8 / 45
甘くてしょっぱい夕飯 ※
豚の生姜焼き、胡瓜の浅漬けに、切り干し大根と豆腐の味噌汁に白米。今夜の献立を考えながら、美咲は付け合わせのキャベツの千切りをつくる。
トントンと小気味良い包丁の音が落ち込みそうになる心をわずかにあげてくれる。
貧乏学生だった美咲は、食費を抑えるために毎食自炊の日々を過ごしていた。そのため、料理は人並み以上に作れる。
まぁ、作る料理は材料費が安い節約レシピだったから、廉の口に合うか分からないけど……
朝食を食べて思ったが、廉の料理スキルはプロ並みだった。和食屋に出てきてもおかしくないレベルの朝食だったからこそ、美咲の家庭料理にちょっと毛が生えた程度の料理に満足するとは思えない。
まぁ、気に入らなければ、それはそれでいい。さっさと愛想を尽かし解放してくれるかもしれないしね。
昼過ぎに遥との衝撃的な電話を終えた美咲は疲れ果てていた。何かに没頭して、現実逃避していなければやっていられないと思う程には、頭の中が混乱していたのだ。
不幸中の幸いと言うべきか、家から出るなとは言われていない。美咲は廉から渡されたカードキーを握りしめ、買い物がてら近所の散策に出た。
エントランスを出て、改めて見上げたタワーマンションの大きさに『幼なじみは、桁違いの金持ちになったんだぁ』と、どうでもいい事を考えていた。
都心のど真ん中にそびえ建つタワーマンション。この場所は、美咲が通う大学の最寄り駅から三駅離れた商業施設建ち並ぶエリアだ。
大学の帰り道、バイトへ行く度に見上げていたタワーマンションが目の前に建っている現実にめまいがする。『こんな所に住める金持ちってどんな人かしら~?』って、妄想しながら出勤していたのが、遠い昔のように感じる。
美咲は大きなため息を吐き出し、タワーマンションに背を向け歩き出した。
勝手知ったるバイトで通った街。安いスーパーがある場所も把握している。
美咲はスーパーに向け歩きながらふとバイト先のことを思い出す。
(そういえば……、私のバイトって、どうなったの?)
家賃を支払えとは言われないだろうが、生活費までお世話になるのは避けたい。生活費まで支払われたら、完全に廉から逃げられなくなってしまう。
遥との電話から、今は廉から逃げるのは難しい。大学卒業までは一緒に住まざるおえないだろう。
しかし、大学を卒業し会社に就職して、会社員と言う身分を手に入れれば、親の承諾がなくてもアパートを借りられる。そうすれば、荷物をまとめて廉の家を出て行ける。
(あと、一年の辛抱よ)
就職活動も続けているし、何社かは最終面接まで残っている。後は、廉のエロエロ攻撃を回避して、バイトでお金をためて、就職と同時に逃げ出せば、なんとかなる。
明るい未来の展望を思い浮かべ、スーパーに向け歩いていた美咲は気づいていなかった。たとえ会社員という立場を手に入れても、一人ではアパートを借りられないと言う現実を。世の中には保証人制度なる物が存在する事を知らない、世間知らずな美咲であった。
♢
「良い匂いだね。お腹空いてきた。ただいま、美咲」
「――っ!!」
突然、背後から抱きしめられた美咲は、フライパン片手に菜箸を握りしめ固まった。
生姜焼きの肉を焼いていた美咲は、廉が帰ってきたことに気づかなかった。廉の帰宅時間に合わせて肉を焼き始めたのが仇となった。
「何、作ってるの?」
ひっ!? 耳元で話さないでよ。
廉の低音ボイスが美咲の耳に吹き込まれ、脳髄を痺れさせる。突然の暴挙に慌てた美咲は、持っていたフライパンと菜箸を落としそうになる。しかし、すんでのところで美咲の手ごと廉の手に掴まれフライパンが派手な音をたて落ちることはなかった。
「――危なっ!!」
「あ、危ないから、離れて!?」
「ダメだよ。今離したらそれこそフライパンが落ちそうだ。俺がフライパン揺するから、美咲は菜箸動かして」
さっきから耳元で囁かれる廉の言葉に頭の芯が痺れて、否の言葉が言えない。美咲は、ただ菜箸を動かす事しか出来なくなった。
廉の艶やかな声に指示されるまま、操り人形の様に動く指先。耳から体中を駆け巡る疼きに、顔に熱が溜まっていくのがわかる。
「首筋が赤く染まって、色っぽいな。先にこっちを食べたくなる」
「――ひっ!? ひやぁぁ……」
突然首筋に感じた感触に悲鳴が上がった。
首筋を廉の唇に喰まれ、ちゅっと吸い上げられる。未知の感覚に美咲は短い悲鳴を上げる事しか出来なくなっていた。
「綺麗な花が咲いた……」
じんじんと痺れる首筋に、耳元で響く艶めいた声に美咲の身体は熱をおびる。
(このままじゃ廉に落とされちゃう。拒まなきゃ)
「やっ、やめて……」
焦れば焦れば、廉の悪戯な指先に翻弄され息が上がっていく。そして、気づいた時にはキッチンの床に押し倒されていた。
「キッチンに立つ新妻を見て、欲情する夫の気分だよ。まさか俺のために夕飯を作ってくれるなんてね」
「やぁぁ、離して……」
「ダメだよ。そんな可愛いことをしてくれた美咲が悪い。火は止めたから大丈夫だよ」
そんなやり取りをしている間にも廉の不埒な手がTシャツの裾から忍び込み、お腹周りを撫でまわす。悪戯な廉の手を追い出そうと追いかける美咲の手を巧みに逃げ、逆に廉の大きな手で両手を頭上に固定されてしまった。
抵抗らしい抵抗も出来なくなった美咲に気を良くしたのか、お腹を撫で回していた廉の手が背中に回りブラジャーのフォックを外されてしまう。
「良い眺め……」
仄暗い欲望の炎を宿した瞳に見つめられ、美咲の喉がごくりっと鳴る。
一気にTシャツを首下までたくし上げられ、美咲は羞恥で顔を真っ赤に染めることしか出来なくなった。
「真っ赤な顔して、潤んだ目で睨んでも誘っているようにしか見えないよ」
ささやかな抵抗すら一蹴されてしまい、眦から涙がこぼれ落ちる。
それを見た廉の目が見開かれ、切なさを宿し細められるが、彼の心の内に美咲が気づくことはなかった。
わずかに緩んだ手の拘束に、美咲は無我夢中で暴れる。そして、拘束が解かれると同時に廉の下から抜け出し、逃げ出した。
自室へと駆け出した美咲を廉が追いかけて来ることはなかった。
ドアノブを捻り部屋に駆け込んだ美咲は、勢いよく扉を閉める。バタンっと派手な音が鳴るが気にしている余裕はなかった。
ベッドに倒れ込み、声を殺して泣いた。
泣いて泣いて泣き続けた。
私は廉の性のはけ口なの?
三年前に一度だけ会った川口さんの颯爽と歩く後ろ姿が、いつ迄も美咲の頭を巡り消えることはなかった。
あなたにおすすめの小説
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす
小木楓
恋愛
完結しました✨
タグ&あらすじ変更しました。
略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。
「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」
「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」
大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。
しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。
強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。
夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。
恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……?
「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」
逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。
それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。
「一生、私の腕の中で溺れていろ」
守るために壊し、愛するために縛る。
冷酷な仮面の下に隠された、
一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。
★最後は極上のハッピーエンドです。
※AI画像を使用しています。
橘若頭と怖がり姫
真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。
その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。
高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。