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第二章
ずるい心
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暖かな木漏れ日が降り注ぐ森の中、穏やかな時間が流れていく。鳥の囀りが遠くで聞こえ、時折り爽やかな風が木々の葉を揺らす。
見下ろせば、精悍でいて少し色気が滲むダレンの面差しが、すぐ手の届くところにあった。
今は大好きな藍色の瞳は閉ざされ、長いまつ毛が影をつくる。膝に乗せられた頭に手を添え、ゆっくりと髪を梳いてみるがダレンが起きる気配はない。
久しぶりの二人だけの休日。
番迎えの儀式から怒涛のように過ぎていく日々に、彼と二人、ゆっくりする時間もなかった。
すごく疲れているのだろう。
うたた寝と呼ぶには深すぎる眠りに、ダレンの心労の度合いも分かるというものだ。
確かに二人で聖女リディアを追いつめた。
ダレンは洗脳されかけながらも、あの時魔法記録装置を発動させ、聖女リディアが悪であるという決定的証拠をおさめることに成功していたのだ。それなのに、サークレットの宝石から発せられる禍々しい光も、リディアの言葉も、記録装置には映っていなかった。
魔法記録装置の誤作動と言い切るには、あまりにもリディア側に都合が良すぎる。しかも、エリセア教会の大司教が急逝し、その対応に追われリディアの所業は有耶無耶になっているという。
元凶であるサークレットを破壊した今、国の中枢を担うアルファ貴族にかけられた洗脳も解ける。そうなれば、エリセア教会のオメガ搾取が表沙汰になるのも時間の問題だと思っていたのに、上手く行っていない。
――嫌な予感がする。
すべてリディアの思惑通りに事が進んでいるような気がしてならないのだ。
シンシアは、不安を吐き出すように大きなため息をつく。するとスッと下から伸ばされた手に頬を撫でられた。
「どうした、シンシア? 憂い顔をしている」
もの思いに耽っていたシンシアは、ダレンが目を覚ましていたことに気づかなかった。
藍色の瞳に不安げな顔をした自分が映る。
わだかまりも、疑念もなくなった今、明るい未来へ向け、進んで行こうって時に……
不安な顔してちゃ、ダメね。
シンシアはダレンの顔を見つめ、安心させるように笑みを浮かべた。
「大丈夫よ。ちょっと心配になっただけ。ダレン、あまり寝られていないでしょ。聖女のことで後始末に追われているんでしょうけど、寝食を疎かにするのはダメよ。身体を壊したら、元も子もないんだから」
子供を諭すように怖い顔をして窘めるシンシアの言葉に、ダレンがクスクスと笑う。
「もう! 本気で心配しているんだからね」
「ごめん、ごめん。なんだか嬉しくてな。シンシアと恋人に戻れるなんて、思っていなかったから」
上体を起こしたダレンが、シンシアを引き寄せ口づける。触れるか触れないかの距離感で交わされる唇の感触に、シンシアの心も昂ぶっていった。
もっと……もっと、ダレンに触ってほしい。
心の奥深くで交わり、深く満たされたい。
シンシアは欲望のままにダレンの服を掴み、自ら唇を押し当てた。そんなシンシアの望みに、ダレンは焦らすことなく応えてくれる。吸って、吸われて、時に舌をからめ口づけは深くなる。
ダレンと触れ合えば触れ合うほど欲しがりな心が満たされ、愛しいという感情があふれ出す。
彼への愛を認め受け入れた今、彼から離れることなんて出来ない。
――だから、怖くて仕方がない。ダレンに嫌われ、捨てられる未来が来ることが。
あの夜、記録装置の中で見たダレンの過去が、彼に捨てられる未来を予感させる。
両親を奪ったオメガと私が同じ性質を持つのだと本当の意味で理解した時が、ダレンに捨てられる時なのだろう。
けれども、頭の中の悪魔がささやく。
アルファの本能は、オメガを求めずにはいられない。だったら、ダレンをオメガフェロモンで誘惑し続ければいい。
そうすれば、ダレンは私を捨てられない。アルファの本能が、オメガを拒絶することを良しとしない。
――でも、本当にそれでいいの。
ダレンの気持ちを無視して繋ぎ止めて私の心は納得するのだろうか……
納得なんて出来ない。
愛されない絶望に、いつか心は壊れてしまう。
ダレンと話し合わなければならない。
魔法記録装置の中を覗いてしまったこと。
家族をオメガ女性に奪われた、悲しい過去を知ってしまったこと。
オメガ性を持つ者に嫌悪はないのか?
そして、オメガ性の"シンシア"を受け入れ、本心から愛してくれるのか。
愛しているからこそ、彼の本心を知るのが怖い。
怖い、怖い、怖い。
愛しているからこそ嫌われるのが、怖い……
ダレンとの未来が見えず、あふれ出した涙が頬を伝い落ちていく。
「シンシア……なぜ、泣く? 俺と一緒にいるのが辛いのか?」
首を振り、違うと示すことしか出来ない。
言い訳も出来ず子供のように泣くなんてみっともない。そう思っても一度流れ出した涙は己の意思に反して、止まってはくれなかった。
泣きじゃくるシンシアの目の前を一匹の蝶がフワフワと揺蕩い飛ぶ。
闇夜を照らす優しい月あかりのような暖かさを放つ銀色の蝶は、頭の中に眠る記憶のかけらを呼び起こした。
「この蝶って……」
「シンシア、覚えている? 回帰前、初めて王城の庭で、君と出会った日のことを」
初めての社交界デビュー。
心身共に疲れきってしまったシンシアは、逃げるように人気のない庭園へと足を向けた。そこで、銀色の蝶と戯れるダレンと出会ったのだ。
月あかりの下、羽ばたく銀色の蝶をただ美しいと思い見惚れていた。
あの蝶をもっと見たい。
その一心で暗い目をした男に声をかけていた。その男が、魔術師団長であることも、ラヴェリエ公爵であることも知らなかった。
あの頃は、貴族社会の汚さも、狡さも何も知らなかった。けれども、無知だったからこそ、ダレンと知り合えた。
あの時、ダレンが稀代の貴公子と噂になっていたラヴェリエ公爵だと知っていたら、声をかけようとは思わなかっただろう。
「当時、俺は魔術師団長という立場にも、ラヴェリエ公爵という立場にも心底、嫌気が差していたんだ。地位や権力だけを求め群がる貴族連中。公爵夫人という立場を勝ち取るため露骨な誘惑を仕掛ける令嬢たち、誰も俺をただのダレンとは見てくれなかった。まぁ、今考えれば、当たり前のことなんだけどな」
昔を懐かしむように細められた目を見つめ、シンシアの胸がキュっと痛む。
父に、そして母に見捨てられたダレンは自分自身を見てくれる存在をずっと求めていたのかもしれない。けれども、貴族社会ではダレンの地位や権力が悪目立ちし、彼自身を純粋に見てくれる存在などいなかった。だから、銀色の蝶と戯れながらも、暗く澱んだ瞳をしていたのかもしれない。
「――だが、シンシアだけは違った。君の瞳の中には銀色の蝶への興味しかなかった。純粋に魔法でつくられた蝶に興味を示し、それをつくり出した俺が何者なのかなんて興味すらないように見えた」
「そうね……あの時の私は、無知でダレンがラヴェリエ公爵ということも、魔術師団長ということも知らなかった。お父さまの上司だったのにね」
「ははは、そうだな。――でも、あの時の俺にはシンシアの無知が救いだった」
無知であったことを恥じ、悲しげな笑みを浮かべたシンシアの頬をダレンの指先が撫で、一房髪をつかみ離れていく。
愛しい存在を見るかのように細められた目を見つめ、鼓動が高鳴る。
「確かに、無知は罪なのかもしれない。だが、シンシアの純真な心に俺は救われたんだ。両親に捨てられた日に閉ざした心を明るい光で照らしてくれたのは、シンシア――君の無垢な心だったんだよ」
無知は罪だと思う。
ただ、無知でなければ得られないこともある。
心の中に残るダレンとの温かな想い出は、シンシアが無知だったからこそ得られたものだ。
回帰前の自分を全て否定したくはない。
全て否定してしまえば、ダレンとの出会いすらも否定することになってしまう。そして、そんな無知な私をダレンは心の底から愛してくれていた。
――だからこそ、知り得た事をすべて話し、ダレンの審判を受けなければならない。
オメガに恨みはないのか。
オメガである私との未来に憂いはないのかと。
「ダレン……ダレン、あのね――」
キュッと抱き寄せられた腕の強さに、言葉が続かない。
「シンシア、俺はズルい男だ。エリセア教会を解体し、全てが解決したら君を解放すると誓った。それなのに、君を離したくない。シンシアのいない世界に意味なんてない。そう思うほどに、愛しているんだ」
ダレンの言葉に身体が震える。
溺愛と呼ぶには軽すぎる執着愛を向けられ、普通の令嬢なら恐怖で逃げ出すだろう。実際、ダレンは白の離宮に軟禁するという暴挙に出ている。
頭の中ではダレンの言葉を受け入れてはダメだと警鐘を鳴らす自分がいる。しかし、心の奥深くが歓喜に打ち震える。
わたしもダレンと同じなんだわ。
裏切られてなお、ダレンの愛を求め続けるなんて……わたしの執着も大概ね。
こんなにもダレンに愛されているのだ。
私がオメガだろうと関係ない。
だって、ダレンはオメガである私を愛してくれているじゃない。
ダレンの本心を確かめなくたっていい。
きっと、大丈夫。私たちは愛し合っているのだから……
スッと跪いたダレンに左手を取られる。そして薬指にはめられた指輪を見つめ、瞳から涙があふれそうになった。
「もう一度、シンシアにプロポーズするならこの指輪しかないと思った」
藍色がかった紫色のアメジストを中心に銀色の蝶をあしらったデザインの指輪は、ダレンとの絆そのものだ。そして、ダレンの薬指にも同じデザインの指輪が輝く。
「シンシア、すべてが解決したら俺と結婚して欲しい。今度こそ、君を幸せにする」
あふれ出した涙は止まらず、ぼやけた視界の中、シンシアはダレンのプロポーズに、ただ頷くことしか出来ない。
問題は山積みだ。
エリセア教会のこと、聖女のこと、そして何よりも、自分自身のこと。
でも今は、ダレンと築く幸せな未来へと想いを馳せたい。
心に巣食う不安を消し去るようにシンシアは自らダレンへと口づける。深くなる口淫に思考は酩酊し、いつしか不安は霧散して消えた。
――だが。
後に、この時の選択をシンシアは死ぬほど後悔することになる。ダレンの本心を確かめていたら、こんな苦しみを味わうことなどなかったのに、と。
見下ろせば、精悍でいて少し色気が滲むダレンの面差しが、すぐ手の届くところにあった。
今は大好きな藍色の瞳は閉ざされ、長いまつ毛が影をつくる。膝に乗せられた頭に手を添え、ゆっくりと髪を梳いてみるがダレンが起きる気配はない。
久しぶりの二人だけの休日。
番迎えの儀式から怒涛のように過ぎていく日々に、彼と二人、ゆっくりする時間もなかった。
すごく疲れているのだろう。
うたた寝と呼ぶには深すぎる眠りに、ダレンの心労の度合いも分かるというものだ。
確かに二人で聖女リディアを追いつめた。
ダレンは洗脳されかけながらも、あの時魔法記録装置を発動させ、聖女リディアが悪であるという決定的証拠をおさめることに成功していたのだ。それなのに、サークレットの宝石から発せられる禍々しい光も、リディアの言葉も、記録装置には映っていなかった。
魔法記録装置の誤作動と言い切るには、あまりにもリディア側に都合が良すぎる。しかも、エリセア教会の大司教が急逝し、その対応に追われリディアの所業は有耶無耶になっているという。
元凶であるサークレットを破壊した今、国の中枢を担うアルファ貴族にかけられた洗脳も解ける。そうなれば、エリセア教会のオメガ搾取が表沙汰になるのも時間の問題だと思っていたのに、上手く行っていない。
――嫌な予感がする。
すべてリディアの思惑通りに事が進んでいるような気がしてならないのだ。
シンシアは、不安を吐き出すように大きなため息をつく。するとスッと下から伸ばされた手に頬を撫でられた。
「どうした、シンシア? 憂い顔をしている」
もの思いに耽っていたシンシアは、ダレンが目を覚ましていたことに気づかなかった。
藍色の瞳に不安げな顔をした自分が映る。
わだかまりも、疑念もなくなった今、明るい未来へ向け、進んで行こうって時に……
不安な顔してちゃ、ダメね。
シンシアはダレンの顔を見つめ、安心させるように笑みを浮かべた。
「大丈夫よ。ちょっと心配になっただけ。ダレン、あまり寝られていないでしょ。聖女のことで後始末に追われているんでしょうけど、寝食を疎かにするのはダメよ。身体を壊したら、元も子もないんだから」
子供を諭すように怖い顔をして窘めるシンシアの言葉に、ダレンがクスクスと笑う。
「もう! 本気で心配しているんだからね」
「ごめん、ごめん。なんだか嬉しくてな。シンシアと恋人に戻れるなんて、思っていなかったから」
上体を起こしたダレンが、シンシアを引き寄せ口づける。触れるか触れないかの距離感で交わされる唇の感触に、シンシアの心も昂ぶっていった。
もっと……もっと、ダレンに触ってほしい。
心の奥深くで交わり、深く満たされたい。
シンシアは欲望のままにダレンの服を掴み、自ら唇を押し当てた。そんなシンシアの望みに、ダレンは焦らすことなく応えてくれる。吸って、吸われて、時に舌をからめ口づけは深くなる。
ダレンと触れ合えば触れ合うほど欲しがりな心が満たされ、愛しいという感情があふれ出す。
彼への愛を認め受け入れた今、彼から離れることなんて出来ない。
――だから、怖くて仕方がない。ダレンに嫌われ、捨てられる未来が来ることが。
あの夜、記録装置の中で見たダレンの過去が、彼に捨てられる未来を予感させる。
両親を奪ったオメガと私が同じ性質を持つのだと本当の意味で理解した時が、ダレンに捨てられる時なのだろう。
けれども、頭の中の悪魔がささやく。
アルファの本能は、オメガを求めずにはいられない。だったら、ダレンをオメガフェロモンで誘惑し続ければいい。
そうすれば、ダレンは私を捨てられない。アルファの本能が、オメガを拒絶することを良しとしない。
――でも、本当にそれでいいの。
ダレンの気持ちを無視して繋ぎ止めて私の心は納得するのだろうか……
納得なんて出来ない。
愛されない絶望に、いつか心は壊れてしまう。
ダレンと話し合わなければならない。
魔法記録装置の中を覗いてしまったこと。
家族をオメガ女性に奪われた、悲しい過去を知ってしまったこと。
オメガ性を持つ者に嫌悪はないのか?
そして、オメガ性の"シンシア"を受け入れ、本心から愛してくれるのか。
愛しているからこそ、彼の本心を知るのが怖い。
怖い、怖い、怖い。
愛しているからこそ嫌われるのが、怖い……
ダレンとの未来が見えず、あふれ出した涙が頬を伝い落ちていく。
「シンシア……なぜ、泣く? 俺と一緒にいるのが辛いのか?」
首を振り、違うと示すことしか出来ない。
言い訳も出来ず子供のように泣くなんてみっともない。そう思っても一度流れ出した涙は己の意思に反して、止まってはくれなかった。
泣きじゃくるシンシアの目の前を一匹の蝶がフワフワと揺蕩い飛ぶ。
闇夜を照らす優しい月あかりのような暖かさを放つ銀色の蝶は、頭の中に眠る記憶のかけらを呼び起こした。
「この蝶って……」
「シンシア、覚えている? 回帰前、初めて王城の庭で、君と出会った日のことを」
初めての社交界デビュー。
心身共に疲れきってしまったシンシアは、逃げるように人気のない庭園へと足を向けた。そこで、銀色の蝶と戯れるダレンと出会ったのだ。
月あかりの下、羽ばたく銀色の蝶をただ美しいと思い見惚れていた。
あの蝶をもっと見たい。
その一心で暗い目をした男に声をかけていた。その男が、魔術師団長であることも、ラヴェリエ公爵であることも知らなかった。
あの頃は、貴族社会の汚さも、狡さも何も知らなかった。けれども、無知だったからこそ、ダレンと知り合えた。
あの時、ダレンが稀代の貴公子と噂になっていたラヴェリエ公爵だと知っていたら、声をかけようとは思わなかっただろう。
「当時、俺は魔術師団長という立場にも、ラヴェリエ公爵という立場にも心底、嫌気が差していたんだ。地位や権力だけを求め群がる貴族連中。公爵夫人という立場を勝ち取るため露骨な誘惑を仕掛ける令嬢たち、誰も俺をただのダレンとは見てくれなかった。まぁ、今考えれば、当たり前のことなんだけどな」
昔を懐かしむように細められた目を見つめ、シンシアの胸がキュっと痛む。
父に、そして母に見捨てられたダレンは自分自身を見てくれる存在をずっと求めていたのかもしれない。けれども、貴族社会ではダレンの地位や権力が悪目立ちし、彼自身を純粋に見てくれる存在などいなかった。だから、銀色の蝶と戯れながらも、暗く澱んだ瞳をしていたのかもしれない。
「――だが、シンシアだけは違った。君の瞳の中には銀色の蝶への興味しかなかった。純粋に魔法でつくられた蝶に興味を示し、それをつくり出した俺が何者なのかなんて興味すらないように見えた」
「そうね……あの時の私は、無知でダレンがラヴェリエ公爵ということも、魔術師団長ということも知らなかった。お父さまの上司だったのにね」
「ははは、そうだな。――でも、あの時の俺にはシンシアの無知が救いだった」
無知であったことを恥じ、悲しげな笑みを浮かべたシンシアの頬をダレンの指先が撫で、一房髪をつかみ離れていく。
愛しい存在を見るかのように細められた目を見つめ、鼓動が高鳴る。
「確かに、無知は罪なのかもしれない。だが、シンシアの純真な心に俺は救われたんだ。両親に捨てられた日に閉ざした心を明るい光で照らしてくれたのは、シンシア――君の無垢な心だったんだよ」
無知は罪だと思う。
ただ、無知でなければ得られないこともある。
心の中に残るダレンとの温かな想い出は、シンシアが無知だったからこそ得られたものだ。
回帰前の自分を全て否定したくはない。
全て否定してしまえば、ダレンとの出会いすらも否定することになってしまう。そして、そんな無知な私をダレンは心の底から愛してくれていた。
――だからこそ、知り得た事をすべて話し、ダレンの審判を受けなければならない。
オメガに恨みはないのか。
オメガである私との未来に憂いはないのかと。
「ダレン……ダレン、あのね――」
キュッと抱き寄せられた腕の強さに、言葉が続かない。
「シンシア、俺はズルい男だ。エリセア教会を解体し、全てが解決したら君を解放すると誓った。それなのに、君を離したくない。シンシアのいない世界に意味なんてない。そう思うほどに、愛しているんだ」
ダレンの言葉に身体が震える。
溺愛と呼ぶには軽すぎる執着愛を向けられ、普通の令嬢なら恐怖で逃げ出すだろう。実際、ダレンは白の離宮に軟禁するという暴挙に出ている。
頭の中ではダレンの言葉を受け入れてはダメだと警鐘を鳴らす自分がいる。しかし、心の奥深くが歓喜に打ち震える。
わたしもダレンと同じなんだわ。
裏切られてなお、ダレンの愛を求め続けるなんて……わたしの執着も大概ね。
こんなにもダレンに愛されているのだ。
私がオメガだろうと関係ない。
だって、ダレンはオメガである私を愛してくれているじゃない。
ダレンの本心を確かめなくたっていい。
きっと、大丈夫。私たちは愛し合っているのだから……
スッと跪いたダレンに左手を取られる。そして薬指にはめられた指輪を見つめ、瞳から涙があふれそうになった。
「もう一度、シンシアにプロポーズするならこの指輪しかないと思った」
藍色がかった紫色のアメジストを中心に銀色の蝶をあしらったデザインの指輪は、ダレンとの絆そのものだ。そして、ダレンの薬指にも同じデザインの指輪が輝く。
「シンシア、すべてが解決したら俺と結婚して欲しい。今度こそ、君を幸せにする」
あふれ出した涙は止まらず、ぼやけた視界の中、シンシアはダレンのプロポーズに、ただ頷くことしか出来ない。
問題は山積みだ。
エリセア教会のこと、聖女のこと、そして何よりも、自分自身のこと。
でも今は、ダレンと築く幸せな未来へと想いを馳せたい。
心に巣食う不安を消し去るようにシンシアは自らダレンへと口づける。深くなる口淫に思考は酩酊し、いつしか不安は霧散して消えた。
――だが。
後に、この時の選択をシンシアは死ぬほど後悔することになる。ダレンの本心を確かめていたら、こんな苦しみを味わうことなどなかったのに、と。
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