前世腐女子、今世でイケメン攻略対象者二人から溺愛されるなんて聞いてません!

湊未来

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第2章

恋は暴走する【キース視点】

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(――――やっとだ。やっと、アイシャに会える)

 キースは、アイシャが来る日を指折り数え待っていた。今日の日のために、数日前からナイトレイ侯爵領地入りしたキースは、彼女に喜んでもらおうと出来うる限りの準備をしてきた。

 アイシャの好みをリサーチし、彼女の使う部屋から、滞在中に提供される食事にいたるまで、満足してもらえるように、使用人の皆と共に、試行錯誤を重ねてきた。あまりの熱の入れように、執事長のライアンを呆れさせる場面もあったが、アイシャのことを考えると落ち着いてなどいられなかった。

(あぁ、早く会いたい……)

 何度も、何度もエントランスへと様子を見に行くキースに呆れた執事長から自室での待機を言い渡されてから、すでに数刻。部屋の中をウロウロと動き回り、窓から外を眺めること数十回。今だに、彼女は到着していない。

(まだ、着かないのか? まさか、事故でも!? いやいや、そんなことはない)

 馬で駆ければ数時間の距離でも、馬車となると、王都からナイトレイ公爵領まで半日はかかる。夕刻にならねば、アイシャが到着しないことくらいキースもわかっている。それでも、落ち着かないのだ。

 昨夜も、アイシャと会えると考えるだけで、興奮して寝られなかった。

(騎士団の遠征前だって緊張して寝られない事なんてなかったのにな)

 恋は人を狂わせる。剣一筋で生きて来たキースにとって、アイシャは初めて恋をした女性だった。

 窓際へと立ったキースは、外を眺めながらアイシャとの出会いを思い出す。彼にとっては、苦く、辛い思い出。しかし、絶対に忘れてはならぬ戒めなのだ。

 あの当時、リンベル伯爵家に生まれたアイシャの婚約者候補になるため、後継の座が兄から年の近いキースへと変わる出来事が起こった。当時は、『白き魔女』のことも、『古の契約』のことも、知らなかったキースは、突然の後継の変更に戸惑いしかなかった。

 優秀で、誰からも慕われる兄から次期侯爵の座を奪ってしまった。その事実は、幼いキースの心を歪ませるには充分すぎるほどの衝撃を彼の心に与えた。

 罪悪感に支配され、アイシャを憎むことでしか、歪んだ心を保つことが出来なかったキース。兄から剣を習うアイシャに憎悪を燃やし、練習相手に指名された事を利用して、彼女を散々痛めつけた。

 ただただ、アイシャが憎かった。そして、そんな彼女に笑いかける兄も、理不尽な状況に追い込んだ父も、自分の置かれた状況、全てが憎かった。

 しかし、最後に剣を交え、アイシャが『白き魔女』としての力を発動した日、身勝手な思い込みを彼女に諭された時、全てが変わった。

 アイシャと会えなくなってから一年、来る日も来る日も、身勝手だった日々を思い出し、後悔し続けた。もっと早く、兄と話していたらアイシャとの関係も変わっていたのだろうかと、後悔しても遅いのは分かっていたが、諦めきれなかった。

 会えない日々を後悔しながら過ごすうち、いつしかアイシャと接したわずかな思い出を繰り返し思い出すようになっていた。

 俺を睨む強い眼差し。
 剣を交えた時に感じた息遣い。
 苦痛に顔を歪めながらも損なわれない美しい面立ち。
 涙に滲んだ瞳の輝き。
 何よりも心惹かれたのは、強い意志を持ったあの煌めく瞳だったのだろうか。

 アイシャに会えない日々が長くなればなるほど、抑えられなくなる焦燥感。あの日から一年、待ちに待ったアイシャの社交界デビューの日、数十名のデビュタントと一緒に会場入りした彼女を見てキースの中の想いが弾けた。

 思い出の中のアイシャより、格段に美しく魅力あふれる女性へと成長した彼女が、ノア王太子とファーストダンスを踊っている。あふれ出す醜い感情がノア王太子に対する嫉妬だと気づいた時、彼に手を取られたアイシャが二曲目のダンスを踊り出すところだった。

 あの時、初めて彼女に恋をしていると気づいた。

 もう、我慢など出来なかった。ノア王太子から逃れたアイシャの手を、無我夢中で捕らえていた。

 彼女を引き寄せダンスホールへと連れ出す。アイシャが、戸惑っていたのも分かっていた。嫌いな男に無理やり、連れ出されたのだ。誰だって、困惑するに決まっている。でも、止まれなかった。

 細い腰を抱き、手を重ね、リードに身を任せ踊るアイシャ。夢のような時間だった。

 アイシャに騎士の忠誠を誓ったのは本心からだ。会えない日々の中で芽生えた想いは、騎士として生涯アイシャを護り抜くという決意だった。『白き魔女』など、どうでもいい。彼女が『白き魔女』だろうと無かろうと、護り抜くと決めた。

――――もう誰からも彼女が傷つかないように。

「キース様。リンベル伯爵家のアイシャ様、まもなくエントランスへ到着なされます。お出迎えを」

「わかった」

 はやる気持ちを抑え私室を飛び出す。階段を駆け下り、エントランスを抜け、外へと飛び出す。一瞬、エントランスで待機していたライアンの鋭い視線を感じたが、そんな些末なことにかまっている余裕はなかった。

 到着した馬車が停まったのを確認し、扉へと駆け寄ると金のドアノブを握り開く。高鳴る鼓動を感じながら、手を差し伸べれば、己のてのひらの上に乗せられた白く美しい手に、理性が吹っ飛んだ。そして、衝動のままに、乗せられた手をつかみ引き寄せていた。

 柔らかい身体が、己の胸へと飛び込んでくると同時に、陽だまりのような優しい彼女の匂いに包まれ、思わず強く抱き締めていた。

 望んでも、望んでも、見ることすら叶わなかったアイシャが腕の中にいる。その現実が、ただただ嬉しかった。

 苦しかったのか、背中を叩くアイシャの可愛い抵抗に、少し腕の力を緩めたが、抱きしめた彼女を離すことだけは出来なかった。

「あのっ、キース様! そろそろ、離してくれてもよろしいかと思うのです。わたくし、まだ挨拶もしておりません」

「挨拶など、どうでもいい。俺はアイシャとずっとこうしていたい」

 キースは欲望のまま、彼女の望みを一蹴した。

 抱き締めたアイシャの小さな身体と温もりに、泣きそうになる。ずっと望み続けた彼女が、腕の中にいる。ただ、それだけで幸せだった。

 しかし、予想外の事が起こった。

 キースを嫌っているはずのアイシャが、己の背中を優しく撫で、ポンポンとあやす様に叩いたのだ。その慰めるような、安心させるような手つきに、キースの心が震える。

(アイシャは、俺のことを嫌ってはいないのか?)

「俺をあおったのはアイシャだからな……」

 胸いっぱいに広がる喜びのまま、彼女の唇を奪っていた。柔らかい唇を味わい、驚きに開いた唇の隙間から舌を伸ばし口腔を犯し、甘く魅惑的な唇を思う存分むさぼった。

 ライアンに引き剥がされる寸前に見た彼女の紅く上気した頬に潤んだ瞳、今思い出しても堪らない。今すぐそばに行き、抱き締めたいと訴える欲望を必死に抑え込む。

(ケダモノだな……)

 ここで焦っては全てが台無しになる。アイシャに嫌われていないと分かっただけ良しとしよう。

 あと一週間。少しずつ彼女との距離を縮めていけばいい。

 ノア王太子だろうと、リアムだろうとアイシャを譲る気はない。必ず手に入れる。

 キースは、固い決意を胸に、愛しいアイシャの元へと向かった。


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