【R18】どうぞ運命の番さまとお幸せに〜二度目の人生はしたたかに

湊未来

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第二章

金色に輝く涙石

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「お前たち、早くその女を捕まえなさい!!」

 リディアの怒声が響くが、跪いた聖騎士は動かない。

 それだけではない。

 抑制の腕輪が壊れシンシアのオメガフェロモンが部屋に満ちているというのに、聖騎士が獣に堕ちる気配すらない。

 いったい、何が起こったの……

 見ている光景が信じられず、瞬きを繰り返す。しかし、うめくようにあがったダレンの声に我に返った。

 痛む身体を起こし、ダレンの元へ駆け寄る。荒い呼吸を繰り返し、吹き出した汗が額を流れる。彼の瞳から完全に濁りが消えたわけではないのだ。

 一刻も早く、脱出しなければ。

 その一心で、ダレンに肩を貸し、立ち上がる。だが、一歩も踏み出さぬうちに、ダレンが悲鳴をあげ、膝をついた。

 サークレットから放たれたオメガフェロモンが、二人の身体に絡みつく。
 まるで蛇に巻きつかれているかのような重苦しい香り。

 ――足が重い。

 三種の禍々しいフェロモンに、シンシアのオメガフェロモンが、かき消されていく。

「逃がさないわ。絶対にお前達だけは、逃がさない!!」

 跪いていた聖騎士がゆらゆらと立ち上がり、形勢は逆転してしまった。

 このままでは、リディアに操られた聖騎士に捕まるのは時間の問題だ。

 それだけではない。
 自我を取り戻しつつあるダレンまでも、リディアの手に堕ちてしまう。

 ダレンは私の声に応えてくれた。
 それなのに――
 また、あの女に奪われてしまうの。

 回帰前はダレンをあきらめた。
 運命の番なんだから、仕方がない。
 皆から愛される聖女に心を奪われるのは仕方がないのだと、彼への愛を心の奥底へと仕舞い込んだ。

 でも、今ならわかる。
 オメガになったからこそわかる。

 番でない者は、愛することさえ許されないの?
 
 愛には様々な形がある。
 恋愛、友愛、家族愛、番同士の愛もそうだろう。――ただ、そこに優劣はない。

 運命の番が現れたからといって、"愛"をあきらめる必要なんてないのだ。
 
 愛は自分の手でつかみ取るものよ!!

 シンシアの心の叫びに応える者がいた。

『そうよ。愛とは己の手でつかみ取るもの。運命に抗う者よ、力を貸しましょう』

 回帰してから肌身離さず身につけていた七色の涙石が光り出す。

 そして、失われていた半分が復活し、完璧な涙型になったとき。

 ――奇跡は起こった。

 まばゆいばかりに輝き出した涙石は、金色の蝶の群れとなりシンシアとダレンを包む。

 蝶が放つ金色の光で部屋全体が包まれていく。そして、目も眩む輝きに満ちた時、サークレットにはめられていた三つの宝石が粉々に弾け飛んだ。

「いやぁ!!!! 目が、目が! ――見えない!!」

 一瞬、何が起こったのか理解できなかった。

 床へと転がる聖騎士。
 彼らはピクリとも動かない。

 そして、血濡れた手で目を覆い、半狂乱のリディアが叫ぶ。

「よくも、よくも、よくも……、許さない」

 真っ赤に目を染め亡霊のように立ち上がったリディアが、聖騎士の剣を鞘から引き抜きゆらりゆらりと近づいてくる。

 グラッと身体が傾いた一瞬。
 血走ったリディアの瞳の奥にシンシアは確かな殺意を感じ取った。

 ――間に合わない!!

 振り下ろされた剣が、目の前に迫る。

 今度こそ、死を覚悟した。
 そのとき――身体が思い切り後ろへと引かれた。

「逃げるぞ!!」

 耳元で響いた低い声に、身体が震える。
 抱きすくめられるように回された力強い腕。そして、香った優しい香り。
 振り向いた先で見た藍色の瞳に、もう濁りはなかった。

 ダレン、ダレン、ダレン……

 言葉にならない。
 やっと自分の元へと帰ってきた愛しい人の存在に、心がふるえる。

 正気を取り戻したダレンの頬を、シンシアは包んだ。

 危機を脱したわけでもない。
 剣を振りかざしたリディアの暴挙が終わったわけでもない。

 それでも、ダレンが自我を取り戻し、シンシアを見つめてくれている。それだけで、充分だった。
 
 リディアから逃げられたとしても、この教会から逃げ出すのは難しい。

 ――いいえ、ダレン一人なら。

 リディアの血走った目を見てシンシアは覚悟を決めた。
 ダレンを庇って死ぬなら本望だ。ダレンさえ生き延びてくれればそれでいい。

 死を覚悟したシンシアは、力の限りダレンの胸を押した。

 しかし――
 二人が離れることはなかった。

「ダレン逃げて!! あなただけでも、逃げて!!」
「――嫌だ!! シンシア、離さない。もう、絶対に」

 ダレンの腕の中、シンシアの身体が宙に浮く。そして、足元に描かれた魔法陣から青白い光が放たれた。

 青白い光に身体が包まれる。

 次の瞬間――
 ラヴェリエ公爵邸の一室へと転移していた。





「ここは……」

 細かな装飾が施された天蓋付きのベッドと、同じ素材が使われたシックなテーブルとソファ。
 見覚えのある光景に、この場所がダレンの寝室だと理解した。

 私たち、助かったんだわ。

 危機を脱し、やっと肩から力が抜けていく。

 あの魔法陣と青白い光は、転移魔法だったのだろうか。今の状況を考えれば、リディアの隙をつき、ダレンが転移魔法を発動したとみて間違いはない。

 あんな危機的状況で、高度な魔法を展開するなんて……

「本当、無茶ばかり――って、ダレン!?」

 慌てて部屋を見回し、床に倒れる彼の姿を見つける。

 その姿はぴくりとも動かない。
 嫌な予感に突き動かされ、シンシアは慌てて駆け寄った。

「ダレン、ダレン!! しっかりして!」
「うっ……う……」

 身体を転がし仰向けにすると、上気した頬に、額からは脂汗がにじみ出ている。しかも荒い呼吸の合間に苦しそうなうめき声まで漏らしていれば、身体の状態が悪いことくらいはわかる。

 ダレンから立ち昇る獰猛な香りに、シンシアの本能が震えた。

「まずいわ……」

 明らかにダレンはオメガフェロモンに反応し、発情しかけている。このまま衝動を抑え続ければ、身体に大きな負担がかかるのは明白だった。

 心身ともに疲弊している今のダレンに、性衝動を抑えられるだけの気力は残っているのだろうか?

 ヒートに耐えられず獣へと堕ちた自分を思い出し背が震える。
 理性を凌駕するほどの性衝動は、自分が自分ではなくなる。それは、トラウマと言ってもいいほどの恐怖だ。

 頭の中では、今すぐこの場を立ち去れと警告が鳴り響いている。

 でも、身体は動かない。
 心が納得しないのだ。

 ダレンを見捨てて逃げるなんて、出来ない。

 アルファの発情がどういうものかは、わからない。オメガの発情よりも軽く済むのかもしれない。
 
 ――ただ、もしオメガのヒートと同じ苦しみを味わうのだとしたら……

「放って、おけないわよ」

 シンシアは覚悟を決める。
 そして――
 荒い呼吸を繰り返すダレンを抱き寄せた。

 アルファとオメガ。
 二つの香りが混ざり合い濃厚なフェロモンを生み出す。

 シンシアがダレンの匂いに身体の奥深くを震わせる中、ダレンの呼吸もまた激しさを増していく。

 シンシアのフェロモンに触発されたダレンの虚な瞳に、獰猛な光が宿る。
 ――なのに、彼の腕は何かに耐えるように横へと下ろされたままシンシアを抱くことはない。

 手が強く握られ、震えている。

「ダレン……どうして、どうしてなの? オメガになったからわかるの。ダレンの辛さも、苦しさも」

 だが、シンシアの問いにダレンは首を横に振るばかりで、動こうとはしなかった。

 彼の額からは玉のような汗が噴き出し続けている。

 このまま耐え続けたら……

「――ダレン、もう無理をしないで! 疲弊しているあなたに、その衝動を抑えるのは無理よ。死んでしまうわ!!」

 それでも、ダレンは動かない。

 シンシアはダレンの頑なな行動の意味を理解していた。理解しているからこそ、命の危機に瀕してまで、自分との約束を守ろうとするダレンの態度が腹立たしくも、いじらしくて――

 胸を掻きむしりたくなるほどの焦燥感に、身が焦がれる。

 ほんと、バカよね……
 こんなときだからこそ、頼って欲しいのに。

 女心がわからないバカ男よ、ダレンは。

 心の奥底で燻っていた疑念が解け、愛しいという純粋な想いが心を満たしていく。

 そして――あふれ出したのは、ダレンを助けたいという切なる想いだった。

 シンシアは感情のままに、ダレンへと口づける。

 ゆっくりと口づけが深くなり、舌と舌が絡まる。

 角度を変えながら――時に強く、時に労わるように重ねられる口づけに息があがっていく。耐えかねたかのように腰を抱かれ、深くなる口づけはダレンがシンシアを求めてくれている証だ。

 吸って吸われて、時に絡み合い口付けは激しさを増していく。
 けれども、彼はそれ以上の行為に進もうとしない。

「ダレンはバカよ。バカ、バカ……こんな時まで、律儀に約束なんて守ってんじゃないわよ!!」
「もう……もう、シンシア……君を傷つけたくない」
「散々、傷つけられたわよ! わたしの話なんて聞かないし、なんでも一人で背負い込むし、挙げ句の果てにあんな似非聖女に洗脳されかけるし」
「あぁ……聖女に洗脳されかけたのか。俺は……また、シンシアを裏切ってしまった」

 辛そうに歪んだ顔を隠すように、手で覆ったダレンは、力なく床へと倒れる。
 
 聖女に操られてしまったことを悔いているのかもしれない。でも、そんな些末なこと今はどうでもいい。

 ――もう、間違えたりしない!

 疑念から解放されたシンシアは強かった。
 ダレンの胸ぐらをつかみ、怒鳴りつける。

「ダレン、私を見て!! 洗脳されて、裏切った? そんなのどうでもいいわ! 私は、ダレンを死なせたくない。あなたを死なせるくらいなら、身体なんていくらでも差し出すわ! ――だから生きて。私を愛しているなら生きて!!」

 シンシアは自らの意思で肩からドレスを落とすと、ダレンの頭を抱き、胸へと引き寄せた。
 
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