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第二章
記憶の中に隠された真実
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残酷な娯楽へと向けられた歓声と怒号。闘技場という名の刑場の真ん中では、額から血を流しボロをまとった女が磔にされている。
蜂蜜色の髪は長い間、手入れをされず艶をなくし色あせていた。
嫉妬に狂い運命の番を害そうとした女。
婚約者だった女に"死"を告げるため牢へと赴いたあの時から感じる心のザワつきは、処刑を目前にひかえ、さらに大きくなった。
――理由がわからない。
何か大切なことを忘れているような気がしてならない。だが、それが何かを思い出そうとすると頭が重くなり思考が霞む。
傍には愛しい番が自分の腕を取り、不安気に見上げている。
慈愛の聖女と呼ぶに相応しい優しさを持つリディアには、目の前の光景は見るに耐えないのだろう。
すぐに、不安を取り除いてやるべきだ。だが、心に湧き上がる感情は相反するもの。
抱き寄せることはおろか、その腕を払いのけたい衝動にすらなっている。
――わからない。
リディアは自分の運命の番。けれども、彼女以外の女に心、奪われている。しかも、その女は運命の番を害そうとした。
ワッとあがった歓声に意識が削がれ、目に飛び込んできた光景に手を伸ばす。しかし、その手は宙をかき落ちていった。
誰に触れたかったのか?
宙をかいた手のひらを見つめ、眼下の女へ視線を移した。
――その時。
処刑執行人の手が上がり、振り下ろされた。
槍が女の胸を突き刺す。
その光景がゆっくりと頭をめぐり消えていく。
心のどこかで何かが壊れる音がした。
大切な、大切な、何かが……
『シン、シア……』
天を仰いでいた頭は力なく垂れ、シンシアの唇から血が滴り落ちる。ボロ布と化した衣服が真っ赤に染まっていく光景が目に焼きつき離れない。
今、自分が目にしているものは夢だ。
ただの悪夢で、目が覚めれば隣には愛しいシンシアがいる。あの甘い声で、自分を呼び、いつもと同じように笑いかけてくれる。
――だが、そんな未来は永遠に来ない。
眼下の光景がシンシアの死を知らしめている。だが、心が納得しない。
シンシアが死んだ。
死んでしまったのか?
ぐらぐらと揺れる視界。そして、ひどい頭痛に苛まれ、吐きそうになる。立っていることさえままならず地面へと膝をついた時、背後から聞こえた甘ったるい声に身体が震えた。
『ダレン、顔が真っ青だわ。……さぁ、これに触れて』
聖女リディアから差し出された金色に輝く涙石のネックレスに伸ばしかけた手が止まる。
リディアの番となってから感じる違和感は、あのサークレットが壊されてからより強くなった。けれども、あの涙石に触れた途端、その違和感が綺麗さっぱり消えてなくなるのだ。
リディアは本当に俺の運命の番だったのか?
彼女に操られ運命の番だと思い込まされていただけなのか?
わからない……
わからないことだらけだ。
だが、一つだけはっきりしたことがある。
リディアが運命の番だろうと、なかろうと関係ない。
――俺の最愛は"シンシア"ただ一人。
シンシアだけが運命だというのに、最愛の人を自らの手で死地へ送ってしまった。
俺はシンシアを裏切った。
シンシアを傷つけ見殺しにしてしまった。
――俺が、シンシアを殺した。
俺は、俺は……
なんてことをしてしまったんだ。
死してなお磔にされるシンシアを見つめ、貴賓席を飛び出す。処刑場に降り立ち脇目もふらずシンシアだけを見つめ走り出した。
ヤジを飛ばす観客の声。
突然の乱入者に剣を構え向かってくる騎士の怒号。
すべてが耳に入らず、シンシアだけを見つめ走り続ける。
シンシアへと近づく度にあがる土煙と、宙へと舞う騎士の姿に観客のボルテージも上がる。観客の誰もが、新たな見せ物の始まりに喝采をあげていた。
処刑台へと上がった俺に誰もが悪趣味な興味を抱いているのだろう。
人間としての価値すらない奴らの目に、シンシアが晒されていると考えるだけで、吐き気がする。
今すぐ彼女の縄を解き、悪意ある目から隠さなければならない。その一心で立ち向かってくる騎士を剣で薙ぎ払った。
処刑台へとたどり着く。
階段を駆け上がりシンシアのもとへと歩みを進める。そして、手足を固く縛っていた紐を解き、シンシアを胸へと抱き寄せた。
頬は黒くすすけ、額から流れた血は固まり金色の髪を赤黒く染めている。泥や血で汚れてしまった顔を優しく拭うが、反応なんてあるわけがなかった。
『シンシア……シンシア……』
呼びかけたところで、閉じられた瞼が開くこともない。アメジストのように美しく輝く紫色の瞳を見ることは未来永劫ないのだ。
もう、この世界にシンシアはいない。
シンシアのいない世界に何の意味がある?
彼女のいない世界で、俺の生きる意味などない。それなら、最期にシンシアの望みを叶えて死ぬべきではないだろうか。
世界を、国を、民を、貴族を、王族を、聖女を――そして、俺を。
彼女を裏切った全てを滅ぼすことが、シンシアに出来る最期の償い。
運命の番を害した女へとさらなる報復をするのかと、いくつもの残忍な目が俺を見つめている。そんな卑しい者たちの目からシンシアを守るように、彼女の身体を横たえると、羽織っていたマントを被せた。
もうこれ以上、シンシアを誰の目にも触れさせたくなかった。
――そして、これから起こる惨劇を見せたくない。己が最も醜くなるであろう姿をシンシアにだけは見せたくなかった。
最期まで俺は身勝手な男だ。
神はそんな俺を許さないだろう。
きっと……シンシアと同じ場所には、行けない。
――地獄行きだな。
シンシアに背を向け立ち上がると、両手を宙へとかざす。
左右に展開された魔法陣から青白い光が放たれると同時に轟音が処刑場に響き渡った。
瓦礫と化した観客席に、逃げ惑う観客たち。平民を押し除け、我先にと逃げようとする貴族ども。そして、混乱に乗じて貴族席に乱入し鬱憤を晴らそうとする暴徒と化した平民。一瞬で阿鼻叫喚の地獄絵図へと変わった観客席には目もくれず、標的を探す。
貴賓席の最上段、数十人の騎士に護衛され逃げようとしていた王太子レオニスと聖女リディアを見つけ瞬時に転移魔法を発動させた。
突然目の前に現れた俺に、レオニスとリディアが目を丸くする。その一瞬の隙をつき、レオニス目掛け剣を振り抜き、リディアへと振り下ろした。
血飛沫が舞い散る中、レオニスの身体が倒れる。だが、リディアを仕留めることは出来なかった。
金色に舞う蝶の群れが、繭のようにリディアの身体を守る。
『――金色の涙石が、すべての元凶か』
『ふふふ、残念だわ。いい番が手に入ったと思ったのに』
聖女の仮面が剥がれ、リディアの醜悪な本性が現れる。
『俺を操っていたのか?』
『――えぇ、そうよ。魔術師団のトップと王太子。国の次世代を担う二人を手中に収めれば、すべてが私のものになる。教会も、魔術師も、王を操ることだってできるわ』
『なぜだ……なぜ、シンシアを殺した!?』
『なぜって? そんなの決まっているじゃない。あの女が邪魔だったからよ。ダレン、あなたの執着とも呼べるあの女への愛は、番の絆すら壊す。偽の番なら、なおさらだわ。サークレットがなくなった今、あなたをコントロールするなんて出来ない。だから手っ取り早くあの女を殺し、心に大きな傷を負わせようとしたけど、ダメだったみたいね』
『俺のせいで、シンシアは殺されたと』
『えぇ、そうよ。ダレン、あなたがシンシアを愛さなければ、彼女は死ななかったのよ』
『ふざけるな……』
『ふふふ、さぞかし絶望していることでしょうね。いい気味だわ。わたしを下劣な女と蔑み、あの女を愛したお前への復讐よ』
皆が崇める聖女が偽りだと気づいたのはいつだったか。
神々しいまでに清らかなオーラの中に混じる異物。その違和感に気づき、探りを入れ始めた矢先に罠に落ちた。
――そして、聖女とは名ばかりの偽物に洗脳され、大切な人を失った。
絶望している。
絶望と言うチンケな言葉では言い表せないほど、心の中は落とし穴のように、ぽっかりと空いている。
――だが、その奥で燻り続ける想い。
シンシアを失った悲しみか。
それともシンシアを見殺しにした苦しみか。
さまざまな負の感情が渦巻き、出口を求め黒い炎を燃え上がらせる。
言いようのない虚無感はいつしか、大きな憎悪の感情へと変わった。
『悪く思わないでね。わたくしを愛さなかったダレン、あなたがすべて悪いのよ』
『――そうだな。すべて、俺が悪い。だから、すべてを殺す。王族も、貴族も、平民も、そして――お前も』
『何を、言っているの。ダレン、あなたにわたしは殺せないわ。さっき、見たでしょ。このエリシエルの涙石がある限り、わたしは殺せ――……』
青白く光る剣が、リディアの身体を切り裂く。そして、金色に輝く涙石をも真っ二つに切り裂いた。
「……うっ、うそよ……赤い月……あぁぁぁ……」
ごぽっと口から血を噴き、リディアが崩折れた。
にっくき相手の最期に背を向けると、血濡れた剣を赤い月が昇る空へと掲げ、破滅の術式を展開させた。
雷鳴が轟き、稲光が処刑場へと降り注ぐ。その中を俺は、シンシアの元へと歩みを進めた。
処刑場を破壊し尽くし、もう魔力は残っていない。力尽きて死ぬのも、時間の問題だろう。
――ただ、最期にシンシアを抱きしめたかった。
這うように処刑台へと戻ってきた俺は、シンシアを抱き寄せ頬を寄せる。
愛する人を見捨て、多くの者の命を奪った。罪深き者は輪廻の輪から外され、生まれ変わることは出来ない。
――それでいい。
生まれ変わりたくもない。
シンシアのいない世界など、いらない。
ただ、シンシアとの最期の口づけだけは忘れたくなかった。彼女の唇の温かさも、――冷たさも。
最後の力を振り絞りシンシアの身体を抱き寄せ、深く唇を合わせる。
そして――
自分もろとも彼女の身体を貫くため剣を振りかぶったとき、頭の奥で響いた声に身体が戦慄いた。
蜂蜜色の髪は長い間、手入れをされず艶をなくし色あせていた。
嫉妬に狂い運命の番を害そうとした女。
婚約者だった女に"死"を告げるため牢へと赴いたあの時から感じる心のザワつきは、処刑を目前にひかえ、さらに大きくなった。
――理由がわからない。
何か大切なことを忘れているような気がしてならない。だが、それが何かを思い出そうとすると頭が重くなり思考が霞む。
傍には愛しい番が自分の腕を取り、不安気に見上げている。
慈愛の聖女と呼ぶに相応しい優しさを持つリディアには、目の前の光景は見るに耐えないのだろう。
すぐに、不安を取り除いてやるべきだ。だが、心に湧き上がる感情は相反するもの。
抱き寄せることはおろか、その腕を払いのけたい衝動にすらなっている。
――わからない。
リディアは自分の運命の番。けれども、彼女以外の女に心、奪われている。しかも、その女は運命の番を害そうとした。
ワッとあがった歓声に意識が削がれ、目に飛び込んできた光景に手を伸ばす。しかし、その手は宙をかき落ちていった。
誰に触れたかったのか?
宙をかいた手のひらを見つめ、眼下の女へ視線を移した。
――その時。
処刑執行人の手が上がり、振り下ろされた。
槍が女の胸を突き刺す。
その光景がゆっくりと頭をめぐり消えていく。
心のどこかで何かが壊れる音がした。
大切な、大切な、何かが……
『シン、シア……』
天を仰いでいた頭は力なく垂れ、シンシアの唇から血が滴り落ちる。ボロ布と化した衣服が真っ赤に染まっていく光景が目に焼きつき離れない。
今、自分が目にしているものは夢だ。
ただの悪夢で、目が覚めれば隣には愛しいシンシアがいる。あの甘い声で、自分を呼び、いつもと同じように笑いかけてくれる。
――だが、そんな未来は永遠に来ない。
眼下の光景がシンシアの死を知らしめている。だが、心が納得しない。
シンシアが死んだ。
死んでしまったのか?
ぐらぐらと揺れる視界。そして、ひどい頭痛に苛まれ、吐きそうになる。立っていることさえままならず地面へと膝をついた時、背後から聞こえた甘ったるい声に身体が震えた。
『ダレン、顔が真っ青だわ。……さぁ、これに触れて』
聖女リディアから差し出された金色に輝く涙石のネックレスに伸ばしかけた手が止まる。
リディアの番となってから感じる違和感は、あのサークレットが壊されてからより強くなった。けれども、あの涙石に触れた途端、その違和感が綺麗さっぱり消えてなくなるのだ。
リディアは本当に俺の運命の番だったのか?
彼女に操られ運命の番だと思い込まされていただけなのか?
わからない……
わからないことだらけだ。
だが、一つだけはっきりしたことがある。
リディアが運命の番だろうと、なかろうと関係ない。
――俺の最愛は"シンシア"ただ一人。
シンシアだけが運命だというのに、最愛の人を自らの手で死地へ送ってしまった。
俺はシンシアを裏切った。
シンシアを傷つけ見殺しにしてしまった。
――俺が、シンシアを殺した。
俺は、俺は……
なんてことをしてしまったんだ。
死してなお磔にされるシンシアを見つめ、貴賓席を飛び出す。処刑場に降り立ち脇目もふらずシンシアだけを見つめ走り出した。
ヤジを飛ばす観客の声。
突然の乱入者に剣を構え向かってくる騎士の怒号。
すべてが耳に入らず、シンシアだけを見つめ走り続ける。
シンシアへと近づく度にあがる土煙と、宙へと舞う騎士の姿に観客のボルテージも上がる。観客の誰もが、新たな見せ物の始まりに喝采をあげていた。
処刑台へと上がった俺に誰もが悪趣味な興味を抱いているのだろう。
人間としての価値すらない奴らの目に、シンシアが晒されていると考えるだけで、吐き気がする。
今すぐ彼女の縄を解き、悪意ある目から隠さなければならない。その一心で立ち向かってくる騎士を剣で薙ぎ払った。
処刑台へとたどり着く。
階段を駆け上がりシンシアのもとへと歩みを進める。そして、手足を固く縛っていた紐を解き、シンシアを胸へと抱き寄せた。
頬は黒くすすけ、額から流れた血は固まり金色の髪を赤黒く染めている。泥や血で汚れてしまった顔を優しく拭うが、反応なんてあるわけがなかった。
『シンシア……シンシア……』
呼びかけたところで、閉じられた瞼が開くこともない。アメジストのように美しく輝く紫色の瞳を見ることは未来永劫ないのだ。
もう、この世界にシンシアはいない。
シンシアのいない世界に何の意味がある?
彼女のいない世界で、俺の生きる意味などない。それなら、最期にシンシアの望みを叶えて死ぬべきではないだろうか。
世界を、国を、民を、貴族を、王族を、聖女を――そして、俺を。
彼女を裏切った全てを滅ぼすことが、シンシアに出来る最期の償い。
運命の番を害した女へとさらなる報復をするのかと、いくつもの残忍な目が俺を見つめている。そんな卑しい者たちの目からシンシアを守るように、彼女の身体を横たえると、羽織っていたマントを被せた。
もうこれ以上、シンシアを誰の目にも触れさせたくなかった。
――そして、これから起こる惨劇を見せたくない。己が最も醜くなるであろう姿をシンシアにだけは見せたくなかった。
最期まで俺は身勝手な男だ。
神はそんな俺を許さないだろう。
きっと……シンシアと同じ場所には、行けない。
――地獄行きだな。
シンシアに背を向け立ち上がると、両手を宙へとかざす。
左右に展開された魔法陣から青白い光が放たれると同時に轟音が処刑場に響き渡った。
瓦礫と化した観客席に、逃げ惑う観客たち。平民を押し除け、我先にと逃げようとする貴族ども。そして、混乱に乗じて貴族席に乱入し鬱憤を晴らそうとする暴徒と化した平民。一瞬で阿鼻叫喚の地獄絵図へと変わった観客席には目もくれず、標的を探す。
貴賓席の最上段、数十人の騎士に護衛され逃げようとしていた王太子レオニスと聖女リディアを見つけ瞬時に転移魔法を発動させた。
突然目の前に現れた俺に、レオニスとリディアが目を丸くする。その一瞬の隙をつき、レオニス目掛け剣を振り抜き、リディアへと振り下ろした。
血飛沫が舞い散る中、レオニスの身体が倒れる。だが、リディアを仕留めることは出来なかった。
金色に舞う蝶の群れが、繭のようにリディアの身体を守る。
『――金色の涙石が、すべての元凶か』
『ふふふ、残念だわ。いい番が手に入ったと思ったのに』
聖女の仮面が剥がれ、リディアの醜悪な本性が現れる。
『俺を操っていたのか?』
『――えぇ、そうよ。魔術師団のトップと王太子。国の次世代を担う二人を手中に収めれば、すべてが私のものになる。教会も、魔術師も、王を操ることだってできるわ』
『なぜだ……なぜ、シンシアを殺した!?』
『なぜって? そんなの決まっているじゃない。あの女が邪魔だったからよ。ダレン、あなたの執着とも呼べるあの女への愛は、番の絆すら壊す。偽の番なら、なおさらだわ。サークレットがなくなった今、あなたをコントロールするなんて出来ない。だから手っ取り早くあの女を殺し、心に大きな傷を負わせようとしたけど、ダメだったみたいね』
『俺のせいで、シンシアは殺されたと』
『えぇ、そうよ。ダレン、あなたがシンシアを愛さなければ、彼女は死ななかったのよ』
『ふざけるな……』
『ふふふ、さぞかし絶望していることでしょうね。いい気味だわ。わたしを下劣な女と蔑み、あの女を愛したお前への復讐よ』
皆が崇める聖女が偽りだと気づいたのはいつだったか。
神々しいまでに清らかなオーラの中に混じる異物。その違和感に気づき、探りを入れ始めた矢先に罠に落ちた。
――そして、聖女とは名ばかりの偽物に洗脳され、大切な人を失った。
絶望している。
絶望と言うチンケな言葉では言い表せないほど、心の中は落とし穴のように、ぽっかりと空いている。
――だが、その奥で燻り続ける想い。
シンシアを失った悲しみか。
それともシンシアを見殺しにした苦しみか。
さまざまな負の感情が渦巻き、出口を求め黒い炎を燃え上がらせる。
言いようのない虚無感はいつしか、大きな憎悪の感情へと変わった。
『悪く思わないでね。わたくしを愛さなかったダレン、あなたがすべて悪いのよ』
『――そうだな。すべて、俺が悪い。だから、すべてを殺す。王族も、貴族も、平民も、そして――お前も』
『何を、言っているの。ダレン、あなたにわたしは殺せないわ。さっき、見たでしょ。このエリシエルの涙石がある限り、わたしは殺せ――……』
青白く光る剣が、リディアの身体を切り裂く。そして、金色に輝く涙石をも真っ二つに切り裂いた。
「……うっ、うそよ……赤い月……あぁぁぁ……」
ごぽっと口から血を噴き、リディアが崩折れた。
にっくき相手の最期に背を向けると、血濡れた剣を赤い月が昇る空へと掲げ、破滅の術式を展開させた。
雷鳴が轟き、稲光が処刑場へと降り注ぐ。その中を俺は、シンシアの元へと歩みを進めた。
処刑場を破壊し尽くし、もう魔力は残っていない。力尽きて死ぬのも、時間の問題だろう。
――ただ、最期にシンシアを抱きしめたかった。
這うように処刑台へと戻ってきた俺は、シンシアを抱き寄せ頬を寄せる。
愛する人を見捨て、多くの者の命を奪った。罪深き者は輪廻の輪から外され、生まれ変わることは出来ない。
――それでいい。
生まれ変わりたくもない。
シンシアのいない世界など、いらない。
ただ、シンシアとの最期の口づけだけは忘れたくなかった。彼女の唇の温かさも、――冷たさも。
最後の力を振り絞りシンシアの身体を抱き寄せ、深く唇を合わせる。
そして――
自分もろとも彼女の身体を貫くため剣を振りかぶったとき、頭の奥で響いた声に身体が戦慄いた。
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