【R18】どうぞ運命の番さまとお幸せに〜二度目の人生はしたたかに

湊未来

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第一章

運命に見捨てられたβ

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 ――あの時、あなたの愛を信じていたら、私の運命は変わっていたのだろうか。

「出ろ、時間だ」

 衛兵の声と共に、鉄格子が軋んだ音を立て開け放された。

 牢に入れられてからどれほどの時が過ぎたのだろうか。暗闇と遠くの方でゆらめく蝋燭の灯りしかない空間では時間の感覚などあっという間になくなる。
 一日一食の乾いたパンと水だけが時間という概念を与えてくれる唯一のものだったのに、いつしかそれすらも奪われるようになった。

 嫌悪を含んだ命令にも動かない囚人に苛立ったのか手枷に繋がれた鎖を衛兵が強く引いた。

「さっさと歩け! シンシア・ノクスフェル子爵令嬢……、いいや、今や子爵令嬢でもないな。聖女に害なす悪女か」

 節々に散りばめられた悪意にも心は動かない。怒りも、悲しみも、恐怖すらない――無の表情。それに飽きたのか一度強く鎖を引いただけで衛兵は前を向き歩き始めた。

 冷たい石畳みの先は、罪人を罰する処刑場。君主国家セレスティア王国では、民衆の鬱憤を晴らすため、罪人の処刑が公開される。広い闘技場の真ん中で行われる処刑は、残酷な娯楽の一つだった。

 目の前にある大きな鉄の扉は、死へと繋がっている。

 ギィィと耳障りな音を立て、鉄の扉が開かれると同時に、罵声混じりの歓声が処刑場に響き渡った。

 雲一つない真っ青な空。
 こんな綺麗な空、見たことない。
 いいえ、一度だけ……一度だけ、あったわね。

 心が、わずかに揺れる。

『運命の番って素敵な響きよね。私はベータだから絶対に運命の番は現れないけど、ダレンは違うのよね。アルファには運命の番がいるんだもの』

『はは、なんだよそれ。運命の番? そんなモノに憧れるなんて、シンシアは大人になっても夢みがちだな』

『でも、ダレンだって運命の番が現れたら私のこと捨てちゃうんでしょ。本能には逆らえないって』

『本能? 馬鹿だな。本能よりも大事なのは心だろ。俺は一生、シンシアを愛し続けるよ。たとえ、運命の番が現れようとも――』

 ヒュッと飛んできた石が額に当たり血が流れる。その光景に獣のようなどよめきが闘技場を包み、意識は今へと引き戻された。

「ちっ! 俺にも当たるじゃねぇか。当てるならこの女だけにしてくれよな」

 四方八方から飛ぶ小石。
 鎖を引く衛兵の力も強くなり、何度も転ぶたびに嘲笑とともに石が投げつけられる。

 引きずられるようにして闘技場の真ん中に設えられた刑場へと辿りつく頃には、シンシアの身体は傷だらけになっていた。

 刑場という名の見せ物台の上。
 十字架へと磔にされたシンシアは、ぼんやりと前へ視線を向ける。

「シンシア・ノクスフェル。聖女殺害未遂の罪、万死に値する。よって極刑とする。最期に申し開きはあるか」

 つらつらと読み上げられる罪状は全て身に覚えのないもの。しかし、シンシアが無実を訴えたところでそれを信じる者は誰もいない。

 獣と化した民衆。
 その光景を卑しい笑みを浮かべ、見下ろす貴族達。

 最上段の貴賓席に座るのは、聖女と崇められるリディア・エクレシアと婚約者であり、番でもある王太子レオニス・セレスティア。
 ――そして、聖女の第二の番となったシンシアの元婚約者ダレン・ラヴェリエ公爵だ。

 見る者に畏敬の念を抱かせるほどに冷たく澄んだ藍色の瞳が、シンシアを見つめるときだけ甘くゆるむことを覚えている。しかし、彼の瞳に写る今のシンシアは憎悪の対象でしかない。

 愛する番を害した悪女。

 あの藍色の瞳が甘い色に染まることも、シンシアの金色の髪を綺麗だと撫でることも、唇に甘い口づけを落とすことも、もうない。

 本能より心だと言ったダレンの言葉を信じ受け入れていたら、私の世界は変わったのだろうか。

 聖女という番が現れても、私を選んでくれたのだろうか。

「そんなこと、あるわけない……」

 つぶやいた言葉は澄んだ青空に吸い込まれ消えた。

 刑執行人の手が静かにあがる。
 
 最期に見る光景が愛する人と、その番が寄り添う姿なんて皮肉ね。

 今度生まれ変わるなら……
 生まれ変われるのなら、アルファも、ベータも、オメガもない……

 ――ダレン、あなたのいない世界に。

 刑執行人の手が振り下される。
 空気を切り裂き処刑人の槍が身体を貫いた瞬間、シンシアの瞳に写ったのは絶望を宿した藍色の瞳と漆黒の闇に昇る満月だった。







 真っ暗闇にたゆたい金色の蝶が飛んでいく。
 一匹、二匹と何匹もの蝶が連なる姿を美しいと感じ手を伸ばした瞬間、ヒュッと肺へと入ってきた空気に身体が悲鳴をあげた。

 ガンガンと頭に響く鼓動の音。
 強烈な胸の痛み。
 ――状況が理解出来ない。

 ぼんやりとにじむ視界の先には傷一つない真っ白な手が写っている。長時間手枷をはめられ赤黒く変色した手ではない。

 うそ……、生きている……

 恐る恐る辺りを見回し、その光景の異常さにシンシアは息をのんだ。

 開けられたカーテンからは暖かな陽の光が差し込み、テーブルの上に置かれた洗顔用の湯に反射し、キラキラと輝く。
 少し視線をずらせば、年季の入った胡桃細工のチェストと、同じ素材で作られた姿見が目に入った。

 どこにでもある貴族令嬢の朝の風景は、今のシンシアにとって違和感でしかない。しかも、この部屋は幼き頃よりシンシアに与えられた私室なのだ。

 今、自分が見ているものが信じられない。

 わたし……、夢でも見ていたの?

 思わず胸へとやった手がビクッと震える。

 ――あれは、夢ではない。
 胸を貫いた刃先の感触は夢で片付けるにはあまりにも生々しい。

 手が震えだし、耐えがたい恐怖が喉元を迫り上がる。目の前がぐらぐらと歪み、吐き気に何度もえずくが、恐怖が消えることはなかった。

「お嬢さま!?」

 バサっと何かが落ちる音がして、すがるように扉へと顔を向ければ、幼少期より身の回りの世話を焼いてくれていた侍女のミアが駆け寄ってきてくれる。

「顔が真っ青です!! どこが、お辛いのですか?」

 震える身体を包み、あやすように背中を撫でる優しい手。その温もりをシンシアは知っていた。

 無実を信じ、面会が禁じられるまで、励まし続けてくれたミアの手を忘れるわけがない。

 ――もう一度、ミアに会えた。
 
 喜びが恐怖を押し流し、あふれ出した涙が頬を伝い落ちていく。

「ミアぁ……」
「お嬢さま、どこがお辛いのですか? すぐに侍医をお呼びします」

 侍医を呼びに離れようとするミアの手をぎゅっとつかみ、引き寄せる。

「ミア……ここにいて……」
「お嬢さま……怖い夢でも見ましたか?」

 崩れるようにしてミアの膝へと預けた頭が優しく撫でられた。

「もうすぐ成人なさるというのに、いつまでも子供のようでいらっしゃる」

 呆れたような口ぶりでも、頭をなでる温かな手から、ミアの優しさが伝わってくる。

 ゆっくりと、ゆっくりと流れる時間の中、シンシアはミアの手に導かれるようにして、深い眠りへと落ちていった。
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