前世腐女子、今世でイケメン攻略対象者二人から溺愛されるなんて聞いてません!

湊未来

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幕間

ノア王太子の策謀【ノア視点】

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 アイシャはリアムを選んだか……

 リアムが去り、一人執務室に残ったノアは、窓辺に立ちボンヤリと外を眺めていた。アイシャとの思い出が脳裏をめぐる。

(私の誘いを、あの手、この手で避け続けた令嬢も、アイツくらいだな)

 自分と同じ黄金色の髪をもち、勝ち気なコバルトブルーの瞳を煌めかせる五歳年下の従兄妹を思い、口元に自然な笑みが浮かぶ。

 王城に頻繁に来ていると聞き調べさせた時のことを思い出したノアの口から、笑い声がもれる。

(騎士団に入り浸り、剣を習っていると知った時には、アホかと思ったよ。本当、アイシャといると飽きない)

 アイシャと会うと、なぜか心が和らぐ。気が抜けるというか、彼女の巻き起こす騒動を知るたび、楽しくなった。

 魑魅魍魎闊歩する貴族社会、王太子として気を抜ける存在は貴重だ。側にいて欲しいと思ったこともあったが、彼女に王太子妃としての重責を背負わせるのも気が引ける。王太子妃こそ柵だらけだ。

(まぁ、アイシャならそんなものもぶち壊しそうだが)

 そんな葛藤の中、アイシャの動向を追っていた時だった。父王からアイシャが『白き魔女』としての力を復活させたと知らされ、婚約者候補となるように言われた。チャンスだと思った。

『白き魔女』というネームバリューは確かに魅力的だ。しかし、彼女と築く未来を想うと単純に嬉しかった。王太子妃となった彼女が、未来で巻き起こす騒動が己の治政に良い影響を与えてくれるかもしれない。そんな事を考えるだけで、心が踊った。しかし、同時に彼女の良さを潰し兼ねない現実に震えた。それ程までに、王太子妃の責務は重い。自由などないと言ってもいい。

 婚約者候補を決める権利がリンベル伯爵家側に有ることに、内心ホッとしていた。もし、アイシャが王太子妃という柵を超え、自分を愛してくれるなら、彼女を全力で守ろうと、本気で思っていた。

 リアムが、現れるまでは……

 アイシャを王太子妃に出来たら己の治政は大きく変わったかもしれない。本来であれば、あらゆる手段を使ってでも、手に入れたい。それ程までに、『白き魔女』というネームバリューは絶大だ。

 今や、お伽話の中でしか存在しない『白き魔女』は、国民誰しもが知る伝説的な存在だ。魔法を操り、あらゆる人や物にその力を分け与え、未知の能力を発揮させる。しかしその魔法は、魔女の命を削ると言われている。何百年も前、まだこの国が他国と争っていた頃、魔女の力は、その時の権力者の意のままに使われ、次々と彼女達は命を落としていった。

 死んでいった魔女達の命の上に成り立った国は、代償として魔女を失った。時の覇者は、魔女を失って初めてその貴重さ、大切さに気づいたのだろう。だからあんな伝承を残した。わずかに残る魔女達を守るために。

『白き魔女の恩恵を受けし伴侶は世界の覇者となる』

 この伝承を残した、時の覇者をバカかと思う。これでは、わずかに残る魔女の争奪戦になるのは、目に見えている。結果として、リンベル伯爵家の白き魔女しか残らず、その白き魔女ですら滅びてしまった。

 しかし伝承だけは、人から人へと伝えられ、いつしかお伽話となり国民誰しもが知る『白き魔女』の伝説が作りあげられてしまった。

 アイシャが、本物の『白き魔女』である事は疑いようもない事実だ。しかし、彼女が白き魔女であると社交界に知れ渡れば、アイシャを巡る争奪戦が巻き起こることは確実だ。そんな貴族同士の醜い争いに巻き込まれ、彼女が疲弊し、精神を病んでしまうことだけは、避けなければならない。

 アイシャの屈託のない笑顔を思い出す。

(あの笑顔だけは、守りたい)

 そのためにも、グレイスを利用する価値はある。彼女が善なのか悪なのかなど、どうでもいい。金と権力を貪るドンファン伯爵は、必ずウェスト侯爵家からの婚約の打診に飛びつくだろう。

 グレイスが本物の『白き魔女』だと分かれば、ドンファン伯爵だけ切り捨てればいい。偽物だと分かれば、二人一緒に闇に葬り去ればいいだけの話だ。

(リアムの腕の中、存分に踊り、正体を見せてもらいたいものだよ。グレイス嬢……)

 優秀なリアムのことだ、愛するアイシャのために良い仕事をしてくれるだろう。

(くくっ……、その間に、アイシャが誰に心変わりしても責任は取れないがな。果たしてリアムとアイシャの愛は本物なのか?)

 高みの見物と決め込んだノアの不気味な笑いが、いつまでも執務室に響いていた。





「失礼致します。セス・ランバン様がお見えですが、お通し致しますか?」

「あぁ、入れてくれ」

 厄介な男が来たものだ。

 侍従の声と共に黒髪黒目のスラっとした男が入って来る。柔和な笑みを顔に貼り付けてはいるが、眼光の鋭さと得体の知れないオーラが只者ではない雰囲気を醸し出していた。

『セス・ランバン』

 ランバン子爵家の長子であり、次期当主。そして、ノアが『血の契約』を交わさねばならぬ者。

 ランバン子爵家は、特殊な性質を持つ家である。昔から王家の暗部と深い繋がりを持ち、様々な情報を王家へと流す役割を果たして来た。しかし、王家の諜報機関とは別組織であり、利害関係によっては裏切る可能性を秘めた扱い辛い家でもある。

 父王とランバン子爵家現当主が『血の契約』を結んでいる現在は、王家とランバン子爵家は良好な関係を築いている。しかし、ノアの治政でも同じとは限らない。目の前の男が、次期ランバン子爵となる者なだけに、慎重な対応を求められる。

(コイツを敵に回すのは、得策ではない)

「ノア王太子殿下、無駄な挨拶は省かせてもらいますよ。定例報告です。ドンファン伯爵にも、グレイス嬢にも目立った動きはございません。グレイス嬢の白き魔女としての真価に関しても分かった事は特にありません。以上です」

 毎回聞く同じ文言に、ノアは辟易していた。グレイス専属執事の立場で、何の情報も持ち合わせていないとは、あまりにもおかしい。目の前の男は、あえて情報を隠しているのだ。ただ、今の状況では、これ以上の情報の開示は難しい。

「そうか……、分かった。帰ってよい。では、一週間後の定例報告でな」

 目の前の男が踵を返し、扉へと歩き出す。

「セス、少し待ってくれ。伝え忘れたことがあった」

 ドアノブへとかけた奴の手が止まり、それを見ていたノアの口角があがる。

「なんでしょうか? ノア王太子殿下」

「近々、ウェスト侯爵家のリアムとグレイス嬢の婚約が発表されると思う。裏の情報を牛耳るランバン子爵家でも尻尾を掴めないドンファン伯爵家の内情を暴くために、リアムを送り込むことにした。もちろん、グレイス嬢の『白き魔女』としての真価を探る目的だ。流石に婚約者には正体を現すだろうからな。セスもリアムに協力してやってくれ」

 己の声に動きを止めた男が、ゆっくりとこちらへと振り向く様を見つつ、笑みが深くなる。

 どうやら、自分の考えは当たっていたようだ。

「――――ノア王太子殿下、リアム殿とグレイスが婚約すると言いましたか?」

「あぁ、そうだ。何か問題でもあるのか?」

 明らかに先程とは様子が違うセスを見て、己の考えが当たっていたことを悟る。

(やはり、色々と隠していたな)

「いいえ……、やはり貴方様は、噂通りの方のようですね。一筋縄ではいかない。お粗末な定例報告で騙し通せるお方ではなかった。改めて、お話しします。ランバン子爵家の次期当主として、ノア王太子殿下と正式に手を組みましょう」

「それは、現当主の命令で動くのではなく、王太子である私と直接手を組むと言う事か?」

「えぇ。そうです。これからは貴方様の指示で動くと言う事ですよ。もちろん今まで隠していた情報も教えましょう」

「その見返りとして何を求める?」

「全てが終わった時。グレイス嬢とドンファン伯爵の悪事が暴かれた時、ある人物を所望します。その者の人生を私にください」

「しかし、奴隷制度が廃止となっている現在、その者の意思を無視して人を所有する事は不可能だ。法に反くことになる」

「くくっ、いいえ大丈夫です。その者は重罪人ですから。死刑となるか、一生幽閉されるかの、世には出ない者ですから問題ないでしょう」

「そうか。して、その者の名は?」

 耳打ちされた名に驚愕する。

「わかった。全て終われば望みを叶えよう」

「では、契約成立ですね」

 目の前の男の異常さに背筋が凍る。

 執愛か……、いや、狂愛か……

 愛は人を狂わせる。

 アイシャへの想いが狂愛に変わる前に、自分の気持ちに決着をつけねばならない。

(いいや、もう遅い。狂愛か……)

 ノアの心の奥底に巣食う醜い感情は、リアムに対する確かな嫉妬心と――――

 己の心の内から吹き出しそうになる狂気をどうにか抑えこみ、ゆっくりと瞳を閉じた。
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