずっと俺は君にひどい言葉を言い続けて来た。その事を、アイシャに会えない間ずっと考え、後悔していた」
そう言った、キースの瞳が切なそうに細められるが、アイシャの頭の中は、そんなキースの表情の変化を敏感に察知できるほどの余裕はない。
(この曲が終わったら、逃げる。そのための逃走経路の確認!)
「そう簡単に許してもらおうなんて考えていない。君の尊厳を傷つけ、あまつさえ女性の体に傷をつけるなんて許されないことだ」
「キース様。わたくし、あの時の事は全く気にしておりませんのよ」
(すでに、貴方さまのことは眼中にありませんので……)
「ですから、キース様もわたくしの事など気にせず自身の人生を謳歌くださいませ!」
(というか、今すぐ私を解放しろぉぉぉぉ)
キースもまた、ノア王太子に負けず劣らずの顔面偏差値の持ち主なのだ。令嬢達の視線が怖すぎる。
(もう周りを見る勇気もないわ………、よし! 曲が終わるぞ!! 即逃げよう)
「アイシャ、そういう訳にはいかない。君の苦しみを考えると辛いんだ! どうか俺に償わせてくれ。俺は! 君に騎士としての忠誠を誓う!!」
「――――はっ!? ちょちょちょ、ちょっと待って! 騎士の忠誠は、ただの令嬢に誓うものではないでしょう!!」
「いや、俺は決めたんだ! 生涯をアイシャのために捧げると」
「はは、ははは……、まるでプロポーズみた~い」
アイシャは、見事に地雷を踏み抜いた。
「そのつもりだ! アイシャ、俺と結婚してくれ!!」
そして、アイシャは自爆した。
二度目の放心状態へと到ったアイシャを抱き寄せたキースの腕の中、二曲目のワルツが始まる。
(はぁぁ、どうにでもなれ……)
あきらめの境地へと達したアイシャは、会場の響めきをBGMにクルクルとワルツを踊り続けた。
♢
(やっと解放された……)
アイシャは、キースとの二曲目のダンスが終わると、挨拶もそこそこに逃げるように人混みへと紛れた。そして、どうにか、こうにか人混みを抜け壁際にたどり着いたアイシャは、疲れからその場にへたり込みそうになる。
(今日は、なんて日なの。早くお兄様を見つけて、この場から逃げた方がいいわね!)
ノア王太子とキースのせいで『壁の花』計画も台無しだ。キャッキャウフフの男同士の恋愛模様を美味しい料理を食べながら堪能しようと思ってたのに、これでは無理だ。
そんなことを、ざわめきが収まらない会場を眺めつつ考えていたアイシャに、鋭い声がかかる。
「ちょっと、そこのデビュタント!」
(はぁぁ、やっぱり来やがったよ……)
社交界の寵児と謳われるノア王太子とキースに取っ捕まった時点であきらめてはいたが、お決まりの展開にアイシャの唇から失笑がもれる。
「何かわたくしに、ご用でございますか?」
アイシャは顔に笑みを貼りつけ、ゆっくりと声のした方へと振り向く。するとそこには、ゴージャスな真っ赤なドレスに身を包み、こちらを睨む迫力美人を先頭に、数名の令嬢達が立っていた。
(はは…ははは……、まるで悪役令嬢に虐められるヒロインみたいな立ち位置ね。すっご~い)
疲労困憊のアイシャは壊れていた。
「貴方、デビュタントのくせに何なのよ! わたくしはノア王太子殿下の婚約者候補筆頭ですのよ! そのわたくしを差し置いて二度もダンスを踊るとは!! しかも、次期騎士団長とも言われている令嬢の憧れの御人キース様とも……」
(はぁ、不可抗力ですけども……、お怒りはごもっともですよね)
「なんて破廉恥な!! 淑女としての礼儀がなっていないわ!!!! 今後一切、ノア王太子殿下とキース様に近づかないと誓いなさい!」
アイシャは目の前の迫力美人に罵倒されながら、何故か感動していた。
(なんてバカ正直な令嬢なの)
こんなバカ正直に怒りをぶつけてくる令嬢も珍しい。普通は味方のふりをして蹴落とすか、裏でコソコソと嫌がらせをするのが貴族令嬢のお決まりだろうに、自身の怒りを包み隠さず、相手にぶつける様は、天晴れとしか言いようがない。
きっと目の前の迫力美人は嘘がつけないタイプだ。ぜひ、お友達になりたい。
(お友達になってくださいとか言ったら引かれるよなぁ。まずは基本に戻り自己紹介からね!)
「わたくし、リンベル伯爵家のアイシャと申します。大変失礼ですがお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
アイシャと対峙していた数名の令嬢達がザワつく。
「なっ!? 貴方がリンベル伯爵家のアイシャ様だったのですか?」
急に目に見えて狼狽し出した迫力美人を見て不思議に思う。
(リンベル伯爵家のアイシャだと何かあるのだろうか??)
アイシャは何も知らなかった。『リンベル伯爵家を敵にまわした貴族家は密かに葬られる』という、まことしやかに囁かれている社交界の噂を。
「えぇ、まぁ。リンベル伯爵家のアイシャです」
目の前の令嬢の顔色が、どんどんと悪くなる。
(大丈夫かしら?)
「アイシャ様とは露知らず失礼――――」
「――――そう、この娘がアイシャ・リンベル伯爵令嬢だよ、ご令嬢方。そして、私の婚約者さ」
「「えっ!? えぇぇぇぇ!!!!」」
見事な令嬢達の声の合奏に、アイシャの叫びは飲み込まれたのだった。
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